3話 盗まれた物
数年程前。俺の正確な年齢が不明だったため、リュートが十五になったと同時に志願した。
列に並ばされ、リストをもってやってきたのは当時上級兵で、兵の教育を任されていたアーガス殿だった。見るからに機嫌の悪そうな面に、嫌な海気(海気は海気だ)が漂う。
で、あろうことか俺に白羽の矢が立った。
俺の事が書かれたリストが上あったのも原因だろう。ネチネチと罵倒されて奴の部下と戦う羽目になって、奇跡的に倒したというのに追い出されたのだ。
まさか勝てると思わなかった。最後、相手が勝利を確信して構えを緩めた隙に、一気に腹めがけて突いた。一瞬で防御に入る反射神経には焦ったが、なんとか決まった。もちろん刃はないからな?
で、追い出された。以上。
違う、続いた。グレて姉さんにひっぱたかれた。
俺を拾ったあの人は、俺を含む何人ものならず者を世話していた。その中で唯一の姉さんだ。
彼女のラリアットのおかげで独り立ちして数年後、世界の宝に興味はないかと誘われた。あと数日で初級兵だったリューも巻き込んで。
で、半年前に帰ってきたのだった。おしまい。
……軽い現実逃避したが、つまり、来といてなんだが、帰りたいのだ。隠すことなく微妙な顔をしながら、全く動じず微笑むアーガス殿を見つめた。
「ああ、本当に久しぶりだな。息災か?」
「……不健全ですが」
「まあその表現が正しいだろうな。若い男が仕事もしないでフラフラしていたら」
副隊長殿がリューを見たので俺も自然と目がいった。特に焦った様子もなく、敬礼を解き進言した。
「申し上げますが、フラフラとは申しておりません。むしろ一歩も外に出ないことの方が殆んどかと」
なんだか、コイツと一戦交えたくなっちゃったな。
今の台詞で犯人は分かったが、ここで文句を言うのは気が引けた。間違ってなかったし。
「それで、次の職場は決めたのかね」
「全く」
濁すのも面倒だったため素直に返しておいた。
「それで、俺なんかを雇って本当に役に立つとお思いで?」
「そんな言い方するもんじゃない。まあ、確かに昔、私は君を軽率に扱ったさ。当時私がけしかけた部下を圧したのにも関わらず君を追い出したこと、今でも後悔してる」
「……はあ」
少し間を置いて、副隊長殿は真剣な目で俺を見た。
「どうだ、もう一度、国の為にお前の人生を捧げるつもりはないか」
言い方が嫌です。
「……考えておきます」
なんて言えるわけないので建前を述べてバイトの話に戻す。勿論もう兵士になりたいとは思わないし、関わりたくなかったというのが本音だ。リューも何で再び志願したのか分からない。いや、俺が辞めさせたからか……今度聞いてみるか。
「とりあえず、一刻も早く侵入者を見つけましょう。一体何を盗まれたんですか?」
「王冠だ」
リューが答えた。カギを差し込んで開けると中に数人の人魚がいた。灯りは先ほどのアンコウと同じようだ。
副隊長殿に気が付いて敬意を払う。それを手でおさめながら説明された。
「半年前、君たちが国に贈った物だ」
「へー」
「今、引き続き調べてもらってるが、おそらくあれ一つだけだろう」
俺のリアクションの薄さに慌てたのか、リューが早口で説明してきた。すぐに盗まれた物が分かったってことは結構目立つブツのようだ。俺は体調悪かったから何にも知りません。
「どうやって開けられた?」
「それが分かってない。鍵は開いていて、こじ開けられた形跡は見当たらない。鍵は俺が使った奴と」
チラリと宝物庫にいた人魚たちを見て続けた。
「ゼロ上級兵の部下である、彼らが持っている鍵だけだ」
……ん?
「部下って……、『末』は宝物庫クビになったんだろ?」
それでシシィとかいう上級兵が代理をしていると先ほど言って……
「ゼロ上級兵が昇格する前から、『末』は宝物庫を管理してきたんだ。で、ここにいるのは疑いが晴れてる奴ら」
『末』。確か兵の所属する名前だったな。
『末』『美』『剣』……『剣』……うん、忘れた。
「言い忘れていたが、君が来ていることはハル上級兵と、彼の部下であるリュート中級兵以外には知らせていない。君は有名だが名前だけだ。不審な真似は控えるように」
だからあんなにひそひそされてたのか。俺だからじゃなく、変な奴が来たと。で、俺がココに呼ばれたのは兵士に勧誘する為か。
「ちなみに、犯人捕まったらここはどうなるんです?」
「侵入者と見張りが共犯者だった可能性のもと、他に仲間がいるのではと考えている。解決すれば元通りだ。全てではないがな」
てきぱきと仕事をしていた奴らの手が止まったのに気づいた。
物につられて持ち場を離れた兵は間違いなくクビだ。上級兵もいろいろ面倒なことになっているだろう。
「……あの、」
先ほど手を止めた一人が話しかけてきた。中級兵だと思うが、如何せん服装が兵士風じゃないから確信が持てない。
「他にも盗られていたか」
「いえ、……あの、見張りをしていた、茶色い人魚の奴なんですが…」
「……なんだ」
「あっあの! 今すぐ牢から出してくれとは言いません! 話ではアイツのせいだとお聞きしています。ですが、身の潔白が晴れたら、どうか復帰を許してもらえないでしょうか!?」
兵で二番目に偉い男に物申す。俺にはとてもできない。まして他人の為になんて。
「いや、お前ならアレの十倍はヤバいことするだろ」
「何の話だ」
「顔に出てたぜ。あんなん怖くてできない的な」
小声で話す俺達をよそに副隊長殿は渋い声で言った。
「それを決めるのは私だけではないのだよ、ミラー君」
名前を言われた兵士はあからさまに怯えた。よく名前覚えてられるな。ミラー君だって、名前分からないだろうからって特徴で教えたのに。
「この部屋は鍵で開錠されていた。見張りに持たせてはいないし、鍵の数もそろっていた。だが現実、君達の隊全員に疑惑の念が向けられている」
宝物庫の更に奥を見ると、チェックをしてるやつとは見るからに違うタイプの真面目そうな兵士が数人いた。どこの隊さんだろうか。シシィさん家か。
「この事件の犯人と繋がっていようがいまいが、王がお戻りになるまで彼を出すことはおろか、処分も決めぬ」
「で、ですがアイツには家族が……それにもう一人だって……」
「家族もろとも牢にぶち込まなかっただけありがたいと思え! 彼等の住まいにも見張りは置いているが、何があっても悪いようにはせん」
「……」
「仕事に戻れ」
「……はい。ご無礼をお許しください」
深々と頭を下げる彼を放っといて、アーガス副隊長は宝物庫から出た。
彼の昔とは比べようも無いほどボロボロになった鱗を、俺はようやく直視することが出来たのだった。