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元引きこもりの奮闘 2

「はぁ……」

青年……いや、少年だろうか。

細身で猫背の、奇怪な服ーー否。この世界にとっては(・・・・・・・・・)奇怪な服を着た少年は、一人海を眺めながら溜息を漏らした。しかしそんな溜息は、誰に届くことも無く虚空に消えていく。

少年はからりと乾燥した砂浜の上に胡座をかき、波に攫われるかのように消えたその思いを見送って、物憂げに呟いた。

「まぁ、俺が戻ったところでーーー」




◆◆◆◆◆




はぁ……、と、まるで負のオーラを纏った風が小屋の中全体に流れ込んだかのように響く。他でもない、僕の溜息である。

頭を抱えたくなったのは僕の人生で初めてだ。角が邪魔だとは、寝返りする時いつも思うのだが。

「溜息ついちゃあかんですよー」

そんな僕の心境とは正反対の、能天気で軽快な声が僕の隣で聞こえる。

その訛りに敬語が混ざった、独特且つ平和ボケしたような言葉使いに、僕の心は晴れるどころか益々陰り、遂には落雷が落ちた。

「何で呼んでない君がいて、呼んだ奴等がいないのさ!?」

「君やないですよ、フェアラですよ」

「そんなことより、何で此処にいるんだよ!」

「クロがフェアラを置き去りにしようとするから、勝手に混ぜて貰おう思うたんです。フェアラが居ったら百人力やでぇですよ」

フェアラは人差し指を立ててみたり、拳を握ったり、身振り手振りで力説すると、最後にはどやぁ、とキメ顔を見せた。内巻きになっているフェアラの、日差しを受けてきらきらと紫色に光る不思議な黒色のセミロングヘアーが、彼女の動きに連動してふわふわと揺れる。

彼女、フェアリアス・ソール・クレミナーレは、僕と同じ悪魔族で、同時に僕の婚約者だ。いや、正確には僕のではない。“魔界を統括する魔王”の婚約者である。

一見トロくて間抜けに見えるフェアラだが、彼女は魔界一の大国、かつてのシュレミードの王の一人娘であり、その肩書きを裏切らないよう幼い頃から教育されていたらしい。

その甲斐あって、彼女の魔力、特に魔界では稀有な能力である治癒能力は右に出るものがいない程に強力であるらしく、兄さんすら一目置いている。

“らしい”という言葉の乱用が目立ったと思うが、それは僕が、一度として彼女の力を、片鱗さえ見たことが無いからだ。僕が城に幽閉されていたせいも有るだろうが、三年前まで、彼女は兄さんの婚約者だったのだ。彼女は兄さんにも僕にも分け隔てなく接したが、あまり、特に女の子としては興味が無かった。僕よりも年下な婚約者かよ、兄さん実はロリコンなのか?とは思ったが、そもそも魔族に年齢という概念は有って無いようなものだから、関係無いのだろう。

「そんでぇ、クロ。どないするんです?皆が来るの、待つんです?」

「そんな呑気なことしてられないよ。全く、僕の手を煩わせるなんて……」

僕が立ち上がると、フェアラは僕を見上げてからすぐに同じように立ち上がる。僕はフェアラを横目で流し見ると、なるべく冷たく言い放つ。

「君は残っててよ。此処に集まったら、入れ違いになっちゃうでしょ」

「えぇー?」

あからさまにしゅんと落ち込むフェアラに背を向ける。

僕は情に流される暇なんて無いのだ。雑念は切り捨て、効率的に、一刻でも早く使命を全うしなくてはならない。

かつかつと足音を立て、何かを言いかけたフェアラを一人残し、僕は小屋を後にした。




◆◆◆◆◆




颯爽と出たは良いが、僕に奴等を見付ける当てはゼロに等しかった。そこでふと、城のメイド長、雨鬼が言っていた言葉を思い出す。

『もしもの時に開けてください、困った時です』

あの時渡された、異様に重いリュックのことをすっかりと忘れていた。今がその、もしもの時なのではなかろうか。ーーと、思ったが、僕の背中にそれらしい重さは無い。重過ぎて置いてきたよ、小屋に。

