エピローグ
夕暮れ時。街道に二つの影。二人、いや、一人と一匹は街道を歩いていた。もっと正確に言えば、歩いていたのはエレイドだけ。ダットはいつものようにエレイドの肩につかまっている。ふと、ダットが口を開いた。
「本当に報酬、半額でよかったのか?」
エレイドはダットが何を指しているのかわからず、一瞬考え込むような顔をした。
「あっああ。ヴィオーラの事か」
あれからエレイド達はヴィオーラを送り届け、もう一晩カインドに滞在した。そして今日、祭を適当に見たあと、街を出てきたわけだ。
「依頼されたのは護衛と魔物退治。護衛はしたかもしれないが、魔物は倒してはいない。やってもいない仕事の報酬は受け取れないさ」
その言葉にダットは興味深そうに目を細める。でもそれ以上は何も言わない。そんなダットを不思議そうに見つめながらエレイドは気になっていることを口にしてみる。
「なあ、ダット 」
「何だ?」
「結局、『あれ』はなんだったんだ?」
『あれ』。ヴィオーラのペンダントに反応して現れた、影。でもヴィオーラの反応からして、姉のビアンカにそっくりだったのだろう。そしてその影は、光と共に消えた。ヴィオーラは何も言わなかったし、エレイドもあえて何も聞こうとはしなかった。けれど気には、なっていた。
「召喚と映し身をあわせた高度な魔法だ。対峙した相手の能力を自分に映す。鏡、いや、影ってところか。厄介な魔法だ。いくら強くても、自分自身はなかなか超えられないからな」
面倒そうにダットは説明した。そして思い出すかのようにまた目を細める。
「そういえば『あれ』の魔方陣に、分身もたしかに入っていたな…ある意味、無敵の法っだたかもな。あの娘の姉は、かなりの実力者だな。ギルドの主人は天才と言っていたが、あながち嘘ではないようだ」
「俺が知りたいのはそんな事じゃない」
「だったら、わからないな。術者の本意なんて、本人しかわからないさ」
とダットは軽くかわす。もしダットが人間だったら首をふり、肩をすくめているところだろう。
「そうか…」
残念そうな顔をするエレイドを横目に、ダットは続ける。
「まあ、推測ぐらいは出来るが……」
「推測?」
「あれだけの術をかけるぐらいだ。自分の死期を悟っていたんじゃないか?そして自分がいなくなった後、妹がどうなるかも多少予想していたのでは?あの様子じゃ、生前もかなり依存していたんだろう?まあ、お前が思い悩むことではない。あの娘が姉の想いをどう受け止めるかだ」
そんなダットの言葉にエレイドは突然笑顔になる。
「な、なんだ。気持ち悪いぞ!」
「いや、お前いつも面倒そうにしている割には、結構いろいろ見ているな、って思ってさ」
「ふん、お前と一緒にするな。お前とは生きてきた時の長さが違うんだぞ」
ダットは不機嫌そうに口を曲げる。そして大きく、あくび。
「疲れた。俺は寝る」
そう言ってダットは荷物の中へともぐりこむ。
「はい、はい」
エレイドは笑みを浮かべたまま歩き続ける。
「夜には王都に着けるな」
傾いてゆく日を見上げながら、エレイドはそう思った。