第15話 回想 大学校 ティルールローゼ
ヴィッセンスブルク大学校 ティルールローゼ競技場 第6コート
―第6紀 366年7月49日(火曜日)3刻
「アンジェ!」『大きく,右,回る,ディフェンダー.』
と,エリザリーナは“指言葉”で背後の柱にいるアンジェリーヌに作戦を伝える.競技場は半径25メルテの円形をしており,中心に1本の柱,そこから11メルテ離れた位置に正六角形の配置で6本の柱が立っている.競技場の円の対角の位置にそれぞれの陣地を示す柱がある.この柱も最も近い柱から11メルテの位置にある.相手チームの3人はそれぞれ3本の柱の裏に隠れてエリーを攻撃しており,エリーは中央の柱付近で隠れることもなく悠々と歩いてくる.相手チームはエリーに向かって3方向から集中砲火を浴びせている.それを気に留める様子もなく,エリーは避けるまでもなく,魔法の弾丸が勝手に逸れていく.
「ちっ,空間歪曲のエリーめ!」
エリーはただのおとり役であり,その間に競技場の端ぎりぎりを右回りで相手陣地の前にいるディフェンダーにアンジェが速攻で肉薄する.ディフェンダーは3本の柱にいる味方に,エリーを攻略するために激しく指示をだしている.アンジェは気づかれる前に,猛ダッシュでディフェンダーに接近し,横から魔法の弾丸をぶち当てる.
「うがっ!」
「ほほほ,エリーばかりを気にしているのではないの.」
そう言って,アンジェは相手の陣地を落として,勝利を獲得した.
“ティルールローゼ”とは,もともと旧アラグニア魔導王朝のエルフ魔法軍団が魔法戦闘の練習のために考案した,殺傷力のない魔法の弾丸を撃ち合い,相手チームを全滅させるか,相手陣地を攻略するかを競う,基本は6対6のチーム競技である.弾丸は相手に当たると(味方に当たっても)淡い赤色に染まり,当てられたプレイヤーは殺されたことになって,退場する.もちろん,使える魔法が決まっており,攻撃魔法や罠魔法,攻撃魔法を防御する魔法があり,攻撃と防御の両立が必要である.マギアスの間では非常に人気のある競技になっている.ティルールローゼには複数のルールがあって,先ほどエリーたちは“マイネスタブ”というルールで試合をしていたのだ.
攻撃魔法【マナブラスト】の威力は高く,当たれば一撃で相手を爆散させることができるため,【マナブラスト】と【魔法障壁】の組み合わせで魔術戦闘訓練など,あぶなくてできたものではない.それこそ,練習ではなく命を懸けた真剣勝負になってしまう.その解決策としてのティルールローゼなのだ.これが戦略・戦術の如何によって,また,いろいろな状況を適用できることから,非常に面白いことが知れ渡り,魔法競技としてルール化され,一般化されていったのだ.
エリーをチームリーダーとして,仲良しの友達,つまり,パスカル,アンジェ,クロエ,ウィリアム,リエリと,他実力者3名と混ぜたチーム“天空彷徨う魔弾”を作って,ヴィッセンスブルク大学校が持っている6枠ある全国大会出場枠をかけて,校内トーナメントを勝ち進めていた.なお,パスカルは運動音痴なので,ティルールローゼのプレイヤーではなかったが,チームの作戦参謀として作戦の立案や相手チームの戦力解析などをしていた.
アンジェも.クロエも,ウィリアムも,初等教育の時期に地元地区のジュニアチームに所属して,ティルールローゼをやっていたが,エリーはパパがアマチュアチームを作っていて,そこに一緒についていって,大人の中で一緒に練習し,完全に大人顔負けの実力をつけていった.そのため,大学校入学時点ではエリーの実力を誰一人として知らなかった.
新生アラグニア王立 ヴィッセンスブルク中央ティルールローゼ競技場
―第6紀 366年9月60日(火曜日)5刻
「こいつら,なんて対策してくるのよ!」
エリーのチーム“天空彷徨う魔弾”は,全国大会の出場枠を比較的簡単に取れ,全国大会のトーナメントを5つ勝ち進め,今日は準々決勝戦(ベスト4決定戦)を戦っていた.相手側はエリーの空間歪曲を攻略するために,常にジグザグに移動し,魔法の弾丸が近づいてくると被弾直前にランダムな方向に転がるということを徹底してやってきた.ここまで無敵を誇っていたエリーの空間歪曲が今日の前半戦は全く当たっていない.ハーフタイムになって,ベンチにチームみんなで集まる.
