表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/51

第42話 こういうの闇落ちっていうの?

プッペンスタット街壁付近 南側 名もなき平原

―第6紀 369年9月41日(土曜日)7刻



「な,なんでまだ生きてるのよ.」

今夜は青い小太陽シーリスと黒い中太陽ヌザリアスが夜空に並んでいて,遠日点に近くて小さく見えるとはいえ,夜でも若干明るい.エリーは地上に降り,28メルテ離れて,ヅォークソーサラーと向き合う.ヅォークソーサラーは左手が吹っ飛んでなくなっており,顔と体の左半分が焼けただれている.

「でも,左手なくなったら,もう魔法制御がおぼつかなくなるよね?もう,おしまいだよ.」

アンジェとシリルも地上に降りてくる.メアリーは街壁からヅォークソーサラーへ一番近い位置に移動してきて,いつでもマナブラストを撃てるように構えている.

「メヌク,ヌンゲゲ!ヲロ,コカガ,ムヱ!…ウゴァァァアアア!!」

ヅォークソーサラーが叫ぶ.意味がわからない.しかし,不穏な感じがする.

「なんかやばい気がするよ.すぐに殺そう!」

しかし,本質的な変化はすでに終了しており,それが徐々に表に現れる.エリーは早く殺さなければと思いながらも,ついついその変化を見続けてしまった.ヅォークソーサラーの黄色く濁った白目は黒く吸い込まれるような暗黒に,灰色だった瞳は血のような赤になり炎のように揺らめいた.薄いピンク色だった肌の色は灰色を帯びたどす黒い色に変わり,流れていた赤かった血が,黒に変わる.

「ヒュゥー,コフォーーーーーッ.」

と,黒くなったヅォークソーサラーは汚い口から煙のような黒く重たい息を吐きだす.すると,その息がかかったところに生えている雑草がみるみる腐敗し始める.そして,離れていても,とてつもなく嫌な臭いにおいが漂う.(これは瘴気!)【風 追い風 5メルテ/周秒】エリーは素早く,自分の背後からヅォークソーサラーの方に風を起こして,瘴気がこちらに来ないようにする.濃い瘴気を吸ったら,人類種は死ぬかあいつらと同じ不死の化物になる.ヅォークが着ていた皮の鎧も瘴気に触れて腐食し,次々と剥がれ落ち,全裸になる.エリーとアンジェが見てはいけない()()は瘴気で腐り,地面に落ちる.“不死”になるとは,そういうことだ.他からすべてを奪い続け,自ら増えることはない.

「あわわ,こういうの“闇落ち”っていうの?」

「“堕転”だよ,“聖典”に書いてあるよね.“不死の魔人”が生まれる光景を見ちゃったよ.…やばいから散開して,上空へ飛んで!徐々に壁に戻るよ.」

【赤花火】【マナブラスト×5】エリーの撃ったマナブラストは堕転ヅォークソーサラーの防御障壁によって,はじける.その隙に,アンジェとシリルは箒で飛び上がった.メアリーはエリーの離陸を手伝うため,【マナブラスト】をたたき込むが,防御障壁に当然阻まれる.鬱陶しいそうに,堕転ヅォークソーサラーが魔法をいくつか飛ばす.魔法がエリーの手前の地面とメアリーがいる付近の街壁に当たって大爆発する.先ほどとは威力が格段と上がっている.

「きゃぁ~っ!」

メアリーは街壁のレンガとともに悲鳴をあげながら吹き飛ばされたが,あれなら【物理絶対防御】で防げたはずだ.堕転ヅォークソーサラーは少し距離をとり,右の方に移動した.そこには上半身だけ残っているヅォークの死体があった.堕転ヅォークソーサラーはその死体から左腕を引きちぎり,自分の欠損した部分に押し付ける.境界面がうにょうにょしながら,やがて他人の左手だったものが瘴気で腐食しながらくっつき,一体となる.右手と左手の長さが異なり,その非対称的な姿がより恐ろしさを増す.

