13 ライムグリーンのロングスカート
私、ルディーナ・ベルミカは今日もお仕事に勤しんでいる。今しているのは予算要求書類の一次チェック、内容に政治的な判断以前の問題があれば、殿下に上げる前に突き返すのだ。
職場には小さな変化があった。ロッシュ殿下が私達のいる大部屋で仕事をするようになったのだ。
隣の個室から上司が出てきたという状態である。普通なら部下にとってはありがたくないだろうが、ロッシュ殿下は穏やかな方なので問題ない。時々目が合うと微笑みかけてくれるし、職場は変わらず良い雰囲気だ。
仕事の方は翻訳以外も色々やらせて貰うようになってきたので、私個人としては楽しい。
だが、ロッシュ殿下は色々と大変そうだ。先日の『魔石密輸疑惑』への対応は捜査院と査察部に投げているが、国内政治の方がゴタゴタし始めていた。
何でもウルティカ統合派と呼ばれる強硬派の動きが活発化しているとか。面倒なことである。
「クロードさん、問題ありません」
予算要求書類に大きな問題はなかったので、クロードさんに渡す。
「ありがとうございます。先程頼んだ翻訳の方はゆっくりで構いませんからね」
クロードさんの言葉に「はい。大丈夫です」と返す。クロードさんにしてもロッシュ殿下にしても私にはやや過保護だ。別に無理はしてないのだけど。
コンコン、というノックに続いて、扉が開く。紅茶の香りが部屋に広がった。毎日恒例のコレッタのお茶だ。前はお茶だけだったが、今は小さな焼き菓子もある。ロッシュ殿下が甘いもの好きなので、殿下が大部屋に移ってから皆お菓子付きになった。
「今日のお菓子も美味しそう。太っちゃうなぁ、困った、困った」
アルバートさんがニコニコしながら言う。
「じゃあ明日からアルバートさんの分は砂糖抜きバター抜きで作るように頼みましょうか?」
コレッタが悪戯っぽく言うと、アルバートさんは「いえ、コレッタさま、止めてください」と大袈裟に頭を下げる。
私はロッシュ殿下の方に目をやる。殿下は幸せそうにお菓子を食べるので、見ていて癒されるのだ。と、殿下もこちらを見て目が合う。ほんの僅かに首を傾げて優しげに目を細める。こちらの顔も思わず綻ぶ。うん、良い職場だ。
「殿下、ルディーナ殿、あと少しで視察へ出発する時間です」
ふわふわした気持ちで笑っていると、クロードさんが言った。
今日は殿下が新工場を視察するのだが、何故か私も行くことになった。クロードさんの提案だ。意図はよく分からないが断る理由もないし、実際工場は見てみたい。
「ああ、お茶を飲み終わったら出る。ルディーナ嬢も大丈夫か?」
「はい。もちろんです」
暫しお茶と焼き菓子を楽しみ、片付けと、その他諸々を済ませて出発する。
視察には、コレッタは同行しない。殿下の護衛チームがバッチリいるのでメルナもお休みだ。
文官数名に殿下と私というメンバーで王城を出る。馬車3台に分乗し、馬に乗った護衛が周囲を固める。殿下と私は真ん中の馬車で、車内には2人だけだ。
馬車は出発し、坂を下っていく。新工場は郊外にあるので、少し遠い。
「服、似合っているな」
ロッシュ殿下がそう褒めてくれる。今日着ているのは殿下に仕立てて貰った服の第一号だ。ライムグリーンのロングスカートに白いブラウス、動きやすくて涼しげで、素晴らしい。
「ありがとうございます」
実は自分でも似合うと思っている。職人さんのセンスが良いのだろう。まだ何着か来るらしいので、楽しみだ。
「殿下は……少しお疲れですか?」
ロッシュ殿下の顔は近くで見ると少し目の下に隈があるように見えた。
「ああ、馬鹿な連中が騒がしくてな。今日もどこぞで集会があるそうだ」
「ウルティカ統合派でしたっけ」
「そう。それだ。全く、緩衝国を併合なんてする訳がないだろうに」
殿下は溜息を一つ零す。
フレジェス王国の西にはウルティカ公国という国がある。ウルティカはオルトリ共和国とフレジェス王国に挟まれており、この国のお陰で両国は国境を接さずにいられている。いわゆる緩衝国だ。
ただ、このウルティカ公国は400年程前まではフレジェス王国の一部だったのだ。ウルティカは農業に適した豊かな土地で、資源もそこそこある。さらに悪いことにフレジェス王国で一定の勢力を持つ精霊信仰の聖地がウルティカにあったりする。そのせいで国内には統合を求める声がずっと燻っていたらしい。
そして、その燻っていただけの声が最近噴き出しているのだ。
「ご自愛くださいね、殿下」
そうとしか言えないのが、少し悲しい。
「ああ。ありがとう」
馬車は順調にネイミスタ市街を走り抜けていった。




