第19話 日記
プッペンスタット 高い塔 6階
―第6紀 366年3月47日(天曜日)11刻
「他人の日記なんて読むんじゃなかったよ.はぁ,すごく後悔してるよ.」
「わたくしも気分が悪いですの.」
アビゲイル杖爵が死ぬ直前まで書いていた日記を全部読んでしまい,二人とも精神的なダメージを追ってしまった.
「もう遅いし寝ようよ.」
「ええ.」
二人はテンションだだ下がりのまま,寝ることにした.エリーが寝ていると,すぐにアンジェがお布団にそっと入ってきた.仕方ないなと思い,だまって一緒に寝てあげた.
[アビゲイル杖爵の日記] 主要な部分の抜粋
8月5日 – まさか,あのヴァルタースハウゼン商会が人形作りに参入してくるなんて,思ってもみなかったのだわ.でも,私のデザインの方がすぐれているのは明らかなのだわ.大手の商会だからって,ちょっと恐れていたけど,大したことないわね.
10月42日 – 今度はブリーゼマイスター商会なの.なんなのかしら.私の真似をして,稼ごうとか,ずうずうしいにもほどがあるのだわ.
11月54日 – 最近,なんだか眠れないのだわ.チェルシーが隣でぐっすり寝ているのがうらやましい.
11月68日 – 眠れないと言ったら,チェルシーが睡眠草を栽培している婆がいるって,教えてくれたわ.メイド長に買いに行かせてみたわ.今日,寝る前に少しお茶にして飲んでみるわ.
11月69日 – 久しぶりに,眠れたのだわ.気分がいいわ.しばらく,寝る前に飲むことにするわ.
2月18日 – 大したデザインでもないのに,それなりに売れているのね.何がいいのかしら? 安いから?それとも,大手のネームバリューなのかしら? ふん,私はデザインだけで勝って見せるわ!
6月63日 – あー,はらがたつのだわ,あのぺちゃ鼻の“針子”めが.私のデザインがもうダメだとか,どの口が言うのかしら.最近,人形が売れないのはお前たちの裁縫の腕が悪いからだろうが.ムカついたのだから,右手の指5本と二の腕を逆に曲げて,骨を折ってやったわ.ギャーギャー泣きながら,のたうち回ってるのが,ほんと愉快だったわ.
8月43日 – おなかが痛い.生理痛かしら.それにしては痛すぎるのだわ.チェルシーは心配して,治癒術神官のところへ行くように言っているけど,あのエロ爺のところに行くなんて,冗談じゃないわ.あの目でじろじろ見られたあげく,触られると考えるだけで鳥肌が立つわ.
8月45日 – ご飯がまずいわ.ひどくまずいのよ.チェルシーは普通かも,とか言っているが,明らかにまずくなっているわ.メイド長に文句を言ったら,謝りもせずに唖然としてるとか,何なのあの態度は.メイドを取りまとめる長としての自覚があるのかしら.イラっとしたから,頭からスープをかけてやったわ.マグニルのメイド長なんてほんと役に立たないけど,クッキーだけはおいしいからココに置いてやっているのよ.
9月12日 – 市長が骨を折った針子を連れて,文句を言いに来たわ.市長のやつもほんと口うるさくて,やっかいなやつね.永遠にだまらせたいわ.男の市長なんていらないのに.なんかうまく理由をつけて追放刑にできないかしら.あいつはムダに賢くてうまく逃れられてしまうのよ.こんなことなら,壁守ではなく領主になった方がよかったのかしら.
3月60日 – メイドが遅刻してきたの.罰としてレベルブレイクするまでマナを抜いてやったわ.ちょうど魔晶石が足りなくなりそうだったから,よかったのだわ.そういえば,これずっと置きっぱなしだったの忘れてたわ.
5月40日 – シンディーが新しいシリーズのデザインを描いてきたの.なんてすばらしいのかしら.やっぱり,シンディーを採用した私の目には間違いはなかったようだわ.これは絶対に売れるわ.そう予感がするのだわ.
7月39日 – 針子たちが文句を言ってきたわ.シンディーの新デザインを作成するのに出したノルマがきつすぎるって.マグニルなんて奴隷なんだから,私たちマギアスの言うとおりに死ぬまで働いたらいいんだわ.明日には,文句を言ってきた針子のリーダーを追放刑にするわ.とりあえず,貴族侮辱罪でいいかしら.
7月41日 – また,市長のやつがきた.針子のリーダーを追放刑にはできなかったはずだとか,知ったものか.この街の主席断罪官は私なのだわ.罪の重さ決めるのは私なのよ!だいたい,もう追放してしまったわ.マグニルが壁の外で何刻生きられるかなんて知ったことではないわ.
8月1日 – 睡眠草茶の効きが悪くなっている気がするわ.たしか,同じ薬を飲み続けると効かなくなってくるって,昔,大学校の友達から聞いた気がするわ.少し量を増やそうかしら.
9月75日 – 針子たちは何しているのかしら.全然目標の生産数を達成できてないじゃない.さぼっているのかしら.文句を言わなくちゃ.メイド長を針子長のところに文句を言いに行かせたわ.少しはやる気になるかしら.
