8 お役に立てた?
「しかし、よくコレに気付くな……」
深夜、ロッシュ・ヴォワールの執務室に彼と執事のクロードの2人がいた。
ロッシュの前には2枚の書類が置かれている。王家直轄領ダルゴスの税収資料と魔石算出に関する資料だ。
今日ルディーナが違和感があるとクロードに伝えた書類である。
「ええ。全くです。各数値の相関関係の揺らぎ。一般知識に加え、フレジェス王国の産業等についても理解がなければ見付けられません……外国のご令嬢の筈なのですがね」
ロッシュの言葉にクロードがそう返す。
ルディーナはフレジェス王国の文官の手伝いを始めてまだ二週間足らずだ。ゼラートで高い教育を受けていると言っても、フレジェス王国の国内状況について詳しく教えられている筈がない。あの凄まじい速度の読書で片っ端から知識を吸収しているのだろう。新聞に始まり経済分野の学術書まで読みふけっていたのは知っているが、有機的な知識として理解していたとは。
「理解だけで気付けるとは思えん。才能だろうな」
2つの書類を並べて「何か変な箇所があります、どこでしょう」と聞かれれば気付けるだろうが、数日前に見た書類との違和感に気付くのは至難の業だ。
「ええ。語学堪能などというレベルの人材ではありませんな」
そのとき、ドアがノックされた。外から「アルバートです」との声。ロッシュは短く「入れ」と返す。
ドアが開き、直属の部下の一人が入ってくる。
「確認しました。やはり外貨の動きは書類上正常です」
ロッシュはニヤリと笑う。
「ついに尻尾を掴んだな。諜報分野では後手に回っている我が国だが、やっと一撃返せる」
「はい。それで、帰っていいですか?」
しょぼしょぼした目でアルバートが言う。
「ああ、許す。今のうちに寝ておけ」
アルバートが「うへぇ」と言って力なく部屋から去っていく。
「朝になったらルディーナ嬢にも話を聞いてみよう。どこまで見えているかな?」
「案外、全部理解しているかもしれませんね」
クロードが笑って言った。
◇◇ ◆ ◇◇
朝起きると、私はロッシュ殿下の執務室に呼ばれた。
殿下の執務室はいつも仕事をしている部屋の隣の部屋だ。
内装は豪華だが、作りは普通で、殿下用の大きな机と、簡単な打ち合わせのできるテーブルが置いてある。
クロードさんに促され、テーブルの方に腰掛ける。正面にロッシュ殿下、その隣にクロードさんが座った。
何だろうと小首を傾げていると、昨日違和感があると伝えた『税収実績表』が差し出される。ああ、これの事か。
「ルディーナ嬢、まずはよく気付いてくれた。ありがとう。幾つか確認したい。君が違和感を感じた理由から聞かせてくれ」
そう言えば昨日は違和感があるとしか言わなかった。クロードさんならすぐ理解するだろうけれど、はっきり伝えないのは良くない。反省。
「はい。このダルゴス地域の主要産業は魔石の採掘で、他にめぼしい産業はありません。この表自体は整合性が取れていますが、別資料を見ると昨年の魔石採掘量は余り良くない。にも関わらず、税収の減少が限定的です」
ダルゴスは魔石の収益が鉱山運営の幹部から鉱夫まで、広く関係者に流れ、そのお金が更に商人などに流れていく経済構造だ。しかし同地域で活動する商人や輸送業者の収益が下がっていない。結果税収も概ね維持されていた。
魔石の産出量が減ればもっと経済が冷え込む筈である。
「流石だな。これ、ルディーナ嬢は何だと思う?」
「単なる予想ですが……トグナ帝国への魔石密輸出かなと」
私の答えに、ロッシュ殿下がポカンとした顔をしている。何か変なことを言ってしまっただろうか。
……ロッシュ殿下のポカンとした顔、少し可愛いな。
「……予想した理由を聞いてもいいか?」
殿下の様子は気になるが、素直に答えるしかない。
「経済状況が変わっていないという事はダルゴス地域へのお金の流入が減っていないという事です。魔石に代わる産業の発展もない以上、実は魔石産出は減っておらず、非合法に売られたと考えるのが素直かなと」
「買い主がトグナだと思うのは?」
「戦略物資である魔石の密輸出は重罪です。リスクに見合う利益がなければやらないでしょう。輸送費用まで含めれば相当に高コストになります。そこまでして魔石を手に入れたいのはトグナ帝国ぐらいです。あそこは石炭式蒸気機関の技術で遅れている上に、グラバルト皇国との対立が深刻ですから」
ロッシュ殿下が「フフッ」と笑った。
「えっと、変なこと言っちゃいましたか?」
「いや、昨夜我々が2時間検討した上での結論と同じなことに驚いているだけだ」
「そうだ、外貨の両替の数値も確認した方が良いと思います。確か違和感のない数字だったと思うんですよね。改竄されてるかもしれません」
フレジェス王国とトグナ帝国の貿易は極めて少ない。まとまった密輸があれば、影響が出るはずだ。
「ああ。実は外貨についてはアルバートが深夜までかけてチェックした。改竄されている可能性が高い。フレジェスの行政に入り込んだスパイの尻尾も掴めそうだ」
既に終わっていた、流石はロッシュ殿下である。そしてアルバートさんお疲れ様です。
「改めてありがとう。この件は捜査院と査察部に投げる。確証が得られ次第父上に報告する予定だ。他言無用で頼むよ」
「はい。もちろんです」
役に立てたようで、よかった、よかった。