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第3話 壁守のお仕事

プッペンスタット街 高い塔 地上階

―第6紀 366年13月3日(風曜日)2刻



「おはようございます,壁守様.」

「おはよう,メアリー.早速だけど,どこから街壁を修復するか,決まったのかな?それとも,市長さんに相談しに行った方がいいのかな?まさか,初日から“断罪裁判”があるとかはないよね?」

メアリーは,今日は魔法使いの秘書っぽい感じの灰色の服をチョイスして出勤しており,かなりセンスがいい.エリザリーナは,毎日格式高い藍色の正装ローブはいやなので,白色を基調としたワンポイントに赤と黒を入れた流行りの形の魔法使いローブを着ていた.

「はい,今朝 市庁舎に寄って,市長にどこから修理するか聞いて参りました.ここから見える一番近い大きな破損個所から修理してほしいとのことでした.すでに,魔導レンガは置いてあるそうです.それと,この街は平和でのどかですので,犯罪が少なく断罪裁判なんて,もちろんそう滅多にはありません.」

「そっかぁ.修理の方も準備万端だね.えっと,すぐそこなんだよね?では,歩いていこうよ.」

「ええ.」と,二人で街中を歩きながら,メアリーがプッペンスタットの街並みを紹介しつつ,街壁の破損個所を目指す.


“壁守”の仕事は,文字通り街の街壁を守ることであり,人類種の生存圏である“壁の中”とそれ以外の場所である“壁の外(ウィルダネス)”を区分けする“街壁”を守ることは,人類種の生命線そのものを守ることだ.普通にメンテナンスさえしておけば,比較的簡単な仕事であり,家事や育児のついでに(注:普通の貴族はメイドがいるのでそれもしないことが多いが)できるため,女性公族級マギアスに大変人気の職業でもある.時には,メンテナンスとは別に,壁を徐々に外側へ外側へと移動(内側のレンガを取って,外側に積み上げる)させて,人類族の領土を広げていくのもまた,壁守の仕事である.領主になってしまうと,壁守の仕事と政治と司法すべてが含まれるが,壁守は司法権のみを持っており,犯罪者を壁守が守っている壁の中に住まわせ続けるか否かを最終的に決定する“主席断罪官”である.政治は選ばれた市長に任せているのである.


ここプッペンスタットは,ほぼ四角形をしており,市街地は北側に固まっている.ここはアリアンフィール大陸の南部に位置し,赤道よりも南にあるため,太陽は北側を通ることが多い.高い街壁があるので市街地を北側に固めて,日当たりのよい南側は農作地などになっている.街壁の近くは全く日が当たらないため,主に,手工業の工房が並んでいる.その一角が見事に崩れ落ち,外界にある森が見える.

「いやぁ,近くで見るとほんとひどい壊れようだよね.北側の壁の外は森だけど,“攻撃性森林”なのかな?」

普通の森は木の実や動物が採れて,人々の生活の糧となるが,“攻撃性森林”は人類種の敵として扱われている.太陽の日に当たり,太陽マナを貯め込んでいる知性樹や世界樹はいろいろな魔法を使用してくる.森の近くで火を焚こうものなら,30周秒くらいでその人は来世逝きとなる.森全体で保持する膨大なマナを駆使して,戦略級や戦術級の攻撃魔法を撃ってくる木があるほか,もっとひどい森林は毒を撒いて,昆虫を除く動物種をみな殺しにしてくる森林もある.

「はい,北側はオークⅠ型の攻撃性森林です.ですので,これ以上は北には進めないです.西と南は草原なので,そちら方向には街を広げられます.東側は南イルミンスール川に沿って壁を作っています.」

「なるほど,街壁を北向きに移動させられないから,街壁に工房を建てているんだね.しかし,オークⅠ型の攻撃性森林かぁ.とりあえず,300メルテ以上離れているから,大丈夫と信じるよ.」

オークⅠ型攻撃性森林はオークの木が光系などの攻撃魔法を発動させてくる森林だ.主に,光速で撃ちだされ回避不能な【熱光線】を撃ってきて,狙われたら一瞬で燃え上がり炭か灰になる.第27階梯魔法なので,射程距離が最大281メルテであり,300メルテ離れていれば,基本,安全なのだ.

「北側はときどき監視して,森が300メルテ以上近づいてきたら,遠距離から焼き払う必要があると.うん,それはできるから大丈夫だよ.」

森も生物なので,新しい種を飛ばして,森の領域を広げて来る.そして,年を追うごとに街壁に近づいてくるので,森からの攻撃が届かない遠方から新芽を焼く必要があるのだ.

