第7話 回想 大学校 魔法史の授業
ヴィッセンスブルク大学校 24号館 301号教室
― 第6紀 362年4月31日(火曜日)3刻
「…そして,“十二条”があるからして,マギアスがマグニルを支配するのは正当性があります.」
女講師は生徒に対して,現マギアス統治体制が正当であることを政治的な思考が純粋な内に生徒たちに刷り込んでおく.もちろん,現体制が教育方針として綿密に仕込んでいることだ.
「旧アラグニア魔導王朝時代黎明期に,三賢者によって【物理絶対防御】魔法が発明されると,マギアスを武器で殺すことができなくなりました.ついでに,【石魔弾】のような土属性などの物質運動系魔法もすべて無効にしました.さらに,いろいろな毒に対して,【解毒】魔法や【毒検知】魔法もどんどん開発されて,よりマギアスは安全になり,マギアスは一方的にマグニルを生命与奪することができるようになりました.それに恐れをなしたマグニルたちは数の力で,“魔女狩り”などという野蛮な行為に出て,マギアスを一人ずつ殺していったのです.どうやって,マギアスを殺したと思いますか?なんと,毎日毎日襲撃を続け,食事をとる時間も,睡眠をとる時間も,マナを回復する時間も与えないようにして,マギアスを身体的に衰弱させて,“レベルブレイク状態”にして殺したのです.多数のマグニルの死を代償としてです.」
教室がざわつく.
「しかし,マギアスたちは無能ではありませんでした.この事件はマギアスの結束を促し,団結してマグニルたちと対決して,勝利したのです.この時,団結を嫌い自由奔放なマギアスが多く殺されたのは残念なことです.自由主義のマギアスには有能な人が多かったものですから.」
「はい,先生!レベルブレイクはなぜ起こるのですか?」
「この授業は“魔法史”の授業ですよ.…まあ,時には脱線もいいでしょう.いいですか,魔法を発動するには膨大なマナが必要です.例えば,【魔法領域内転移】魔法は発動させるために,術者は約29Tマナエルグ(注:29,000,000,000,000マナエルグ)を所有していることが必要ですが,術者が転移したときに消費されるマナは約21Mマナエルグ(注:21,000,000マナエルグ)と,比較すると少ないです.魔法を使うとマナが減るので,マナを使いすぎると魔法を発動させるのに必要マナが不足して,魔法を発動できなくなり,その隙をつかれたのです.先の例えでは,所有マナが29Tマナエルグを下回って,【魔法領域内転移】魔法が使えなくなることをレベルブレイクといいます.魔法使いにはこういうレベル,一般的に,“地位”ともいいますが,例えば,“賢者級3位”とか皆さんも呼んでいますよね,このレベルが複数あって,魔法使いの能力は所有している“マナ量”が重要な要素を占めています.魔法を使うときに,レベルブレイクするほどマナを使わないようにすることが大切です.もちろん,魔法を使わないことで危険な状態になるのは論外なので,使う/使わないの判断できる思考力が大切なわけです.そして,レベルブレイクには特に危険なレベルブレイクがあります.それは賢者級から術者級に,術者級から一般級に,一般級から市民に落ちる時のレベルブレイクです.これを特別にクラスブレイクと呼ぶこともあります.この中で,“級”が落ちるレベルブレイク,クラスブレイクを体験した人はいますか?」
数人が手を挙げる.エリーも手を挙げる.
