第2話 ピンク色の高い塔
プッペンスタット街 高い塔の前
― 第6紀 366年13月2日(火曜日)6刻
「こちらが“壁守”様のお住まいになられます“高い塔”です.中はできる範囲で掃除してあります.では,鍵をお渡しします.」
と,メアリーは鍵を開けて,エリザリーナに鍵を渡す.高さ33メルテあり,見上げるほどの高い塔も魔導レンガでできており,地上階が9×9メルテの正方形の広間になっていて,徐々に細くなりながら,最上部が四角錐になっていて,つまり高い塔は“オベリスク”の形なのだ.
「間近に見ると,ほんとピンクだよね.目がぱちぱちするよ.あっ,ごめんなさい.独り言です.」
「お気になさらずに,私に敬語など不要です.普段通りにお話しいただけてかまいません.」
「そうですよね.歳が近いみたいだし,メアリーさんには,図々しくそうしますよ.さて,中は,っと」と,オークの木でできた扉を開く.なお,この扉自体も外からの侵入者を防ぐ“魔道具*”である.塔の中はきれいに掃除されているようで,清潔感がある.荷物は何もなく,地上階は1部屋になっており,外から見るよりもとても広い印象を受ける.塔頂部の四角錐を支えるために4本の柱が立っているのだけが目立つ.悪い点があるとすれば,すべてピンク色なところだけだ.
「やっぱり…なんとなくわかっていたよ.」
「気になりますか?」
「メアリーさん,壁とか建物とかすべてピンクなんですけども,気になりません?」
「私が生まれた時にはすでにピンクだったので,全く気になりません.」
「なるほど~,そういうものですよねぇ.」
30周秒ほど,周りを見渡して,少しはピンクに慣れるかと思ったが,
「う~ん,ダメだ.やっぱり白だよ.今すぐに白に戻そう.」
白に戻すために魔法を使おうと思ったが,メアリーを見て,思いとどまった.
「あっ,そういえば,さっき聞いてなかったんだけど,メアリーさんって,マギアスでしたっけ?」
「あっ!失礼いたしました.いいえ,私は…魔法使いではなく,上級1位市民で,フェブエル族*です.」
「へぇ~,上級市民でフェブエルなんだね.意外な感じだよね.ふ~ん,そうなんだ.改めてだけど,秘書として,ちゃんと壁守業務のお手伝いよろしくお願いするよ.」
エリーはメアリーに気づかれない程度にムッとしながら,それをごまかして,ちゃんと仕事を手伝ってもらえるのか心配になってお願いをした.
「承知いたしました,壁守様.」
「よし,塔を白くするね.」
高い塔の地上階の一番奥には,高さ0.8メルテ,直径も0.8メルテの複雑な模様が入った石柱があり,石柱上部は文字と模様を確認しやすいように少し斜めになっている.エリーは石柱の前に立ち,石柱下部にあるくぼみに,持っていた箒を魔法使い用の杖の代わりに刺し込み,魔法を行使する.
『我,プッペンスタット準爵であるエリザリーナ・フォン・エインズワースは,天空の神々への祈りをもって,魔法を行使するものなり.我のマナを代償に奇跡の技を現したまえ.レンガを白に!』
【魔力励起,左手掌握法印から箒を経由して高い塔石柱に接続 石柱魔法制御-第23階梯魔法 魔導レンガ退色 発動-534Kマナエルグ消費,励起解除】
右手で石柱の模様を複雑になぞりながら,魔術アラグニア語で呪文を唱えると,エリザリーナの頭の上に光輪が現れ,それに連動するように石柱が複雑な光を発すると,あっという間にレンガの色がピンクから元の色である白に代わる.この石柱は“高い塔”を制御するための魔道具であり,魔力を流しながら石柱の模様に見える魔術アラグニア文字をなぞると,いろいろな魔法を発動できる.元来,魔導レンガの色を変色させる魔法は,レンガを空の色や海の色,砂漠の色など周りの雰囲気に合わせて,街の街壁を目立たなくさせるか,逆に,雪原地帯の中で街の場所を目立つように色付けするための魔法だった.それなのに,前の壁守は自分の好きな色であるピンクに変えていたのだ.
(色を変える魔法,つまらない効果しかないのに,マナ消費量がえぐいよ!ほんと,前の壁守さん,バカじゃないかな?)と,内心で前任者にあきれ果てる.
光輪が消え,「ふう.」と,軽く息を吐き,落ち着いた雰囲気でメアリーの方に振り返る.