「あれ?ちなみに,ここ3恊年はどうしていたのかな?」

「放置されていたので,だいぶ近づいています.」

「えっ!やばいじゃん.」

「やばいです.ですから,壁守様を配属していただくように,王国政府にお願いしていたのです.なぜか3恊年も放置されてしまいました.」

「それで,わたしに白羽の矢が立ったわけか.壁守初心者なのに,なかなかに高難易度だね.あはは,でもわたしは優秀だから,大丈夫!」

「噂は聞いていますよ.“アラグニア大消失”以降の卒業生で指折りに入る優秀な成績らしいですね.ほんとすごいです.」

「でも,やっぱり経験が大事だから,いろいろ試行錯誤してやってみるよ.最初は失敗しても,大目に見てね,あはは.」

「ふふふ,大丈夫ですよ.そういうことを補佐するのも秘書のお仕事ですから.」

街壁は高さ15メルテあり,見上げるほど高い.街壁にある工房は3~4階建てであり,日当たりを考慮してか,屋根は斜めになっている.なお,街壁の破損部分は下から2メルテくらいのところまでがっつり壊れている.魔物なら飛び越えられなくもない高さだ.

「ちょっと,見て来るね.」とメアリーに言い,箒に乗って,破損部分を詳細に確認する.ゆっくり見回り戻ってきて,

「この破損を直すのに,レンガが498,756個必要だね.」

「えっ?」と,メアリーはエリーが1個単位で必要数を数えて来たのに一瞬唖然としたが,

「用意してもらっているみたいだけど,5,10,15,…68,5,10,15,…152,3,6,9と,93,024個だね.う~ん,数がぜんぜん足りないよね.まあ,数えなくても,見ただけで全然足りないのわかるけども.」

「申し訳ございません,壁守様.ほんと,レンガ職人たちは何をしているのでしょうか.」全然足りないことがわかると若干,怒っているようだ.

「とりあえず,ある分だけでも埋めてみるよ.…よし,やるよ!」

エリザリーナは持ってきた杖と魔導書を構える.魔導書は発動させたい魔法の魔法陣と解説が記載されている本であり,魔道具でもある.魔導書に魔力を流すと本に記載されている魔法陣が空中に展開され,空中に展開した魔法陣の方を使って魔法を行使する.杖は魔法を上手に制御するための,魔法器(補助具)である.杖の重心の場所にくぼみが複数あり,くぼみをどのように押さえてマナを流すかで,機能が変わる.オーボエなどの笛のように穴のふさぎ方で音が変わるようなものだ.その上には,複数のリングが付いており,リングを回したり,上下させたりすることで,方向や距離などが制御できる.トロンボーンのようであり,マウスの真ん中にあるコロコロのようなものだ.エリザリーナの杖は古代アラグニア魔導王朝時代の署名な魔術師マギウス・ウル・マギアスの作成した杖の一つであり,エリザリーナの実家が代々所有していた杖を譲り受けたのだ.マギウスによって“アールゲブラ・ジーベン”と名付けられているが,エリーは“アール君”と呼んでいる.なぜ,“君”なのかは不明だ.特徴的なのはリングの上の部分に三軸水晶球が付いていて,これが行列式入力器となっている.杖の先端の魔法発動部はルビーの玉である.杖は非常に複雑な魔道具であり,相当練習しないと使いこなせないものでもある.楽器のようなものと想像してもらえればいい.

『我,プッペンスタット準爵であるエリザリーナ・フォン・エインズワースは,天空の神々への祈りをもって,魔法を行使するものなり.我のマナを代償に奇跡の技を現したまえ.』

【魔力励起,右手掌握法印から杖を経由して第24領域内で第23領域を円柱展開 左手受掌法印で魔導書に接続 魔導書から空中に魔法陣を展開-第28階梯魔法 魔導レンガ励起 発動-512Kマナエルグ消費】右手の指で杖のリングを回して,第23領域の位置と形を魔導レンガの置き場に調整して,魔法を発動する.まずは街壁を構成する魔導レンガにマナを付与する.次に,魔導書のページをめくり,【右手掌握法印から杖を経由して第24領域を街壁沿いに延長展開 空中に魔導書から魔法陣を展開-第25階梯魔法 街壁最密充てん修復 継続発動-13Kマナエルグ/周秒消費】先に修復魔法をかけて準備する.さらに魔導書のページをめくり,【右手掌握法印から杖を経由して第23領域を円柱展開-第22階梯魔法 円柱領域物体移動 継続発動-13Kマナエルグ/グラン消費】,エリーは杖のリングを器用に回し,円柱形に変形させた第23領域の上端を第24領域の上部につなぎ,第23領域の下端を積まれている魔導レンガにくっつける.

