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花祭り  作者: 来夏竜
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第一章 街道の町 カインド

 穏やかな天気。小鳥たちはうれしそうに春の歌を奏で、さわやかな風は辺りを春の陽気に包み込む。ここはエルス街道とジント街道が交わる町、カインド。宿場や酒場は行き交う旅人たちで賑わい、広場では元気の良い商人たちの声が飛び交っている。ただでさえ賑やかな町は、いつもより活気に溢れていた。

「もう、夕方だというのに凄い人だな。この前来た時とは大違いだ」

町に着いたばかりの青年がそう呟いた。着古したマントを羽織い、肩から荷物を背負っている。マントの裾の間からは、剣の柄がのぞいている。青年の呟きに荷物から一匹の黒猫が顔をのぞかせ、彼の肩に登る。

「そりゃあそうだ、エレイド。もうすぐ、花祭りだ。それにこの前来たのは、収穫祭も終わった秋の終わり。一番人の少ない頃だった。比べるほうが間違っている」

エレイドと呼ばれた青年は、あわてて黒猫の頭を軽くたたくと小声で怒る。

「こら、ダット。町中では喋るなといつも言ってるだろう!」

言われた本人は無関心にあくびをすると目をつむった。

「ふん、こんな人ごみの中で、猫に眼を向けるやつなんていないさ。それより、エレイド。泊まる場所の心配したほうがいいんじゃないか?祭りの前だ。どこも人で溢れていると思うぜ」

「お前に言われなくても分かってる」

とは答えたものの、そんなに心配はしてはいなかった。いざとなれば、町を出て野宿だってできる。そんな事はダットも百も承知だった。

「一つ言わせてもらえるのなら、そろそろまた、ちゃんとした飯が食べたいっててころか。お前の料理には…あきた」

「猫の癖に生意気だぞ」

エレイドは軽く笑うと歩き出した。

「まあ、まずはギルドに顔を出してからだ」


 ここで簡単にギルドの説明をしておこう。ギルドは王国軍とならんで、国民を守るための機関だ。違いと言うと、王国軍は名前の通り、国の軍隊。そしてギルドは民間の機関。ギルドに登録すれば、ギルドを通じ依頼を受けることができる。国境に縛られた王国軍とは違い、自由に動けるギルドには様々な依頼が舞い込んでくる。王国軍がわざわざ動く必要のないような小さな事件から、自由に動けるが故、王国からギルドに依頼されることも少なくはなかった。危険な依頼も決して少なくはないため、ギルドに登録した者は〈冒険者〉と呼ばれる。そしてエレイドもまた、冒険者の一人。

 頭を二つ持つ鷲の看板を確認すると、エレイドは酒場に入っていた。ギルドは他の仕事と兼業の事が多い。ギルドである店にはこのように、ギルドのしるしでもある、頭を二つ持つ鷲が描かれた看板がかかっている。エレイドはカウンターに行くと、端の席に腰を下ろした。ダットも肩から飛び降りると、カウンターの上で丸くなる。

 町の様子とは反対に、店の中は空いていた。エレイドたちを除けば、二人しか店の中にはいなかった。一人はこの店の主人。そして相手の男はたぶん依頼主だろう。依頼主の男が必死に頼み込んでいるのに対して、主人はすまなそうに首を横に振っている。五分もしない内に相手の男は肩を落として、店を出て行った。

 

「待たせてすまなかったね」

主人が近づいてくるの見ると、エレイドは懐から手のひらほどあるメダルを出し、見せるとまたしまった。メダルは冒険者である証。頭を二つ持つ鷲に、エレイドの名前が刻み込まれている。

「おや、エレイドじゃないか。ずいぶんと久しぶりだね」

ダットも顔をあげると猫らしく「ニャー」と鳴いた。

「お前さんの連れも元気そうだね」

と、言いながら主人はダットの頭を撫でた。

「王都への帰りでね。今、着いたばかりなんだ。食事でもできないか?できればこいつの分も」

「待ってろ。今、女房に言ってくる」

主人は一旦後ろに下がると、すぐに戻ってきた。

「食事ができるまでこれでも飲んでろ」

と、主人は笑顔でエレイドの前に並々と注がれたジョッキを置いた。

「お前の連れにはミルクか?」

「ああ、頼む」

目の前にミルクを置かれ、ダットはゆっくりと飲み始めた。

「お前はいつ見ても不思議な猫だよな。黒一色かと思えば、おでこに白い点。まるで眼のようだ。」

そんな言葉にエレイドは苦笑した。

「なあ、親父おやっさん。さっきの男は?依頼?だいぶ困っているようだったが…」

「ああ…困っている事は困っているのだが…」

途端に主人の表情が暗くなる。なんだか歯切れが悪い。

「さすがのお前にもあまり勧めない話だぞ?分が悪い」

その時、後ろの厨房から女将が両手に料理を運んできた。

「エレイド、久しぶりだね。また男前になって」

「女将さんもこの前会った時より、美人になったんじゃないか?」

女将は豪快に笑うと、エレイドたちの前に料理の皿を置いた。

「ジュリア、もう俺だけでも大丈夫だ。お前は上がってくれ」

「そうかい?じゃあエレイド、ゆっくりしていっておくれ」

そう言うと女将は下がっていった。



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