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王女楽章 リリシーナ!  作者: 粟生木 志伸
第二楽章 王女殿下の先生
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第9話 イージャンとお菓子 

 誰にだって、苦手なものの一つや二つくらいはあるだろう。


 それは、食べ物なんかもにも言える事だ。あーいやまあ、この食べ物となると、中には違う人もいるけどさ。でも、私はそうだし、もっとある。


 それが食事に出されると、むむっと顔が渋くなっちゃう。子供の頃なんかは、そんな顔をすると「好き嫌いせず食べろ」って、先生にもよく叱られていたもんである。


 ただ、先生は叱るだけじゃなくて、ちゃんと策も講じてくれたけど。例えば、苦手だった野菜とか、私と先生とで一緒に種から育てたの。それを収穫して料理するまでやったのよねえ。で、実際に食べてみると――。


 いやー。これがホント美味しかったのよ。ふふふ! 苦手な野菜でも、自分で育てるとこんなにも違うのかと、驚いたもんだったさ。


 そのおかげもあったりして、当時より、好き嫌いは少なくなった。あんまり美味しくないなあと思ってたものでも、気にせず食べれるようになったし。とは言え、流石にこれはダメだわってなる苦手な食べ物は、依然としてある。


 しかし、今や私も、駄々を捏ねるだけの子供ではない。だから、苦手な物は食べない。そんな我がままは、もう許して欲しい。それでも、贅沢だと怒る人はいると思うけど。例えば、この研究所に来た側付の子――ゼニシエンタも、


「食べ残しをする人には、純粋な殺意が湧きます!」


 って怖いし……。だから、食事に出さないよう事前に頼む。これね。こう伝えるようにはしてる。やっぱり食べ残しは、勿体ないからね。あの子の言い分も分かる。


 そりゃ、私だって、ホントはそんなことせず、好き嫌いをなくせれば良いと思う。だから、それが出来て、ちゃんと残さず食べれる人は羨ましい。素直に尊敬する。


 うちの子で言うと、まず思い浮かぶのが、今出たゼニシエンタ。それから、シビアナも――、そうなるのかなあ? 


 いやまあ、こいつは良く分からん。隠してるだけかもしれんな。私と同じで予め避けてるのかも。誰にも知られないようにしてさ。


 しかし、苦手な食べ物を出されて、それを食べ残す。ではなくて、この、予め避ける。これはどう? これもいけない事だろうか?


 だって、やっぱり無理して食べるのも考えものでしょ? 体が、拒否反応を起こして、調子を崩す人だっているし。場合によっては、死ぬこともあるんだとか。


 だから、頑なに無理をしてまで、嫌いなものを食べる。そこまでの必要性は、ないんじゃないかな? そんな思いするよりも、美味しいものを食べて、食事を楽しみたいじゃない? 


「食事は、家族や友人。大好きな人たちと楽しく食べるのが、やっぱり一番だと思います!」


 って、ゼニシエンタも言ってるし。そのためにも、嫌いなものは最初から避けておく。そういう選択はあっても良いはずだ。


 結論! 例え、我がままだと怒られても。流石に、これはあかんわとなる嫌いな食べ物は、無理をしてまで食べない。ただし、食べ残しは勿体ないから、予め避けておく。これはありだと思います! うむうむ。


 だが、そんな私の我がまま理論すら、既に通用しない状況。嫌いな食べ物を、目の前に差し出され、その予め避ける事すら、もう許されない。そんな窮地に座っている男が、ここにいる。


 我がトゥアール王国、最強の騎士と謳われる近衛騎士。その者達を率いる近衛騎士隊、副隊長――。その名は、ダンディストー・イージャン! 歯がきら!


 数百年以上続くこの国において、歴代三位の若さで近衛騎士を叙勲。若くしてその才能を認められ、異例の速さで副隊長に昇進。その後すぐに、王女である私の側付筆頭侍従官シビアナを娶る。そして、超可愛い一人娘、テレルをもうけた。


 近衛騎士隊の中でも、屈指の『剣舞術けんぶじゅつ』の使い手であり、隊長や部下からの信頼も非常に篤く、頼りにされている。


 また、妻子持ちでありながら、若い侍従官たちから、きゃーきゃー黄色い声を浴びせられ。妙齢の侍従官たちからも、熱いうっとり視線を浴びせらてしまう良い男――。


「…………」


 うーーむん。こうして、改めて列挙してみたが、やっぱり凄い奴だな。大したもんだ。私は、テレルのこと以外、羨ましくも妬ましくもならないが。


 結婚しているってのも、そうなりそうなもんだが、これはなあ……。その――、お相手がね? だから、どうしてもね?


