第17話 監視塔
ズーデンヴァルト軍 監視塔#21
― 第6紀 366年2月30日(土曜日)4刻
「お勤め大変ご苦労様です.」
と,エリーはアンジェを連れて,壁守の仕事の一環として,プッペンスタットの街とズーデンヴァルトの街のちょうど真ん中にある監視塔#21に表敬訪問に来ていた.ズーデンヴァルト軍から顔合わせもかねて,招待されたのだ.監視塔も高い塔と同じように魔導レンガで作られており,階段があって低い階には窓が少ないものの似たような作りになっている.街壁がなく,すぐ外がウィルダネスなので,非常に緊張感と圧迫感がある.ここで兵士たちは1恊週間交代で勤務しているらしい.
「ようこそ,プッペンスタットの壁守殿.ズーデンヴァルト軍偵察監視部隊 副軍団長のエイブラム・フォン・ハンティントンです.壁守殿と同じ準爵です.こちらは監視塔#21の当直隊長をしていますクリフです.壁守殿がすごくお若いので驚いています.」
「初めまして,エリザリーナ・フォン・エインズワースです.大学校を卒業したばかりの新人壁守なのですよ,閣下.小さいとはいえプッペンスタットという街一つを任されることになって,わからないことだらけで四苦八苦しているところですよ.」
「いやはや,壁守はきびしい審査があって,それを合格されたということはそうとうの実力があるということでは?壁守の競争率は10倍くらいあるっていう噂じゃないですか.」
「あはは,32倍もありましたよ.」
「ほんとうですか.それはすごいではないですか.今後とも,よろしくお願いいたします.」
「こちらこそ,お願いいたします.」
監視塔の中に通されて,お茶を出される.
「従者様もおくつろぎください.世間から隔離された塔の中なので,ご遠慮なく.」当直隊長はアンジェがエルフであることに気づき,気を利かす.
「ありがとうございますなの.」
「それで副団長さん.去年の13月67日にプッペンスタットに魔物が接近してきまして,私たちが排除したのですが,やはりこの辺りは魔族領が近いので魔物が多いのでしょうか?」
「そうです.アラグニア大消失以降,ズーデンヴァルトの街を再建してから魔物はほとんど姿を見せませんでしたが,18恊年前に魔物が大挙してシグリス河を渡ってきたの確認して以来,時々,魔物を見るようになっています.えっ?魔物を撃退されたのですか?」
「はい,わたしとこのアンジェリーヌと2人でです.」
「いやはや,それはすごいですね.どれくらいの数でしたか?」
「合計で15匹です.」
「なるほど…32倍の競争率で合格するはずですね.」
「ありがとうございます.でも,ゴブリンが中心だったので,簡単でした.」
「この辺りにはアラグニア大消失を生き抜いた野生のゴブリンもいるので,気を付けてください.やつらはどこにでもいて,どこでも増えて,どこでも厄介な存在ですから.」
「野生のがいるのですね.やはり巣を見つけられなかったのは失敗だったのかも.」
「あの,従者のわたくしが口をはさむのは失礼なのですが,お教えいただきたいですの.プッペンスタットの街はやはり魔族領に近いから危ないのかしら?」
「まったく魔物の襲撃がないほど安全とは言えないですが,ご安心いただいて大丈夫だと思っています.ズーデンヴァルトは対魔族の防衛城塞都市です.ここと同じような監視塔がシグリス河の北岸にたくさん設置されていまして,魔族どもが川を渡ってきたら,すぐに警戒できるようにしていますし,もし大軍で攻めてきても,ズーデンヴァルト軍8万がその強固な城壁で進軍を止めて見せます.プッペンスタットの街は我々ズーデンヴァルト軍が守って見せますよ!」
「頼もしい限りです.プッペンスタットには戦力がないので,頼りにさせていただきますよ.」
「わたくしとしても,とても安心できましたの.」
「あの,提案がございまして,思ったよりも野生の魔物が多いようなので,プッペンスタットの高い塔と監視塔との間で連絡を取れるようにしたいのですが,副団長さん,いかがでしょうか?もちろん,わたしたちの方で連絡手段を用意させていただきます.」
「そうですね.ご心配でしょうから,ここ監視塔#21ともう少しズーデンヴァルトに近い#19の2つに設置するのでどうでしょうか?」
「ありがとうございます.では,日を改めまして,魔道具の用意をいたします.」
エリーとアンジェは春にズーデンヴァルト観光をして見てきたので,知っているのであるが,プッペンスタット1万4千人の人口に対して,ズーデンヴァルトは約800万人も住んでいる巨大都市で,その人口でズーデンヴァルト軍8万人を支えている.シグリス河から630メルテ離れたところに長さ32キロメルテの防御城壁を構えており,300メルテ置きに高い塔が設置されていて,壁が破壊されてもすぐに立て直せるようになっている.もちろん,高い塔は防御だけでなく,攻撃にも使用できるので,この戦力を突破できる可能性はまずないと考えていいと,二人は思った.シグリス河の北岸で防御壁がない部分はそのほとんどを攻撃性森林によってふさがれているので,魔族軍も進行できない.攻撃性森林は人類種も嫌いだが,魔族種は頭が悪いだけにさらに嫌っていた.唯一の隙間は,ズーデンヴァルトの街壁と攻撃性森林の間の300メルテの緩衝地帯だけだ.少数の魔族はそこを通り抜けているのかもしれない.あるいは,多数の犠牲を覚悟して攻撃性森林を強行突破しているのかもしれない.空を飛ぶ魔物に運んでもらっているのかもしれない.エリーは長期的に考えても,プッペンスタットには重大な危機はそうそうないだろうと思うことにした.パスカルが街に引っ越してくればどうにでもなるかとも思った.
(ズーデンヴァルトを突破されれば,プッペンスタットなんて吹いて飛ばされるような小都市なんだよ.都合の悪いことに,南部エルフ軍の拠点イルミンスールへの進軍の途中にあるので,必ずプッペンスタットの付近を通過することになるよね.まあ,その時は逃げるだけだよ!そういう意味でもヴィッセンスブルク直通の転移門は絶対に必要だよ.)と,着々と結婚後の安全対策には余念がなかった.
誤記を訂正 9/24




