35 ご両親
私、ルディーナ・ベルミカは扉の前に立っていた。複雑な彫刻の施された木製の大扉だ。隣にはロッシュ殿下が居てくれている。
この部屋にロッシュ殿下の両親、フレジェス国王テオドラ・ヴォワールと王妃シャンタル・ヴォワールの二人がいる。
息をゆっくり吸い、ゆっくり吐く。
「さて、行こう。……俺の両親に過ぎん。気楽にな」
ロッシュ殿下はそう言ってくれるが、列強の国家元首を前に気楽は無理だ。残念ながら私はそこまで神経が太くはない。
「な、なるべく緊張は隠します」
私が小さな声でそう言うと、殿下は「分かった」と笑う。
「父上、母上、参りました」
ロッシュ殿下が声を上げると、中から使用人さんが扉を開けてくれる。
広い部屋だ。床と壁は大理石、天井は格子状の角材に木目の美しい板がはめ込まれている。
部屋の真ん中に丸いテーブルが置かれ、そこに40代後半ぐらいの男女が座っていた。あの御二方が殿下のご両親か。
私は入口で一度頭を下げ、ゆっくりとテーブルに歩み寄る。もう一度頭を下げ、声を出す。
「お初にお目にかかります。ルディーナ・ベルミカでございます」
拝謁の栄に浴し、とか堅苦しいことは言わないよう、ロッシュ殿下から言われている。なので、普通のご挨拶だ。
「はじめましてルディーナさん。話は聞いているよ。ロッシュの父、テオドラだ。座ってくれたまえ」
国王陛下が穏やかな声色で返してくれる。
私は「はい」と頭を上げて座ろうとして、ソレに気付く。
何故部屋に入った瞬間気付かなかったのか、テーブルの少し奥に横断幕が掛かっていた。『歓迎! ルディーナさん!』とデカデカと書かれている。白い布に文字の形に切った青布を縫い付けて作ったようで、それなりに手間が掛かっていそうだ。
こ、これは何? いや、横断幕なのは分かるけど。
「ロッシュの母のシャンタルよ。その垂れ幕は昨日、クロード達が作ってくれたの。何でも『ロッシュ殿下とルディーナ嬢の恋を応援するぷろじぇくとちーむ』らしいわ」
何ですか? そのPT、初耳です。
「クロードめ、暇ではなかろうに……まぁ、座ろう」
一瞬フリーズしてしまっていた私は殿下に促されて椅子に座った。
使用人さん達がやってきて、手際良くお茶を準備してくれる。
国王陛下はブラウンの髪と瞳、王妃陛下は黒髪に黒い目だ。顔立ちも含めロッシュ殿下は母親似らしい。
唖然とさせられたが、横断幕のお陰で緊張は少し解けた。……きっと、その為に作ってくれたのだろう、ありがたい。 でも、プロジェクトチームとやらは後でメルナを問い詰めよう。
「まずはお茶をいただこう。一応、最高級とされる葉を使っているよ」
国王陛下に勧められ、紅茶をいただく。熟した果実を思わせる素敵な香りだ。美味しい。
テーブルにはマカロンとかクッキーとか、色々なお茶菓子も置かれている。
美味しそうだなと思っていると、ロッシュ殿下がお菓子をひょいひょいと摘んで食べ始める。ペースが早い。
「ロッシュ、お前は相変わらず甘いものを見ると……」
国王陛下が苦笑いする。
「ふふふ。でも本当に綺麗な女性ね。ロッシュが夢中になるのも分かるわ」
王妃陛下が褒めてくれる。半分お世辞かもしれないけど、嬉しい。
「さて、話は聞いている。ロッシュは兎も角、クロードの人を見る目は確かだ。あれが絶賛する人物なら不安はない。君と息子が結婚するなら、私達としては嬉しい限りだ」
クロードさん、絶賛してくれていたのか。ありがたい。持つべきは良い上司だ。
「父上、息子の目も信じてくれ」
ロッシュ殿下が小声でボヤく。
「はっ。初恋で惚けた男の目など節穴だ」
あう。だから初恋なのは私の方です、と心の中で言う。
「ですが、貴方は本当に良いのですか? 外国に嫁ぐ形になりますが」
王妃陛下の問いに、私は即座に頷く。そこに迷いはない。ロッシュ殿下は大好きだし、ネイミスタも良いところだ。
「はい。もちろんです。それと、ロッシュ殿下は正妻にと言って下さいますが、側室でも構いません」
フレジェスの国内政治的な事情があれば、そちらを優先させることに異論はない。それは本心だ。陛下にも伝えておく。
何せ私はフレジェス内では何の後ろ盾もない立場なのだ。国内有力貴族を優先されても仕方ない。
「心配しなくともヴォワール家の婚姻に口出しなど誰にもさせんよ。ロッシュが正妻というなら正妻だ」
国王陛下が笑う。
「ああ。それに何人も娶りたくはない。君だけで良い」
ロッシュ殿下が少し照れたような声で言う。
「殿下、お気持ちは嬉しいですが、状況によっては側室も検討して下さい。後継は必要です」
ゼラートなんて、側室が居たのにあの状態だったのだ。こればかりはままならない。
あ、いや、でも結婚する前から消極的というか、弱気な発言も良くないかもしれない。
「あ、あの、殿下、頑張る気持ちはあるのですよ。その、いっぱい赤ちゃん……」
って、私は初めて会うご両親の前で何を言っているんだ。
顔がカァーッとなる。きっと真っ赤だ。恥ずかしい。
「あらあら、もう本当に可愛い娘ね。ロッシュは幸運だわ」
ぷしゅーとなった私を見て、王妃陛下が嬉しそうに笑う。
「後はベルミカ公か。侍女殿に代理権があるとはいえ、使者は出さねば」
お父様か。どうしてるのかな。もうザルティオは潰しただろうか?




