第13話 春の帰省
プッペンスタット マルクト広場 転移門前
― 第6紀 367年1月5日(土曜日)3刻
「メアリー,申し訳ないけれども,春は実家に帰省するよ.アンジェも一緒だよ.」
「わかりました.いつ頃お戻りになるご予定でしょうか?」
「遅くても2月の頭には戻ってくるよ.1恊月と長いけどお願いね.緊急時はすぐ戻ってくるから,【魔法念信 “空間歪曲のエリー”宛】で連絡してよ.」
「はい,セリーナ次席断罪官か,シリルにお願いします.」
「じゃあ.」と,2人はマルクト広場の隣にあるプッペンスタットからズーデンヴァルトへの一方通行転移門を使って,ズーデンヴァルト経由で実家のある王国王都のヴィッセンスブルクへ帰省した.もちろん,途中でズーデンヴァルト観光をしたのだ.転移門は1人1回金貨1枚ととんでもなく高い.ほんの一瞬なのに,これで金貨4枚だ.
「ふう,やっぱりヴィッセンスブルクは暑いの.」
「プッペンスタットは今ちょうどいい“十二季年ズヴォルフ・ヤーレスツァイテン”*だから,過ごしやすいけど,もう3恊年もしたら,寒くなるよ.」
「暑いのも嫌だけど,寒いのはもっと嫌なの.」
「とりあえず,いったん解散して,また3恊日後に,大学校のみんなと一緒に会おうよ.」
「わかりましたの.」
「じゃあね!」と,2人とも箒で飛んで家まで帰った.
エリーは2恊月ぶりに実家の玄関を開ける.
「パパ,ママ,ただいま.」
「「お帰り,エリー.」」
「サリーもただいま.」
「おかえりなさい,おねえちゃん.」
「あっ!あなたの部屋はサリーにあげちゃったから,メルの部屋を使ってね.」
「うん,了解だよ.」
少ししか実家を空けていなかったのに,実家に帰ると,自分の部屋がなくなっており,元“姉の部屋”を間借りする.さすがに,ちょっとイラっとする.
「もう~,お姉ちゃんの部屋は全く片付けないのに,私の部屋はすぐに片付けたのって,どうなのよ.まあ,荷物ほとんど持って行ったから,きれいだったのはわかるよ.実家をでていったからっていっても,娘の部屋は残しておくもんだよ,まったく.…はっ,ひとりぐらしをちょっとしただけなのに,ほんと独り言が増えたよ.さてさて,パスカルに連絡しよっ.」
エリーは1恊月と休みが長いが,ほとんどの人がそうしていて,新春は長期連休の時期だ.恊星の人類種は基本,春に発情期があり,少しずつずれて順々にその時期を迎える.人種が混じらないように,原初三柱神様がそうされたらしい.この時期は基本女一人では外出はしないし,旦那や彼氏を連れて外出するものだ.まあ,魔法使いなら,女一人でも大丈夫なことは大丈夫なのだが,それでもだれかと一緒に行動する.それがここの常識だからだ.
「パスカルぅ~,デートしようよ!」
『いいよ.』
二人はちょっと前まで通っていたヴィッセンスブルク大学校の大学校門前広間にある商店街に来ている.ここだけでも,プッペンスタットのマルクト広場の7倍の面積があり,学生のための街だというのに,非常に規模が大きい.ヴィッセンスブルク大学校は20万人規模の大学校なので,門前町もそれなりの規模になるのは当然だ.学用品の店が多いが,服や日常品などを見て,買い物をする.プッペンスタットでは購入できないような珍しいものが当然たくさん売っているのだ.パスカルはエリーが買った荷物をかなりの量持っていた.壁守の初任給(注:年俸制で年末にまとめて支払われる.それで卒業してすぐに13月と14小月だけ勤務して,1恊年分のお給金をもらったのだ.なお,貴族はみんなそうしているので,別にインチキではない.貴族特権である.)をもらって,エリーはちょっとお金持ちになっていた.お店で知り合いを見つけた.魔法できれいな花紺に髪の毛を染めて,おさげを編んで三日月の髪留めをして,髪の毛で右目を隠しているエルフにしか見えないかわいい女の子だ.真っ黒のローブを着て,伏し目がちに隅っこに立っていた.エリーの大学校時代の友達のガブリエリナだ.
「あれ?リエリ.久しぶり~.」「やあ!リエリ.」
「え!エリー,帰って,きてたんだ,ね.おかえり.パスカル,こんにちは.」
「そうそう今日帰って来たんだよ.3日後,私の家で大学校の同期みんなでパーティするの,リエリにも招待状出したよ.届いてるかな?」
「うん,届いて,いるよ.もちろん,参加する,ね.」
ガブリエリナはエリーとパスカルが一緒にいるのを何度も交互に見ていた.
「それよりひとりなの?この時期なんだから,だれかと一緒じゃないとあぶないよ.」
「大丈夫,だよ.わたし,影薄い,から,だれにも,気づかれない,の.」
そんなわけがない.入学式当日に,エルフたちにハーフエルフハーフトールマンだとすぐ気づかれて,いじめられたことを忘れたのだろうか?学校生活4年を通しても,仲間たちとともにいろいろな成功体験も多かったはずなのに,相変わらず自分に対してネガティブな性格のままだし,シリルを見てイラッとするのは,なんとなくリエリに似ているからだろうか?