「うわっ,…キモイよ.不死の化物め,そんなにすぐに回復するとか,ずる(チート)だよ!」

さすがのエリーもかなり引いていた.堕転ヅォークソーサラーは続けて,死体から皮を剥ごうとしている.【マナブラスト】×3.エリーは堕転ヅォークソーサラーとヅォークの死体と手前の地面を狙って撃ちだす.その隙に,箒に乗って,飛び上がる.ヅォークの死体と地面は爆発し,堕転ヅォークソーサラーには防御される.飛び上がった瞬間,自分の周りに魔法領域が展開されるのをマナ覚が察知する.急激に周りの温度が上昇する.エリーは,はっとして体を丸めて,自分の魔法領域で相手の魔法領域を押し返し【熱防御結界】を発動する.乗っていた箒が燃え上がる.むろん,無敵の杖“アール君”は無事だ.エリーは高さ3メルテ程から地面に落ちたが,【物理絶対防御】と杖を軸にし前転受け身して,無事にやりすごす.

「ふぇ~,あぶなかったよ!」

壁の上から,アンジェとシリルがマナブラストで援護射撃してくれている.


「ちっ,逃げ損なっちゃったよ.…気が進まないけど…本気の勝負だよ!木偶人形.そっちがその気なら,こっちにもれっきとした覚悟があるんだよ!」

エリーは堕転ヅォークソーサラーにもこちらの言葉は通じないだろうとは思いながら,気合を入れるために叫ぶ.【魔力励起第三形態】エリーはマナ消費が大きいのでめったに使わない第三形態まで励起する.エリーの頭に光輪が発生するだけでなく,背中に光翼まで発生させる.これで魔法領域の圧力が上がり,押し合いに負けることはないだろう.ちなみに,光翼といっても,鳥のような翼とは違う.もっと,幾何学的な三本線でできた図形のような翼だ.

「ふぁっ,壁守様が天使様になられてる!」レンガが爆発したときにできる細かい白い粉まみれになっているメアリーが言う.

「さて,不死の化物相手に時間をかけているようじゃ,こっちが不利になるばっかりだよ.一撃目で決めるよ!」(というか,そうしないとほんとにやばいよ!こいつ,災厄級の魔人だよね.さて,まさか不死の化物になってまで,防御一択とかないよね.攻撃と防御の割合をどうするつもり?)

2人は向かい合い,どちらも手を出せずにらみ合う.風が強くなる.都合がいいことに,こちらが風上で,瘴気がこちらに来ないのが救いだ.ヅォークソーサラーが横に動けば,エリーも横に動き,風上をキープする.その動きを繰り返す.ただでさえ醜い顔なのに,やけどと堕転によってさらに醜くなったヅォークソーサラーは,不気味な笑みを浮かべる.

(こいつ,わたしが瘴気を気にして風上をキープしていることを狙って,風上に向かって広範囲攻撃してくるつもりだよね.…ならば!)

ヅォークソーサラーは大剣を持っている.もちろん,その剣で殴って人を殺せるだろうが,これは剣の形をした杖だ.まがまがしい形の剣の鍔に輪が付いているし,剣の平に穴をあけてそこにオニキスを3つはめている.杖の条件を備えているので間違いなく,杖だ.遠くから見ていた時はわからなかったが,剣を地面に立てて魔法を使っていたのだろう.剣の鋼鉄も瘴気で腐食していて,色が暗灰青色に変色している.エリーのお気に入りの白い魔法使いローブは土で汚れているし,若干,髪の毛とローブの裾が熱で焼けている.両者は次で決まると,まるで分っているかのように,タイミングを見計らう.

「ワゥ~~~ン」遠くで,狼系の魔物の鳴き声が聞こえる.風が強くなる.

エリーから仕掛ける.左へ走り出すと見せかけて,右へ飛ぶ.エリーの左側にかなり広く魔法領域が展開される.堕転ヅォークソーサラーは驚いた顔をする.エリーは自分の魔法領域を小さく展開して,ヅォークソーサラーの円形の領域を三日月のように切り取って,そこから三日月を回るように,魔法領域をいくつも並べ,ヅォークの左手側まで自分の魔法領域を広げる.ヅォークソーサラーは魔法領域を右に修正しようとしたが,すでにそこにはエリーの魔法領域があるので,はじいてうまく振れなかった.広範囲灼熱魔法が来ると同時に,エリーは【魔法領域内転移】魔法で,あろうことか,ヅォークソーサラーの左手側に手が届く距離まで転移した.

