第二章 依頼
「すっかり暗くなってきたな」
主人は酒場を周り、明かりをつけていく。窓から外を見ると、日も暮れ、すっかり夜になっていた。主人はカウンターの中に椅子を引き寄せると、エレイド達の向いに座った。
「まあ、さっきの話は食べながらでも聞いてくれ」
エレイドは頷くと、パンをかじり、シチューを食べ始めた。
「詳しい事は話せないが、依頼内容は簡単だ。ある場所まで護衛、そして魔物退治だ」
「…それぐらいだったら誰だってできるだろう?何が問題なんだ?」
ダットは早々に食べ終わり、顔を洗っている。
「問題は魔物なんだ。その魔物は決まった場所に現れ、倒しても蘇り、それどころか数も増え、目的地につけないそうなんだ。でも魔物が現れるのはその場所だけ。そこに近づきさえしなければ、危害はない」
エレイドはふと手を止めた。
「なるほどね。だから王国軍が動けない。いや、そもそも内密にしたいって感じだな。誰かは送ったんだろ?」
ダットも顔を洗うのをやめ、エレイド達に耳を傾けている。
「トマスって名前聞いたことあるか?あいつをやったんだが……」
エレイドは苦笑した。
「トマスか。さすがの馬鹿力のあいつでも、無限に現れる相手にはかなわなかった…ということか」
「かといって、下手なやつをやるわけにもいかない。だから、困っていたんだが……」
パンの最後の一切れを口に放り込むと、エレイドはにっこりと言った。
「俺が引き受ける。詳しい話が聞きたい。依頼人にはどこで会える?」
主人はため息がちにエレイドの顔を見つめ、そして最後には諦めたようにしぶしぶと答える。
「まあ、お前がそう言い出すだろうとは思っていたが、事は非常に繊細で期間が短い。明日一日で片付けてもらわなければならない。ギルドの信用にもかかってくる」
「勝算は…ある。なっ、相棒」
ダットは立ち上がると、景気よく鳴いた。
「今日はもう店じまいだ。ちょっと待っていてくれ。依頼人を連れてくる」
主人は店を閉めると、エレイド達を残し、出て行った。
「どう思う、ダット?」
ダットは伸びをし、また丸くなる。
「決まった場所で現れる。倒しても、また現れ、ついでに増える。分身の法つきの召喚魔法だな。少し厄介だぞ?犯人は魔術師、あるいはそれに順ずるもの。って所だろうな。本人か媒体になっているものを壊せば、魔物も出なくなるだろう」
「あいつの仕業…だと思うか?」
「さあな。会ってみてのお楽しみだな」
十分も立たないうちに主人は戻ってきた。今度はさっき見かけた、依頼人の男と一人の少女を連れて。少女はうつむき、気のせいか少し青ざめているかのように見えた。
「エレイド、待たせたな。この方が依頼人のノーズウッドさんだ。それにヴィオーラ。あとはこの二人に聞いてくれ」
主人は二人に席を勧め、自分も近くの椅子を引き寄せ、座る。
「あなたがエレイドさんですね。私は神殿で神官をやっている、ノーズウッドです。そしてこの子が、娘のヴィオーラです」
紹介された少女は、何も言わず頷いた。
「それで依頼、というのは?」
「この子の護衛をお願いしたいのです」
エレイドは少女を見つめた。少女は相変わらず青ざめ、首もとのペンダントを大事そうに握り締めている。依頼はこの子の護衛。いまいち話が見えない。エレイドがそう思っていると、店の主人が代わりに口を開いた。
「エレイド、この町で、もうすぐ祭があるのは知っているよな?」
「あぁ。花祭り、だよな?実際見たことはないけど」
そしてノーズウッドが続ける。
「その花祭りにも関係のある話なのです。花祭りでは、巫女が祈りと共にアリア神の像を、花の祭壇に捧げることが仕来りとなっています。そして今回その巫女の役をやる事になったのが、ヴィオーラなのです」
自分の名前を呼ばれたためか、少女はさらにうつむいてしまった。ふと横目でダットを見ると、丸くなりながらも、片目はじっとヴィオーラを見ている。
「アリア神の像は、ここからさほど遠くない、ダウミ洞窟に冬の間は安置されています。そしてその像を取りに行くのも巫女の仕事なのですが……」
言葉に詰まるノーズウッドを見て、エレイドは理解した。
「なるほど。そこに出るんだな、魔物が」
困り果てた顔をしてノーズウッドは答えた。
「そう、なのです。ダウミ洞窟は、私たち神官の家系が代々守ってきた洞窟。入り口には結界を施してあり、魔物が簡単に入り込めるはずありません。けれどアリア神の像が置かれている台座に近づくと、現われ……」
「倒しても、倒しても手ごたえがない。それどころか、像にも手が出せない、と」
「そうなんです。このままでは花祭りを開く事さえできません。祭は明後日。明日しか時間はありませんが、依頼を…受けてはもらえないでしょうか?」
まるですがるような目で聞いてきた。無理もないだろう。たぶん、トマスが失敗して、依頼を受ける者がいなくなったのだろう。トマスもそれなりの冒険者として名が通っている。
「安心してくれ。最初からそのつもりだ」
安心させるように言うと、エレイドはニッコリと笑った。