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王女楽章 リリシーナ!  作者: 粟生木 志伸
第一楽章 トゥアール王国の王女殿下
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第2話 王女殿下と側付筆頭侍従官

挿絵(By みてみん)


 私の父様が国王をやっている、ここトゥアール王国は、建国からそれなりに経っていて、歴史も長い。


 大きな都が東西南北で一つずつ。そういう都が必要になるほどには、広い国土だ。そして、私たちが住まうのが『王都』。四つの都とは別に、国の中心にある。王宮もまたこの場所に位置する。


 そんな王国を代々治めてきた我が王家は、他の国にはない特徴を色々と持っていた。その中でも、特に変わった特徴がある。それは、女性にだけ現れる不可思議なもの。


 ある強い感情に反応して、髪の色が変わってしまう事があるのだ。銀髪が深緑色になった、今の私のようにね。


「ったく。見事に変わってしまったな……」


 激しい嫉妬を覚えると、この色になる。シビアナが「妬ましい髪色をして」と言ってきたのは、それを揶揄しての事。それが面白くないと、鏡越しに見つめれば、目を細めて視線を返してくる。そして、またおちょくるように言ってきた。


「今は深緑色ですが、その前は暗い赤紫でしたね。ふふっ。妬ましいのは変わりませんが」


 嫉妬で変わるのは、まあもう一色ある。奴は、これも含めて揶揄してきたのだ。けっ。


「分かってる。最初に変わったは、青のように深い水色ってのもな」


 驚くとその色だ。ふん。初めから、ちゃんと全部気付いてたっての。お前に言われるまでもないわ。心の中にいる自分が、ふん!ふん!と鼻先であしらう。すると、シビアナがくすりと笑った。


「気が動転なさいましたか。確かに、あのような所を見られては、致し方ありませんね」


 はーああ? イラッとした私は、振り向いて直に見据える。


「いや。大体、お前が扉を叩きもせず。気配消して、勝手に部屋の中へ忍び込んでくるから、いけないんだろ? そしたら、こんな事になってないわっ!」


 そう。全部お前が悪い。全部お前のせい。だから、ごめんなさいしなさいよ! そう咎める視線を、「きっ!」と睨んでぶつける。だが、 


「ふふふっ。あの程度で、心を乱すとはまだまだ――」


 この王女様の視線を軽げに受け流し、やれやれと首を振った。むか!


「何だと!? お前――!」

「殿下。これも鍛錬の一環なのですよ?」

「鍛錬だああ? ――あ!」


 ハッと思い出した。すると、シビアナが頷く。


「そうです。まさか、お忘れではないでしょう? 髪色を変化させない様、如何なる事態にも動じず、感情を御せるようにせよ。この『王家の掟』の事を――」

「うっ!」


 王家の掟。その言葉を思い起こされ、気勢を削がれてしまう。動きが止まった。トゥアール王家には、遵守せねばならない掟がある。その中の一つに、シビアナが言う通りの文言があるのだ。


 確かに、これは必要だろう。例えば、皆が集まって、真剣な面持ちで大事な話をしている時。急に髪色が変わって、それが可笑しいを示す色だったら、やばいでしょ?


 で、肩を少しでも震わせてごらんなさいよ。「あ。姫様、今笑いを堪えてるんだ……」って、冷たい視線やら失笑を送られる。そして、後で説教を喰らって怒られるの。それは、いかんでしょってわけ。


 それに、色が変わるという事は、そこに強い感情があったという事。これだけでも知られていれば、何かしらの交渉の時、不利になる可能性がある。はったりをかましたくても、かませないとかね。


 また、その感情がどういったものか分からなくても、動揺があったのだとすぐに察しが付く。これでは、交渉だけでなく、公務全般にも支障をきたす時は必ず来る。


 だから、私たち王家の女性には、そのような懸念を払拭する様、この掟がまず、課せられるのだ。


「くっ!」


 しまった、そうだった! これでは怒れない――! 真っ当な言い分に顔を歪める。


「ふふふ――」


 自分の勝ちと言わんばかりに、シビアナが笑う。


「この掟は、ある水準までは必ず成し遂げなければならないもの。殿下にとっては、言わば次期国王としての証の一つ。ですが、この調子であれば、まだまだ。陛下に、一人前だと認めて頂けるのも、当分先の事になりそうですね? 残念です」


