序章 プロローグ
浮遊城塞ラピュタ ― 第6紀 369年某日
『ああ,なんたることだ.この少女のことは,記録しておかなければなるまい.』
トリフェルティア星(以下,恊星*と省略.)のはるか上空を浮遊しているここ“星を守護する永遠に浮び巡るラピュタ”のとある書斎で,“トリフェルティアのすべてを観察し記録するもの”,あるいは,“観察者”であり“記録者”であるものは,一人の少女を見つめていた.その瞳を持たない灰色の目は壁を眺めているようにしか見えないが,その眼光はラピュタ形成する分厚いオリハルコン*の下層外壁をも貫通し,はるかかなたの地表を見つめていたのだ.観察者がこれほど一人の人物を見つめることはまれであり,普段はその灰色の目で同時に複数の場所で起こっている出来事を観察者の認識では“ぼんやり”と同時に観察しているのだ.
記録者は無地の薄い石板をとりだし,この少女について,今まで起こったことを無限とも思える膨大な記憶力をたどり,思い出して記録を記載し始めた.恊星の地表に住むどの種族も使用していない文字であり,その独特の点と線で記載された几帳面で小さな小さな文字は読むのさえ容易ではない.ここ数恊年(恊年*:恊星が青い小太陽シーリスの周りを1周する時間.)の間に起きた彼女に関する出来事をほんの15周分で記録し,記録した初め日と,最後の日つまり今日の日付,そして,彼女の名前を記録し,丁寧に棚に並べた.
『これでまた歴史が動くだろう.もうすぐ1万恊年が過ぎようとしているのに,あの忌まわしき相棒が残した残滓が,いまだに“呪い”を振りまき続けているとは.』
ここに記録者の記録を見に来るものは少ないが,ときどき訪れる訪問者に記録者は読み聞かせているのだ.もちろん,観察者もいつも手が空いているわけではないので,訪問者に翻訳の石柱を使わせることもあるので,記録者がいなくても読むことはできるのだ.ちなみに,ラピュタへの訪問者というは,地上の民の神々であったり,自由気ままな龍たちであったり,ときは,陽気で小生意気なエルフの娘を筆頭にした仲良し3人組だったり,灰色の髪と羽を持った奇妙な女だったり,と様々だ.たとえ来訪者が少なくても,彼は記録を続ける.観察し記録することが,彼の偉大なる3柱の主たちからの命令だったからだ.彼の長い長い寿命の尽きるその時まで.
*) 「恊」:①かなう.②おびやかす.意味:うまく合うとか,心を合わせるなど.毎回,“トリフェルティア年”とか,“トリフェルティア日”とか記載するのが長くて読みにくいので,むりやり漢字を当てました.なぜ,この字を選んだのかは,徐々にわかるかと思います.
*) オリハルコン:宙に浮く不思議な金属.説明しなくてもわかりますか.はい,すみません.
*) 序章では,時間の単位のくわしい説明は省略.恊年以下,恊月,恊週,恊日,刻,周分,周秒.なお,周秒と周分はほぼ秒と分と同じとみなす.