「体験した人は知っているでしょう.“級”が落ちた時の精神的な絶望感を.強いうつ状態,手と足が震え,立っていられなくなり,強烈な吐き気,激しい頭痛,そして,魔法制御の不能,魔法の停止.人によって,でる症状が違っていますが,少なくとも,クラスブレイクの状態になって平常心でいられるマギアスなどだれもいません.マギアスの最大の弱点になっているのです.原因はよくわかりませんが,“魂”にも“位”があって,それにふさわしいマナを持っていないことによる,本能的な拒否症状だと言われています.エインズワースさん,あなたはどうなったのですか?」
「はい,わたしはとにかく泣きました.強い恐怖が襲ってきて,怖くて怖くて何もできなくなって泣いてしまったのです.その後も,数恊日間その状態が続きました.」
ザワザワ.「エリーが怖くて泣くって,どんな恐怖なの.ちょっと怖いの.」
「はい,ありがとう.常に,自分のマナ量を管理し,適切な時に適切な魔法を使う.それが,あなたたちがこの大学校で学ぶことです.この魔法史の授業も,昔の人たちの経験を元に,あなたたちの判断力を育てる大切な授業なのですよ.」
ヴィッセンスブルク大学校 24号館 301号教室
― 第6紀 362年2月10日(火曜日)3刻
「神話の時代である第1紀に,偉大なる原初の三柱神様のお一人であるエルファス様は,人類種と世界樹に“神聖儀式魔法*”をお与えくださった.当時はまだ“魔法”とは呼ばず,“奇跡”と呼ばれていました.神官たちは精霊語の祝詞を唱え神様たちや神様の使徒である天使様を神殿などの聖地で降神して,何をしてほしいかをその“願望“を精霊語で説明し,その願いが了承いただければ,神官のマナと引き換えに奇跡が実行されました.どんな願望でもかなえられるわけではなく,神官は”聖典“に従い,清貧な生活することが必要であり,魔法を使うマギアスは神官になることは難しいです.マギアスも神官も同じ資質が必要ですが,最初に人生の大きな分岐点があって,どちらかを選ぶ必要があるのです.魔法使いは自由ですが,自由には責任が伴います.自分で責任が取れないと,法令によって,強制的に責任を取らされることになるわけです.神官は清貧な生活を強いられると思われますが,神官になった人たちは皆,精神的な幸せを享受できていると言います.皆さんはマギアスを目指しているので,自由を重んじているのだと思います.力あるものの責任について,しっかりと考えてほしいと思うのです.」
「さて,神聖儀式魔法は精霊語での会話が必要になります.これをマニグルたちが見て“呪文”であると勘違いしています.マギアスたちが行使する魔法においても,同様にするために偽りの呪文を魔術アラグニア語で唱えることにしています.魔法が始まった時からそうしているのです.理由は今となってはわかりませんが,現在でも魔法使い省が厳しく掟としています.…(中略)」
「五星魔法*もいろいろなことができますが,治療分野と魂の付与や命名,そして,不死の魔物への打撃など神聖儀式魔法でしかできないこともたくさんあり,神官とマギアスはともに協力する必要があるのです.」
ヴィッセンスブルク大学校 24号館 301号教室
― 第6紀 362年2月15日(火曜日)3刻
「偉大なる原初の三柱神様のお一柱であるエルファス様が神聖儀式魔法をお与えくださった後に,もう一柱であるイーファス様も人類種と世界樹に何かを与えたいとお思いになり,エルファス様が魂と生命への奇跡を与えられたので,イーファス様は生活の中の奇跡をお与えくださったのです.イーファス様はサラマンドラ,シルフ,ウンディーネ,ノームの四大精霊を創造され,彼らに火,風,水,土を使った奇跡をおこなわせるようにしてくださったのです.この精霊召喚も神聖儀式魔法と同様に精霊を召喚して,マナと引き換えに奇跡を起こしたのです.しかし,神聖儀式魔法と大きく違う点は術者が精霊を創造できるため,術者が自分専用の精霊を使役できる点です.これは神聖儀式魔法と違い非常に有利です.聖地でしか発動させられない神聖儀式魔法と違い,精霊を連れて行きさえすれば,どこでも魔法を行使できるし,複数の術者が同じ天使を召喚した場合,一方にしか現れないため,一方は待つ必要があるのも欠点でしたが,それもありません.欠点としては,魔法を行使しなくても,贄を与える必要があり,毎日,少しでよいのですが,マナを与え続ける必要があります.精霊召喚魔法は四大元素魔法に替わり,現在では五星魔法に完全に置き換えられましたが,それでも利用者が多く残っています.やはり,魔法は同時に発動させられる数に限りがあるので,それを超える魔法を発動したいとき,また,精霊召喚魔法が距離無制限なのも魅力の一つです.何といっても,精霊たちがわがままでふしぎでそしてかわいいので,話し相手として人気があるのも理由の一つでしょうか.」
*) 神聖儀式,精霊召喚:正式には魔法ではない.天使様へのマナ報酬が高いので,複数の神官が分担して提供する.マギアスならマナを神官に提供できるが,マグニルならマナをお金で買うことになる.
*) 五星魔法:第4~6紀の最新の魔法理論.第3紀頃に四大元素魔法が体系化された後,旧アラグニア魔導王朝時代に四大元素魔法の矛盾を解決するために考案された理論.理論の中心が五芒星の図で説明されるため,そう呼ばれる.天にある星とは全く関係がない.