「チェックメイト!」

右腕を指向法印にして,ヅォークの胸につき指す.両者の魔法領域が反発しあい魔法領域が大きく変形する.それを仕込んでいた空間歪曲で強引にヅォークの魔法領域に穴を空ける.【杖 変換行列[(0.00,0.00,-8.00),(0.00,-8.00,0.00),(-8.00,0.00,0.00)]設定 第19魔法領域空間歪曲 左手接触法印で杖に接続 右手指向法印-第24階梯魔法 マナブラスト 2倍威力 発動-13.4Mマナエルグ消費】相手が何重に防御結界を貼っていたのかはわからない.空間歪曲によって,すべての魔法領域に穴を空けられて,そこにマナブラストが撃ちこまれる.堕転ヅォークソーサラーは爆散した.


「ふう~.さすがにやばかったよ.ん?」

右人差し指がひりひりと痛いと思って,見てみると,堕転ヅォークソーサラーを触れた部分が黒く変色して,腐食していた.さらによく見たら,お気に入りのローブにも,【物理絶対防御】で完全に防げなかった*爆散した堕転ヅォークの瘴気まみれの肉片が飛び散っていた.そして,ゆっくりとローブを腐食している.

「い,いやぁ~っ!」エリーはあまりにも気持ち悪くて悲鳴を上げた.


「なんかエリーが変な“勝利を歓喜する舞”を踊っていますの.」

エリーが肉片を落とすために全身のローブを慌ててパタパタとはたいているその様子を街壁の上から見ていたアンジェは,見当違いも甚だしい発言をした.

「アンジェ様,それよりも狼どもが集まってきています.壁守様をお助けしないと.」

「それはまずいの!」

アンジェは急いで箒で飛び出す.忘れてはいけない,ウィルダネス(壁の外)は人類種の領域ではないことを.おおよそ周秒速22メルテの速度で複数の狼たちがエリーに接敵する.魔法戦闘が終了して油断しており,戦闘で少しは弱っているだろうという判断で,自分たちよりもはるかに強いであろうエリーに襲いかかってきているのだ.メアリーがスタンボルトで狼を止めようとしたが,速くて全く当たらない.アンジェも全く間に合いそうにない.

「もう,次から次へとなんなのよ!」

【左手接触法印から杖に接続 第24領域を円柱配置して,第20領域を除外-第31階梯魔法 運動量ベクトル反転カウンター 発動-75Kマナエルグ消費】

「キャイン!」狼たちは見えない壁にぶつかったようにきれいに跳ね返り,転げてのたうち回る.

「エリー!つかまってなのー!」

アンジェがエリーの頭の上を通り過ぎる瞬間に箒につかまり,ぶら下がる.そのまま,エリーを振り落とさないようにゆっくりと街壁まで進む.狼たちが起き上がり,追いかけてジャンプしてくるが,とどかない高さまで逃げることができた.

「はぁ,なんとか間に合ったの.」


「もうダメだ,燃やすしかないよ.」と,街壁の上に到着するとエリーは三角帽を脱ぎ捨てて,魔導ローブも脱ぎ捨てる.

「ああ,ブーツまでやられているよ.」と,靴も脱ぎ捨てる.インナーシャツとパンツと靴下だけになり,杖を持ち上げて,瘴気で腐食した服を魔法で燃やしてしまう.

「お気に入りだったのに…,くう~.」

「壁守様,そのような恰好ではダメです.私の服を着てください.」と,メアリーが服を脱ぎだす.

「ちょっと待って!メアリーが脱いだら,一緒だよ.」と,3人がシリル副隊長を見つめる.

「わかりました,オレが脱ぎます.あの,オレ…小さいので,笑わないでください.」

「「「どこまで脱ぐつもり!」なの!」よ!」

「オレ,いつもローブの下は裸なんです.」

脱ごうとしているシリルを皆で止める.

「「「ちょっと待ちなさい!」なの!」よ!」

「「きゃぁ~っ.」」「変態なのかな!」


*) 完全に物理防御すると,空気の流れまで防御して空気が交換されず,二酸化炭素中毒になってしまうため,けがをしないようなゆっくりとしたものは防御されない.正確には,自分に向かってくる運動量を検知して,防御をしているので,ある程度運動量がないと,魔法が発動しないようになっている.【物理完全防御】という魔法もあるが,空気の流れや地面との摩擦や慣性の法則を含むすべての物理運動量が完全に防御されると殊の外使いにくい.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