「何度見ても,魔法が発動する瞬間はとても美しいと思います.いつ見ても感動するのです.」
「あはは,私も魔法が発動するときのキラキラした光の中に自分がいる瞬間がとても好きなんだよ.こう自分の周りで“ぱぁっ”と四大元素の流れが渦巻いて,神々のお力を借りて不思議現象が発動するんだよ.マナ量に制限がなければ,いっぱい無駄遣いしちゃいそうなくらい,好きかな.魔法が使えるってことに,すごく恵まれているなぁって,よく思うんだよ.」
「ふふふ,恵まれててすごくうらやましです.私も壁守様のような恵まれた魔法使いに生まれたかったです.」
「誰だって,そうだよね.」
メアリーは魔法発動を見て目をキラキラさせていたのに,急に何とも言えないとても複雑な表情をした.エリーはメアリーの表情の変化を見て,不思議に思いながら,
「なぜ,神々は魔法使いと非魔法使いの2つに,人々を分けたのか?そのうち,神様に聞いてみないと.」と,わざとらしく哲学討論風にしゃべりだす.
「まあ!そんなことを尋ねたら,罰があたりますよ.前世で善い行いをしたものが魔法使いになり,そうでないものが非魔法使いになるのですから.」
「ふむふむ,メアリーは信心深いんだね.ということは,今世は善い行いをするように,心がけているのかな?」
「ふふふ,そうですね.できる限り,そうしたいです.たくさん努力して,たくさん技能を身につけたのも,そのためですから.」
「そっかぁ~,私もメアリーを見習って,良いことをたくさんして,来世もまたマギアスに生まれたい!あはは.」
「ふふふ.」
「メアリーとは,仲良くなれそうな気がするよ.今日は案内ありがとう.では,また明日.そうそう,ちなみにプッペンスタットの壁守でも天曜日はお休みだよね?」
「もちろんです.とんでもない事態にならない限り,お休みです.」
「あはは,とんでもない事態になれば,やっぱりお休みじゃないんだね.まあ,それは仕方ないかぁ~.壁守なんだもんね.」
「では,また明日に.失礼いたします.」
と,お辞儀をしてメアリーは高い塔を出て行ったので,扉を閉めた.エリザリーナは扉に向かい,
【魔力励起,右手接触法印から扉の鍵に接続-第18階梯魔法 上位施錠 発動-13マナエルグ消費】
と,無詠唱で魔法を行使する.
マギアスにはマグニルに決して言えない“秘密”がある.というより,人口の10%しかいないマギアスは残りの90%のマグニルを積極的にだましているのだ.
・魔法は呪文によって発動する.
・魔法は神々のお力の代行による.
・四大元素の存在.
すべて完全に嘘である.
昔々,神話の時代だったころは,神々や精霊に“祝詞”とマナを捧げ,そのお力をお借りして“奇跡”が実行されていた.しかし,“魔法”は術者のマナを使用し,術者の力量で“魔法陣”を媒体として発動する.呪文ではなく,魔法陣が重要なのだ.魔法は神々や精霊による抑止力がないため,マギアスの好きなように,それが良いことであろうが,悪いことであろうが,魔法を発動できてしまう.だから,魔族どもによって魔法が発明されたときに,邪悪なる(用途にも使える)力という意味で“魔法”と呼ばれたのだ.それが,いつの日からか人類族たちも魔族に対抗するためと言う建前でどんどん使い始め,魔法の便利さにおぼれていった.そしていつしか,圧倒的で強大な魔法の力によって,マギアスとマグニルの境界は絶対的になり,マグニルはマギアスに逆らえなくなって,マギアスによるマグニルへの一方的な専制政治がはじまった.
マギアスは遥か昔から“魔法使い省”(昔は,中央原書司書会,杖の会,魔法使いギルド,魔法使い相互連盟と,団体は時代に合わせて変わっていったが)からの厳しい“掟”によって,“魔法の秘密”をマグニルに見せても,話をしてもいけない“掟”としていた.“掟”に反したものに処罰が下されるが,知ってしまった方にも,良くて記憶を消されるか,話そうとすると呼吸が止まるギアスをかけられるか,言葉をしゃべれなくして文字を書けなくするか,悪くすると存在を消されるかすることになる.もちろん,魔法だけでなく,その魔法技術と直結するような科学的知識や技術もマギアスが独占している.教育課程すら異なるのだ.なぜこの“掟”があるのか,もう本当のことを知っている者も減りつつあるが,魔法使い省はマギアスによる専制政治体制を維持するため,今でもこの“掟”を強く守り続けていた.
