第5話 先生の研究
アホ夫婦二人は、いつまで経っても抱き合ったまま。
流石に痺れを切らして、ど頭天辺に鉄拳制裁を食らわせ、正気に戻した後。私達三人は、先生と一緒に研究室のある館の方へ移る。中庭から元来た道を戻り、一階に入っていた。
「…………」
まあ、正確には、鉄拳制裁を食らわす事が出来たのは、イージャン一人で、シビアナはその瞬間立ち上がってさっと避けた。やっぱり、あいつ私の話を無視してやがったよ。気付いてやがった。
「ふ……」
私に凹されるなんて、そんなポカはしない。最後の最後まで抜かりなし。それがシビアナ。
そのシビアナはと言えば、お茶の用意を手伝いにと、途中で別れていた。これは、毒見とかも兼ねてだろうね。あいつは外出時、それが例え国の英雄の持て成しでも、私たちが口にする物には、自分の目で必ず確かめる。用心深いやっちゃ。ま、ありがたいがね。
それから、イージャンもあいつと一緒。こっちに付いて来ていたが、私が向こうに行ってくれと頼んだ。そっちで、いちゃこらの続きでもしてくるがいい。ただ、それが理由で行ってもらったわけではないんだが。
てなわけで、今は先生と二人だけ。その先生に連れられて、この館の二階にある研究室へと向かっていた。そして、私は歩きながら考え中。
「…………」
うううむ。いや、さっきのイージャン制裁作戦なんだけど――。色々分かったが、分からない事もまだあってね。それを考えてたってわけさ。
その疑問は何かって言うと、それは先生と助手(仮)ちゃんについてだ。
まず助手(仮)ちゃん。シビアナは、あの子をどうやって遠ざけたんだ? あのままいたら、あいつもあんな事していないはずなんだよ。
二人の挨拶を思い返してみるに、あの様子だと知り合いでも何でもなさそうだし。親しい間柄でないのは一目瞭然。私と一緒で初対面だったはずだ。じゃあ、しないよね。だから、当然遠ざける予定だったろう。
これはつまり、あの子のその存在自体。それ自体は、前もって知っていたんじゃなかろうか。用意周到な奴の事。先生の近況をしっかりと調べていたはず。
とは言え、その行動を操らないと意味がない。だから、あの子は私たちから離れたわけだ。ちゃんと遠ざけてる。でも、これって確実じゃないような気がするのよ。先生がお茶の用意を頼まなかったら、どうする気だったのかねえ? って思っちゃってさ。
何通りか選択肢を用意してたかなあ。先生が駄目なら、自分で頼んでた、とか。いやいや、それは不躾だ。そんな事あいつがする訳がない。だから、これは却下。ううむ。なら、側付の子を呼んで一緒に用意させようとしただろうか?
いやしかし――。そうなると、そのまま皆で館に戻ちゃうって可能性も有り得たでしょ? そもそも呼ぶ前に戻ってる可能性だってある。
これはあかんよね。先生を使った制裁はできなくなるもの。あの威力だからね。余計な手加減をさせる気はなかっただろうし、そうなると館がぶっ壊れるわ。
それとも、初めから先生が絶対にお茶の用意を頼んで、助手(仮)ちゃんだけ館に戻すという確信でもあった、とか?
私はあの子について知らない。だから、何も思いつかないだけで、シビアナは違う。あいつは、色々調べて知っているだろう。その情報の中から、確信に足る何かがあったとか、かな?
うううむ。どうだろ? よく分からん。やっぱりあの子の事知らんからか? どうにも思いつかないねえ……。ホント情報って大切。そう思った。
それから、もう一つ。大きな疑問として残っているのが、先生だ。私は、その後ろ姿を見上げながら首を捻る。
「…………」
あいつ、どうやって先生を、中庭に呼び出してたんだ?
