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勇者サイ

 

「ゆ、勇者だ!やった!」


 激しい頭痛と吐き気に苦しんでいる、死にかけのヒキオタニート。

 そんな俺に笑顔で語りかける、二次元からそのまま飛び出してきたような非実在的美少女。

 その表情は、俺の記憶のどこを検索してもヒットしない。

 思えばこれが、第2の人生の始まりだったんだ。


 どこで道を間違ったのだろうか、俺は将来を期待されたエリートとまでは行かないが、そこそこ優秀な人間だった。 

 勉強では英語以外はトップを争う成績で、運動は足は遅かったが器用なところがあり球技全般は得意としていた。

 性格も明るいほうだし、コミュ力だって平均的なほうだと思う。

 県内で一番の国立大学に入学をはたし、好景気も手伝って俺は大手商社の内定を勝ち取った。


 わずか三ヶ月で俺は会社を辞めた。

 精神的苦痛からくる内臓疾患と上司先輩同僚からのもろもろのハラスメントのコンボ攻撃。

 一度のミスで生じた歪みが坂を転がり落ちる雪玉のように大きくなった。

 一人で止められるものじゃない、しかし会社に俺の味方はいなかった。

 いや、敵味方の概念ではない、異物の混入を察知した免疫細胞が働いて、老廃物として体外へと排出されたといったほうが近い。


 ボロ切れのようになった俺を見て、両親は田舎の祖父母の下での休養を提案した。

 一ヶ月後、再起を誓う静かな闘志の火を心のロウソクに灯せるまでに回復した俺、そこへ両親と4つ下の妹が訪ねてきた。

 妹は暇つぶしにと漫画やゲーム、小説等を持ってきてくれた。

 それまで話題のネタの為かじっていた程度だったが当時ブームだったゲームにドはまりし、求職者からオタニートへのジョブチェンジ、スライム級からドラゴン級までの作品を狩り尽くし、裏ダンジョンに籠もり始めた。

 

 再就職が絶望的になるころ、世界は謎の天変地異に見舞われた。

 都市を直撃する大災害が頻発、新種のウイルスによる奇病の大流行。

世界のパワーバランスは崩壊しつつあった。

 日本は食糧危機に陥り、その余波で俺も祖父母の畑仕事を手伝わされることになる。

 直射日光を浴びるのは久々だ。

 すっかり漂白された俺の肌には堪える。

 何だか畑の野菜たちもどこか元気が無さそうに見える。

それどころか、野菜の精達が語りかけてくるビジョンが浮かぶ。

 野菜をオート擬人化する自分に若干引きつつ、国の一大事と、作業は最後まで手伝った。


 家に帰ると鈍っていたのか、高熱を出してしまった。

 結構きつい症状で昔かかったインフルエンザくらいに感じた。

 すぐに市販の風邪薬を服用して布団に入ったが、夜中に急に激しい頭痛と吐き気で目が覚める。

 何だよこれ、救急車と立ち上がろとするが、身体が動かない。

 祖父母を呼ぼうと声を出すが、応答がない。

 声を振り絞ろうとしたとき更に激しい頭痛が襲った。

 死ぬかも、僅かに働く思考はたった4文字の言葉を表示した後、シャットダウンした。


「こ、これは」

「・・・・・・う、俺」


 生きてるようだ。

 誰かに呼びかけられ目を覚ました。


「ゆ、勇者だ!やった!」


「??な・・・何だ。」


 どこだここは、いつの間にか俺は壁中に幾何学模様があしらわれた石室にいた。

 そして、横で喜んでいる少女は日本人ではないが、外国人とも違う。

 しかし、どこかで見たことのある風貌をしている。


「さあ、戦ってもらうぞ勇者よ」

「勇者?」


 そうだ、この懐かしい感じは俺が二次元にはまるきっかけになった同人ゲーム”ダークムーン”のキャラクターにそっくりだからだ。

 当時こいつともう一人のキャラがネットでは人気だった。

 続編の望まれたゲームだったが、原作者が失踪したせいで人気もだんだん下火になっていったんだよな。

 おれはもう一人のキャラのファンだった。


「私はヒノ=ルナテリア。この国ルナテリアの王女だ。そしてここはルナテリア城地下にある儀式の間。」

「我々は戦争中でな。かねてより勇者の召喚を待ち望んでいた。」


 ああ、どうやら夢を見ているらしい、毎日異世界に転生する物語を空想しながら布団にはいる努力が遂に実を結んだようだ。ヒノ、ルナテリアは完全にあのゲームに登場する架空の存在。

 おそらく、高熱によってアドレナリンだのエンドルフィンだのが出ているのだろう。

 仮死状態になった人は、臨死体験をすることがある。

 俺の場合は三途の川ではなく、二次元の世界が見えたと、そんなとこだろう。

 まあ、爺さんも婆さんもまだ生きてるしな…。


「ガチャン」


 ???

