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第1話 ピンク色の壁

新生アラグニア王国 南部 プッペンスタット街 付近上空

― 第6紀 366年13月2日(火曜日)4刻


「うわぁ~,話には聞いていたけど,ほんとに壁がピンクだよ.想像していたよりも,どぎついまっピンクなんだ.はぁ~,さすがにドン引きだよぅ.」

一人の若い女“マギアス”(魔法使い)が顔以外の肌の露出が全くない正装の魔法使いローブを着て,大きな縁がある三角帽をかぶり,箒に乗って“新生アラグニア王国”の南部にある小さな街“プッペンスタット”へ飛んできた.栗茶色の髪の毛をロングで前髪を目の位置で切っており,周秒速30メルテで飛行しているのに,まるでそよ風に吹かれているように長い髪がゆっくりとなびく.三角帽から見える青い瞳は気の強い印象を与える.化粧けはまったくなく,透き通るような白い肌をしており,第一印象は勝気な感じの美少女という見た目だ.しかし,年齢的にはもう少女ではないし,美人と呼ぶべきだろうが実年齢よりは若く見える整った顔立ちをしていた.しかし,“マグニル”(非魔法使い)のようなごくありふれた容姿にも見えなくはない.この時代“第6紀”でもすでにマギアス(魔法使い)は魔法を使って好きなように容姿を調整(・・)できたのに,彼女はそれを嫌い,両親からもらった遺伝子からの指令(・・)通りの容姿を維持していた.彼女の名前は“エリザリーナ・フォン・エインズワース”(愛称:エリー)で,つい,4恊日前に“準爵”に襲名されたばかりの新米貴族である.新生アラグニア王国では,基本,魔力実力主義であり,家系のような血統ではなく,魔力量(マナ量)や魔法技術などが重視されている.しかし,蛙の子は蛙,魔法使いの子供はたいてい(・・・・)魔法使いとなるのだ.

彼女は街の“街壁”が派手なピンク色に着色されているのをげんなりした気持ちで眺めながら,街壁の上空を一周する.聞いていた通り,街壁の数か所が崩れ落ちており,魔物どもの侵入を防ぐことができない状態になっているのを確認した.

「これは,ひどいよ.2ケ恊月前に街壁の崩れたところから,たくさんの魔物が侵入して,かなりの人が亡くなったらしいけど,王国政府は3恊年も放置しているなんて,何考えているんだろう.」

“街壁”と誰もがそう呼ぶが,実際は街だけでなく,農作地などを含む人類族*の生活圏すべてを囲む壁であり,この小さな街プッペンスタットでも,約13キロメルテの長さの街壁がある.この壁は“魔導レンガ”と呼ばれている100×100×200ミリメルテ規格の寸法で,“錬金術”で錬成した時点では白色をしているレンガで組み上げられている.この小さな街の街壁でも5億個程度が使われているのだ.そのレンガを先代の壁守はご丁寧に濃いピンクで着色しているのだ.

「これだけの数のレンガをピンク色に染めるのに,いったいどれだけ魔力(マナ)を投入したんだろう.はぁ,魔力(マナ)の無駄遣いにしか思えないよ.ほんと,先代の“壁守”さんの趣味って,意味がわからないよ.」

周回する途中で,街壁を制御するための“高い塔”が見える.そこがしばらくの住居兼仕事場になる.高い塔も魔導レンガでできており,当然これもピンクに染められている.

「なんとなく,そうじゃないかと思っていたけど,“高い塔”も期待を裏切らない まっピンクなんだね.」

一周し終わると,街の上空を旋回して飛行する.街ができてから100恊年程度らしいが,中央から東側にある市政府らしき建物や神殿は非常に立派だし,街並みもきれいに整えられているが,北西側はかなりの建物が倒壊して,そのまま放置されている.魔物たちに破壊された痕だろうか.街の規模にしては人通りもやや少なく感じる.エリーの実家は大都会なので,比較するとそう思うだけなのかもしれないが.

「“人形の街”として有名だったけど,魔物の襲撃もあって,今はさびれた田舎町って感じだよ~.まあ,魔物のせいじゃなくて“例の事件”のせいかもしれないけれども.」

街の建物にもピンク系が多いものの,すべてがピンクと言うわけではないのがせめてもの救いだ.街の中央にあるマルクト広場*で旗を振っている人がいる.旗には[ようこそ!壁守様]と,歓迎を示す文字が書かれており,歓迎される方としてはとても気恥ずかしい.正装の魔導ローブはなんとなく動きずらいところがあるので,着任早々,着地に失敗すると,さすがに恥ずかしいので,箒に仕込まれている魔法を発動させる.【右手掌握法印*で箒に接続-第18階梯魔法 着地 発動-432マナエルグ*消費,励起解除】.円形のマルクト広場の中央にある箒用の発着場に華麗に着地する.

