素直な気持ち
終わりへと一直線ーーーーー。
昨日は、眠れなかった。
それでもやっぱり朝はやってくる。
正体不明のモヤは、朝になる頃には喪失感へと変わっていた。
一体、なにを、失ったのだろうか。
昇降口で2日続けてやつと出くわした。
「やぁ」
いつもと変わらない調子で声をかけてくる。
「・・・おはよう」
「どうしたんだい?」
「今日は元気がないね?」
怪訝そうに問いかけてくる。
「・・・なんでもない」
俯きがちに答える。
ふと、弁当箱が目に映る。
昨日もらった、あの弁当箱。
その視線に気付いたやつは、はにかみながら答えた。
「今日のお昼一緒に食べることになったんだっ」
「せっかくだから僕が作ってきたんだよっ」
とても、嬉しそうだ。
でも。
なぜだろう。
その顔を見ていられない。
直視できない。
こいつが嬉しいのならいいじゃないか。
こうして自分とずっと一緒にいるよりも、そうやって青春を謳歌するほうがずっと良いに決まっている。
やつの門出を祝ってやるのが、友人である自分のあるべき姿じゃないのか・・・?
なんでこんなにも心がかき乱されるのだろう。
わからない。
わからない・・・・・。
「昨日の弁当ありがとう・・・・・美味しかったよ」
「きっとそいつも、喜んでくれるさ・・・」
どうにか振り絞って、そう答えた。
「ありがとっ」
「君にそう言ってもらえると心強いよっ!」
きっといつもと変わらない笑顔に違いない。
でも、どうしてもまともに顔を見ることができない。
「じゃあな」
だから。
一方的にそう言って、会話を切り上げた。
それが精一杯だった。
お昼がやってきた。
1人、食堂へと向かう。
昨日食費が浮いたから、今日は少し贅沢をしてやろう。
ふだんは頼まないトッピングを追加して、天ぷらもお願いした。
「おや、珍しいね」
「何か良いことでもあったのかい」
食堂のおばちゃんに突っ込まれた。
良いこと、か。
やつに恋人ができたことは、きっと良いことだ。
「いつも一緒にいたやつに恋人ができたんですよ」
それを聞くとおばちゃんはとても驚いたようだった。
『てっきり君たちは恋人同士だと思っていたよ』
おばちゃんの言葉に、むしろこっちが驚いた。
端から見たらそう見えていたのだろうか・・・。
いつもより豪華なうどんを持って席に着く。
いつもは頼まない天ぷらにかじりつく。
揚げたてで美味しい。
はずなのに・・・。
なんでこんなにも全てが希薄なのだろう。
全然美味しく感じない。
いつも美味しいのだから、今日は尚更格別のはずなのに。
いや、本当はわかっている。
無意識に比べてしまうのだ。
昨日の、あいつの弁当と。
あいつの弁当のほうが。
ずっとずっと、美味しかったーーーーー。
今は見知らぬ誰かと、一緒に弁当を食べているのだろう。
いつもと変わらぬあの笑顔で・・・・・。
もうーーー。
ごまかすのはやめよう。
素直になろう。
今ならはっきりと言える。
あいつが違う誰かとごはんを食べているなんて。
あいつが違う誰かとあの笑顔でいるなんて。
絶対に。
嫌だっっっ!!!
気がつくと駆け出していた。
向かう先は屋上。
やつには恨まれるかもしれない・・・・・。
恋人との初めての時間を邪魔し行くのだから。
でも。
それでも。
こんな気持ちを抱えたまま。
自分に嘘をつき続けたまま。
あいつに気持ちを伝えられないまま。
終わるのは、嫌だ。
人目も憚らず走る。
周りにどんな風に見られたって構うもんか。
息も切れ切れになりながら屋上への階段を駆け上る。
あいつに恨まれたって構うもんか。
屋上へのドアを勢いよく開け放つ。
そこには。
いつもと変わらない笑顔のやつがいた。
穏やかな笑顔で問いかけてくる。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
「すっごいボロボロだよ?」
肩で息をしながら、おかしなことに気付く。
あいつは1人だった。
「なんで1人なんだ・・・?」
やつは、不思議そうに答える。
「何を言っているんだい?」
「君と2人じゃないか」
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「いや、だって・・・・・」
2人でご飯を食べているんじゃないのか。
状況が飲み込めない。
困惑しているのを察してやつから問いかけてくる。
「僕の恋路を邪魔しにきてくれたのかなっ?」
物の見事に核心を突いてみせた。
言葉に詰まる。
それも全部見抜かれているようだった。
「ごめんね、びっくりさせちゃって」
すまなそうにそうつぶやく。
「君が来てくれるのを待っていたんだよ」
「でも、昨日付き合うことにしたって・・・」
「ん、それなんだけど・・・」
本当は断ったんだーーーーー。
ばつが悪いのか、こちらに背を向けそう言った。
そして続けてこう付け加えた。
「君以外に僕の弁当はあげないよっ」
振り返ったその顔は、今までで一番の笑顔だった。
よくわからないけれど。
笑いがこみ上げてきた。
感情も堰を切ったように溢れ出す。
すでにボロボロだっていうのに、おまけに顔までぐちゃぐちゃになってしまった。
それを見たあいつも顔をぐちゃぐちゃにして笑っていた。
お互いに顔を見合って、笑い合う。
顔をぐちゃぐちゃにして笑い合う2人。
見てくれは悪いかもしれないけれど。
それはとても温かで、心地よい空間だった。
一応完結です。
後日談的なものの投稿は考えておりませんが、希望があれば考えてみます。
完結までお付き合いいただきありがとうございました。
後日談はこちらから
http://ncode.syosetu.com/n7687bk/