休憩中とは聞いたが、そうじゃない。制裁をする気だったから、予め引っ張り出されてたんだよ。館の中で話を始められるのは、やっぱり駄目だからね。中庭で事を運ぶつもりだったはずだ。でも、これをどうやったのかが、思い付けん。
あ。先に着いていた私の側付の子に、手紙で言伝でも頼んでた、とか? もうそろそろ行くから、中庭にいてくれって? でも、その理由がないと、何のためにって不穏に思われないかな? 制裁したいからなんて、書かないだろうしなあ。
違うのよね。そんな事を書いてしまうと、それはもうシビアナの策じゃない。あいつのやり方じゃないんだ。そのやり方も色々あるが、今回は不確定要素を全て排斥している。だから、誰にも知られない様にして、策に嵌め落とす。そんな感じだったろうからね。多分。
「…………」
そう多分……。多分だ。多分そのはず……。うううむ……。私は歩きながら、腕を組んで首をぐるんぐるん回す。
いや、シビアナの策ってホント分からないんだよ。私の裏を悉くかいてくるからさあ。断定できんのよね。今思った策の傾向も当てにならん。
まあ――。先生もあいつが言うなら、敢えて理由を教えなくても、いてくれそうではあるか。もしくは、あいつが可愛いさ満載で懇願すれば良い。「シビアナからのお願い! きらっ!」みたいな。いや、ホントにやったら、ドン引きだが。
それはさて置き、理由は知らせず頼んだだけってのは、やっぱり有り得そうでないかなあ。あとでバレるもんね。利用したってさ。先生なら笑って許してくれそうだが、あいつ的にバレちゃ駄目なのよね。失策になるはずなのよ。だから、違うかなあ……。これは流石に合ってそうなんだが。
いやでも、別にバレても構わないって時もあったし。ううむ、でも今回は――。ぐぬぬぬ、どっちだ? こっちかあっちか。それともそっちか。ううむ、ホント分からんぞ……。分からん。分からん。そんな私の明日はどっちだ? ぐへええ、こんがらがって来た。あったま痛い。
はあ……。よし。もう良いだろう。自分で考えるだけ考えた。でも分からないんだ。それなら教えてもらえれば良い。だから直接聞いてみる事にした。
元よりそのつもりではある。だから、イージャンにも向こうに行ってもらったんだよね。あいつも、自分の妻が嵌めてきた策について、何も知らない方が幸せさ。
「せんせ」
「ん? なんだ?」
振り返ったその顔を見上げならが尋ねた。
「先生って、シビアナに言われて中庭にいたんですか?」
「――っ!?」
おや? その巨体が、どきりと強張った。この反応は……。先生は立ち止まり、しばらく黙っていたが、バツが悪そうに目を逸らしながら答えた。
「い、いや。特にそう言う訳では……」
「ほほう……」
口ではああ言っているが――、どうやら本当にシビアナから頼まれたらしい。
「何て頼まれたんです?」
「…………。いや、だから。別に頼まれた訳ではないと言っておるだろう?」
「じーーーーー」
私は、疑いの視線を向けた。
「やめんか……! ほら、さっさと行くぞ!」
「はあい」
先生は足早に歩き出した。私もそれに続く。ちぇ。教えてくれそうにないか。しかし、それでもそのおかげで少し分かった気がする。一つ仮説が浮かんだ。焦ったような気配を感じるその背中をじっと眺める。
「…………」
この二人、最初っからグルだ。側付の子から言伝をもらった先生は、イージャンを説教しようと、最初から中庭で待ち構えていた可能性がある。だから、助手(仮)ちゃんを自分で遠ざけた。あの子に説教を見せる気はなかったのだろう。
これは、イージャンの事を考えてかな。あんなの見られたら、後で気まずくなりそうだし。私たちは良いのよ、何度も見てるし慣れてるから。んで、シビアナは、先生がそう言う配慮をすると確信を持っていたと。おおお、良いじゃないの。こんな感じでどうよ?