『街壁修復!・・・・』.

魔術アラグニア語で呪文を唱え,エリザリーナに光輪が浮かび上がると,積んでいた魔導レンガが順々に街壁の壊れたところに移動して,修復されていく.レンガの数が多いので,昼をまたいで合計4刻くらいは時間がかかった.逆三角形の亀裂の下の部分が埋まり,6メルテぐらいは街壁が修復された.ちなみに,魔導レンガはマナを帯びさせると,磁石のように勝手に結合するという性質を利用して,街壁は作られているのだ.ただ積んでいるだけではないので,非常に頑丈にできている.

【励起解除】「ふう~.結構時間がかかったけど,うまく成功したよ.」

「壁守様,とてもすばらしいです.」メアリーは心からほめたたえる.

すると,後ろから力強い拍手が聞こえる.

「おお,拝見しておりましたよ,壁守様.おみごとな魔法行使でしたな.」

「市長さん,こんにちは.あはは,こっそりと見られていたなんて,恥ずかしいですよ.」

「それより,市長.まったくレンガが足りませんが,だれが手配しているのですか?」

「いや,すまない.正確な数を数えて,発注したわけではないのだよ.レンガ工房に破損個所を埋めるのに必要な分だけと注文したのだが,どうやら全く足りてないようだな.」

「少なすぎるにもほどがあります!見たら,足りないとわかりそうなものなのに.」

「あはは,とにかく残り405,732個足りないので,作ってもらってくださいよ.」

「壁守様は必要な個数がわかるのですか?」

「ええ,魔法でレンガ1個1個を動かして積んでいるので,数がわからないようでは,上手に積み上げられないのですよ.魔法も結構難しいのですよ.」

「わたしのような非魔法使いにはよくはわからないのだが,そういうものなのですな.工房には余分目に50万個注文しておきます.」

「いつ頃できますか?」

「ここに積んでいた分を作るのに,確か1恊月はかかっていたような気がするな.」

「え~,10万個もなかったのに…必要な分を作るのに後4恊月もかかりますよ.大丈夫ですか?他の街から調達するとか?」

「市長,そこは工房に無理を言って,1恊月で40万個用意するように“行政命令”にしてください.間に合わなければ,街外から購入するって脅して.」

「メアリー君,そんなことしたら,私と工房との仲が険悪になるではないかね.」

「そんなこと,知ったことではありません!壁守様が4恊月もお暇になってしまうではないですか.」

「ふむ,メアリー君もなかなか秘書が板についているな.」

「うっ,私をほめて誤魔化してもダメです.」

なんか,メアリーと市長は親子みたいに仲が良いなと思いながら,

「まあまあ,メアリー.とりあえず,街壁の壊れていない場所からレンガを移動させて,埋めるっていう方法もあるから,4恊月も“ぷーたろ”しているわけじゃないよ.ちゃんと仕事するから大丈夫だよ.」

「なるほど,そういう方法もあるのですね.」

「うん,消費マナが多いので,最終手段なんだけど,できないことないよ.一旦,10メルテより低くなっているところは,その方法で修理してしまいますよ.後は,レンガ工房の頑張り次第ということで,あまり無理をしてもらう必要もないのですよ.貫徹で作り続けるとかはやめてくださいね.それでいいですよね?市長さん.」

「わかりました.その方法で,早いうちに修理してもらえると助かりますな.」

「明日には,他の破損個所も見て,レンガの個数だけは見積もっておきますよ.」

「何から何まで,お手数をおかけいたしますな.」

「それと,レンガはもっと街壁近くに置いてください.移動させるだけで,ムダにマナと時間がかかるので.それときれいに上に積んでいくんじゃなくて,街壁と同じで交互にずらしておいてもらえますか?そうすると,レンガの塊で動かせるので,一瞬で修理できちゃうんですよ.まあ,面倒でなければ,壁の上に積んでもらえると,私はさらに楽になりますよ,あはは.」

「承りました,壁守様.」

「メアリー,今日はここまでだよ.おつかれさま!」

「はい,壁守様もおつかれさまでした.」


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