9月76日 – メイド長はほんと役に立たないわね,針子長へ文句を言いに行ったはずなのに,逆に丸め込まれて,生産ペースを落とさせてほしいですって!ふざけるんじゃないわ!むかついたから,なぐりたおしてやったわ.
4月57日 – まただ,おなかが痛い.ぎゅうぎゅうと痛い.いままで一番痛いわ.死んでしまいそう.今日は多めに睡眠草茶を飲んでみないと.チェルシーはほんとやさしいわ.今日一日中,隣でおなかをなでてくれていたわ.
4月63日 – 睡眠草茶でなくて,薬にできるそうよ.効き目が違う2種類があるのね.試してみるわ.
5月23日 – また,針子の一人が仕事量を減らしてほしいと懇願に来たわ.ほんとに役立たずね.断罪裁判を開くのも面倒なので,そのまま壁の外に放り出してやったわ.
7月17日 – シンディーの才能はすごいわ.また,新しいアイデアを持ってきたのよ.シンディーに私のパートナーにならないか,聞いてみたわ.そしたら,あの見た目だけいいハーフエルフと付き合っているとか,言っていたわ.男なんてろくでもないから,すぐにでも分かれなさいと忠告しておいたわ.きっと,後悔することになるのだから.
14小月7日 – 販売数は少しづつだけど順調に伸びていて,利益も上がっているわ.でも,生産が追い付いていないじゃない.直々に,針子長のところに行って,文句を言ってやったわ.針子長は泣きながら,これ以上はどうがんばっても無理だと,言ったわ.そこに私が骨を折った針子がやってきて,私に対して,お前呼ばわりした上に,針子を追放刑にしたり,骨を折っておきながら生産量を落とすなとか,頭が悪いのかとか,さんざん文句を言いだしたの.貴族侮辱罪で追放してやろうかと思ったけど,せっかくなので,大勢の針子たちの前まで,髪の毛を引っ張って連れて行って,そこで左手の指と腕の骨も逆に曲げてやったわ.これで私に逆らったらどうなるか,皆もわかったのじゃないかしら.針子長には生産量を守るように厳重に注意しておいたわ.
14小月11日 – 知らない女が新しい針子長だと言って,あいさつに来たわ.前の人はどうしたの?って聞いたら,昨日,首を吊って死んだらしいわ.役に立たなかったから別にいいわ.新しい針子長によろしくねって,挨拶したら,すごくビクビクしていわ.ふふ,おかしいわ.
2月9日 – 何よこれ!チェルシーが買ってきたこの人形,シャレにならないわ.商工会“踊る針と歌う鎚”って,聞いたことない工房ね.ふん!覚えていなさい.小さいうちにつぶしてやるわ.
2月36日 – 嫌だったけど,実家に帰って,頭を下げて来たわ.踊る針と歌う鎚に圧力をかけることにしたの.実家の力を借りるとかむかつくけど,早いうちに手を打つに限るわ.
4月9日 – なんなのかしら,あのちんちくりんで丸顔デブのぶさいくドワーフめ.人を馬鹿にしたようなババァみたいなしゃべりかたもむかつくわ.あいつの作った人形のデザインについて,散々こき下ろしてやって,ほんと清々したわ.でも,私も新しいシリーズを作らないといけないのだわ.ひさびさにすごくやる気になっているの.
5月53日 – 出荷前の人形が一部なくなっていると針子長が震えながら報告に来たわ.調べたら,背の高い針子が人形を街壁の東側の川へ投げ捨てていたのよ.何してくれてるのかしら.この女に,捨てた人形を拾ってくるように言いつけて,川に投げ込んでやったわ.川に投げ込んだら,すぐに川に住む魔物どもの餌になってたわ.川が赤くなってたもの.それにしても残念だわ.人形はひとつも戻ってこなかったから.針子長にはなくなった分を全部明日までに生産するように言っておいたわ.
7月7日 – シンディーが,彼氏がしつこくデートに誘ってくるのが鬱陶しい,と私に言ってきた.だから早く分かれなさいと言っているのに,男なんてくだらない生き物なのに,シンディーにはわからないのだわ.私ならシンディーをもっと幸せにしてあげられるのに.チェルシーが最近,シンディーにやきもちを焼いているのは困ったものだわ.私は貴族なのだから,パートナーを複数持つのも普通のことなのに.いったいどうしたらいいのかしら.
11月41日 - まだ負けてなんてないわ.まだ大丈夫なのだわ.大丈夫よ.
2月12日 – メイド長が染料の材料が足りなくなっていると言ってきたわ.ほんと役に立たないメイド長だわ.入荷が間に合わないって,ふざけないでよ!生産が止まっちゃうじゃないの.
2月14日 – ああ,はらがたつのだわ.もう,入荷を待つこともできないわ.仕方ないから,明日,街の外に自生している桃色紅花を積みに行くことにしたわ.気分を変えて,チェルシーとシンディーを連れていって,ピクニックみたいにすれば,楽しいかしら.
以下,空白.




