雑記11 洗濯機の中で歪む次元・2 ――その後の洗濯機
洗濯機が壊れた。
以前に書いた『洗濯機の中で歪む次元』に登場した、パンツ限定で次元を歪ませてくるあの洗濯機だ。洗濯機を廻し、その間に簡単に掃除やらなにやらを済ませ、さてそろそろ洗濯も終わる頃だろう……と、時計に目を遣ると、普段ならとっくに洗濯が終了している筈の時間である。
終了を告げるお知らせメロディに気付かなかったなー、と、呑気に鼻歌まじりで洗濯機の前に行くと、どうにも様子がおかしい。操作パネルの表示が点いたままなのだ。蓋を開けてみると、まだ槽の中に湛えられた薄っすら白濁する水中に、洗濯物が見え隠れしている。蓋を閉めて「濯ぎ」や「脱水」等のボタンを押してみるも、うんともすんとも言わない。パネルの表示は一応の反応を見せるが、本体は動く気配がないのだ。
どうやら洗濯機能が、最後の濯ぎの途中で力尽きてしまったようだった。
思い起こせば、出会った当初からお値打ち価格だった彼とは、もう、〇年の付き合いである。今日までよく戦ってくれた。欲を言えば、せめて排水を終えてから散って欲しかったが……。
仕方なく、まだ最後の濯ぎを終えていない洗濯物を取り出し、手作業で濯ぎと水切りを終え、手絞りだけでは不安だったので、近所のコインランドリーに赴き脱水と乾燥を済ませた。
さて、洗濯を無事終わらせ、帰宅して人心地着く間もなく、目を背けていた問題に向き合うことになった。未だ水を湛えたままうんともすんとも言わない我が家の洗濯機の中から、何とか水を抜かねばならない。洗面器とコップで出来る限り水を汲み出し、ひーひー言いながら洗濯機を動かして背面の板を外したところにある強制排水機能を使い、何とか残りの排水を終えた。結果、洗濯をしたことで汗をかき洗濯物を増やす羽目になってしまったが、誰も悪くない。洗濯機とて、「自分、まだやれます!」と思っていたに違いない……。
とは言え、今はもう動かない彼とこのまま暮らし続ける訳にも行かない。私には新しい相棒が必要だ。
大分遅めの昼食を済ませ、私は少々の胸の痛みと共に大型家電量販店に足を運んだ。
どうせなら壊れたのと同じメーカー製がいいな、何となく愛着もあるし……などと考えながら洗濯機売り場を見まわすも、どこにも同メーカーの製品が見当たらない。どうやらそのメーカーは、現在は洗濯機業界から手を引いてしまっているようだった。
仕方なく他のメーカーの製品を購入し、週末には搬入して貰えるよう配達依頼を済ませた。今回選んだのも今迄同様、縦型である。
そして、新しい相棒が決まった現在、私には気になっていることがある。
――果たして、新しい洗濯機で洗ったパンツはどうなるのか?――
古い洗濯機は、洗い終えたパンツが高確率で表裏が裏返っている、という問題を抱えていた。今ではパンツを洗濯機に入れる際には端から裏返すようにしていたし、気持ちの上でも洗濯後のそれらがどんな状態でも受け入れるようにしていたので、新しい洗濯機での結果がどのようだろうが問題はない。それでも、新しい洗濯機は私のパンツをどう扱ってくれるのかは、やはり気になるのである。
ともあれ、彼が我が家にやって来る今週末の午後が、洗濯初めとなる予定だ。果たしてどの様な結果が得られるだろうか。楽しみである。
――土曜の午後。
様々な洗濯物と共に、4枚のパンツを洗濯機に放り込む。この4枚は全て同一のメーカー製のボクサータイプだが、微妙に手触りや細かなデザインが違っている。今回はこれら全てを表向きのまま突っ込んだ。
プー、プー。
約一時間後、洗濯終了を知らせる電子音が鳴った。さあ、パンツはどうなっているだろう。洗濯機から次々とタオル類、ネットに入れた衣類、その他色々を取り出していく。勿論、ネットに入れた衣類も入れなかった衣類も、裏返っていることはなかった……そして。
洗濯機の底には、3.5枚のパンツが裏返って残っていた。
3.5枚とはどういう事だ、と思われるだろう。勿論、パンツ自体は4枚残っている。その4枚の内、3枚は完全に裏返っていた。そして残りの1枚は、半分だけ裏面を見せる形、つまり、3枚と半分が裏返っていたのだ。
新しいパターンだった。半裏返しになっていたパンツは、右脚を突っ込むべきところから、左ウエスト辺りのゴム部分を内側から半分ほど潜らせる、という不思議な形状で丸まっていたのだ。
私は驚愕した。
パンツが裏返る現象は、形状的に一番大きな穴であるウエストの部分から捲れ上がって起こるものだと思い込んでいた。まさか脚を通す細い穴からから裏返るとは、予想していなかったのだ。というか、そもそもが「新しい洗濯機なら、パンツが裏返ったりはしないだろ」とすら考えていた。そんな甘い考えを嘲笑うかのような今回の結果である。
もしかしたら、これまで裏返ってしまっていたパンツも、こんな風に脚まわりの穴から裏返っていたのだろうか。だが洗濯機がスケルトンではない以上、これ以上確認を取ることは出来そうもない。謎は深まるばかりである。
それにしても、何故、我が家にやってくる洗濯機はこんな不可解な現象を引き起こすのだろう。もしかしたら、洗濯機の中でパンツ限定で次元が歪む原因は私にあるのだろうか。だとしたら、一体何の為に存在する能力なのだ。いずれ、この能力を必要とする瞬間が私の人生にあるのだろうか――。
丸まったパンツを広げつつ、有るか無いかも不明な謎の能力の使い道について、想いを馳せるのであった。