私はこのしっくりくる仮説が浮かんで、ちょっと嬉しかった。何だか、シビアナの策を看破出来たような気がしてね。ほっほっほ。
ああそうか――。しかも、グルとなると、先生がそう言う配慮をせず、イージャンに説教を始めても、ぶっ飛ばしたとしても別に良いんだな。
それを口実に、あいつが促してあの子を遠ざけられるもの。先生も了承してるんだ。勝手にやる訳じゃないから、これは不躾にならんだろう。
ただ、流石にぶっ飛ばされるとこを見られれば、後で気まずくなるわけだが、しかしそれはシビアナにとっては些事も些事。だから、最悪、そうなっても良いのか。
やりたかった自分の痴態はその後だもんね。それさえ見られなければ良い訳よ。なるほど――。仮説が浮かんだおかげで、助手(仮)ちゃんを確実に遠ざける段取りも、ちゃんと分かった気がした。良いじゃん良いじゃん。おほほのほ。
こんな感じで確かに嬉しかった。嬉しかったのだが、同時に気を引き締めざるを得なかった。
やっぱり私もまだまだか。だってさ。『今回は、誰にも知られない様にして、策に嵌め落とす』 ほらね。そう思ってたのに、違ってる。そのせいで、最初からグル、という選択肢が出てこなかった。
ったく。だから、怖いんだよあいつは……。ホント確証でもない限り、断定しちゃ駄目だな。
「…………」
しっかし――。目の前の背中を見上げる。
先生も人が良いわい。シビアナに頼まれたら、ちゃんとあんな説教までしてくれるんだもの。鉄拳制裁付きで。しかも、頼まれ事は今回に限ったわけじゃない。私が知ってるだけでも、今までに色々と無茶な事を頼まれたりしてるからなあ……。
その色々を思い出しながら、私は先生にまた声を掛けた。
「せんせ」
「…………。何だ?」
今度は足も止めず振り向きもしなかったが、その訝しげに尋ねる声に、慈愛を込めて伝えた。
「先生も、シビアナに色々頼まれて大変ですね?」
「…………」
先生は、じっと黙って歩いていたが、しばらくすると、何故だかどっと疲れた様に溜息を吐いた。
「はあ……。いや、その逆だ。色々と助かっておるよ……」
「え?」
逆? なんで逆?
「ほら、行くぞ。リリシーナ」
先生は首を傾げる私を置いて、二階へと続く階段をさっさと登り始めた。
「あ、待ってよ、先生ー!」
私も急いで、階段を登って行った。
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さて。ここは、元貴族の屋敷。それもあってか、結構、中も広い。ただ、先生が使い勝手の良いようにと、その造りに色々手を加えていた。改築ね。
例えば、二つの部屋を一つにしたり、一階と二階の間にある床をぶち抜いたりなんかして、必要に応じてその都度やってる。自分で。
そう、大工に頼まず自分でやってんのよ、先生って。ま、力あるし、建築にも詳しいから。だから、したい様にしてるみたい。凄いもんさ。
研究室のその隣にあった部屋とかは、その最たる例。元々一つの個室だったのに、隣接して並んでいた他の五つの個室と共に破壊。隔てていた壁や、廊下側の壁と扉を全部取り払った。
その代わりに、本棚を背中合わせで置いて、自分が通れるくらいの隙間を作り、一つの大部屋みたいにして使っていた。
はじめは、個室ごとに本棚を置いていたのだが、本や資料の量がどんどん多くなってきたもんだから、そうしたとか。あと、一々、扉を開けて入るのが、面倒くさくなったんだと。おかげで、そこはちょっとした図書館になってしまっていた。
いや、それより雑然としてるか。棚の本はただ突っ込んだだけ。積み重なって、下の方にある本は取れないし、背表紙も見えない。
その本棚の手前には、何十冊ものの塔の山。資料の海。歩く所も少なく、床が見えないくらい。とにかく大量にあったのよ。「うわー……、すっごー」って、顔が引きつるぐらいにはね。