 シビアナが結婚しているのは、舌打ちをかます程にはねたましいのに。イージャンがとなると、途端にその気がこれっぽっちも湧かない不思議。ホント世の中、そんな事ばっかりだね!


 こほんぬ。それはさておき、お茶会の時にテレルから教えて貰って、後日、イージャン自身からも話を聞けたんだけど――。もし、彼がみっとうだらを食べたら、どうなるか。


 卒倒したらしい。うん。


 実は、イージャンって、元々お菓子の類を食べる習慣とか、あまりなかったとか。だから、果物が使われたお菓子も、あまり知らないし食べた事もなかったそうな。


 ただ、果物それ自体は、好きとか拘りなくて、食事に出されたものや自分で採ったものを、問題なく食べていたらしいんだが――。しかしそれでも、このみっとうだらは、見た事も食べた事もなかったそうだ。


 まあねえ、王都より西都辺りでよく見掛けるそうだし。王都で一般的に、よく食べられている果物は、他にも沢山あるし。


 でも、そんな折、テレルがシビアナと一緒に買い物へ行って、このみっとうだらを見つけちゃった。大きさは、私の拳三つ分くらい。それが、イージャンの顔に似ていたらしくてね。眉間の皺が、そっくり。だから、嬉しくなっちゃって買ってきたんだと。お父さんにあげようってさ。


 仕事が終わって帰って来たイージャンは、そう聞いて苦笑いだったらしいが、あの子大好きだからね。贈り物の、そのみっとうだらを、大切そうに受け取って、そのまま丸ごと噛り付いた。


 そしたら、すぐに分かったそうだ。戦慄が走った、これはあかんと。だが、イージャンは吐き出さなかった。


 目の前には、父親である自分の反応を窺う幼い愛娘。その愛娘に「美味しい?」って、キラキラした純粋な眼差しで見つめられたら――。


 そりゃあもう、吐き出すなんてそんな真似、する訳にはいかなかったらしい。覚悟を決めて、食べ続けたそうな。いや、お前は凄いやっちゃ。


 これ他にも方法あったろうにね。一口はもう食べてんだから、そこで「美味しいよ」とか言ってお仕舞にする事だって出来ただろう。まあ、イージャンの生真面目な性分が、如何なく発揮されたわけさ。


 ただ、そんな性分じゃなくても、折角、テレルがくれた果物だ。なら、私だってとは思った。確かに最初は思った。だけど、その代償がね……。


 噛り付く度に、全身に走る悪寒。震えだす手足。耐えがたい吐き気。視界が歪む眩暈――。と、どんどんやばい症状が、引き起こされ続けたそうな。死すら覚悟したらしい。どんだけ拒否反応出してんだよ。ここまでになると、私は途中で死ぬかもしれん……。


 しかし、イージャンは違った。自分が食べる姿を、ずっと見ているテレル。食べ終わるまで、どこにも行きそうにない。そんな我が子に気付かれないよう、表情も変えず。震える体も抑え込み。


 彼は、必死に抗いながら、どうにか頑張って食べきり生き残った。偉い。そして、「美味しかったよ、ありがとう」と、あの子に微笑んで頭を撫でたその次の瞬間――。床に突っ伏してぶっ倒れたんだと。辛い。


 で、その後一日中、気分が優れず寝込んだらしい。もちろん、シビアナ大爆笑。テレルは、おろおろしていたと言う。ちょっとした惨状だったみたいだ。


「…………」


 私は、恐らくその時の記憶が、まざまざと蘇っているであろう、青褪めたそのお顔を覗く。


 イージャン。お前今日、本当についてないな。ズタズタだろ? あ、私もそうだったか。お互いシビアナ絡みだな?


 シビアナって、どうして、あんなんなんだろうね? マジで大爆笑だったらしいじゃん。お前がうんうん唸って寝込んでる隣でさ。おかしくね? 


 こいつ、ホントどうにか出来ん? じゃないと、このままずっと茨の道だよ? 結婚は人生の墓場って、言葉知ってる? 巷には、そういう言葉があるんだって。怖いね。


 イージャン。お前、今、幸せか? 幸せか、テレルいるもんな。あの子がいるだけで、どんなに辛い事でも全部吹き飛ぶってなもんだよね。茨の道もなんのその。ああ、だから、今でも余裕って事か。全然大した事ないと。なるほどなるほど。


 よし、分かった。それじゃあ、そんな幸せ者なお前の骨は、私が拾ってそのお墓に埋めてやろうじゃないか。


 先生も残したら許さんって脅してるし。確かに、それは私に対しての発言だったが、お前の性格上、自分も従わないわけにはいかないと、そう考えていることだろう。


 そして、ローリエにも悪いと思っているはず。最悪、泣いちゃうかもしれんからな。「あわわ、どうしよう! 嫌いなもの出しちゃった!」ってさ。


 お前も、その可能性を今見たもんね。だから、きっと泣くだけじゃなく、滅茶苦茶謝られるぞって、そこまで考えちゃってる。それもあって、自分から事情を言い出せていないのだと思う。ふ。だとしたら、本当に心優しき男よ……。


 しかし、であれば、イージャン。あとはもう分かるな――? 気付かれない程度で、じっと彼に視線を向け、一人頷いた。さあ、今回も覚悟を決めろ! どんと逝って来い、イージャン!


