1話目 飴とムチ
―深夜3時―
西池袋の端、廃病院の前に一人タバコを吸いながらブロック塀に寄りかかる男の姿があった。スーツ姿で金髪のその姿を見ただけだとまんまホストなのだが、ここは繁華街からは大分離れている住宅地だ。
やがて男の顔をスクーターのライトの光が照らす。スクーターは男の前に止まり、乗っていた青年はヘルメットをはずす。
「今日の報酬は?」
俺はスクーターのストッパーを足で下げ取ったヘルメットをハンドルに掛けてスクーターを降りた。
「まず報酬から聞くのかよ。内容はどうでもいいってか?」
金髪の男は吸っていたタバコを地面に捨て、足でグリグリと消しながら答える。
「どうせいつもと変わらないんだろ。それよりあの爆弾高校生はまだ来てないのか?」
「サキは今日はお休み。明日は土曜だけど大学生と違って高校生は学校あるからな。」
「おっさんは終日休みだけどな。」
「おっさんじゃねぇ。お兄さんと呼べ。もしくはセイジさん。」
「わーったよ、おっさん。んで報酬は?」
俺がおっさんと呼ぶとセイジという金髪の男はいつもどおり呼び名に不服そうな顔をする。
「一匹につき三万。」
「えー、こないだ倒したヤツは一匹5万だったじゃん。」
「今回の依頼人はいつもの人じゃねーからな。ま、こないだみたいに素早いのとか厄介なやつはいないから妥当だろ。」
「ったく、割にあわねーなぁ。」
「まぁそう言うなよユウキ。あとでラーメン奢ってやるから。」
「こんな時間にラーメン食ったら体にわりーっての。」
俺はスクーターに取り付けていたバットでも入っていそうな黒い筒状の入れ物を取り出す。おっさんもそれを見て足元に立てかけていたスーツケースを手に取る。
「じゃあボチボチ行きますかぁ」
二人が病院の敷地に足を踏み込んだ瞬間、病院の扉が開き、大量の死霊が吹き出した。
「早速お出ましかっ!」
セイジは持っていたカバンから銀色の二丁拳銃を取り出し、俺は手に持った筒から日本刀を取り出す。突進してきた死霊を真っ二つにし、おっさんの方に声をかける。
「しっかりサイレンサーつけとけよ。おっさん。」
「心配すんな。ちゃんとつけてるよ。まぁー今日だけは中二病爆発娘がいなくて良かったな、池袋でドンパチデカい音たてられねーし。」
俺達は話ながら死霊をバッタバッタとなぎ倒していく。病院からは40体近くの死霊が出てきたのだが、既に半数近くが塵と化した。
「どうした?ユウキ?数が伸びてねーけど。バイト代いらねーのか?」
「うるせーよ!ユーレイってどうも斬りづれーんだよなぁ。おい残鬼!全然斬れねーぞ。」
使えない刀め…。俺が刀に話かけると刀が光り、柄のあたりから巫女服の10歳前後くらいの容姿の女の子の精霊が出てくる。
「うるさいのぉ。幽体は斬れないこともないが、斬り辛いと前にも言ったであろうが!集中せい、集中。」
残鬼と呼ばれた刀の精霊はユウキの頭の上あたりであぐらをかき浮かびながら不機嫌そうに応える。
「あーもう面倒くせぇ。もう斬れるものから斬ろうぜ。」
「よし、ならばあの金色の頭の男などどうじゃ?」
「お、いいねぇ。」
「いいねぇ…じゃねーよ!!残鬼も変に乗せるなっ!!」
「だって斬れねーし三万だとテンション上がらないし、まだこないだの異星人とかヴァンパイアの方が良かったわ。」
やーめたっ
俺はその場に座り込んだ。
「ちょまっ…それは困る!わかった!残鬼。後で杏子飴買ってやるからそのニート野郎にスパスパさせてやってくれ。」
俺の上でプカプカと浮かんでいた残鬼は杏子飴の言葉にピクッと反応し、目をキラキラと輝かせながらセイジの目の前まで飛んでゆく。
「本当か!セイジ!本当だな!?」
「本当だ!ウソつかない!だからそこをどいてくれ!前が見えん。」」
残り少ない死霊に照準を合わせるセイジだが、目の前にはキラキラ顔の女の子しか見えない。
「わかった!本気を出そう。」
残鬼は飛び跳ねるように俺のところへと舞い戻り柄から刀へ戻ると刀身が青く光り始めた。
「飴ごときに買収されてんじゃねーよ。」
「セイジの買って来てくれる飴は美味しいのじゃ。お前の舐めてる辛いのと違っての。」
「今の時代はあんなギトギトの飴流行んねーの。食べるのはお前とおっさんくらいだ。おい、おっさん。糖尿に気を付けろよ。」
「俺はまだ28だっ!」