 言い終えると、またやれやれと首を振ってきた。


「こっ――!」


 このおおお~~! あの、人を小馬鹿にした様な、やれやれ感――! 腹が立って、何とか言い返したくなる。しかし、駄目だ。やはりこれは正論。正当な理由。父様にも認められているのだ。私の鍛錬に協力せよと。だから、言い返しても――!


「ぐぬぬぬ――!」

「ふふふふふふ――!」


 悔しい。しかし、シビアナの勝ち誇った嘲笑に、私は耐えるしかなかった。奴の目的は鍛錬なんかじゃない。絶対、違う理由のはずなのに。ふん! だがな、これで終わりなどではない! 


「ふー……」

 

 気持ちを落ち着けようと、息を吐き出す。おかげで若干、怒りが和らぐ。


「まあ、鍛錬の一環だったのは分かった……。それは、認めようじゃないか……」

「ふふっ――。ありがとうございます」


 そう微笑んで、勝者のお辞儀を返してくる。けっ。でも、確かに良い鍛錬相手ではあるからな。今みたいに、怒りの鎮めるのはお手のものよ。これだけは上手くなったわ。まあ、それも髪色が変わらないだけ。多少だけだが。


「…………」


 さて、それじゃあ――。冷静になった所で、反撃を開始しようじゃないか。


「しかし、それはそうとシビアナ――」

「はい、何でしょう?」


 悠然としたその様子に、にんまりと口端が吊り上がる。


「今見た事なんだがな――」

「はい」

「それは、今ここで綺麗さっぱり忘れてもらおうか? ん?」


 打開策は思い付いていた。髪色が変わって、この部屋には私たち二人だけ。今なら言えると踏んだ私は、深緑色になった前髪の一房を手に持って、ちらつかせる。威圧して睨み付けた。しかし、これは決して王女様の横暴などではない。


「…………」


 シビアナ。お前からはいつだって、私の恥ずかしい歴史を量産させようとする、確固たる意志を感じる――。


 そうなのである。奴のこういった行動は、一度や二度ではない。桁が二つは違う。しかも、百や二百なんかでは、きかないのだ。だから、絶対こっちが理由。絶対そのために、この部屋に忍び込んできたに違いなかった。鍛錬にかこつけてね。


 ふふん。災い転じて何とやら。一人で帰ってきたって言ってたもんな。確かに、前室からあの子たちの気配は感じられないし、誰もいないようだ。なら、良い機会だわ。その行動を改めさせるのも兼ねて、少し脅しておこうじゃないか。


 無論、奴の事、この程度ではそのアホな行動を、矯正する事は叶わぬ。だが、それでも私に屈したと言う事実は残る。これが大事なのだ。自分の行動した結果が、手痛い仕返しに繋がる事にもなると楔を打つ。そう出来れば、徐々に慎重になっていく。やり辛くなってくるはずだ。


 そして、そうやって少しずつでも積み上げていければ、いずれはその矯正だって叶うかもしれない。なら、決して無駄にはならないのだ。


 これは、こいつとその娘のためにもなる。だって、もっと真面な性格にしてやらんと、あの子も可哀想だよ。このままでずっと一緒にいたら、親子関係にヒビが入るなり歪むなりする事間違いなし。うんうん。


 あと、事あるごとに思い出せば、これからも私は頑張って生きていけるしな! うむ!


