電気の消し間違い
この話は、特別な出来事が起きる物語ではありません。
仕事をして、家に帰って、眠る。
そんな、どこにでもある夜の話です。
ただ一つだけ、
その夜には、消してはいけなかったものがありました。
一昨年、家を買った。
まだローンが残っている。
仕事が終わると、俺は家中の電気を付ける癖が付いた。
――半年前からだ。
1人で朝に炊いた白飯をよそい、スーパーで買ってきた総菜をおかずに夕食をすませる。
風呂には、カビたシャンプーハット。
――そろそろ捨てなければ。
湯船に浸かり、それに洗剤をかける。
風呂を出ると、タオルを巻いて裸でビールを取り出した。
テーブルの上を見れば、空き缶が何本も並んでいた。
頭を乾かすのが面倒だったので扇風機の前に座り、録画を確認する。深夜帯のアニメから、日曜朝の番組まで――。
もうとっくに終わった、興味もないその番組を飛ばして、最新の録画だけを確認する。
いつも通り。街グルメや芸人が大騒ぎしているだけだった。
テレビがやけに耳の奥に響く。
頭が痛くなってきた。
不快でリモコンを取り出した。
家の中は、物音一つしなかった。
明日は朝が早い。
もう寝ないと。
スマホのアラームを確認すると、ホーム画面が目に入る。直視出来ないが変える勇気もない、その写真。
「寝よう。……おやすみ」
次々と家中の電気を消していく。
大きな鏡台とよくわからない化粧品の瓶が並んだ。部屋。ハンガーにかかったスーツ。
――パチリ。
次の部屋に行って電気を消す。
勉強机の上には紙粘土で作った工作と、広げられたノート。
足元にはボールが転がっている。
――パチリ。
もう一部屋には、ベビーベッドが置いてあり、封も空けていない小さな服が何枚も置いてあった。
――パチリ。
あぁ、失敗した。部屋中の電気を消してしまった。どうやってリビングに戻ればいいのか……。
俺は廊下の電気のスイッチを手探りで探した。
合い言葉は、言葉とは限りません。
仕草や、音や、癖のように、
誰にも説明しないまま続けているものかもしれません。
この物語の中で、
あなたが見つけたものが、
あなたにとっての「合い言葉」なら、うれしいです。