高い塔を施錠した後,【右手掌握法印から箒に接続-第18階梯魔法 離陸 発動-81マナエルグ消費,第18階梯魔法 上昇 メルテ/周秒 継続発動-74マナエルグ/メルテ消費】そのまま箒で上の階に飛んだ.前時代の魔法【高い塔Ⅰ型建設】で作られている古い“高い塔”の場合,塔の内部は12階建てで階段はなく,中央に四角い縦穴だけがあって,箒などで飛んで行くしかない.マギアスではないものが上の階に侵入できないようにしているのだ.そのため,マグニルの執事やメイドたちが活動できるように高い塔には3階建ての別棟が併設されて連結しており,壁守の執事やメイドが使える厨房や食堂などの施設がある.別棟の階段で1階と2階へ上がれ(注:地上が地上階で,階段を1つ上がったところが1階.2つ上がったところが2階.),別館から高い塔へ入ることができるようになっている.また,2階には高い塔から街壁に向かって連結通路がある.エリザリーナは各階をゆっくり見ながら,上階に飛行していく.2階までは清掃が行き届いていたが,3階以上は,物が何もないものの,若干埃がたまっている.この建物は奇数階には16枚の窓があるが,偶数階には窓が少ない作りになっている.これも謎仕様だ.居室と倉庫を交互に配置するのか?そしてすべての階が一部屋になっている.必要に応じて,レンガを入れて,好きな間取りにできるようにしているのだが,非常に殺風景だ.真ん中の縦穴に不注意で落ちないようする落下防止柵すらない.
「はぁ,上の方の階は掃除が手つかずかぁ.ざっと見た感じでは,先代さんのものはないから,親族が引き取っていたんだろうね.…って,また,ひとりごといっちゃったよ.」
どの階にも何もないことを確認し,最上階の11階へ上がる.【着地 発動-372マナエルグ消費】.各階にも小型の石柱がある.箒を石柱に刺し,右手で小石柱を触り,【左手掌握法印から箒を経由して小石柱に接続 石柱魔法制御-第18階梯魔法 高い塔制御 11階窓1番から16番 開け 発動-22マナエルグ】.そして,腰ベルトについている魔導書フォルダから,魔導書を取り出して開き,ページをめくる.【右手三方法印で第23魔法領域*を円柱展開 左手受掌法印で魔導書に接続 魔導書から空中に魔法陣を展開-第27階梯魔法 風圧遠心塵埃除去 発動-620Kマナエルグ消費】.エリザリーナに向かって上から空気が集まり,そして,彼女を中心に渦巻くように外側に向けて強い風が起こり,埃を一斉に巻き上げて,魔法領域の範囲の外に吹き飛ばす.箒が危うく飛んで行きそうになったのを慌てて右手で押さえる.隅っこの埃は少し残っていたが,大雑把なエリーは気にしない.ほとんどきれいになったことに満足し,ローブのポケットから,かわいいデザインの台座に直径50ミリメルテの輪が付いた金の置物を取り出し,床に置いた.【右手接触法印から金の輪に接続-第27階梯魔法 転送受取 発動-17マナエルグ消費,励起解除】.金の輪が光り,そこから彼女の私物が実家に置いてあった位置をキープしたまま,転送されてくる.大きな絨毯の上に,広い事務机といす,ソファーセットとサイドテーブル,衣装タンスや小物入れタンスが3つ,飾り棚,姿見,早着替え人形*が3体,大きな本棚が5つ,そしでベッドだ.エルダインは質素な暮らしを好むので,本を除けばほんとにものが少ない.貴族とは思えないほどだ.家具も白色に統一しており,非常に落ち着いたデザインのものを選んでいる.もちろん,家具は高級品だ.飾り棚には,エリーの思い出の品である複数の写真やトロフィー,ワンドやチームゼッケン,飾り天秤などが飾ってある.
「ふう,とりあえず,お茶にし~よう.…うん,ひとりだと,意味もなく独り言を言ってしまうよ.」
独り言を言ってしまうのはさみしいからなのだとわかってはいる.だが,エリーはそれを認めたくはなかった.お茶葉をポットに入れて,水を入れようとしたが,水道がなく,探し回る.
(この高い塔って,水がないんだけど,どうなってるのよ.)
別館に入ると,変なところに蛇口があったので,水を入れ,ポットに魔力を流し,お湯を沸かす.ポットとカップを持ったまま,ついでに別館を探索する.1階と2階はメイドや執事が生活できるように間取りが全く同じ個室がそれぞれ12室ずつと倉庫があった.なお,客間は高い塔の1階と2階を使う設計だ.地上階は大食堂と小食堂,厨房,食品庫が3つと井戸がある.厨房には食器と食材と調理具を置ける備え付けの家具で壁一面が埋められていた.とにかく引き出しが多い.後は,調理台と魔導コンロが6つと流し台が3つある.