 という訳で、さあ、シビアナ。お前も恥ずかしい思いをしたくはあるまい? ほれ、「はい、分かりました」と素直にお言い。くけけけけ……。我が命に、膝を突いて屈せよ。それで溜飲を下げてやる。


「殿下」

「何だ?」

「その御力は、許可なく無闇に、使って良いものではありませんが?」


 にこりとして言うので、私もにこりとして返す。


「そうだな。でも、そのための鍛錬はしても良い。私たち二人だけの時も、それは許されている。つまり、無断で使ったって、証拠がないよなあ?」


 これも鍛錬の一環なんですう。それに、他に誰の目もないから、証言も見込めない。だから、嘘を言っても押し通せる。私が嘘をいていると、分かっても認めない。その証拠を出せとごねてやる。けっけっけっ。


「殿下」

「何だ?」


 さあ、言うがいい。くくく……。


「今見た――。とは、あの右手を掲げた姿勢の事ですね?」

「そうだな。いや――。お前がこの部屋に入ってきて、見たもの全部だ」


 変な限定をされては敵わん。きちんと言い含める。


「ふふっ。見たもの全部――。民から愛される王女。清らかな心。美少女。神々しい。美しさは罪――。ですか」


 ちっ。やっぱ見ていやがったな。夢中になった所、つまり演技は全て見られているようだ。ていうか、一々声に出して言うの止めてくんない? 恥ずかしいでしょ?


 しかし、これで奴が何を言ってくるか、その選択の幅が広がった気がした。疑念が深まり、私は油断なく見据える。


「美少女。美、少女……。ふふふ……」

「…………」


 おい……。何が可笑しい……? 馬鹿にしたような笑いに、カチンときた。なによ、美少女のどこに文句がある? あるならはっきりと言ってご覧なさいよ? すると、シビアナが微笑んだまま、しっかりと頷く。


「確かに仰る通り。殿下はその様なお方です。どこも間違っておりません」


 …………。へ?


「お、おう?」


 あ、あらそう? 意外な答え。真摯な声で、いきなり持ち上げ出されて、意表を突かれてしまう。


「これは何も、私の主観だけで申し上げている訳ではありません。殿下は、お美しいだけでなく、この国の王女としても、とても人気がございます。これは公然の事実なのですから」


 まじで?


「はい。麗しの王女と、皆、憧れ褒めはやしております」


 ほう。


「また、その賞賛をしている者たちが、老若男女問わずであると言う事。これが、何より殿下の素晴らしいところですね。つまり、それは真に国民の皆の憧れ――、と言う事に他ならないのですから」


 ほほほほう。ほほほほう――。


 私は視線をシビアナから外す。後ろで両手を組み、その視線を天井へと向け見上げた。そうかそうか……。憧れね。うん、なるほど?


 そうゆっくりと納得してから、拳を口元に当てて、「こほん」と静かに咳払いをした。それから、もう一度シビアナを見て答える。


「ま、まあな?」


 おいおい、どうしたあ! こいつめえ! なんだよ急に――! 普段あんまり褒められないのもあって、お世辞と分かっていても、やっぱりちょっと嬉しかった。口元が緩みそうになる。むひゅっ。


「ですが、歌劇にしてまで、それをご自身の口から仰るのは、如何なものかと」

「やかましいわ!」


 うがあああ! やっぱ、そうくるんかい! ぬか喜び。分かってたはずのに、上げて落としてくるのはさあ! でも、ちょっと嬉しくてね! うっかり忘れてたよ! ごめんね!


「やはり、そういう事は他人から称えられてこそでは?」 

 

 うぐ!


「確かに、称賛が事実である事に違いはございません。しかしながら、他に誰もいない場で、ただお一人だけで、その様な事を声に出して仰る――」

 

 うぐぐ!


「殿下。それは、とても悲しくなりませんか? とても――、むなしくなりませんか……?」

「や、やめろおう!」


 続けんな! さらに詳しく状況を分析すんな! あと、その憐みの目もやめろ!


「しかも、歌劇として見ても――。これはどうなのでしょう?」

 

 へ?


「例えば、演技ですが――。残念な事に、歌詞と歌がその演技と、見事に噛み合っておりません」

「はあ!?」


 顔が熱くなる。何も言われたくない繊細なところを、容赦なく突っ込み始めてきやがった。


「確かに、歌詞も歌も酷いものです」

「ちょっ!?」

「それは、人前で披露するのも憚れる程。心苦しいですが、殿下がそうお考えになっている以上、私も認めざるを得ません」

「はあああ!?」


 誰もそんな事お考えになってないわ、ぼけええ! てか、即興なんだよ、即興! 人前とか、そんな凝ったりしてねえわ!


