名探偵は誰だ?
昭和◯◯年 十月
朝の校庭には、まだ薄い霧が残っていた。校舎の窓ガラスが朝日を受けて、ところどころ白く光っている。
「おい、トシキ。早くしろよ!」校門のそばで、少し小太りのヒデオが声を張り上げた。
ランドセルを背負ったトシキが、片方の靴のかかとを踏みながら走ってくる。小柄な体つきだが、いつも胸を張っている。
「待てよ。まだチャックが閉まってないんだ」
「そんなの、歩きながら閉めろよ」
「無茶言うなよ」
二人のうしろから、サオリが小走りで追いついてきた。肩まである髪を白いゴムで結んでいる。
「もう、朝からけんかしないでよ」
三人は校庭を横切り、校舎の裏手にあるうさぎ小屋へ向かった。
飼育当番は二か月に一度、三人で一週間を受け持つことになっている。朝の餌やりと水の交換、それから小屋の掃除。
小屋の前に着くと、扉には鍵がかかっていた。
「サオリ、鍵は?」
「忘れてたわ。職員室行って取ってくるね」
サオリが校舎へ行くと、トシキとヒデオは小屋の前で待った。
やがて、サオリが小さな鍵を握って戻ってきた。
サオリから鍵を受け取ると、トシキが金網の扉を開けた。
「おはよう、みんな。朝ごはんだぞ」
扉を開けると、うさぎたちが一斉に顔を上げた。
白いの、茶色いの、耳の先が黒いの。鼻をひくひくさせながら、三人の足元に近寄ってくる。
「ほら、押すなよ。順番だ、順番」
トシキが餌箱を持ち上げた。
ヒデオは水入れを取り出し、サオリは持ってきた野菜を小さく分け始める。
「……あれ?」サオリが、ふと手を止めた。
「どうしたんだよ?」トシキが餌箱を抱えたまま振り向く。
サオリは小屋の中を見回した。
「一匹、足りないんじゃない?」
ヒデオも、うさぎたちを数え始めた。
「一、二、三……」
指を折りながら、もう一度数える。
「やっぱり、一匹いない」
トシキは笑った。
「どっかに隠れてるんだろ。ほら、奥のほうとか」
しかし、うさぎ小屋の隅にも、餌箱の陰にも、その姿は見えなかった。
「ほら、一番小さくて元気な」
「ああ、片方の足に茶色が混ざったやつか……」
「おはよう!」
うさぎ小屋の外から声が聞こえた。
「あ!ユミちゃん。どうしたの?」
おかっぱ頭のユミも三人と同じクラスで先週の飼育当番だった。
「この前、にんじんの葉っぱあげたら、よく食べてたから持ってきたの」
ユミはうれしそうに手提げかばんからビニール袋に入った、にんじんの葉っぱを取り出した。
「ありがとう……」
「どうしたの?」
三人の浮かない顔を見たユミは、うさぎ小屋の中に入ってきた。
「一匹、見当たらないんだ」
「一番、小さいのが……」
「え!チビちゃんが?」
ユミが驚いて、うさぎたちを見つめた。
「チビちゃんて名前なのか?」
トシキがユミを見て言った。
「あたしが勝手に呼んでるの。気に入ってたから」
「やっぱりいないよ、どうする?」
ヒデオが不安そうにトシキを見た。
「先生に言わないと……」
「そうだ、昨日あたし見た」
ユミが顔をあげて言った。
「何を見たんだよ」
トシキも立ち上がってユミを見た。
「昨日、音楽の葉山先生とおしゃべりしてて帰るの遅くなっちゃって、あわてて音楽室を出たの」
「それで?」
「裏門から出て帰ろうと思って走ってたんだけど、サツキちゃんがうさぎ小屋を覗きこんでるのが見えたの」
「サツキちゃんが?」
「うん。あれ?サツキちゃんうさぎ好きだったかなぁって……急いでたから声かけないで帰ったんだけど」
「サツキちゃんか…勉強できる感じだけど、うさぎ好きってのはどうかな?」
トシキは腕を組みサオリに問いかける。