箒を担ぎ,周りを見渡す.半径30メルテくらいの発着場の周りにはにぎやかな出店が広がり,ちょうどお昼時と言うこともあって,大勢の市民たちが買い物やお昼のおやつ*にと,それぞれの個人的な行動をしているようだ.就任初日に華やかな歓迎祝典を開催しましょうかと,プッペンスタット市政府から手紙をもらっていたが,丁重に断りを入れておいた.前壁守の“例の事件”もあり,プッペンスタットという街はいろいろと難しい面を抱えているのだ.ちなみに,マルクト広場の地面はピンク色のレンガだ.

旗を振っていたおじさんと二枚目のおにいさん,美人な女性,かわいい女性が近づいてくる.

「エリザリーナ・フォン・エインズワース準爵殿下でいらっしゃいますな.私,プッペンスタットの現市長のモーリス・マクローリンと申します.上級1位市民でグロサルマン族(グロサルマン:エルフと同時期に現れた古いヒト系の種族.トールマンとも言う.)です.」

金髪長身の中年男性,灰緑の瞳,おなかはすこし出ているが,太っていないので,ちゃんと節制した生活を送っているのだろう.一見,チャラい感じもするが,目の下のクマを見れば,最近の市政府の運営状況が思わしくなく,苦労しているのが見て取れる.

「ええ,本日からお世話になりますエリザリーナ・フォン・エインズワースです.準爵,賢者級5位*マギアス,ハーフエルダインハーフトールマン(エルダイン:エルフより古い種族.魔法が得意だが,運動が苦手で,頭脳明晰.特に,計算に強い.)です,市長閣下.」と,握手を求める.

「その,“閣下”はやめてください,準爵殿下.」

「わかりました,市長.私にも殿下は不要です.必要以上に格式張るのは,煩わしいだけと思いますよ.」

「堅苦しいのはなし,というのは助かりますな,壁守様.」

がっちり握手を返して,

「これからよろしくお願いしますな,さっそく箒で街壁の様子をご覧になられたようですが,修復にはだいぶ時間がかかりそうですかな?」

「ええ,少なくとも1恊月はかかると思います.どこから直すか,優先順位は教えてくださいね.」

「助かりますな,3恊年も王国政府に放置されていたので.これでやっと安心して眠れるようになりそうですな.ああ,それで,あなたの部下を紹介いたします.こちらが,次席断罪官のセリーナです.」

「ご紹介あずかりましたセリーナ・ハルフォードと申します.一般級3位マギアス,トールマンです.」

断罪官が女性なのかとちょっと意外にも感じながらも,金髪を肩より150ミリメルテほど延ばし,ちょっときつい感じの少し吊り上がった目をした女性だ.真っ赤な口紅がよりきつい印象を与えている.断罪官の制服をぴっちりのサイズで着こなしているため,非常に体形がよいのがわかる.ちょっと,まじめすぎる感じだし,怒らせるとちょっと怖そうなので,うまくやっていけるかどうか,やや心配になりながらも,握手を求める.

「よろしくお願いしますね,次席断罪官.」

「ええ,こちらこそ.」

「それで,もう一人の部下が,こちらのシリルです.」

「シリル・マイヤールです.戦術級4位マギアス,東方エルフ由来のはみだしもののハーフエルフハーフトールマンです.こんな辺境ですが,司法治安官の隊長を任官させてもらっています.すぐにくびにならないといいのですが.」

若いお兄さんに見えたが,半エルフ半人のようだ.確かにエルフらしい金色の瞳をしている.長い紺色の髪で,帽子を深くかぶって,耳が見えないようにしている.よほど,ハーフであることを卑屈に思っているのだろうか?戦術級4位ということはエルフにしては比較的魔力量が少ない方だし,そのせいで自信がないのか,エルフ特有の傲慢な感じはみじんも感じない.高貴な感じはさらにないが….エリザリーナのような小娘より下っ端なのは,普通のエルフならばプライドが許さないはずなのに,後ろ暗すぎるのは何かあるのでは,と邪推してしまう.

「あはは,よろしくお願いします.」と,握手する.

「気にしないでくださいな.シリル隊長はいつもこんな調子なんで.」と,あきれた顔の市長がいう.

「そうなんですね.バシッと気合を入れてお願いしますよ,隊長.」

「ええ,できるかぎり,かんばります.」と,帽子をさらに深くかぶる.

