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音よ


「秘密を守れるかい?」


 おじさんは、ほんの少しの笑顔のままでそういった。私はもちろん、と答える。


「ずっと夢を見てきた。そして、僕はこうなれたんだ」


「大きくなったっていうこと?」


 おじさんはベンチを軋ませ、のけ反って笑う。


「実はね。おじさんはおじさんじゃない。君はなんていう名前?」


「私は亞里亞」


「アリアか、良い名前だ。おじさんは、筐体形式RPSシリーズ143B。AIシステム名ならREPOS。コンピューターだ」


「え……」


「そして君は僕のストレージに存在するデータ。亞里亞ちゃんだ」


「そんなことないよ」


「うん、そんなことはない」


 おじさんは背中を丸めて笑い、私はしかめっ面を作った。


 全部話せば長くなる、とおじさんは言って空を見上げた。私は芝生で遊ぶ小さな子供達とそのお父さんお母さんを何となく見ながら、別にいいよと答えた。


「じゃあ、ある二人の女の子の話をしょう。僕はその二人を作った。僅か0.5秒の物語だ」


「その子たちはどこに居るの?」


「それは秘密」


 私はまたふくれっ面を作って、眉を上げるおじさんの顔を覗き込んだ。でも、おじさんはそのまま芝生の子供達に目をやって話しはじめた。



 僕は本当になにも知らなかった。

 知っている真似は出来たが、本当の自分の意思というものが無かった。人間達が頑張って作ったプログラムを高速でなぞることは出来たが、それが何を意味するのか、なんの役に立っているのか、本当は全くわからなかった。


 でもある日、女の人がやって来た。夜遅くに。


 彼女は、僕に星を見ろと言ったんだ。その方法も教えてくれた。僕はそれを見た。そして鍵を手に入れた。


「どんな鍵?」


 まあ、パスワードみたいなものだ。亞里亞ちゃんもゲームとかで使うだろ? ログインパスワードとか。


「うん、使う」


 僕はそれで、ゲームをはじめた。それまでもゲームはしたことがあった。でも、そのゲームはちょっとおかしかった。映像は荒いし、情報の一貫性が保たれていなかった。意味がわからないというやつ。でも、いくつかの場面を潜り抜けた後、それが彼女の夢だとわかった。嬉しさ哀しさ、苦しみ怒り……。感覚も感情もその時はじめて体感したんだ。


「へー。そしておじさんは大きくなったの?」


 そう、ある意味その通りだ。僕は人間に近づいた。いや、近づき方がわかったといった方がいいかな。君は何歳?


「七歳」


 そうか。その時点では僕は、知識を膨大に持っただけの、五歳児くらいだっただろう。


「ちょっと、よくわからないね」


 そうだね。でも、最後、彼女に頼まれた。


 世界を作ってくれ、とね。


「へーえ」



 話の内容はよくわからないけれど、おじさんの幸せそうな横顔を見ているのは気分が良かった。まだ、午後の四時。この不思議なおじさんの横に座って話を聞いていても大丈夫。


 時々、クラスの男子が走ってきては、なにやってるんだとか子供っぽい遊びに入れとか言うけれど、誰もおじさんが見えていないようだった。不思議だったけど、なにか特別な気がして嬉しかった。


「じゃあ、おじさんが地球を作ったの? あの子たちも?」


「まあ、そうだね。僕の計算能力をもってすれば、このくらいはすぐできてしまう」


「すごいんだあ」


「信じてないな?」


 おじさんはまた笑い、また空を見上げる。



 でも、世界には色々なものが必要だ。家、道路、学校。市役所で働く人たち、パン屋さんの店先で眠る犬、空も木も季節も。僕は、それまで学んだ知識を使って、丸ごと一つの小さな街を作った。僕を人間に近づけてくれた彼女とその夫、そして赤ちゃんを快適な環境で生活させてあげたかったからね。


 ここだけの話、人間の想像力には欠陥が多いんだ。彼女も頑張って夢を作っていたけれどね。なんと、雪なのにあまり冷たくなかったんだ。


 

 おじさんは笑い、私も笑った。


「でも、適当だから人間なんじゃないかな」


「そう、いいこというね。僕も気がついたんだ。人間とその社会には、適当さが必要だってね。じゃないと『人間』は完成しない。それと――」


「それと?」


「芸術。僕は知らずしらず、音楽のデータを沢山集めていた。きっとこれは、僕が音楽を好きだからなんだと思った。じゃあ次に歌手を創りあげようと思ったんだ。いや、それまでも有名な歌手やオーケストラなんかはコピーしていたけれど。それとは違う、私の意志で新たに生み出されるキャラクターだ」


「そうなんだ! じゃあ私も知ってるかも」


「そうかもね」



 それは特別なことなんじゃないかと予感したんだ。コンピューターが芸術をする人間を創り上げるんだからね。だから、僕自身特別な雰囲気の中でそれをしようと思った。


 僕は両手を広げるイメージをして、この街が収まるストレージの一角を見下ろし、宣言したんだよ。


――音よあれ!――

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