第11話 出来得る限り
「こちらのグーラビルデには、お酒が使われておりますから」
「ああ。だから流石にな」
「はい」
シビアナが頷いてから話を続ける。
「口当たりもまろやかで、芳醇な味を楽しめるお酒です。みっとうだらとの相性も良く、とても美味しゅうございますが――」
「そうだな、確かに美味い。そのまま飲んでもいける。しかし、残念だが、やはり酒には違いない。あの子は大人になるまで、その酒もこのグーラビルデもお預けだ。はっはっはっ――!」
「はい。ふふふ――!」
おー、ちょっと違うってそう言う意味だったか。お酒ね、なるほど。やっぱり生じゃなかった。お酒に漬けてるかなあって思ったら、本当に合っていたようだ。
「…………」
しかし、お酒かあ。美味しいお酒。ふうん……。
「先生」
「ん? なんだ、リリシーナ?」
「私もそうかなあとは思ったんですが、何のお酒かまでは分からなくて。どんなのが入っているんですか?」
美味しいみたいだから、ちょっと気になって聞いてみた。んで、
「それって、アニハカランヤのお酒なんでしょ?」
グーラビルデは、あの辺りのお菓子だもんね。うーん、何だかどんどん興味湧いてきた。先生だけじゃなく、シビアナにも好評らしいし。二人が言うように、そのままでも飲んでみたいね。これは取り寄せてみるか。
そおねえ――。私だけってのもあれだから、側付たち皆で飲める分くらいは頼もうかな。となると、全員分だ。
一応、うちの子たち――私より年下の子たちも、お酒を飲んでも良いとされる年にはなっている。ただ、あの子たちの年だと、あんまり多くは飲んじゃダメだけど。
取り寄せ自体は、彼の国からわざわざそうする必要はないはず。先生、このお菓子の食材は、王都で揃えたって言ってたもの。
だから、その中に、お酒も含まれてると思うんだが。でも、この考えは、そもそもが思い違いだったらしい。先生が首を振る。
「いや、リリシーナ。この酒はアニハカランヤではない。トゥアールの酒だな」
「あら。うちなんです?」
「ふ、そうだ」
なーんだ、違うのか。じゃあ、取り寄せも必要なし。うちのお酒なら王宮にあるはずだから。しかし、だとしても何になるんだろ? 口にしてからずっと見当は付いていなかった。
みっとうだらの味とかも混じってたし。まあ、利き酒はちょっとなあ。私もそんなに分からんわ。
分かるとしたら、シビアナか。ただ、同じくらい分かってて、もっとお酒をガンガン飲むのがいるんだよねー。私としては、そっちの方がその印象が強いかな。
「ああ。すまぬ、リリシーナ。この菓子は、王都で揃えた食材を用いて、ローリエに作って貰ったと言ったであろう?」
「え? はい、確かそう聞きましたけど?」
さっき、教えてもらったね。――うん? ああ、ひょっとして。
「揃えたと言っても、それには輸入品の類は含まれず。うちのものだけで、って意味です?」
お酒も、だもんね。
「そう言う事だ。すまぬ、言い方を間違えてしまったな。はっはっはっ!」
「いえいえ。ふふふ――!」
これはまあ、仕方がないと言うか。王都にも、異国の物は色々と入ってくるから。
「リリシーナ。そうやって、この国の食材だけで揃え、ローリエにこのグーラビルデを作ってもらったわけだが――。実は、それには、れっきとした理由があってな?」
「れっきとした理由、ですか?」
「ああ、そうだ」
ほう、何だろ?
