21 ベルミカ公出兵
ベルミカ公爵、オリンド・ベルミカは王都に近いグディク侯爵領のグディク侯爵邸を訪れていた。
応接室でベルミカ公とグディク侯が向き合う。雰囲気は和やかだ。
「ベルミカ公、お久しぶりでございます」
「グディク侯は変わりないようで何より。軍勢を受け入れていただいたこと、深くお礼申し上げる」
「いえ、当然のことですよ」
ベルミカ公は兵5000を率いてグディク入りしていた。普通なら他家の軍を領地に受け入れるのはハードルが高いが、ベルミカ公爵家とグディク侯爵家の繋がりは深い。婚姻も度々結んでおり、ベルミカ公とグディク侯も血の繋がった従兄弟だ。信頼できる親戚の軍となれば、何ら問題はない。
「それで、兵力の引き上げは問題なく進みそうですか?」
グディク侯の問いに、ベルミカ公はゆっくりと頷く。
「もちろん。我々の派閥だけでなく、ライモン派の貴族もほぼ全て同調してくれている。今頃駐屯地には一斉に使者が到着して大混乱しているだろう」
”王国軍”の主力は王都近郊の3つの駐屯地に分かれて配置されている。その全てに命令書を携えた使者達が駆けこんでいるはずだ。
”王国軍”と言っても各地からの派遣部隊の集合、本質的な指揮権は諸侯が握っている。
一見王都を守るように配置されている"王国軍"は、貴族の大半が王家に敵対すれば、そのまま王都包囲軍へと変わる。”王国軍”設立に際して組み込まれた王への軛だ。
ベルミカ公はこれがあるからこそ、ルディーナを介してザルティオを制御できると踏んでいた。
「それと……ルディーナお嬢様のことは何か分かりましたか?」
グディク侯にとってもルディーナは親族だ。当然のようにその身を案じていた。
「フレジェスに向かわせた部下から手紙が届いた。ネイミスタで平和に暮らしているようだ。ひとまず問題はない」
ベルミカ公の部下達は帰りの船が確保できないらしく、まだ戻って来ていない。フレジェスとの戦争は終わったが、ゼラート国内がキナ臭くなっているため、交流が回復していないのだ。いざとなれば金を山と積んで強引に船を出させるだろうが、そこまでして帰国を急ぐ必要もない。
「それは良かった。もう心配で心配で」
グディク侯は大きく息を吐く。
と、その時応接室の扉がノックされた。
「どうした?」
「ラヴォル伯爵のご長男ジェラルド様と、その御夫人ダリア様がベルミカ公を訪ねておいでです」
グディク侯の問いにドアの向こうから返事が返ってくる。
ラヴォル伯爵はベルミカ派の主要メンバーの一人だ。ベルミカ公がグディク入りすることも情報共有している。加えて、その息子夫婦はルディーナの親友でもある。
ベルミカ公としては信頼できる人間という分類になる。
「彼らなら、私としては問題ないが」
「承知した。この部屋にお通ししろ」
グディク侯が命じ、暫く待つと二人の若者が入室してくる。
「ベルミカ公、グディク侯、突然の訪問にも関わらずお時間をいただき、ありがとうございます」
ジェラルドとダリアは綺麗な所作で深く頭を下げる。
「構わん。何かあったのだろう。だが、その前にルディーナは無事だ。フレジェスでのほほんと暮らしているらしい」
彼らもルディーナのことは心配だったのだろう。安堵の表情で息を吐く。
「良かった。安心しました、ありがとうございます。それで、本日伺ったのはこちらをお渡ししたかったのです」
ジェラルドが書類の束を渡してくる。ベルミカ公はグディク侯と共にざっと目を通す。
「なるほど、な」
非常に有益な情報だった。
「オルトリ共和国系の商会が国王派の貴族に金を撒いていました。金額と範囲は対フレジェス開戦後に激増しています。税務部門にいるベルミカ派の協力で尻尾を掴めました」
「突然動きが変わったのはこれか。裏でオルトリ共和国が動いたなら、あの手際の良さも納得がいく」
オルトリにザルティオを庇う理由はない。ベルミカ公の行動を妨害はしてはこないだろう。これで、ザルティオ排除を巡る最大の不安要素が消えた。
「はい。全力でフレジェスとの和平を実現すべく動いていたようです。フレジェスによるゼラート併合を絶対に阻止したかったのでしょうね」
どうやらオルトリは想像以上にフレジェスを警戒しているらしい。
確かに、現状のゼラート王国は弱いとしてもフレジェス王国に併合され、その支配下で近代化が成されれば話は変わってくる。オルトリは最強国の座を脅かす要素を排除したかったのだろう。
「となると、ルディーナお嬢様は単にザルティオに和平を飲ませるためのネタにされたのか……無事だったから良かったものの」
グディク侯が怒気を孕んだ声で言う。
「何にせよ、これらの買収された貴族はいずれ排除せねばな。ありがとう、お蔭で潰すべき相手がはっきりした」
ベルミカ公はジェラルド達にお礼を言う。まずはザルティオの廃嫡が先だが、それが済んだら大掃除だ。
ベルミカ公がグディク領入りした4日後、ベルミカ派とライモン派の連合軍はゼラート王国の王都を取り囲んだ。
とはいえ、ベルミカ側は単に軍で囲んだだけで、人の出入りも物の出入りも一切塞いではいない。なので王都の平民達は不安を感じつつも変わらず日常生活を営んでいた。
もちろん、ベルミカ公の意図通りだ。
国王派の貴族は敵対派閥に囲まれた都市から次々と脱出し、自分の領地に逃げ帰っていった。