「あの子は、すごくいい子よ。優しくて親切だし」
「オレ、消しゴム貸してもらったことあるよ」
ヒデオも口を揃える。
「わかったぞ! サツキちゃんには病気の弟がいるんだ。『うさぎが見たいよ、お姉ちゃん』って、ねだったんだ」
してやったり顔でトシキが言った。
「サツキちゃんがうさぎを持って行ったって決まったわけじゃないよ」
ヒデオがトシキをにらんだ。
「サツキちゃん、ひとりっ子だったと思う」
サオリも困った顔をしている。
「それなら、じいちゃんか、ばあちゃんかもしれないぞ」
「トシキ、もうやめろよ」
「やっぱり先生に言ったほうがいいんじゃない?」
「いや、ちょっと待て!」
トシキが両手をあげ、みんなを制した。
「今日から一週間はオレたちが飼育当番なんだ。つまり、これはオレたちの事件なんだ」
「オレたちの事件?」
「そうさ。オレたちに与えられた謎解きゲームさ」
「謎解きゲームって、うさぎが消えただけじゃん」
「ここは密室だぜ。『うさぎはどうやってこの密室から逃げたのか?』」
「うさぎが自分で逃げたみたいに言うなよ」
「だから、連れ出した犯人を見つけるのさ」
「そんなこと、どうやってやるのよ?先生に言ったほうがいいわよ」
「そうよ。チビちゃんがいないのバレちゃうかもしれないし」
「バレたらその時はその時さ。でも先生に言ったらオレたちの責任にされるかもしれないぜ」
「でも、あたしたちは今日からなのよ」
サオリが怒ったように言う。
「だったら、先週当番のあたしたちが怒られるのかなあ」
ユミは泣きそうになっていた。
「とにかく、バレるまではオレたちで探そうぜ」
「どうするつもり?」
「まずは、サツキちゃんを事情聴取だ。ワトソン君」
「勝手にホームズになるなよ!」
とりあえず先生には黙っていて、様子を見ようということになった。
授業が始まるので、急いであとかたづけをして教室へ向かった。
サツキちゃんは学校に来ていなかった。熱があるとのこと。
一時間目の授業が終わると、四人は集まった。
「どう思う?サツキちゃん」
「わからないけど、昨日のことあるし」
「やっぱり関係あるのかな?」
「本当に病気なのかも」
「でも、少し怪しくなってきたぞ」
トシキが腕を組んで考えてるポーズをする。
「どうする?」
ヒデオがみんなを見まわす。
「とにかく、今のところ手がかりはサツキちゃんだけだからな」
「今日、算数の石山先生が宿題のプリント出すと思うわ。それサツキちゃんとこ持って行って様子を見たら?」
「サツキちゃんの家、知ってんのか?」
「あたし知ってるよ、うちから近いから」
サオリがそう言うので、授業が終わったあと四人でサツキちゃんの家に行くことにした。
予想通り宿題のプリントが出たので、四人はサツキちゃんの家へと向かった。
「四人で押しかけたら怪しまれそうだからさ。オレらは少し離れたところに隠れてるから、頼むよ」
トシキがサオリとユミに手を合わせて言った。
「頼むって、どうすればいいのよ?」
サオリが不安そうにユミを見た。
「お母さんが受け取るだけでサツキちゃんには会えないよね」
ユミも困った顔をしている。
「それでいいよ。オレたちサツキちゃんの家の周り見て、うさぎの気配がしないか調べてみるよ」
「犬でもないのに、そんなのわかるのか?」
ヒデオが嫌そうに言う。
「今はそれくらいしかできないだろ?やるしかないんだよ」
トシキが諭すように言った。
サツキちゃんの家は学校から歩いて十分くらいのところにあった。
住宅街の中にある二階建ての小さな一戸建てだった。灰色の瓦屋根に白っぽい壁。門から玄関までの短い通路の脇には、いくつかの植木が並んでいる。
