第40話 街を大きく
プッペンスタット街 高い塔 地上階
―第6紀 369年3月13日(土曜日)3刻
「記念すべき初前進だよ!いくよ!」
今日はプッペンスタットの偉い人たちが高い塔の地上階にたくさん集まっている.エリーは珍しく正装の魔法使いローブを着ている.
『我,プッペンスタット準爵であるエリザリーナ・フォン・エインズワースは,天空の神々への祈りをもって,魔法を行使するものなり.我のマナを代償に奇跡の技を現したまえ.』
【魔力励起,左手接触法印にて杖経由で石柱に接続-第30階梯魔法 街壁前進 第36023区画から第58373区画まで 発動-1.8Gマナエルグ消費】
エリーは右手で石柱を複雑な模様を右左上下に複雑になぞり街壁を制御する.
『街壁前進!』.
魔術アラグニア語で呪文を唱え,エリザリーナに光輪が浮かび上がると,石柱が光り,高い塔もうっすらと光り,それにつれて街壁の西の部分全体がうっすら光る.街壁の一番内側の層が街壁をなぞって,街壁の外側に移動し,定着する.ピンク色だった壁の内側のレンガは外に行き,町中から見た街壁が何十恊年ぶりに白くなる.これによって,プッペンスタットの街は西方向へ100ミリメルテ大きくなった.
『再発動 街壁前進!』
【街壁前進 第36024区画から第58372区画まで 再発動-1.8Gマナエルグ消費】
『再発動 街壁前進!』
【街壁前進 第36025区画から第58371区画まで 再発動-1.8Gマナエルグ消費】
エリーは合計で10回繰り返して,西の街壁を1メルテ移動させた.
「ふぅ~,前進させましたよ.」
バチバチパチと拍手が鳴り響く.
「壁守様,街壁を完全に修復し終えていただけただけでなく,あの女の時代にはまったく移動しなかった街壁を1メルテとは言え,外に広げていただきありがとうございます.これで,約2000平方メルテ,プッペンスタットの街が大きくなりました.」
「市長,こちらこそ魔導レンガの供給など市政府からの手厚いご援助とご協力をいただけたから,達成できたことですよ.わたしからもお礼申し上げます.」
正式な場であるので,いつもの砕けた感じではなく,少しだけちゃんと応対する.
「これからも,毎恊年10メルテのペースで西側を拡張できたらと思っています.市政府の皆さま,それから各工房の皆さま,なにとぞご協力とご支援をお願いいたします.」
軽く会釈すると,先ほどより大きな拍手が起こる.
「さあ,お集りの皆さま,今日は街壁前進を記念して市政府から簡単なお食事ではありますが,用意させていただいておりますぞ.ご自由にお召し上がりください.そして,壁守様を囲って,ご歓談ください.」
「エリーったら,すごく大きく出たの.毎恊年10メルテだなんて.」
「いやいや,プッペンスタットの街は小さいから10メルテずつ動かしても,どうってことないよ.ちゃんと消費マナ量を計算して,大丈夫だって確認しているよ.」
「100恊年で1キロメルテなの.エリーの寿命をあと400歳としたら,4キロメルテも大きくできるの.今の3倍の大きさになるの.」
「ふふ~ん!すごいでしょ.まあ,西側だけでなく,いつか南側にも大きくしないといけないんだよ.だけど,死ぬまでずっと壁守をするわけではないよ.子育てが終わったら引退するんだよ.子供たちに任せるもん.」
「では,私も子供を作って,代々壁守様の秘書をします!」
「あはは,メアリーったら!まずはお相手が必要だよ.すごい頑張り屋さんのメアリーに釣り合うすてきな人なんて,なかなかいないんだから.」
「まあ!」
「ウィリアムでも,紹介してあげたらいいの.この前,クロエにコクって,玉砕したらしいの.」
プッペンスタット街 高い塔 11階
―第6紀 369年5月30日(天曜日)8刻
「えへへ,じゃあちょっとパスカルとナイトデートしてくるよ.」
「いってらっしゃいなの.」
「デート,うらやましいです.」
「いってきます.」
パスカルがあそびに来ていたので,昼間は4人そろってマルクト広場で遊んですごしていたのだが,やはり2人きりになりたいものだ.そこで夜のプッペンスタットでデートをすることにした.不夜城のヴィッセンスブルクと違い,プッペンスタットの街では夜は静かだ.高い塔の窓から箒で飛び出し,高い塔の次に高い,神殿の屋根まで飛んで行く.高い塔はとんがっているので,上に乗れないが,神殿は屋根があり,そこに腰かけて,二人で寄り添って,しゃべりながら星を見るのだ.
パスカルの大学校の出来事,プッペンスタットの街で起こったトラブルや街の将来について,話す内容には尽きない.ちょっとしゃべりつかれたので,偶然同時に二人は黙る.今夜は,夜空に青い小太陽シーリスと黒い中太陽ヌザリアスも,2つの月エリスとクリスも出ていないので特に暗く,星の輝きがとてもきれいだ.
「すごく星がきれいだよね.たくさん星があるけれど,これが全部“魂”だなんて,信じられないよ.死んだあと,天に昇って,地上を見下ろして,子孫の様子を見ているのかな?」
「死んだ魂でもあるけど,これから生まれてくる魂でもあるよ.神様に祈れば,天から星が降ってきて,そして,生命に魂が宿るんだよ.天で魂が生前の疲れを癒して,また新たな命に宿る.原初三主神様が来られてから10万恊年間ずっとそうやって,魂が引き継がれてきていると思うと,星空の遷移も恊星の歴史なのかもね.」
「私たちの子供たちになる魂もここにあるんだよね.…ほんとかどうか知らないけど,明るく輝く星は強い魔法使いになる魂なんだって.」
「それ,魔法使い“伝説”だよ.実際には毎日たくさんの生命が死んで,たくさんの生命が生まれて来るから,星座が目まぐるしく変わって確認できないらしいんだよ.とても幻想的な伝説だけどね.言っておくけど,人の魂になるのは巡星だけで,惑星と恒星は神様の魂らしいよ.」
「私たちの魂についている“真名”だって,星座と星に関連しているのだから,その魔法使い伝説を強く信じたいよ.じゃあ,まずは2つ,あれとあれを私たちの子供の魂に予約しようよ.」
「魂をどの生命に受肉させるかは現六柱維持神様たちが選んでいるのだから,わがままを言ったら怒られるよ.」
「お願いしてみたら,意外とかなえてくれるかもよ.」
「おなかに赤ちゃんができたら,お願いしてみたら?」
「まあ,その前にいろいろしなければ,いけないことがあるよ!」
「ん?何を?」
「それは…言えないよっ.」
「……エリー,ごめん,待たせちゃっているけど,もう次の春だよ.」
と,パスカルはエリーにキスした.