 なんだ?体を動かせない。両手両足を拘束されているのか!?

 しかも、よく見ると服装がシンプルな胸当てと黒色を基調にしたローブを纏った、いかにも勇者といった恰好に変わっている。

 派手な色やゴテゴテとした装飾がない、なかなか悪くないんじゃないか。


「おっと、動かないで。まずこの世界について説明を聞いてもらう。」


 この世界について?悪いが俺の妄想の説明に付き合う気はない。


 だいたい「聞かなくても分かる、月の国ルナテリアだろ。科学技術の発達した国で月の権利を争って、隣国コクヨウと戦争中。」


「さ、さすが勇者…!まるで予知能力ね…」という台詞を期待していたのだが


「この辺りは、さすがだな運営。いちいち説明するのは疲れるから。」


 は?運営?なんでお前がプレイヤーみたいなこと話してるんだ。

 この物語の主人公は俺で、この世界は妄想の産物だろ?


「さっそくレベルを最大まであげるか。」


 ピロリン♪ピロリン♪…


 ぶつぶつと姫らしからぬ台詞を。

 見た目は十代後半の金髪ロングのお嬢様だがやはり所詮は俺の妄想。

 せめて原作通りの「くっ殺せ!」といいそうな、気の強い姫騎士で登場してくれよ。

 ちなみにこの王女ヒノは設定通りならルナテリア王家の第1王女で、王女でありながら自らも戦場で戦うとても怖い女だ。


 ピロ、ピロピピピピピロリン♪


 彼女が手に持っているのは、石板か?まるでタブレットのようだ。

 あんなアイテムは原作には登場しないぞ。

 どうやら俺になにか経験値を振っているみたいだが、何の変化も感じない。


「レベル最大!ふう、魔法水晶をかなり消費したな。」


 なんだか味気ないんだが。

 いくら努力の流行らない世の中でも、ちょっとぐらい、過程ってもんを大事にしてほしい。

 魔法水晶てのも初めて聞くな。


「こいつの実力を試してみるか?そうだな…ドロップのいい上級ダンジョンに連れて行こう」


 まあ、なんとなく察しはついた、ここはダークムーンの設定を基にした異世界らしい。

 先ほどのこの女の発言でいくつか原作とことなる部分があるようだが、それは俺の別のゲームの記憶が混ざっているからか。


 !!!!?


 急に視界がぶれる。静止した状態から突然吹っ飛ばされる感覚に襲われた。


「ぐはっ!」


 いつの間にか俺は洋館の一室にいた。

 窓を見るとうっそうとした森と薄紫色に光る月が見える。

 部屋の中はかなり暗く明かりはろうそくしかない。

 ゾンビの出てきそうな雰囲気にへたれな俺はすぐに帰りたくなった。


「やっぱゲームだから平気だったんだな。妄想でも自分の力で戦うってのは勘弁だ。」


 早く夢を覚まそうと目を閉じた。冷静にしてると夢は覚めるんだ。


「おい何をしてる!敵が来るぞ!」


 後ろから野太い声でどなられる、振り向くと重たそうな赤い鎧をきたおっさんがいた。

 工事現場とかにいそうないかつくてむさくるしい印象を受ける。

 その隣には忍者のような恰好をした女と…珍獣だ。


「ガルー!」


 俺の表情を読み取ったのか、変な生き物は怒り出した。

 狼のような風貌の生き物がふわふわと宙に浮いている。

 白っぽい毛並みは妖しいほどツヤがある。


「白狼はプライドの高い生き物です。魔法を使う高度な知能を持っていますから。感情を読み取って人間と意思疎通ができるんです。」


 くのいちがおいでと両手を広げると、珍獣もとい白狼はくのいちの豊満な胸に飛びついた。

 うらやまけしからんぞ。

 くのいちのほうはショートで栗色の髪の毛を外にカールさせて活発な印象を受ける。

 陸上部とかにいそうだがあの大きな胸は少々運動のじゃまになりそうだ。

 

