プロローグ
闇よりも黒く禍々しい翼が、恐ろしい勢いで窓の外を過った。
それまで優雅に城内を包んでいた楽士による演奏が、貴婦人達の甲高い叫びによって引き裂かれる。
シャンパングラスが震える手から滑り落ち、床に砕けて飛散する。
次の瞬間、轟音と共に巨大な影が城に舞い降り、その巨体が枠ごと窓を押し破った。恐怖に慄く客人達に、砕けたガラス片が雹のように降り注ぐ。
暗雲に轟くは雷鳴か、咆哮か。
『黒の魔法使い』――人々からその忌み名を与えられ、恐れられている黒竜の姿が、そこにあった。
駆け付けた衛兵達は雄たけびを上げ勇ましく剣を振りかざしたが、その切っ先は竜の漆黒の鱗に触れることさえ出来ないままに石化した。じわり伸びたるその魔力は、武具のみならず、それらを構えた兵士達をも冷たい石へと変えてゆく。逃げ惑う貴賓達もまた、薄気味悪く輝く紫紺の光に追い付かれ、脚から腰、腕、肩、頭の先まで、みるみるうちに石像へと変化させられた。
圧倒的な力の差に、退屈でもしたのだろうか。足らぬとばかりに竜はぱっくりその口を開けると、灼熱の火焔を吐き出した。炎は渦を巻いて放射され、煌びやかな宴席を、あっという間に凄惨な光景に塗り替えた。
一足、一足、ゆっくりとその巨体が進むごとに、地響きのような振動が城を震わす。大木より尚太い尾が、易々と石柱を薙ぎ倒す。
やがて黒竜は歩みを止めると、鋭い鉤爪をのそりと伸ばした。
嵐のような風が起き、遅れて轟音が響き渡る。
瓦礫や火の粉を巻き上げながら、呪われた黒き翼は大きく風を翻し、大広間を後に飛び立った。
その腕に、本日14歳の誕生日を迎えたばかりの、ロイス王子を掴んだまま。




