悪役令嬢(濡れ衣)は怒ったお兄ちゃんが一番怖い
アデライド・ナゼールは公爵令嬢。歴史もお金も地位も権力もある両親から箱入り娘として大切に育てられ、兄ナルシスからは溺愛されたにも関わらずわがままに育つことのなかった奇跡的な良い子。
そんなアデライドは、この国の貴族の通う学園の卒業パーティーで断罪されている。それも、身に覚えのない容疑で。
「アデライド・ナゼール!貴様は王弟である私の婚約者という立場でありながら、平民の少女リリーを虐めていたな!貴様との婚約をこの場で破棄し、リリーとの新たな婚約をここに発表する!」
王弟殿下はバカなのか。バカだった。その瞬間だった。身体強化魔法を己に付与したナルシスが助走をつけて王弟殿下を思いっきり殴って、数メートル先に吹っ飛ばした。だから兄のことを怒らせないでくださいねっていつも言っておいたのに。
「き、貴様、王弟である私を…ふぎゃっ」
今度は思いっきり蹴りあげられる。ナルシスは、アデライドのことになると冷静ではいられない。はっきりといえば異常である。決して家族愛の範囲から逸脱はしないが、その愛の深さは普通ではない。
しかも、始末の悪いことにナゼール家は地位も名誉も権力も金もなにもかも持っている。兵力だって例外ではない。王家であっても、下手に手を出さない相手だった。兄の時折の暴走は誰からも咎められることはなく、アデライドが窘める程度だった。そのアデライドもいつも兄の暴走の勢いに怯えているので強くは言えない。
しかしそんなナゼール家だからこそ、王弟である彼の後見人となって欲しいと婚約が結ばれたのに。このバカときたら兄である国王陛下の許可もなく勝手に婚約破棄を言い渡し、よりにもよって平民との婚約を発表してしまった。
兄の怒りは頂点である。これは庇うことが出来ない。そして多分、国王陛下もバカなことを仕出かした弟よりアデライドとナルシスの味方につくだろう。兄が加減を間違えて王弟殿下を殺さない限りは。そして、兄がそんなヘマをするはずもなく。
王弟殿下の後ろに庇われるように立っていた平民のリリーとかいう少女はこっそりと逃げようとしたが、アデライドの両親に無事捕まった。アデライド過激派の両親のことだ、相当重い処罰を国王陛下に求めるはずだ。平民が公爵令嬢を貶めることを仕出かしたのだから、最悪極刑も有り得るかもしれない。というか両親ならそれを求めるはずだ。
アデライドはお兄ちゃんを筆頭に家族みんながとても怖い。普段は大好きだけど、こういう時にはとても怖い。
ナルシスは死なないギリギリの範囲で王弟殿下を痛めつける。公衆の面前で。みんなこの光景に釘付けである。
そこに国王陛下が現れた。その場にいる皆が頭を下げる。さすがにナルシスの動きも止まった。ナルシスも遅れて頭を下げた。
「うむ。静粛に。此度は我が愚弟がとんでもないことを仕出かしたようで、アデライド嬢にはもちろんナゼール家にも深く謝罪する。すまなかった」
アデライドはもちろん、アデライドの両親も謝罪を受け入れた。ナルシスは納得はしていないようだが表向きは何も言わない。
「この愚弟は離宮に幽閉する。そこの平民の小娘は愚弟の世話係として同じく離宮に幽閉とする。生殖能力は二人から取り上げる。離宮での生活は清貧を心掛けさせよう。それで勘弁してくれ…頼む」
両親も兄も甘いのではないかと不満そうだったが、アデライド本人がそれでいいと押し切った。アデライドも相当な苦労人である。
「アデライド、本当に愚弟がすまなかった。慰謝料は必ず払う。本当にすまなかった」
アデライドは再びの謝罪を受け入れた。これ以上パーティーを続行するのは不可能だと、パーティーはお開きになった。
ー…
その後しばらく経つとアデライドの元にある噂が聞こえてきた。王弟殿下とリリーとやらは仲良く生殖能力を奪われて離宮に幽閉され、辛い生活を送っているらしい。まあそれは国王陛下が言っていた通りの処分なのだが、清貧を心掛けるどころかスラム街の子供達の方がマシな扱いを受けているとかなんとか。さすがに嘘だと思いたいが、確かめようがないのでわからない。
兄は今日も相変わらず優しい。溺愛されている。怒らせなければ、最高の兄なのである。今日も見合いのための釣書を見てはアデライドに相応しい男かチェックしている。もうアデライドに同じ思いはさせないと息巻いているのだ。いっそ全部兄に任せる方が楽である。
「アデライド、この男はいいんじゃないか?」
「ではその方とお会いしてみます」
兄の見立てならまあ、間違いないだろう、多分。
アデライドもなんだかんだで、相当なブラコンであった。