「じゃあ、頼んだぜ」
トシキの言葉に振り返りながらサオリとユミが門の中へと入って行った。
「オレたちは裏へ回るぞ」
トシキがヒデオに目で合図した。
家の裏側にたどり着いたが、窓にはカーテンが引かれ、塀の内側には木が植えられていて中が見えにくい。
トシキが塀を乗り越えようとしたが、ヒデオが必死になって止めた。
「それは、さすがにやばいって……」
ヒデオが手で額の汗を拭った。
「どうしようもないな」
二人は諦めて、表の通りに向かった。
サツキちゃんの家の前でサオリとユミが待っていた。
「どうだった?」
「やっぱり、サツキちゃんには会えなかった。でも、明日は学校に来れるみたい」
「そうか。じゃ、明日だな」
「サツキちゃんのお母さんが、お礼だってこれ」
サオリが手提げかばんから、お菓子を取り出した。
「え!エンゼルパイじゃん。すごい収穫だな」
トシキが飛び上がって喜んだ。
「いじ汚いホームズだな」
ヒデオが呆れて言った。
近くの公園でエンゼルパイを食べながら明日の作戦を話し合った。
(と言ってもサツキちゃんに何があったのか聞くだけなのだが)
みんなと別れてヒデオが家に帰ると、お母さんがあわてて玄関から出てきた。
「ヒデオ!こんなに遅くまでどこ行ってたの?」
「友だちと公園でしゃべってたんだけど……」
お母さんの目がつり上がって見えたので、ヒデオは言葉に詰まってしまった。
「お母さん、心配したんだよ。三丁目の宝石店に二人組の強盗が入って、宝石盗んで逃げたって大騒ぎ。テレビのニュースにも流れてて……」
「お母さん!強盗捕まったって、今ニュースやってるよ!」
奥から、妹のコトミの叫ぶような声が聞こえた。
お母さんがあわてて奥へ入る。
ヒデオも中に入り、居間にいる二人と一緒にテレビを見た。
宝石店を襲った二人組の強盗犯は近くの古い空き家に隠れていたところを警察官が見つけて捕まえた。宝石はまだ見つかっていないらしい。
「はー。お母さん、これで安心したわ」
「すぐに捕まってよかったね」
へたり込むお母さんの横で、コトミはポッキーをかじりながらニコニコしている。
──それにしても、何かあわただしい一日だったなぁ。
ヒデオも疲れがいっぺんに出て座り込んでしまった。
次の日、トシキたちがうさぎの世話を終えて教室に入ると、サツキちゃんが自分の席にいるのが見えた。
ユミがこっちへやって来た。
「サツキちゃん大丈夫そうよ」
「ユミ、おまえがサツキちゃんを見たんだから昼休みに、それとなく聞いてみてくれよ」
トシキが当然のように言った。
「ええ!あたしが?どうしよう。何て言えばいいの?」
「おととい、うさぎ小屋の近くにいたの見たけど何かあったの?って感じでいいんじゃない」
「でも、本当のこと言ってくれるかなぁ……」
「いいんだよ。答えより、その時のサツキちゃんの様子を見とくんだよ。何か知ってそうだったら、またあとで考えるからさ」
昼休みになり、サツキちゃんが給食を食べ終わるのを見て、ユミが恐る恐る近づいて行く。
トシキたち三人は、ヒソヒソ話をするふりをしながら、その様子を伺っていた。
ユミがサツキちゃんに話しかけている。
サツキちゃんの顔が少しこわばったのがわかった。
ユミはニコニコしながら話かけているようだが、サツキちゃんは緊張した様子で首を横に振っていた。
「ヒデオ、あんまりジロジロ見るなよ」
トシキが小声で言う。
「やっぱりダメそうだな」
ヒデオはぽつりとそう言って下を向く。
「でも、あれはやっぱり何か知ってる感じだわ」
サオリも小声でささやいた。
