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第8話 人形の街

プッペンスタット街 プッペンスタット記念館

―第6紀 366年13月43日(風曜日)5刻



「うんうん,とてもなつかしいよ.わたしこれと同じの持ってたよ.子供の頃,お母さんに買ってもらったんだよ.」

と,エリーは,市庁舎の隣にあるプッペンスタット記念館で,前の壁守,アビゲイル杖爵がデザインしたぬいぐるみ“一つ目シリーズ”を見ていた.もちろん,ショーケースには彼女が過去に作ったシリーズものが一通り展示してある.言っておくが,決して観光ではない,れっきとした壁守のお仕事だ.前壁守のアビゲイルは,実はファンシーグッズをデザインしていたのだ.このプッペンスタットの町おこしとして“裁縫の街”,“人形の街”を目指してかなり積極的に活動していた.北の街壁の手工房はそのほとんどが裁縫関連のお仕事をしているのだ.アビゲイルは壁守の傍ら,ひたすらぬいぐるみを作っては,それをお抱えの針子たちや北壁の手工房に同じものを作らせては販売して,デザイン料などでそれなりの収益を上げていたらしい.自分の趣味と実益を兼ねた一石二鳥の活動だった.販売を始めたころは順調に事業を拡大できていたが,だんだん横ばいになってきていた.ご丁寧に町全体の売り上げグラフが展示されているので,それがわかる.アビゲイルは売り上げが停滞していたことに相当ストレスをためていたらしい.大きな原因はライバルが3工房も出現したことだった.売れるとわかるとライバルが湧いてくるのは商売の世界では仕方がないことだったが,後からでてきた工房に1位の座を明け渡すことになった時には,とても機嫌が悪くなったらしい.すぐに1位を奪還したものの,競争は激化していったのだった.それもあり,残念なことに,“例の事件”が発生する直前のころは,利益を上げるため,価格を下げ,数を売るという方法に転向したため,かなりブラックな労働環境だったらしい.


ぬいぐるみや人形とともに,アビゲイル本人が斜め横を向いている【転写人物画】の魔法で描かれた,まるで本人を写し取ったような絵画が飾っている.

「アビゲイルさんは見た感じはすごくやさしそうな感じなんだよね.」

「見た目なんて,魔法で何とでもできるの.」と,自分でもいじっているアンジェが答える.

「ほとんどの街の人はアビゲイル人形を買ってませんでした.たぶん,見たくなかったんだと思います.前壁守様がひどいことを繰り返していたので,人形には罪はないのですけども,相当この人形を嫌っていました.それでも,例の事件の後,彼女の親族がアビゲイル人形の製造権と販売権を持っていったので,プッペンスタットの裁縫業は一時期悲惨な状態だったのです.アビゲイル人形が作れなくなって,たくさんの人が職を失って,街からいなくなりました.仕掛品の人形もたくさん在庫してあって,それも売れなくなってしまったので,多くの工房が借金を抱えることになったのです.」

「かわいそうすぎますの.」

「今は,服をつくっているんだよね?」

「そうですね.商工会“踊る針と歌う鎚”に助けていただいて,服や人形をOEM生産しています.」

「わたくし,踊る針と歌う鎚の“うだうだうさちゃん”シリーズが好きでたくさん集めているの.もしかして,この街で作っていますの?」

「たぶん,そうだと思います.」

「もしかして,安く買えたりするの?!」

「アンジェ,公私混同だよ!」

「いいじゃないの!堅いことは言わないの.」


エリーは何か特産品を作れないかと考えて,ここに来たのだが,

「アビゲイル人形を作ることができないから,特産品としてはダメ.観光になりそうなものはアビゲイル公園とこの記念館だけだよね.ちょっと集客力にかけている気がするよ.壁がピンクなのを利用して,街をかわいく飾りたてるとか,かな?….仮に,観光に来てもらっても,お土産としてアビゲイル人形を売るとしても,わたしたちには利益がない.う~ん.この路線で行くのはやっぱりダメそうだよ.」

「そうですの.」

「裁縫工房が多いから,やっぱり裁縫でなんか新しいことを考えるのがいいのかなぁ.」


翌日,メアリーの案内で裁縫工房などを見せてもらった.

壁の中で綿花が栽培されており,紡績して,糸の染色,織機で布にして,そこから裁縫まで,この街で一通りできるようになっている.それでも,糸と布を相当量輸入しており,最後の裁縫の部分が特に重点が置かれているようだ.どの工程も非常にレベルが高く,完全にプロのお仕事として,プライドを持って作られているのをエリーは感じ取った.ちなみに,風で飛んで行った綿が壁の外にも広がり,かなり綿花が自生している.いざとなれば,マギアスたちで採りに行くこともできそうだ.

「うん,すごいよ.裁縫は素人だから詳しいことはわからないけれども,でも,針子さんの腕も相当レベルが高いんじゃないかな?」

「ルクレール工房とか,デュヴェルノワ工房とか,ルエル工房とかと比べても,そんなに遜色ないんじゃないの?」

「さすがに,エルフの有名な工房には負けますけども,トールマンの工房では最高レベルと思います.」

「うん,やっぱり裁縫を生かしたいよ.何かいいアイデアはないかな?」


後日,アンジェはメアリー経由でぬいぐるみなどをいろいろ安く買っていた.熱烈なファンにとって,公私混同だろうが関係ない.

「おぬしもわるよのぅ.ほほほ.」と,アンジェはおどけて言う.

「ふふふっ,お代官様ほどでも.」と,メアリーもノリノリで答える.

「ちょっと!何やってるのよ!」

グレーなのをいいことに,主席断罪官の前で堂々と贈収賄をやるとは,なかなかの2人であった.


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