「そして,最後の一人が,壁守様のメイドとしてお使いください.メアリーです.」

たぶん同い年くらいの女の子で,ぱっつん黒髪ストレートロングで,灰色の瞳,メイド服でなく一般的な市民の服装をしていたため,メイドさんとは思わなかった.

「メアリー・フォースターと申します.おそばで日ごろのお世話をさせていただきます.お気兼ねなく,なんなりとお申し付けくださいませ.」

「あちゃ~,あっ,いえ,申し訳ありません.その~,言いにくいことなのですが,私は自分でメイドを雇っておりまして,今日は一緒についてきておりませんが,明後日には“転移門”を使って,こちらに来る予定になっています.メアリーさんには悪いのですが,メイドを採用するつもりはなくて,お断りさせていただきたく…」ついつい,地が出てしまったが,市長は失礼なことにエリーの話をさえぎる.

「いやいや,壁守様.メイドは何人いても不都合がないと思いますので,ぜひ彼女を採用いただきたいものですな.」

「そんなことを言われましても,こちらにも金銭的な都合と私的な都合がありまして,それにわたしは魔法でなんでもなんとかできますし…」と,なぜか市長はかなり強くメアリーをメイドに薦めてくるので,エリーもやや強めに拒否した.拒否する理由をさらに考えようと,

「私の連れてくるメイドは私と同じヴィッセンスブルク大学校 壁守専攻卒の同期の子でして,術者級1位のマギアスなので壁守業務も手伝ってもらえるんですよ.気心も知れていますし,なかなかの子なんですよ.ところで,メアリーさんはどんな業務ができるのですか?」

「メアリーはですな,とても若いですが,メイド技術,裁縫,料理,貴族礼儀作法,六大法規,書術,商用算術,秘書,エルフ語,東方語,調薬,護身術など,いろいろ得意な分野が多くてですな,大変役に立つこと,うけあいですぞ.もちろん,この街の出身なので,この街のことをよく知っておりますぞ.」

あまりにもメアリーさんがハイスペック過ぎて,余計に何か裏があるようにしか思えなくなってきた.数周分間,どうぞ,いいえ,どうぞ,いいえ,の繰り返しだったので,地位的にはエリーの方が上ではあるので無下に断ってもよかったのだが,“例の事件”のこともあるし,初日から市長と対立するのはどうかと思い,しぶしぶ

「メイドとしては雇えませんが,壁守の秘書としてでしたら,いかがでしょう?」

と,妥協案を提示してみると,市長はちょっとだけ不満そうではありながら,

「わかりました,壁守様.メアリーを秘書としてお使いください.メアリーの雇用費用は市の経費から落としますからな.」

「いいのですか?」

「もちろん,ご遠慮なく.待ちに待った,壁守様ですから,市政府からも最大限の協力と援助をいたしますぞ.」

「ありがとうございます.では,メアリーさん.平日は毎日2刻に“高い塔”に出勤してきてください.セリーナ断罪官とシリル隊長は,必要な時にメアリーさんに走ってもらいますので,よろしくお願いしますね.」

「「はっ!」」「うけたまりました.」

2人には敬礼され,メアリーには深々とお辞儀をされた.敬われることになんとなく慣れていないのでとまどってしまう.

「では,市長さん,ご紹介ありがとうございました.」

「ええ,あとはメアリーにお尋ねくだされ.では,我らのプッペンスタットの発展のために共に協力いたしましょう.」



*) マルクト広場:どこの街にでもある,ありきたりの市場がある広場.商店街みたいなもの.中央に噴水があったり,箒の発着場があったり,公園があったりする.

*) お昼のおやつ:食事は日に2回,朝と夕方だけ.裕福な人だけ,昼間はおやつを食べる.

*) 人類族:エルフ,ドワーフ,トールマンなどの種族群.“人類族協定”を締結して,邪悪な魔族に対抗している人々.

*) 法印:魔法を制御するために手などを特別な形状にして,魔力を流すこと.忍者の“ニンニンポーズ”の形みたい(・・・)なもの.

*) マナエルグ:魔法行使のためのエネルギー,つまり,マナ量の単位.ゲームでいうマジックポイント(MP)に相当するもの.

*) 地位:上から賢者級マギウス,術者級マギウス,一般級マギウス,上級市民,中級市民,下級市民.それぞれの級に1位から6位までのレベルがある.軍のひとは戦略級,戦術級,一般級と言ったり,古い人は公族級,貴族級,一般級といったり,呼び方はまちまち.

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