トシキたちは計画通りに、先に校庭に出て、うさぎ小屋の近くでユミが来るのを待った。
五分ほどして、ユミが走ってやってきた。
「どうだった?」
トシキが息を切らせたユミに聞いた。
「はあー。サツキちゃん何か、すごく怯えていて『知らない。何も見てない』の一点張り。あたしもドキドキして……」
「そうか。やっぱり怪しいな」
「でも、どうするよ?これ以上、つっこめないぜ」
「でも、サツキちゃんがうさぎなんか持って帰ったら、あのお母さん黙ってないと思うわ」
サオリがみんなを見て言った。
「そうよね。虫やカメなんかと違って隠せないと思うし」
ユミも賛同して言う。
四人とも黙りこんでしまった。
しばらくしてヒデオが顔を上げた。
「あいつに頼んでみようか?あいつなら何とかしてくれるかもしれない」
「あいつ?あいつって誰だよ」
「隣のクラスにいる、キリュウ・ケイスケ…三年生の時、同じクラスだったんだ」
「えー!キリュウくんって学年一の秀才じゃん」
ユミが目を輝かせた。
「何だよ!ヒデオ。オレたちで解決するんじゃなかったのかよ?」
トシキが目をむいて言う。
「いや、あくまでも助っ人としてだよ。オレたち行きづまっちゃったしさ」
「そうよね。キリュウくんなら何かいい考えが聞けるかもしれないわ」
サオリもヒデオの案を後押しした。
「そうかなあ。オレたちいいところまで来てるのになあ」
トシキは納得しかねていたが、みんなに説得されキリュウくんのいる三組の教室へ向かった。
今度はトシキとヒデオの二人でその教室に入っていった。
「あいつだよ」
ヒデオがトシキに小声で言った。
教室の一番奥のうしろの席にキリュウくんは座っていた。
細身で前髪が少し長く黒縁のメガネをかけ、何かの本を読んでいる。
──とっつきにくそうなヤツだなあ。
嫌そうにしているトシキの腕をひっぱり、ヒデオはキリュウくんの席まで近づいた。
「やあ!キリュウくん。ひさしぶり」
ヒデオは笑顔で挨拶をする。
「ああ、ヒデオくんか。めずらしいね」
キリュウくんは顔を上げてヒデオを見たあとトシキに目を移した。
「あ、こいつ、今オレと同じクラスのトシキ」
「ふうん、そうなんだ」
トシキは自分が品定めされてるような気がした。
「あいかわらず本を読んでるんだね。推理モノかい?」
「いや、これは『罪と罰』っていう本さ。ロシア文学の巨匠、ドストエフスキーの作品なんだけど面白くてね」
「推理小説好きだと思ってたのに、そんな難しい本読んでるの?」
ヒデオはキリュウくんの手元にある本をまじまじと見る。
「それがね、この小説は推理小説にある『倒叙型』に近い構造をしていてね。調べてみたら、これがまた面白いんだ」
──何をわけのわからないことを言ってやがんだ?
トシキはもう教室から出て行きたくなっていたが、ヒデオがその腕をしっかりと抑えていた。
「ドストエフスキーはエドガー・アラン・ポーの小説を読んでいてね、自分の雑誌にポーの作品の紹介や論評をしてたんだ。ポーにはかなりの影響を受けたみたいなんだ。
ポーの『告げ口心臓』っていう小説も倒叙型でね、『罪と罰』はこれにかなりの共通点があると言われてるんだ。
ただ、ポーは犯罪者の心理を描いてたのに対して、ドストエフスキーは心理から思想や宗教的なドラマにまで発展させているんだ」
「すごいね、それ。その話はまた今度ゆっくりと聞かせてもらうよ。今日はちょっと相談に乗ってもらいたくて来たんだ」
そう言うヒデオの少し前にトシキが出た。
「君が三組のホームズか。オレは二組のホームズと言われている男だ。よろしくな」
──このバカ何言いだしてんだ?