あと、埃も結構溜まっててさ。全部じゃないが、使われてない資料なんかは、雪山みたいになって本の上に積もってた。ふうーって息を吹きかけると、目の前が真っ白になんの。ちゃんと掃除しなよーって思うんだが、先生あんまりそう言うの気にしないから、注意してもやんないんだよねえ。
で、ここには研究資料とかもあるから、部外者には触らせない。だから、どんどん埃が溜まっていく。それを見兼ねて、私たちが掃除したりしてたのよ。けど、最近来てないから相当積もっているはず。って思ったんだが――。
「あれ?」
そこを通り掛かれば、以前の姿は見る影もなかった。窓や外の露台に続く硝子戸を避け、天井まで伸びる本棚の列。壁に沿って置かれたその本棚には、突っ込んでいただけの本の束が、整然として仕舞われている。積み重なっていた本の山も、きちんと背表紙が見えるようにして横に並べられていた。
そして、部屋の真ん中。壁沿いの本棚に囲まれるようにして、私も知らない新しい棚の列が出来上がっている。背中合わせにしてた本棚、それが二列設置されていた。奥まで五部屋分、ぽんぽんぽんと置かれているようだ。
「嘘……。滅茶苦茶、綺麗に整ってるじゃん……」
床に山積にされていたものは、新しい棚に入れられたのだろう。おかげで、床もよく見える。しかも、掃除されているらしく、染みのような汚れすら見当たらずぴかぴか。勿論、埃もない。だから、とてもすっきりとした印象を受けた。本当に図書館のようだ。
「ふっ。あの娘が整頓してくれてな」
私が驚いたのに気付いたらしい。前を歩く先生が、振り返ってにやりと笑った。
「あ、そうなんですか?」
「うむ。本棚の手配やら、何から何まで全てな」
「ほー」
どうやら、あの助手(仮)ちゃんが、綺麗にしてくれたみたい。凄いわ、やるやる。ここまでだと、シビアナも褒めるだろう。
うーむ。そのシビアナも本棚を新たに置くことを提案している。でも、その時はどうせ増える。別に必要ないと突っぱねてたんだがなあ。どういった心境の変化があったのやら。
しかし、やっぱりあの子は助手なのかー。ここにある物を触らせてるから。そうと分かって、ようやくあの子を助手(仮)ちゃんから助手ちゃんと呼べそうだ。と、一旦は思ったが。
いや――、まだだな。先生から直接聞いてからにしよう。うむうむ。シビアナの策が過る。だから、断定するのに、何だか気が引けちゃってね。
ま、それは良いが、あの子、やっぱりちょっと若すぎない? 確かに、ここみたいに整理なんかをちゃんとして、その仕事ぶりは大したもの。他にも優秀な面が、まだまだあるのかもしれないけどさあ。
そりゃ、私の側付の子だって、若い子ばっかりだし? そこまでは思わんけども……。
だが、こっちには、そうなっている理由がある。若いのに王女である私の側付になってる理由がね。何と言うか、ちょっと特殊? なんだよね、あの子達って。――ん?
「…………」
ふむ。特殊――。特殊か、なるほど……。何か事情がありそうだな、こりゃ。あの若さで先生の助手を務めるには、恐らく優秀さとは別で何かしらの理由がある。私の側付の子と同様に。そう気付けた。
いかんね。ちょっと気付くの遅かったかも。こういう事にはすぐにでも察しないと、王女として如何なもんか?
でも、女の子がいるって事に、まず驚いたし。イージャンへの説教もあったし、後回しになっても仕方がないよね? って思う事にしておこう。うむ。
しかし、どんな事情になるかな? ふううむ、そうだなあ……。私はまた色々考えようとしたが。
まあまあ、考えるのはもう止め。研究室はすぐそこだ。あの助手(仮)ちゃんの事は、後で、きちんと全部教えてもらおうじゃないか。そう決めて、大きな背中のその後を追っていった。