「とにかく気を付けてよ.また,3日後に会おうよ!」
「うん,楽しみに,してる,ね.」
「じゃあ.」
「うん,じゃあ,ね.」
エインズワース家は由緒正しいエルダインの血統だ.しかし,純血のエルダイン自体が少ないため,エリーの両親のように,トールマンと結婚して,種を残していくしかない.代々の持ち家の中塔も小さくはない.9階建てで,部屋数は9つと少なく,真ん中に四角い穴が空いているが,一部屋はかなり大きい.エリーの両親は娘がファンデルメーレン家(注:由緒正しいエルダインの血統)の彼氏を連れてきたとき,とても喜んでいた.パスカルが個人的に優秀というだけでなく,エリーとパスカルの子供なら,1/2がエルダインで,1/2がハーフエルダインになるので,どっちにしても,優秀な魔法使いになる可能性が高いからだ.エリーはトールマンの母親に似た思いっきりの良い行動力と,エルダインの父親に似た計算高さで,競争率の高そうなパスカルをサクッと彼氏にしてきたのだ.エリーには姉のメル(メルネフィーナ)がいたのだが,ちょっと気難しく無口で,かなり頭脳はよかったのだが,思い込む傾向が強かったため,うつ病を患い,エリーが6歳の時に自殺してしまったのだ.だから,エリーの両親はメルの部屋を片付けることなく,そのままにしているのだ.これも両親の後悔の産物だろう.メルが自殺する数恊年前から,心配した両親はメルにかかりっきりだったため,エリーは逆に放っておかれ雑に育てられた.それが良かったのか,エリーは自分から進んで行動する強気で明るく前向きな性格に育った.妹のサリーはエリーとメルの中間的に,ようは,普通に育っている.後は,男の子が欲しいところだが,エルダインとトールマンでは寿命が違うので,母親の方がもう歳だし,先に星に還ってしまう運命なのだ.
ヴィッセンスブルク エリーの実家 メルの部屋
― 第6紀 367年1月8日(風曜日)4刻
「みんな,今日は集まってくれて,ありがとう!私,プッペンスタットの壁守,がんばってるんだよ.お給金ももらえたし,今日はパーティを企画したので,みんなでいっぱい楽しんでほしいよ.」
「「「「「ウェ~イ!」」」」」
大学校の頃の仲間,エリー(エリザリーナ),パスカル,アンジェ(アンジェリーヌ),リエリ(ガブリエリナ),クロエ(クロエリーヌ),ウィリアムの6人だ.ちょっとお高い軽めのお酒と各種スイーツ,とろけるような高価な肉料理と,だれもが好きそうなB級グルメを用意してあった.昔話をしながら,楽しい時間を過ごせた.
「でもすごいよね,この本の数.成績優秀な人は読んでいる本の数が違うよね.」と,クロエが言う.
「ほんと,そう,思う.お金持ち,でないと,こんなに,本,買えないし,ね?」と,本好きのリエリはまじまじと面白そうな本がないかと,見つめていた.
「ええ~,これはお姉ちゃんが集めた本だよ.写本も多いし.この部屋もね,元々お姉ちゃんの部屋だったんだよ.まあ,私もここの本はだいたい全部読んだよ.この辺りは,お姉ちゃんが書いた本だよ.作者が“第6紀のピタゴラスス”ってのが,ペンネームなんだ.この[行列解演算法]とか,学者じゃない素人が作った本とは思えないすごいできなんだよ.」
「わたくしもエリーに薦められて,ちょっと読んだの.数字で頭が痛くなって無理でしたの.」
「ぼくも読んだよ.ほんと参考になる,ためになる本だったよ.」
「エリーの魔法制御の秘密の本だよね?」
「そうだよ.わたしの秘密の本なんだよ.」
「今日はお姉さんの部屋で騒いでよかったの?」
「あはは,お姉ちゃんもたまには騒いでも許してくれるよ.」
宴もたけなわだったが,そろそろいい時間になってきたので,エリーはパスカルを呼んで,叫ぶ.
「はい,みんな聞いてよ!重大発表があります!」
「なんですの?」
「とうとう?」
「…えっ?」
「はい,パスカルどうぞ.」
「え?ぼくが言うの?」
「そこは…そうだよね?」
「ま,いいか.えーと,改めまして.エリーとぼくはこの前,正式に婚約しました.ぼくが卒業する3恊年後に結婚します!」
「二人はとてもお似合いですよ.おめでとうございます.」
「よっ!おめでとう!」
「そんなこと知ってたの.おめでとうなの!」
「あっ,お,おめで,…とう.」
パチパチパチパチと拍手される.おおむね仲間からは祝福された.しかし,一人からは心からのお祝いを言ってもらえなかったのは残念に思い,そのことに対しては心にとげが刺さるような痛みを感じながらも仕方ないと思い,そのことは一旦わきに置いて皆からの祝福を喜ぶことにした.
こうして,エリーは長期連休をゆっくりと楽しく過ごせたのだった.
*) 十二季年:1恊年内で春夏秋冬があるが,それとは別に,十二恊年周期で気候が大きく変化する.極付近で太陽がてっぺんまま沈まなくなり灼熱地獄になったり,赤道付近まで海が凍結するなど,春夏秋冬とは比べて,かなり激しい気候変動になっている.