「エリー,今日はわたくしアンジェリーヌの実力を世間に知らしめる日なの.わたくしにまかせておけばいいの.」
「うん,いつもの戦法が通じないのなら,違う手を取るだけだよ.相手さんはジグザグに進んでいるけど,それは足が遅くなるだけだよ!アタッカーが前後に大きく遊撃して,相手を翻弄しよう!じゃあ,行くよ!」
「「「「「おー!」」」」」
後半戦約半分のところで,相手チームは6人全員でエリーに急襲する.エリーの正面から近づいてきた相手リーダーはエリーに大声で叫ぶ.
「問題.tan 1°は有理数か,無理数か,どっちだ!」
「えっ?…無理数だよ.」
エリーにとっては絶妙の難易度の数学問題だった.この問題を解くのに,エリーは0.52周秒考え込んでしまった.解答の速さはすばらしいが,ティルールローゼの試合中に大きな隙になったし,空間歪曲ために頭の中で考えていた行列式の計算を大きく間違えてしまった.
相手リーダーが問題を題した瞬間に,全員でエリーに弾丸を撃ちこむ.慌てたエリーは,間違った計算のまま,空間を歪曲させてしまい,弾丸が想定外の軌道を示す.3つはエリーに直撃し,1つは遠くのアンジェの方に,2つは近くに寄ってきたクロエに向かう.
「いやぁっ!」
魔法の弾丸は当たると結構痛い.グーパンくらい痛い.エリーは今季,予選を含めて,初めて被弾した.それも3発同時にだ.がっくりと両ひざを地面につけ,天を仰いだ.
「今のは反則だ!」「エリー!」
ベンチにいたパスカルとリエリが叫ぶ.もちろん,反則ではない.パスカルもそれはわかっていて,審判が試合を止めることを期待して叫んだのだ.エリーが落ちるという悪い流れを変えたかったのだ.もちろん,エリーを落とされたことについて,激怒していたので,相手チームの邪魔をしようとしたのだ.しかし,相手チームの応援団が大歓声を上げている.エースを落としたことに歓喜しているのだ.審判には声が届かない.
クロエは相手リーダーが問題を出したのを聞いていた.その瞬間まずいと思った.完全にエルダインの弱点,数字を見ると計算したくなるという欠点を突かれたのだ.自分の方に弾丸が曲がって来るのに気づき,あわてて大きく回避行動をとる.相手チームはその隙を当然見逃さない.回避が終わった瞬間を狙って,クロエに弾丸をぶち当てる.
「きゃぁっ!」
一瞬で二人が落ちた.アンジェとは距離があったので,走って余裕で回避する.
「よくも,やりやがりましたの!わたくしがエリーの仇を撃つのですのよ!」
とは,言ったものの,あっという間にアンジェ一人だけになり,アンジェが1vs5の状態で長い時間耐えていたものの,そこから逆転することはできなかった.一人になった時点で,普通は相手陣地に攻め込む以外の勝ち筋がないのだが,位置的に自分の陣地を守る形になってしまった.
エリーにとって,これが学生時代としての最後の試合となってしまったが,今日はエリーとしても全く不甲斐ない結果だった.
「う~,完敗なの…」
「ううう,ぐすん,ぐすん.」
アンジェは全力で走り続けていたため,疲れ果ててベンチに仰向けに倒れ込んでいて,クロエはガチで泣いていた.
「みんな,がんばった,よ.ぐすん.残念,だったけど,おつかれさま,でした.」
リエリは全国大会では,ずっとベンチで控え選手扱いで,全く出場していなかったが,チームをずっと応援していた.負けたショックで呆然としていたエリーもチームリーダーとして,感謝を伝えないと,
「みんな聞いて!負けちゃったことはほんと悔しいよ.でも,ベスト8まで行くことができたのは,みんなのおかげだよ.このチームで4恊年練習を続けて,ここまで来れたことにチームリーダーとして,感謝しているよ.ほんとありがとう.もう,卒業だから,このチームは解散しちゃうかもだけど,この思い出は絶対に忘れられないよ!」
「ああ,みんながんばったよ.」
「ここまでこれたのはリーダーのおかげさ.」
エリーは後でパスカルと2人きりになったところで,思い出したようにくやしくてわんわん泣いた.