「誰だお前ら?」

「おいおい人に名前を聞くときはまず自分から名乗るもんだぜ。」


 おっさんからその見た目にそぐわない返答が帰ってきた、それっぽくていいじゃないか。

 しょうがない夢物語にもう少し付きあってやるとするか。

 しかしリアルの日本語名だと世界観に合わないな、ここはおれのよく使っているハンドルネームでも適当に名乗っておくか。


「俺の名はサイだ。さっきまで召喚の間で王女ヒノといたんだが、あんたたちは何者だ?そしてここはどこだ?」


「俺はルナテリア軍の将『破岩』のジェイガンだ。王女ヒノ様の護衛隊長を仰せつかっている。」


 そう名乗るとジェイガンは敬礼のようなポーズをとった。

 ルナテリア軍はこの国の国防軍、基本的にルナテリア国民の男性は成人すると徴兵によってこの軍に入隊する。

 数多くの科学兵器を所有するこの世界最強の軍隊だ。


「私はルナテリア王家直属の忍者部隊ヤタガラスの一人『黒雲』のシズカと申します。ヒノ様の身の回りのお世話をさせていただいています。」


 穏やかに微笑むシズカ。

 ヤタガラスは忍者というよりは暗殺部隊。

 本来の出身は隣国コクヨウ。

 コクヨウでも汚い仕事を行ってきたが、よりよい待遇をもとめて国を抜けた。

 しかしルナテリアではルナテリア王家と絶対服従の血の契約を交わされ奴隷のような扱いを受けている。

 まあ移民を王家に使わせることでコクヨウには体裁を保っているようだが。


「この子は白狼のドラフちゃん。ヒノ様のペットです。」


 こいつは知らないな。


「ガルッ!?」


 がっかりした顔をするドラフ。

 こんなモンスターはダークムーンには登場しない。

 あのゲームのモンスターはグロいやつかエロいものばかりだった。

 ドラフは室内犬のようなかわいい見た目だ。

 あのゲームの世界ならたちまち食われてしまうだろう。


「そうか。よろしく頼む。それで俺たちはなぜここに集められたんだ?」


「これはクエストですよ。モンスターの討伐と資源の採取をするんです。」

「ここは魔界オーム。ルナテリアとは別の空間にある世界です。」

「ルナテリアとオームは空間の位相が近く時折ゲートが通じるのです。ルナテリアからここへ来られる時間は限られているのですが、ここでしか手に入らない資源がたくさんあるのでルナテリアだけでなく、多くの国や組織から討伐隊がここへ召喚されます。」

「ドラフちゃんもここの出身なんですよ。」


ふむ、ようはイベントダンジョンか?


「いつもはもう2人呼ばれるんだがな、ルナテリアの最強個人編成部隊『五英傑』なんていってな。」

「今回はあんたのコストが大きすぎるのとシズカの静止で3人しか呼べなかったみてえだな。」

「ヒノ様は一国の王女だからといって財源を無駄遣いしすぎです。」


 たしかになぜヒノはあんな廃課金プレイヤーみたいになっているのか。


「グルルッ」

 突如唸り声を上げるドラフ


「おっと話しているうちに早速お出ましのようだぜ。勇者さんよ。」


 いつの間に近づいていたのだろうか、身の丈3メートルはあろうかという大男がそこにいたのである。


「う、うわああっ!」


 情けない悲鳴を上げる勇者の俺。無理もない何せ大男の顔には目が一つしかなかったのだ。


「サイクロプスだ。」


 そういうとジェイガン達はその場を離れた。


「グオオオオオオ!!!!!」


 叫ぶ一つ目の巨人。そして同時に猛突進してきた。

 足がすくんでいた俺はよけられるはずもなく。

 その巨躯から繰り出される攻撃に部屋の家具とともに宙にまった。

 普通ならここで死んでいるが不思議と痛くない。

 それどころかこの状況を冷静に解説している。

 そうだここは俺の妄想の世界何も怖がることはない。


 こういうモンスターは目が弱点だ。体勢を立て直し俺はこぶしを握った。


「ふん!」


 そのひと振りはまるで隕石のようなスピードで、巨人を貫いた。

 砕け散るサイクロプスの肉片の中で俺は確信した。


 まぎれもなく。勇者だ。おれは勇者になった。



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