最後の頼りの綱……いや、すがる藁を無くした僕は、本日二回目となる溜息を吐き出した。はぁ。

しかしそれにしても、人間界というのは本当に平和ボケしているものだ。

魔界では赤と紫のグラデーションで不気味に広がる空は、人間界では青と白のグラデーションで、雲までが呑気にゆっくりゆっくりと風に流されて行く。

大小様々な建物が隣接する鬱蒼とした灰色の森のような魔界と、この緑豊かな草原では、その空気さえも、まるで構成する原子が違うのではないかと疑われる程だ。

海もそうだ。魔界の海は空と同じように赤と紫の色彩がおどろおどろしく波打っているが、此処の海は青く、浅いと海底が透けて見えるほどに澄んでいる。

はぁ。

今度は溜息ではない。深呼吸してみる。

まるで洗い流すかのように、清々しい空気が僕の体を中を流れていった。

「此処、空気良いよなぁ」

「!?」

誰かいた……だと!?

「ち、違う!僕は溜息を!」

僕は清々しいだなんて思っていない。ただ。ただ、この呑気な空気に呆れていたんだ。違う。断じて違う。

僕が叫ぶように否定すると、声の主……奇怪な上着を羽織った猫背の男は「そうか」と言って笑った。何だこの男の服。品性の欠片も感じられない……何処かの奴隷か何かか?

「座るか?俺も少しナーバスになっててな」

「僕はナーバスになんてなっていないし、君のように暇じゃないんだ」

「良いから座れよ、見たところ、忙しくもなさそうだ」

確かに、少し歩き疲れてはいた。此処らで休憩しても良いだろうと考え、僕はこの妙ちくりんな男の隣に腰を下ろした。男がくすくすと鬱陶しく笑う。

「俺、偶に此処を散歩してるんだ。まぁ、ノスタルジアってやつ?」

「海が豊かなところから奴隷として連れて来られたの?」

「はっ?奴隷?」

男の方を見ないままそう返すと、男は素っ頓狂な声を上げた。

「違うの?」

「違ぇよ。そんな趣味はない」

「趣味?奴隷になるのが?」

「いや、」

男は何だか渋い顔をして、寝癖を放っておいたかのような、横にツンツンと跳ねた頭をかいた。

「違ぇんだけどさ」

「何だ、違うのか」

とすると、男は冒険者か何かだろうか。探検家かもしれない。どちらにせよ、貧しい者なのだろう。

ん?探検家なのだとしたら、もしかして、

「君、此処らで……えーっと」

「お前と同じような、魔族を見なかったか、とか?」

「そう、まぞ……」

そこで、僕の顔は蒼ざめる。

自分と人間の姿では明らかに姿形が違うことを忘れていた。

人間界では、魔族は悪さをする存在だ。それなのに、魔族だなんてバレたら……いや、こいつは何で、僕が魔族だと気付きながら話しかけて、隣にかけるように促した!?まさか、罠か!?

「いや、そんな慌てて立ち上がらなくても。お前が何もしなければ俺もしねぇよ」

「は!?な、なんで!」

「悪さをしない魔族に、どんな害が有るんだ?」

男は、きょとんとしてみせる。

何を言っているんだこの男。どれだけ平和ボケしているんだ?馬鹿なのか?

魔族は、今まで人間に凡ゆる害を与えてきた筈だ。食料を盗んだり、捕食しようとした者までいる筈だ。それなのに、害が無い?

いや、これはやっぱり罠だ。何もしないと見せかけて油断させてから手にかける気だ。

僕はそんなに甘くは無い。もしそうだとしても僕が呆気なくやられる訳も無いが、そうなると面倒だ。此処は早々に立ち去るのが得策と言えよう。

「あっ、魔族ならーーー」

そんな男が僕の後ろから聞こえた。おびき出して殺してやろうという作戦だな?

僕は男の声を無視して、全力疾走で遠ざかった。

人間界、意外と危ないところだ。




◆◆◆◆◆




さざ波の音の中に、風を切るような羽音が混ざる。

「シン!こんなところに!」

淡く七色に光る不思議な羽を持った少女は、眉を吊り上げて猫背の男に駆け……いや、飛び寄る。

「あっちゃー、見つかったか」

「あちゃーじゃないわ!王様がこんなところで何やってるのよ!」

「ちょっと、面白い魔族に会ったんだ」

にやりと笑った男の顔を、少女は怪訝そうに見る。

「ーーって、またその変な服きて!」

「やっぱりダメ?このジャージ。落ち着くんだけど」

「だーめー!」


クロイツはその内、必然的に彼と再会を果たすことになるのだろう。


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