「僕はホームズなんて呼ばれてなんかないよ」
キリュウくんは少しムっとした顔をした。
「いや、こいつのことも誰もホームズなんて呼んでないし」
ヒデオは再びトシキをうしろへやり、これまでのことを話した。
昨日の朝、うさぎ小屋に行ったら、うさぎが一匹いなくなっていたこと。その前の日の夕方、サツキちゃんがうさぎ小屋を覗いているのを見た子がいること。
今日、サツキちゃんにそのことを聞いたら『何も見てない、何も知らない』って言われた。でもその様子が何かを怖がっているように見えたこと……。
「なるほど。それで飼育当番の君たちが困っているというわけだね」
「いや、オレたちだけでも解決できないことはないんだけど、一応、ほかの意見も聞いてみようということになってね」
またトシキがしゃしゃり出て言った。
「……そうか。サツキくんは三年生の時、僕が委員長で彼女が副委員長やってた関係で、よく話し合いをしたよ。僕になら何があったか話してくれるかもしれないね」
「そうかい。そうしてくれるならありがたいなあ。さっそく今日の授業が終わったらすぐサツキちゃんのところへ行ってくれるかな?」
「わかったよ。君たちは、職員室へ行ってうさぎ小屋の鍵を取りに行って、うさぎ小屋の近くで待っていてくれ」
最後の授業が終わりトシキたちは職員室で鍵を取り、うさぎ小屋の前でキリュウくんが来るのを待った。
「何かあいつ、気取ってて嫌な感じだよな」
トシキはキリュウくんに、お株を取られた気がしていた。
「キリュウくんは、あたしたちよりずっと大人なのよ。悪い人じゃないと思うわ」
サオリたちが、そんな風に言うのでトシキはますますキリュウくんのことが、うっとおしくなっていた。
「とにかくさ、うさぎさえ見つかればいいんだからさ」
ヒデオがトシキをなだめるように言った。
今は、キリュウくんだけが頼りなのは、わかっていた。
ただ、トシキは自分たちで解決したかった。
二十分ほど経って、校舎からキリュウくんが出てくるのが見えた。
歩いてくるキリュウくんの様子をトシキたちはじっと見つめていた。
「何かわかったのかなあ……」
ヒデオがみんなを振り返って言った。
「サツキちゃんは帰ったのかしら?」
ユミも不安そうにしている。
キリュウくんはみんなの目の前までくると、ため息をついた。
「話は聞けたのかい?」
ヒデオが恐る恐る聞く。
「うん。彼女はうさぎとは関係ないよ。おとといの夕方、忘れ物を取りに学校へ来たそうだ。そして帰ろうとしていたところ、うさぎ小屋のそばに知らない男の人がいるのを見たんだ」
「知らない男の人?」
トシキが怪訝な顔でみんなを見た。
「それで、何をしているんだろうと思って見ていたら、その男が帰っていった。サツキくんは気になって、うさぎ小屋を覗いてみた。でも、何があったのかはわからなかったそうだ」
キリュウくんは少し間を置いた。
「ところが、家に帰ってテレビを見ていたら、その男が宝石店を襲った強盗犯のひとりだと知った」
「ええっ!」
ユミが声を上げた。
「じゃあ、サツキちゃんが怖がってたのは……」
「自分の顔を、その男に見られたかもしれないと思ったんだ……それで次の日、学校を休んだんだ。強盗犯が捕まったと知って、今日は恐る恐る学校に来たらしい」
「サツキちゃんはうさぎとは関係なかったんだ」
サオリがつぶやくように言った。
「なら、うさぎは誰が?強盗犯はそこで何をしてたんだよ?」
トシキはキリュウくんをにらんで言った。
「うさぎは誰かが持ち去ったんじゃないと思う。その話はあとにして、うさぎ小屋をちょっと見せてもらうよ」
キリュウくんはそう言って、うさぎ小屋の周りをゆっくりと見て回りだした。