「わしらは、これから当分、この研究所を拠点とするわけだ。ここ王都で暮らしていく事になる」
「はい」
そうらしいね。
「つまり、だ――」
厳かにそう言って、先生は目を瞑って両腕を組む。そして、
「この王都で、出来るだけ手軽に、かつ確実に――。わしは、この菓子を食べたくてな?」
にやりと、冗談めかしく開いた目と口許を歪める。ふふ、そういう事か。
「好物になっちゃいましたもんね?」
私も負けじと両腕を組んで、にやり。自分の顔を先生の方へと寄せた。頻繁に食べるためにも、お手軽さと確実性を重視と。だから、輸入品にも頼りたくなかったんだね。
「ふ、その通りだ。ローリエ、その際はまたよろしく頼む」
「は、はい! 頑張ります!」
ローリエが、どきりと背筋を伸ばして、胸の前で両手をぐっと握り込んだ。
「頼もしい言葉だ! はっはっはっはっ――!」
私たちも先生と一緒に笑う。ふふ。ま、この人の性分からして、自分で作りそうな気もするけど。
「ただな、リリシーナ。手軽で確実にと言うならば、やはり出来上がったグーラビルデを買うのが、一番手っ取り早い」
「はい。それは確かに」
注文したり――、いやそれよりも、出来合いがあれば、もっと楽だろう。
「しかし、この王都に――、その前に立ち寄った西都などでも、そうだったが――。改めて探してみたものの、この菓子は売っていなくてな」
西都にもなかったか。周辺の町々にあるかどうかは、その西都で調べていると思う。
「これは、他の都でも同じだったようだ。伝手を頼り調べてもらったが、やはり売ってなかったらしい」
「あー、他の都も」
「聞く限りで、にはなるがな。ゆえに、ローリエが、先立って自分で作れるよう覚えたのは、この可能性を考慮してくれたからでもある」
なるほど。
「国中を色々巡った先生でも、今まで知らなかったお菓子ですもんね、これ」
つまり、うちで売ってる可能性は、そもそも低かった。事前にそれを察していたと。
「ああ、その通りだ」
私たちがローリエに顔を向ければ、今度はあせあせとお辞儀をしてくれる。ふふ。先生が言った様に、確かに色々と気が利く子のようだ。
このグーラビルデが、どこまで日持ちするかは知らない。が、流石に、アニハカランヤとなるとなあ。うん、やっぱり遠すぎるだろう。ちょっと無理かもしれない。そう思えるほどには遠い国だ。
それに、例え取り寄せが出来るとしても、時間は掛かるだろうし。つまり、食べたくなった時に、すぐに食べれない。何より、出来立てが食べれない。これは頂けないよね。
そういうのもあり、ローリエは「こうなったら私が作るっきゃない!」となって作り方を覚えた。みたいな感じだったりしたのかな?
「だがな、リリシーナ」
「はい?」
「みっとうだらや、他の食材は、問題なく王都で揃えられると分かった。しかし、酒だけは、アニハカランヤから取り寄せねばならなかったのだ。ローリエとも色々探し回ったが、輸入品ですら見つける事が出来なくてな」
「あー……、それは残念でしたね」
王都って、他の都と比べても、異国から来る商品の品揃えは、良い方だと思うんだけど。様々な国の、そう言った商品が集まっている場所もあるのよ。探し回ったと言うからには、そこでもダメだったんだろうね。
「じゃあ、ローリエが作ってくれたこのグーラビルデと、アニハカランヤのものは、また違った味だったりするんですか?」
使ってるお酒が異なるわけだし。
「ふ――。いや、リリシーナ。確かに、お前の言う通りなのだがな?」
うん? 何か含みのある言い方だね。
「この国のお酒でも、似たような味になった――、とかです?」
「ふふ。まあ、その様な感じだ。なあ、ローリエ?」
「は、はい! ふふ――!」
「はっはっはっ――!」
何だろ? 二人して笑顔を見合わせっちゃって。ローリエは、最初だけちょっと困り顔だったが――。今は、お花が咲いたような、にこにこ。口許を両手で抑えて、ぽわぽわ。あら、可愛いねー。
先生はと言うと、両腕を組んで、にやにや。こっちを向いても、にやにや――。――ち。
「ふふふ! 先生――。そう勿体ぶらず、早く教えて下さい――」
その顔がイラッとしたから、ローリエには分からない様、視線に威圧を少々込めておいた。
「ふふふ! 私も早くお聞きしたいです。シドー様――」
何か知らんが、シビアナからも助勢が入った。先生にだけ、貼り付けた笑顔を突き刺す。こいつもイラッとしたんかね。
「う゛っ――!? わ、分かった分かった! ごほん!」
流石、先生。私たちの意図は、すぐに察してくれたようだ。ぎょっとして姿勢を正しつつ、慌てながら口許に手を当て咳払い。その様子を、ローリエが不思議そうに見上げていた。ふ――。
「ええっとだな――。確かに、酒はアニハカランヤから取り寄せる。それでも、もう良かった。みっとうだらも、他の食材も、手軽で確実と言える程には、ここで揃えられると分かったわけだからな」
「はい。それに、お酒なら保存の方も随分と利くでしょうし」
一度、多めに取り寄せれば、それで当分事が足りそうだ。
「ああ。だから、もう構わないかと思ったのだ。酒ぐらいならばとな。確かに、そう思ったのだが――。しかし、やはり思い直してな?」
ほう?