(ほんと,何人家族用よ!わたしんちより,大きいよ!)
トイレすら別館にしかない.
(はぁ,設計が古すぎて,不便すぎるよ.トイレって増設できるのかな….)
とりあえず,厨房にある家具の扉や引き出しを開けてみて,使えそうか確認すると,どれも空っぽだったが,ところどころの引き出しの底板に穴があいていおり,修理しないと使えそうになかった.だだっ広い大食堂でぽつんと一人,先ほど入れたお茶を飲む.
(あれ?においも味も変なんだけど….)
慌てて,厨房に走って,流し台に吐き出す.ふと見ると,流し台の横に魔術ポンプ式の井戸がある.
「もうメアリー,飲み水は井戸*だって言ってよ.蛇口の水は錬金術とかに使う砂ろ過した川の水だよね?藻と泥の味とにおいがしたよ!気持ち悪い!プッペンスタットの人は当たり前のことかもしれないけど,わたしの地元は魔法浄化式上水道完備だったんだよ.はぁ,お茶,入れなおそう.」
お茶を飲むとおなかがすいてきたので,家から持ってきたパンと肉と野菜を魔法で調理して,そのまま厨房で一人でさみしく食事にする.
エリーの家は父親が法衣貴族であったが,執事もメイドも雇っていない.エルダインは質素な生活を好むし,プライバシーを強く気にする種族でもあり,できることはなんでも自分の魔法で片付ける種族でもあるから,貴族らしい贅沢な生活にはまったく興味がなかった.少ない人数でひっそりと静かに暮らすのがエルダインという人種だ.
魔法時計を見て,そろそろよさそうだと思い,高い塔の11階に戻って,机の引き出しにしまってある水晶玉を取り出す.丁寧に魔法陣布を広げ,クッションを置き,その上に水晶玉を丁寧に置く.
「もう,家に帰っているかな?」
【魔力励起,発散放出法印で魔法陣布を励起-第24階梯魔法 遠距離水晶玉投影念話 連続発動-45マナエルグ/周秒消費】
「もしもし,パスカルぅ~,わたし~.もう,帰ってきてる?」
エリザリーナは彼氏のパスカル・ファンデルメーレンに魔法念話をつなげる.濃い茶色の髪を真面目にオールバックにし,髪一束だけ額に垂れている緑の瞳の青年が水晶玉に映る.彼のいるヴィッセンスブルクとは時差は約1刻だが,距離としては約7000キロメルテも離れている.超遠距離恋愛である.
『ああ,帰ってるよ,エリー.初日はどうだった?』
「今日はね,街の偉い人たちと挨拶をしただけ~.なんか,挨拶しただけなんだけど,みょうに疲れたよ.」
『うん,おつかれさま.どう,うまくやっていけそう?』
「あ~,どうかなぁ.正直ちょっと心配になってきたところだよ.市長さんが直接出迎えてくれたんだけど,まず,この市長さんがね,びみょ~にうさんくさいだよね.なんて言っても,わたしの【真偽判別】魔法が妨害されてるみたいに,言っていることが本当か嘘かわからないんだよ.これ天然の詐欺師の才能だよ.」
『そうなんだ.でも,ふふ,ひどい言いようだね.』
「次が,次席断罪官は女の人なんだけど,…まあ,この人は信用できそうなんだけれども,ちょっとおっかない感じなんだよ.真面目過ぎる感じの人だよ.」
『断罪官なんだから,それでいいような気がするけど?話が合うかどうか心配なんだね?』
「そうそう,たわいもない話ばっかりしてたら,あきれられたらどうしよう.」
『彼女の人となりをよく知るようになるまで,いきなり恥ずかしい話をしたりしなければ,大丈夫だよ,きっと.』
「まあ,そうだよね.というか,恥ずかしい話なんてしないよ!そして,3人目の司法治安官の隊長さんはね,なんかネガティブな人だったよ.よく司法治安官の隊長が勤まるな,って,心配になったよ.大丈夫なのかな?」
『マギアスなんでしょ,当然?』
「うん,普通に戦術級マギアスだったよ.」
『きっと,マギアスが少ないから,その人でもやっていけるんじゃないのかな?普段は犯罪が少ないということだよ.』
「田舎だし,普段は少ないんじゃないかと思うよ.…3年前の“例の事件”を除けば.」
『やっぱり気になるの?例の事件.』
「そりゃぁね.爵位授与式の時に,内務省大臣賢爵閣下には,3年前のことを詮索すると,もしかすると,不用意に市民たちと対立することになるかもしれないから,表立って調査したりしないように,って注意されたんだよ.思ったことを正直に言うと,…きっと“黒”だよ,ここの住民たち.」