「何だよ、あいつ。うさぎのこと全然わかってないじゃん」
トシキが小声でヒデオに言った。
「何か考えがあるんだよ。もう少し、様子を見ようよ」
ヒデオが必死にトシキをなだめた。
キリュウくんが途中で立ち止まり金網の下の方をじっと見ている。
「やっぱり……」
キリュウくんはまだ、そこをじっと見ていた。
「何が、やっぱりなの?」
ユミがたまらず聞いた。
「ここへ来て見てみなよ」
みんなは、キリュウくんのいるところへ行った。
キリュウくんが目で指し示すところを、みんなで屈んで見た。
「あっ!」
みんながいっせいに声をあげた。
金網の一箇所に、小さな穴が開いていた。
針金が数本、外側に向かって曲がっている。
「いなくなった、うさぎは小さかったらしいね。この穴を通れそうかい?」
キリュウくんは金網を見つめながら聞いた。
「ギリ通れそうだよな」
「うん。チビちゃんだったら通れると思う」
ユミも金網の穴をじっと見つめている。
「でも、これナイフかハサミで切ったような穴だな」
「チビちゃん、どこ行ったんだろ?」
「それは、僕にもわからないよ。誰かが拾ってくれていることを望むしかないな」
「そんな!それじゃ何の解決にもなってないじゃないか!」
トシキがキリュウくんに噛みつく。
「誰がこんな穴開けたんだ?そいつのせいだよ!」
ヒデオも怒りが抑えられなくなってきた。
「ちょっと、うさぎ小屋の中を見てみたいんだ。開けてくれるかい?」
みんなは、キリュウくんのあまりに冷静な態度に呆気にとられた。
怒る気持ちも失せてしまい、言う通りにうさぎ小屋の鍵を開ける。
キリュウくんがうさぎ小屋の中に入る。
みんなも、仕方なく続いて入っていく。
キリュウくんは穴の空いていたところを手さぐりしながら何か探している。
「君たちも、何か落ちていないか、もう一度探して見てくれ」
みんなはお互いを見やり、それぞれに別れて手さぐりを始めた。
「何もないなあ」
「こっちも何も落ちてないよ」
そのときだった。
「すみませーん!」
裏門のほうから、女の人の声が聞こえてきた。
みんなが一斉に顔を上げる。
見ると、女の人が、小さな男の子の手を引いてこちらへ歩いてくる。
男の子は何かを抱えていた。
「あっ!」
ユミが声を上げた。
男の子が抱えているのは、いなくなったうさぎだった。
「チビちゃんだ!」
ユミがあわてて、うさぎ小屋を飛び出た。
みんなも続く。
男の子は、母親の横で肩をすぼめてうつむいていた。
「すみませんでした。この子が、うさぎを連れて帰ってきたんです」
母親が申し訳なさそうに頭を下げた。
「おとといの夕方、この子が家の前でうさぎを見つけたみたいで……。かわいかったから、自分で飼おうと思ったらしいんです」
男の子はみんなの様子を伺うように、そっと顔を上げた。
「今日、掃除をしてましたら押し入れの中にうさぎがいるのでびっくりしまして……」
母親は男の子の頭を軽く撫でた。
「ほら、ちゃんと謝りなさい」
男の子はますます小さくなったように身を縮め、うつむいたまま、しばらく黙っていた。
「……ごめんなさい」
消え入りそうな声で謝った。
「そういう時は、お母さんにちゃんと言うのよ」
サオリが男の子の頭をなでながら言った。
ユミが男の子からうさぎを受け取る。
「おかえり、チビちゃん。心配したのよ」
「職員室はどこでしょう?先生のところにもあやまりに行かないと……」
母親が校舎のほうを見ながら言った。
「大丈夫です、お母さん。うさぎに関してはすべてオレたちにまかされてるので……」
トシキが胸をポンと叩いて言った。
「そうなんです。あたしたちが先生にうまく言っておきますから」
サオリも笑顔で続いた。
「本当にいいんですか……」
