第22話 腕を折られた元針子
プッペンスタット街 北壁の裁縫工房
―第6紀 366年3月49日(風曜日)3刻
「初めまして.私は現在のプッペンスタットの壁守,エリザリーナ・フォン・エインズワースです.ザラさん,でしょうか?」
エリーは2人の人物のうち,一人は身なりから針子長だろうと当たりをつけ,もう一人の両腕を添え木で支えている女性に話しかけた.日記の日付からみて3恊年も前に折られたはずなのに,まだ治っていないことに,怒りと申し訳なさを感じる.
「そうだね.わたしはザラだ.学がなくて,貴族様への言葉遣いがわからないのですまないね.壁守様が私なんぞに何の用さね.」
「もちろん,言葉遣いは普段通りでかまわないよ.今回の訪問はザラさんとリリアンさんに謝罪に来ました.前壁守のアビゲイルが行った犯罪行為について,現在の壁守として十分な補償や対応ができていないことについてのお詫びです.大変申し訳ございません.」
と,貴族が行う最高の謝罪のマナーでお辞儀をした.セリーナは驚きのあまり固まっており,メアリーも手を口に当てていた.アンジェだけはスンとした顔でじっと成り行きを見ていた.普通,貴族が平民に謝罪をすることなどないからだ.
「あ,あの,ちょっとお待ちください.壁守様はアビゲイル前壁守様とは無関係の方とお聞きしております.な,なぜ,あなた様が謝罪いただけるのでしょうか?」と,リリアンが尋ねる.
「リリアン針子長,もちろん,私は罪人アビゲイルとは全くの無縁ですが,同じ壁守と言う役割を任命されています.前壁守からの負債業務の引継ぎのようなものだし,私としては,壁守として守るべき矜持があるように思って,こうして自ら足を運んできたのです.」
「いや,わざわざ足を運んでもらったのだが,もうあいつは死んでいるんだし,もう済んだことだという感じもするんさね.」
「いいえ,ザラさん.まだ終わっていませんよ.私,エリザリーナはアビゲイルを断罪するつもりです.例え,すでに亡くなっているとしても,許してはいけないことがあると思っているんですよ.」
「そんなことして何になるんだね?」
「ただのけじめですよ.この街で起きたことを終わらせるための,けじめです.アビゲイルを第1種犯罪者と認定すれば,歴史から抹消されます.この街に残っている“アビゲイル”を完全に消すことができますよ.」
「でも,“アビゲイル人形”はどうするんだね.」
「“プッペンスタット人形”に名前を変えます.まあ,私の力不足なのですが,他の街でそう呼ばれるかもしれませんが,この街では“プッペンスタット人形”と呼ぶつもりですよ.」
ザラはきょとんとしていたが,
「…あはは,はははははは.それはいいさね.あの傲慢なやつの名前がきれいさっぱりなくなるなんて,最高だね.」
「私たち,アビゲイルを断罪裁判にかける予定なんですよ.もし,ザラさんがよければ,罪人アビゲイルが何をしたのか,証言していただけないでしょうか?もちろん,証言をしたからといって,あなたに不利になるようなことはないように細心の注意を払いますよ.よかったら,リリアン針子長も証言いただけたら,助かるのですが.」
「わたしはかまわないね.」
「あ,あの,私は緊張してしまいそうなのですが,そ,それでもかまわないのでしょうか?」
「もちろん,かまいません.わたしたちで全面サポートしますよ.」
「(前述のことは省略)…ということになったよ.」と市長に話した.
「壁守様,そういうことは私へ先に言ってもらわないと困りますな.」
「先に言ったら,止めたよね?」
「もちろん,止めましたとも.」
「なら,順番はあってたよ.」
「市長,壁守様がされていることは正しいことと思います.なぜ,止めるのですか!」
「メアリー君,私はだね.貴族が怖いので,波風を立てるのが嫌なんだ.特に,アビゲイル杖爵の実家の介入があると,面倒だと思っているんだが.」
「そこは市長が壁守様の盾になって,防いでください.」
「むちゃを言うな.私なんぞ紙のように薄くて役に立たない盾にしかならんぞ.」
「市長,街の中限定で断罪裁判をするだけです.別に,彼女の実家にアビゲイルを罪人認定したと言いに行くわけではないのですよ.あくまでこの街の中で彼女の名前を削除するだけのことです.この街の壁守である私にできることはそれだけですよ.彼女の実家が何か言ってきても,知らんぷりするつもりですよ.」
「まあ,仕方ないですな.壁守様がそうおっしゃるのなら,お付き合いはいたしましょう.私も暗い過去の清算は必要だと,長らく思っておりましたのでな.次の次の天曜日に公開断罪裁判が開けるように私どもも準備をいたしましょう.」
「よろしくね,市長.」