『えっ?何かわかったのか?』
「実は4人目の人物がだいぶ問題でね.メアリーっていう私と同い年くらいのかわいい女の子なんだけれど,この子,自分の地位と種族を答えるとき,私に嘘を言ったんだよ.しかも,やたらハイスペックの女の子でね,市長さんがその子をね,私のメイドに,って,かなりしつこく薦めてきたんだよ.あきらかに私を監視するつもりだよね.あと,その子はマグニルなんだけど,魔法にあこがれるようなこと言っていたんだけど,なぜか魔法を見てキラキラした目をしてたり,微妙な表情をしてたりしてたんだよ.すごく気になるよ.」
『…確かに,今の話を聞いたら,心配になるな.うん,わかった.次の天曜日*,そっちに遊びに行くよ.ぼくも市長さんにあいさつしておくよ,君の婚約者だって.』
「こ,婚約者,あははぁ~.」
『ふっ,なぜそこで,だらしない顔で笑うんだよ.』
「だらしなくないからね!いじわる.それよりも,天曜日来てくれるのとてもうれしいよ.ひとりではちょっとさみしすぎるんだよ.」
『あれ?アンジェリーヌとはいつ合流するの?』
「明後日だよ.天曜日来てくれる時には,一緒にいるよ.…ふ~ぅ,メイドとして,アンジェを雇ったのはいいけど,こういう時に二人きりになれないのが,ちょっと残念.」
『もう,アンジェリーヌに聞かれたら怒られるよ.君がかなり無理やりに,メイドになって,って誘ったくせに.』
「だって,知らないところに一人で3恊年間も過ごすの,心配で心配で仕方なかったんだよ.ちゃんと,彼女にも3恊年間だけって言ってあるよ.たんまり報酬を支払う約束もしたよ.むぅ~,ふ~んだ.これもだれかさんが私のことを放っておいて,3恊年間も学者コースに進学して,楽しい楽しい青春を謳歌しているせいだと思うよ!」
『はいはい,もしもいい子で3恊年間待ってくれたら,将来,君がヴィッセンスブルク大学校の准教授夫人になれて,なに不自由ない生活が送れるように,僕は遊ぶことなく勉学に励むことにいたします.』
「いぃーー!ふんだ!」
『とにかく,変なことに首を突っ込まずに,気を付けてね.まあ,無理をしない範囲で,それとなく情報を集めておくのはいいとは思うよ.もし,何かわかったら詳しいことを教えて.今度は土曜日の夜にぼくから連絡するよ.』
「うん,わかった.会うの楽しみにしているよ.おやすみなさい.」
『うん,おやすみ.』
【励起解除】.
*) 魔道具:マギアスが作成した不思議道具.マグニルは,動かすのに魔晶石が必要.
*) フェブエル:新しいエルフ系の種族.種族出生の由来から呪われており,エルフの下位種族とみなされている.ロベルマン(新しいトールマン系の種族.下位種族.)との混血が進み,だんだん見た目もエルフから遠ざかりトールマンと区別がつかなくなってきている.“フェブエル”という単語はエルフ語の“下等なエルフ”がなまってできた言葉である.
*) 曜日は,天曜日,火曜日,風曜日,水曜日,土曜日の5恊日.マギアスは天曜日が休息日,マグニルには決まった休息日はない.原初三柱神様たちが5恊日で世界を作ったため.
*) 魔法領域:魔法領域とは自分の魔法を発動できる範囲である.魔力励起しないと,領域は発生しない.基本,魔法使いを中心に球状に広がる領域であり,複数の領域があり,地位が高い方がたくさんの領域を使える.何かの影響を受けなければ,領域の大きさは誰でも同じであり,例えば,第20領域が半径1メルテになっている.魔法使い同士の領域は特別な方法を行わない限り,重なることはないため,近くに魔法使い2名がいると,魔法領域は重なりを避けるように変形する.また,自分で領域を変形させることができるため,魔法発動範囲を調整することができる.ただし,制御が難しいので,普通は杖を使って制御する.
*) 早着替え人形:人形に服を着せておくと,魔法を使って一瞬でその服と今着ている服を交換できる.朝寝坊さんの必需品である.
*) 井戸と川水:プッペンスタットでは食事や飲み物は井戸水を使うが,魔法使いは魔法行使や錬金術などで大量に水を使うことがあるので,川の水を砂ろ過して,別館に引いている.なお,魔法使いたちは変な味やにおいがしたら,絶対に飲まない.暗殺されるのを避けるため.