 私は、黙って彼の勇姿を自分の眼に焼き付け、テレルとのお茶会でのネタとする事にした。がんばえー。


「…………」


 視線は気付かれないよう、細心の注意を。下手に見続けると、イージャン気付いちゃうからね。そうやって、視線を当て過ぎない様に見てみれば――。


 イージャンは、顔を青くして口を噤んだまま。だが、不意に隣りのシビアナに目を向けた。もちろん、助けて欲しいのだろう。


 うんうん、分かる分かる。よおく分かるよー、イージャン。流石に私でも、お前の心情が手に取る様に分かっちゃってるよー。


 しかし、当のシビアナは、ローリエと一緒になって、先生のおとぎ話についての考察を聞いているようだった。


「シビアナ。黄色い絵本と言うこのおとぎ話はな。あの辺りで、より古くから伝わるという神話の類から、着想を得ているだろう。いくつか似ている神話があったのだ。ローリエも覚えておるか?」

「は、はい! 絵本の方には、神の名まで記されていませんが、その神――女神に関する神話と酷似したお話が混じっているのは、確かだと思います!」

「ふふふ、左様でございますか。では、その女神は一体どのような――」


 何だか興味深げに質問したりしている。おかげで、イージャンには見向きもしない――って、こいつに限ってそんなわきゃないでしょ。


 シビアナ――。お前はイージャンの妻だ。しかも、夫であるイージャンの事が、大好きなわけだ。その夫が、目線で訴えてるじゃん。頭の後ろに、その視線当たってんじゃん。たっけてーって。分かってんだろ? 気付けよ。


 いや、気付いているのに、気付いてない振りをすんな。お前が、先生たちに上手い事、事情を話してしまえば、この危機的状況は即解決なんだぞ? 


 そう、ホントこれ。そして、イージャンに出されている分は、シビアナが食べてしまえば良い。ま、私でも構わんがさ。ただ、イージャンだって食べれない事はない。


 お菓子の生地に、食べたみっとうだらの味はしなかった。練り込まれているという事はないだろう。切り分けた断面を見ても、果肉が入っている様子はない。だから、その味がする生地の上辺ごと除ければ、他は食べられるはずだ。


 先生も、卒倒の件を知れば、怒ったりはしないさ。女性関連以外では、理不尽な事をしない人だ。それに、この件を上手く話題にすれば笑い話にもなる。


 先にそれで笑えば、ローリエだって、そこまで責任を感じたり、あと泣いたりなんかはしないでしょ。ああ、だから、お菓子も、みっとうだら以外は、イージャンが食べた方が良いのかもね。全部食べないよりは、幾分、与える印象が和らぐと思う。


 ホント、生真面目なイージャンだから、陥っている状況ってだけなんだよね。シビアナに頼まなくても、私でも出来ちゃう。簡単に解決だ。ただ、私はさ、見届けようと決めちゃったからさ。だから、それはちょっとね? 


 となると、イージャンの頼みの綱は、結局、妻であるシビアナだけになる訳だが――。その妻は、夫を助ける気配を一向に見せない。


 だが、そもそもである。奴は、卒倒した件もちゃんと覚えているはず。だから、味見の時点で、もう気付いている。


 そう、全てお見通しのはずだ。しかし、イージャンの熱視線に気付いていない振りをする。みっとうだらを、予め除けておく事もしていない。先生とローリエにも――、あの二人の様子を見れば分かる様に、事情を話していない。


 しかも、イージャンは、ローリエが転びそうになるのを防いで、お菓子を守ってるんだよね? だから、その時。上に載った、みっとうだらを見てそうなんだけど。


 お菓子とかは、今でも無頓着っぽいし。だから、単純に気付けなかったって可能性もある。でも、このお菓子が運ばれた時、すぐに気付いてたみたいだし。顔が蒼褪めてもんね。つまり、これもシビアナが気付かせない様に、何かしたのだろう。


 ここに出される前なら、今のこの状況を回避できる可能性は、十分にあっただろうから。その逃げ道を潰してそうでさ。では、何故そんな事をしたかと言うと――。私は、そのシビアナの様子を窺う。


「…………」


 ふううむ……。こうやって、ちゃんと観察してみれば――。うん、やっぱり何か違和感があるよね。普段通りの笑顔と見せて、その貼り付けてる感が、多少きつい気がする、かな? あと、イージャンを寄せ付けない障壁も、薄らと見える気がする。つまり、ちょっと怒ってるみたいなんだよ。


 その心当たりがあるとすれば一つ。自己紹介の時だ。なーんか、一瞬ピリついてたからなあ……。あれかなあ……。笑顔で凄まれてた気がするんだよね。


 イージャン、また何か怒らせるような事でもしたんじゃないか? だから、シビアナは、腹いせに今のこの状況を作り出した、とか。全く……、さっきまで、いちゃこらしてたくせに、また?