「物は試しと、みっとうだらを別の酒で漬けてみる事にしたのだ」
「おおー」
「これにはな、もう輸入品だとか拘らずに、王都で手に入る酒で試してみる事にした」
「王都で揃えられる事を優先、ってわけですね」
「そうだ」
そかそか。んで、試した結果、結局うちの酒で良かったわけね。それが分かったと。だから、取り寄せもせず、そのお酒で漬けるようにしたんだ。
「それで――、果物を酒に漬ける。それは、つまり果実酒や薬酒を作るという事にも繋がるわけだが――。実は、わしも薬酒の方はあっても、果実酒の方は自分で一から作った事が実際になくてなあ」
あら?
「そうだったんです? 先生なら作ってそうなのに」
「いや、そこまではしていなくてな。だがまあ、それもあって、ならばやってみるかと思い立ったわけだ」
「へええーえ。そんな経緯が」
「うむ。そして、思い立ったからには、わしが出来うる限りの事をしようと考えた」
「え……?」
「今後、この様な機会があるかどうか分からぬ。最初で最後かもしれんしな。だから、そう思えたのだろう」
「は、はあ……」
いやまあ、それは先生のやりたい様にやれば良いんだけど――。でも、出来うる限り、か。
「まず知りたかったのが、王都で集められる酒の種類と量だ。これが分からないと、どのくらいの規模になるか見当が付けれぬ」
ふむ。
「だが、買うとしても注意が必要だ。酒は、酒場などで飲むだけでなく、どの家庭でも普段の生活になくてはならぬもの。そう言っても過言ではないであろう?」
「そうですね。ただ飲むだけじゃなく、料理にも使ったりしますし」
それこそ酒漬けが正に、だよね。美味しいし、ちょっとした保存食にもなるから、それ目的で作る時にも有り難い。
他にも、料理酒――調味料とか。これはまあ、そのまま飲まんがさ。だけど、飲むようなお酒でも、風味付けなんかで料理に加えたり、食材を煮込んだりしてる。また、お肉を柔らかくし、そのお肉や魚の臭みを取るためにも、使われる事がある。
料理以外でも、色々使えるよね。他所の国は、どうだか詳しく知らないが――。うちだと、例えば飲み薬に混ぜたり、すり傷に塗ったり、他にも化粧水としてや、香料、お風呂なんかにも入れたりしているね。お風呂は、人ひとりが浸かれる程度の浴槽に、湯呑み一杯程度入れる。こういうやり方が多いそうな。
ちなみに、この手の薬なんかは先生も作ってて、さらに手も加えている。それがどれも好評でね。側付たちにも人気さ。ふっふっ。
もちろん私も使っておりますとも。特に化粧水がお気に入りでございまするー。今日、貰って帰るのもこれー。
先生考案のこの化粧水は、市販もされている。飲み薬や傷薬、入浴剤なんかもね。ただ、市販用はちょいと廉価版になるんだけど。質より量というか。そっちを優先しているんだとか。
だけど、ちゃんとした製法を、私たちは教えて貰っているから。別にお願いしなくても、こっちで用意できちゃう。だから、先生が不在の時なんかは、それを使ったりしてるんだけど――。
やっぱり、先生が作ったものの方が良いのよー。と言う訳で、結局帰ってきたらお願いしているのだ。流石、この国一番の薬学者さ。ふふふ――!