母親はとまどいながらも、ほっとしたようで、何度も頭を下げながら男の子を連れて帰っていった。
「うさぎが戻ってよかったなあ……」
トシキは笑顔でみんなに目を向けたがキリュウくんがいないのに気づいた。
うさぎ小屋の金網に穴が空いていたところで下を向いている。
──何だよ、こいつ。うさぎも見つけられなかったし……
みんなもキリュウくんに気づいてとまどっている。
「さっき、強盗犯の話をしただろう?」
キリュウくんは下を向いたまま言った。
みんなはキリュウくんのそばに行った。
「この穴はナイフで切られたような跡があるんだ。強盗犯がこの穴を開けたに違いないと思う」
「強盗犯が?」
ヒデオが目を丸くしてキリュウくんを見つめる。
「どうして強盗犯が……」
サオリとユミも不安そうにキリュウくんを見ている。
「逃走中の強盗犯が、うさぎ小屋からうさぎを持って行こうなんて考えるはずないよね?」
「何が言いたいんだよ!」
トシキはキリュウくんの持ってまわった言いかたに腹を立てて言った。
「強盗犯が奪った宝石は、まだ見つかってないらしいよ。時間的に、強盗犯はここから離れて仲間がいる空き家に戻ったところで警察に捕まっている。
その空き家も捜索されただろうし、時間的に見て、ここから空き家に戻るまでにどこかに寄った可能性も低いんだ」
「じゃあ、このうさぎ小屋に宝石を?」
ヒデオが驚いてみんなの顔を見まわす。
「でも、うさぎ小屋にはそんなものなかったぞ」
トシキがキリュウくんをにらんで言う。
「強盗犯は最初このうさぎ小屋の中に宝石を隠そうとした。穴は持っていたナイフか何かで空けた。中に敷いてある藁や枯れ草の下に宝石を隠しておこうと考えていた。
でも、おそらく思ったより、うさぎが活発に動きまわっているのを見て『これは、すぐにほじくり返されるな』と思ったんじゃないかな。うさぎ小屋の中に宝石を隠すのを思い直したんだと思うよ」
キリュウくんは相変わらず下を向いたまま話していた。
「じゃあ、宝石はどこにあるんだい?」
トシキはキリュウくんをずっとにらんでいる。
「そりゃ、このうさぎ小屋の近くにあると思うんだけど、どうにもね……」
キリュウくんは顔を曇らせて地面をつま先で蹴りはじめた。
──何だ?こいつイライラしてやがる……
トシキはキリュウくんの様子を見て急にうれしくなってきた。
キリュウくんは顔を上げ、みんなを見て言った。
「どうやら、僕にはお手上げのようだ。まあ、うさぎが帰ってきたことだし、あとは君たちにまかせるよ」
「え!キリュウくん帰っちゃうの?」
サオリが悲しそうに言う。
「もう少し、一緒に探そうよ」
ヒデオもすがるように言った。
「家に帰ってやらなきゃいけないことがあるんだ。調べものがたくさん残っていてね。悪いけど失敬するよ」
キリュウくんはみんなの横を通り過ぎて裏門から出ていった。
残された、みんなは呆然となっていた。
「何だよ、あいつ!全然頼りにならないじゃねーかよ」
「どうするよ?」
「うさぎが戻ったんだし、もういいんじゃない?」
「あたしも帰ろうかな……」
「ちょっと待てよ!」
トシキはみんなの前に立ちはだかった。
「せっかくここまでやってきたんだぜ、オレたち」
「でも、宝石なんてあたしたちに関係ないわ」
「見ただろ!『僕にはお手上げだ。君たちにまかせるよ。悪いけど失敬するよ』だと。何じゃ!あれは。どこで習ってきやがったんだ」
「しかたないじゃないの。もともと関係ないんだから」
「いや、オレは無責任なあいつの鼻を明かしてやりたい」
「どうやって?」
みんながトシキを見つめている。
「だから、考えてるんだよ……」
──あのヤロウ、地面蹴って投げだしやがって……あれ?