 だけど、シビアナ、そうするのはお前の勝手だが――。最悪、イージャンは死ぬかもしれないんだぞ? 実際に見てたんでしょ、あの惨状を? だからほら、何があったかは知らんが、そうならない様、さっさと助けてあげなさいよ。


 私は念を送ってみた。だが、反応はない。夫が屍になっても気にしないようだ。


「はあ……」


 駄目だこりゃ。まあ、今聞こえているかどうか定かじゃない。でも、状況を把握していないってのは、有り得ない。わざと黙って、イージャンの様子を愉しんでいるとしか思えないんだがね。あ、それって私と一緒だ。えへへ。


 まま、シビアナも激おこって訳じゃなさそうだし。ああやって念を送りはしたが、本当に卒倒までさせる気はないだろう。私たちだけだとやりそうだが。でも、ローリエがいるし。だから、割かし安心して見ていられると言うかね? 


「…………」


 ううーん……。いやでもなあ、この子がいてもやるかもなあ……。なーんかそんな気もしてきたわ。ちょっと他の者に比べて、あんまり遠慮がないんだよね。さっきからさ。


 どうやらシビアナは、ローリエの事、結構気に入っているっぽい。そうなるとしちゃうからね、こいつ。確かに自分の部下でもないからなあ……。ただそれでも、自分の弱みに繋がるような事まではしないだろうけど。


 まーまー。それはさて置きよ。シビアナ激おこじゃないから、激おこじゃ。だから大丈夫であろう、うむうむ。そうやって、適当に納得する私。


 だって、ネタにしたいのもあるけどさ。シビアナが、どこまでどうやる気なのか、そっちの方にも興味があるんだもーん。今後の参考のためにもね、うふ! と、言う訳で、観察再開だ! 


「ん――? どうしたイージャン? お前も早く食べてみろ」

「――!?」


 ぎくりとイージャンの体が強張る。先生も、彼のお菓子が手つかずである事に気付いたようだ。ありゃ、バレたな。なーんだ、もう終了か。折角、再開したのに。


 まあ、どれくらい食べさせる気かは知らんが、最悪、骨はちゃんと拾ってやる。さらばだ、イージャン。


 一口でも食べたら、卒倒ってわけじゃなかったそうだし。あと、シビアナなりに、そのぎりぎりを見極めてそうで、これにも興味がそそられていた。私はじっとその動向を見つめる。


 すると、俯いていたイージャンが、恐る恐ると言った様子で、先生に顔を向けた。


「い、いえ、あの……。実は、シドー様……」

「うん?」


 おっと? もしかして事情伝えちゃう? これは意外な展開。心優しき男のはずが。まー、卒倒するよりはね。私も、それならそれで別に良い。ちょいと残念なのは確かだけど、やっぱりこれが最善策なんだろう。


 お茶会のネタとしても、もうこれで一笑いは取れるから十分さ。「イージャン、みっとうだらを食べそうになったんだよー」って。そう言って今の状況を伝えれば、テレルも笑ってくれるはず。


 ではでは。私も、ローリエが泣かないよう、ちゃんと協力しよう。今度は、さっきみたいな嬉し泣きじゃなくて、悲しくて泣く事になるわけだからな。そんな泣き顔、見たくないわい。だから、上手い事、笑い話にしてあげようじゃないの。ほっほっほ。


 しかし、シビアナは本当に何もしない――、か? 言い淀んでいるイージャンの隣を見てみれば、湯呑みを両手で持って、静かに傾けている。


 ふむ……。まあ、こういう時もあるから。ただ、私としては、この生かさず殺さずを、もっと続ける気だと思ってたからさ。何かしら動きそうだったんでね。だから、何だか拍子抜けだ。


 シビアナは、イージャンが自分から事情を話すっていう、この可能性を潰す気はなかったのかな? いや、単純に面倒くさかったとか。若しくは、もう満足しちゃってたり?


 あ、私が観察してると分かって、それで止めたのかもね。そういう時もあるから。と、色々と理由を考えていると、そのシビアナが、傾けていた湯呑みをそっと置いた。

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