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働きたくないで魚ざる  作者: 水燈
王宮バイト編
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1話 短期バイト

「働きたくない」


 座っていたソファで仰け反りながら、俺は誰にいうでもなくぼやいた。ここまで無気力な人魚はこの国で俺だけかもしれない。


 ここは数百年前に人間が造り、海に沈んだ国『アクア』。俺の故郷だ。名前は人間の書物に書かれていた名前をそのまま使っている。

 他の国に比べ高い位置にあるため深海よりやや明るく、かつて沢山の二本足に踏まれまくったであろう道が綺麗に残っている。

 本と比べると、当時の建物はあまり残っていない。みんなボロボロだったり、壊したりしたようだ。しかしその数少ない建物を頼りに多くの家や店などを建造してる為、似通った部分もあるだろう。

 そんな国で俺はガキの頃、路頭に迷っていた。

 多分捨てられたんだと思うが如何せん記憶が全くない。食料にワカメだか何だかの海藻を掴んでいたのが一番古い記憶だ。

 そして次に古いのが、真っ黒な髪とイヤに見下したような赤い目で見てくる、凶悪な笑みを浮かべた男の姿だった。

 何か話をしたのを覚えているが、内容は思い出せない。そのまま腕を引っ張られたところで記憶は一旦途切れる。あとは誰かしらの人魚が俺の傍にいたという記憶で埋め尽くされている。

 俺のように路頭に迷った奴、使い物にならないと社会から追い出された奴、危険な仕事を失敗して命からがら逃げてきた奴。いろんな兄貴達と姉がいた。

 そんな表の世界では生きられない奴らの手を掴み、居場所をくれた人魚。

 一人だった俺の手も掴んでくれた。

 あの人魚(ひと)は俺に何も求めないが、俺は。俺は。


 俺は猛烈に働きたくなかった。前職から半年経った今でもまだ働きたくない。どのくらい働きたくないかっていうと、例えば金持ちそうな人間に飼い殺されても良いくらい働きたくないのだ。ごめんやっぱり嘘だ。

 身に着けている浴衣の隙間からボリボリ体を掻きながら上を見ると、買い替えたばかりの明かりが弱まっているのに気が付いた。

 あの店主……ピチピチだとかほざきやがって……

 二度といかねえと思いつつ、生きるには金がかかると改めて思う。

 前職で成功した為まだ蓄えはある。だが、それも減る一方だ。稼がなければ将来何が起こるか分からない。だからと言って金では時間は買えない。バランスが大切なのだ。


「つまり、今まで仕事に生きた俺はしばらく働かなくてもいいっつー訳だ」

「いい訳あるか」

「不法侵入だっていい訳あるか」


 更に体を仰け反って後ろの玄関を見やると、茶髪に緑の目をした男が家に侵入していた。許可もなく侵入してきたこいつは子供の頃からの友人であり、元同僚だ。今は王宮勤めをしている。


「てか制服で入ってくんな」

「緊急事態発生だ」

「頑張」

「殺すぞ」


 どうやら少し前まで毎日のようにしていた掛け合いは健在のようだ。多分これからも続きそうな気さえする。

 トレジャーハンターとして国を離れ、戻って来た後、こいつは転職、俺はニート。他の奴らもそれぞれの道を歩んだ。格好いい風に言ってるが全然格好よくないな。


「短期バイトのつもりで出てくれよ。人手不足なんだ」

「そんなんで良いのか王宮」

「王宮内で不審な生き物が出たんだ。宝も一つ盗まれた」

「本当に大丈夫か王宮……」


 結構な強国だったと思ったんだが。


「国王が不在のうちに片をつけろと、副隊長が申してんだ」


 副隊長。

 昔、彼がもう少し階級が低い時、訓練兵のうち何故か俺をその場でボロクソ言ってきた挙げ句追い出した野郎だ。ちなみに少しグレた。

 こいつ、リュートも知ってるはずだが忘れたのか。そんなこと言ってる場合じゃないのか。


「副隊長直々のご指名だ。頼むよ」


 なるほど。上司命令というわけか。

 奴は緑の尾をゆっくり揺らしながらソファの正面に回り込み、俺の顔を見た。俺は嫌な顔を隠さずにリューを見る。顔色はひとつも変わらない。


「……」

「言いたいことは分かる。それでも来た。」

「……」

「何か話しがあるのかもしれない」

「だからなんだよ」

「頼むよ」

「……」


 ……ああくそ。


「古いアンコウライト売り付けられたから買ってくれ」

「! そんなんで」

「もちろん謝礼と別で」

「なんだ」

「あとキッチンの空気を新しくしたい。もちろんしゃ」

「調子にのんな」


 っち。

 ソファから離れて剣を掴んだ。


「……悪ぃな」


 無表情だが少し申し訳なさそうな声を出す友人の顔に泥を塗らない俺、格好いい。

 格好いい俺は、自慢の青い尾ヒレで格好良く海水を叩いて家を出るのだった。


「着替えろ」


 出られなかった。


―――――


 イルカに掴まりながら聞いた話によると、昨日兵士が不審な生き物を見かけたのが最初らしい。

 しかもそれが王宮内だというのだ。城下町なら結構簡単に入れるが、鉄壁を誇ってる城では大事件だろう。

 それから兵士は不眠で調査にあたってるとのこと。たしかに、上も下も斜めも視界から兵が消えない。鬱陶しい。てか手当は出るのか?


「じゃあお前も昨日から寝てないのか」

「女の家で寝てたから連絡が遅れた」

「帰る」

「嘘だ。休みで実家行ってたんだ。だから連絡が少し遅れた」


 そんなこったろうと思ったよ。

 門の前で止まる。この国で一番大きい建物であり、俺達の王が住まわる城だった。

 修繕以外いじられていないが、使われているモノの質が違うことから、前も王族が住んでいたのだろう。


「久しぶりだ」

「……」


 鳥籠という、陸の生物を入れるが如く覆われた城。その門の一つが開く。リューが先に泳いだ。

 さあて、お城見学だ。見学で済めばいいが。

 動きやすい和服の一張羅の上から隠れたお守りを撫でて、リューの後を追った。

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