「お前も言ったように、酒は、ただ飲むだけではない。まあ――、言うなれば生活の必需品だな」
うんうん。
「ゆえに、その酒を買い占めるは当然。また、酒屋一つであっても、何の話も通さずいきなりそこで大量に買い込むのは、避けなければならぬ。そんな事をすれば、王都の皆から顰蹙を買うのは目に見えておるし、お前の父からも叱責を喰らってしまうだろうな」
「あー、それは確かに言われちゃうかもしれませんねえ……」
呆れながら怒りそう。私はその様子を想像して半笑い。
「はっはっ。だから、流通に支障が出ぬ程度で、色んな店から買い集める。わしは、そうする必要があったわけだ」
なるほどねえ。確かに、周囲に迷惑が掛からないよう、考えなくちゃいけないよね。てか、そんな事態になるくらいには、買い込もうとしてたのか。
「でも、先生。それならお店じゃなくて、卸問屋の方が良かったんじゃないんですか?」
酒蔵なら、もっと沢山手に入りそうだが色々ある。場所も王都だけじゃなく、他の都にも。だから、そこを一つ一つ尋ねるってのはね。
だったら、お酒が集まるこの卸問屋で聞いてみる。これなら、効率の面でも良いと思うんだけど。ただ、小売じゃないから一般の客であれば断られるかもだが、でも先生なら話も違うだろうし。
「確かにお前の言うとおりだ」
先生が頷く。そして、にやり。
「だが、リリシーナ。それだと酒屋が儲からんであろう?」
あら。
「この話は、そんな感じでしたか」
「ああ。せっかく、だったからな。酒屋だけでなく酒場からも融通してもらった。ま、大盤振る舞いだ。はっはっはっ!」
「ふふふ――!」
卸問屋で買い付けると、酒屋とかで買う必要がない。そうなると、その酒屋にお金は入らない。収入にならない。先生は、そうならない様に、そのお金をより多くの場所で回してくれたわけだ。
流石、先生。おっ金持ちー。まー、でっかい収入源もあるからなー。例えば、化粧水とかがそれさ。考案したものを委託して、その販売から得た収益から、いくらか貰ってんの。
薬一つ一つで得られる収益は、微々たるものらしいが、先生の薬は人気だからねー。その微々たる収益も塵が積もって山。チリツモさ。結構な額になるとか。
しかも、これ以外にも、でっかい収入があるからね。よって、心置きなく散財し放題である。
まあ、先生だって、いつもがいつもそうするわけじゃない。やっぱり、時と場合や条件によるんだろうけど。それに、もしそんな事をずっとやり続ければ、シビアナが微笑みながら凄みに行くから。
「ふふふ、シドー様。最近、お金の使い方が荒いようですね……?」
って。一回あったのよ。先生は、無駄遣いの自覚はあったらしく、たじたじ。私はそれを見た。いやあ、シビアナには、どうあってもバレるんだよねえ。怖や怖や。
これに懲りて、先生はもうしていないだろう。――まあ、多分。あ、今回は、また別の話さ。理由が理由だからか、シビアナも何も言わず微笑んでるだけだし。許されております。
ともあれ、基本的に掛かる費用は、少ない方が良いに越したことはない。ローリエのように倹約していくのが大切さ。
この話も、掛かる費用は割り増しになるから、そっちの面では良い話じゃないよね。が、これも時と場合、それから条件によってはどうかな?
確かに倹約は大切だが、それはあくまで基本的に。ただその面だけを見て、いつも決めちゃうってのも、それはそれでちょっと考えものだと私は知っているのさ。
「まあ――。大盤振る舞いゆえ、費用がより多く掛ったのは事実だがな」
先生が言う。
「しかし、おかげで、酒屋や酒場の親父などにも、色々と助言をもらえ、実際に手伝ってもらえもしたのだ。知っている酒漬けのコツなども、快く教えてもらえたからな。ゆえに、決して悪くない取引であったぞ、リリシーナ」
「ふふ! それは良かったです」
「はっはっはっ!」
ねー。こういうのがあるから。お金では量りづらい価値が付いてきたりする。だから、先生の言う通りになる事も、時にはある。
まー、良い事もあるとは言え、それぐらいに考えとかないと。あんまり期待してもね。いつもありきで考えちゃうと、それはそれで違うかなと私は思う。先生もそんな感じじゃないかな。
それから、その先生が笑うのやめて言った。
「こんな話をしてしまったが、そもそも酒集めは楽だったと言うべきか。まあ――、すぐに解決してしまってな」
「え? そうなんです?」
「ああ。ささっと次の話に移れた」
へー。ちょっと手間が掛りそうに思えたんだけど。
「その理由は明快だ、リリシーナ」
「明快?」
「うむ」
私が首を傾げると、先生が一つ頷いてその答えを言った。