トシキがキリュウくんがいたところをじっと見る。
「トシキ、どうしたんだよ?」
ヒデオがトシキの顔を覗きこむ。
──あそこだけ、土の感じ変だよな……
トシキはその場所まで行き、しゃがみこんだ。
「これ、もしかしたら……」
トシキが両手で土を掻きわける。
何も出てこない。
「違うのかな……」
ヒデオがうしろから覗きこむ。
「もう少し掘ってみろよ」
サオリとユミもしゃがみこんだ。
トシキは夢中になって土を掻き続けた。
すると、指先に何か硬いものが触れた。
「ん?」
トシキの手が止まる。
土を払いのけると、小さな布の包みが現れた。
「何だ、これ?」
トシキは土の中からそれを取り出した。
四人が顔を寄せる。
「開けてみようよ」
サオリが言った。
トシキが慎重に布を開く。
その中から、色とりどりの宝石がいくつも転がり出た。
「……!」
四人とも声が出なかった。
赤、青、緑。
光を受けて、宝石がきらきらと輝いている。
「これ……本物の宝石だよな?」
ヒデオが震える声で言った。
「たぶん……」
サオリも驚いた顔で宝石を見つめている。
ユミは両手で口を押さえていた。
トシキだけは、宝石を見つめたまま、にやりと笑った。
「やった……」
そして、拳を握りしめる。
「見つけたぞ……オレが見つけたんだ」
サオリが職員室へ行って担任の片山先生を連れてきた。
先生に事情を話して宝石を見てもらった。
「警察へ連絡しましょう」
ほどなくして警察官がやって来た。
宝石は、数日前に近くの宝石店から盗まれたものだった。
警察の調べで、その宝石から強盗犯の指紋が見つかり事件は解決することとなった。
事件が解決してから数日後、四人は警察署に招かれた。
署長から、ひとりずつ感謝状を手渡された。
「よく勇気を出して届けてくれました。みんなのおかげで、大切な証拠を見つけることができました」
四人は少し緊張しながら、感謝状を受け取った。
その次の日、全校児童が集められた朝礼で、校長先生から四人のことが紹介された。
「みなさんも知っていると思いますが、この四人は、盗まれた宝石を発見し、先生に知らせました。それが事件の解決につながったのです」
校長先生がそう言うと、体育館に大きな拍手が起こった。
ヒデオはうつむき、サオリは小さく笑っている。ユミは隣の二人と顔を見合わせた。
そしてトシキだけは、胸を張っていた。
そのあくる日。
──あれから、トシキのヤツいちいち名探偵気取りなんだよな…
──あれ、絶対キリュウくんわかってたよね…
──何で、知らないふりして帰っちゃったんだろう?
──トシキが張り切ってんの見てたからだろ…
──見るに見かねてってヤツね…
三人がヒソヒソ話をしている教室にトシキが意気揚々と現れた。
「やあ、君たちお揃いだね」
「ああ、おはようトシキ」
ヒデオが笑顔をつくろう。
「しかし、何だね。たかが宝石を見つけただけなのに、あんなにも騒いでもらっちゃ気恥ずかしいよ」
「そ、そうよね」
サオリもたじたじになる。
「学校にいる全員が僕のサインを欲しがってるみたいだからね」
「サインの練習しておいたほうがいいんじゃない?」
ユミが引きつった顔で言う。
「それにしても、一番の幸せ者は君たちだね」
トシキは目を見開いて三人を眺めた。
「何だよ、それ?」
ヒデオが少しムっとして言った。
「何たって君たちは名探偵が誕生した瞬間を間近で見ることが出来たんだからね」