「ですが、それよりも頂けないと思ったのが、やはりあの演技――」

「く!?」

「そう――、あの『美少女の舞』です」

「び、美少女の舞!?」


 なんかまた急に、凄いのが出てきた。え、いや、そんな舞知りませんけど!? あんの!? だから、即興でやっただけなんだよ!?


「この舞は、勝手ながら私が今即席で、名付けさせて頂きました」

「お前が今付けたんかい!」


 やっぱりなかった。ったく……。てか、何でそんな名にしたんだか。


「ふふ。殿下は、美少女ですから」

「お、お前……!」

「ふふふ!」


 く、こいつ……。美少女、美少女と、一々癪に障る言い方を――!


「それで、この美少女の舞ですが――。その中のかたで、腰を落としてから、眼光を研ぎ澄まし拳を構える。それから、相手の顎を砕くよう、鋭く突きを打ち出しておられましたが――」

「ああ」

 

 そう言えばやってたな。その後は、回し蹴りとか肘鉄、拳打とかもやって、良い感じだった。


「あの辺りからが駄目でしたね。最も頂けませんでした」

「な!? 何でだよ!?」


 確かにそれも即興なのだが、納得がいかない。だって、恰好良い美少女様の姿だったはず。切れの良い動きだった。それが全部、綺麗に決まってただろうが! 


 そして、何よりその形の締め。それこそ愛嬌満載、美少女の構えで締めていたというのに。


「残念ですが、その締めがいけなかったのです」

「え!?」


 シビアナは、優雅な足取りで少しだけ歩み寄ってから言う。


「よろしいですか、殿下? 後から取ってつけた様に、小首を傾げ片足を上げて、くねくねと愛嬌を振り撒こうとしたところで、それは無駄です」

「な!? 何だと!?」


 あれが駄目!?


「駄目です。可愛い仕草のおつもりだったのでしょうが、あれをする事によって、切れの良い演武が全てぶち壊し。苛立ちが無性に増すだけです」


 ぎゃあ!


「しかも、他にも似たような仕草を繰り返されるので、拝見していた私も、本当にどうしようかと――」


 ぎゃあああ!! たおやか自在、美女の構えも駄目だったようだ。


「ですが、劇の結末を鑑みれば――。もう別に構わないかと、思わなくはありませんでした。私の様に殿下をよく存じ上げる者に限りますが、あの様は、呆れ、滑稽、空しさなど呼び起こし、それが失笑を、いえ、ある種の笑いを誘い――。悲哀を誘うはずの悲劇の様が、一転、喜劇と化しておりましたので」


 ごばあ!


「しかし、それもひょっとしたら喜劇の様相を呈しているかもしれないと言うだけで、残念ですがやはり面白いとはとても。せめて、もう少しだけでも捻りを――」

「もういいわ! その口閉じろおおおおおお!」


 ただの即興に、そんな真面目な感想を言ってんじゃねえええ! そんなの求めていない! そんなの求めていないぞ、私は! 


 ていうか、傍目からはそう見えてたの!? いやあ! 超恥ずかしいんですけど! 頭を床に打ちつけて、悶え苦しみたいんですけどおおおお! うわああああん!


 本当にやれば床が壊れる。そうすれば修理だ。お金が掛かる。怒られる。だから、せめてと頭を抱えて、ぶんぶんと勢いよく振り回した。


「おや? 如何なされました、殿下? そのように恥ずかしそうな髪色をして?」

「なっ!?」


 見てみれば、髪色が羞恥を示す、淡い青に変わってしまっていた。ああ、くそ! やられた!


 これは奴の策。恥ずかしい思いをさせられただけではない。私の打開策も潰されたのだ。これで、もう脅しは使えなくなってしまった。


「ふふふっ。出来はともあれ、大変良いものであったのは確かなようですね? 拝見させて頂き、ありがとうございました」

 

 シビアナが、また自分の勝ちを見せつけるよう、優雅に余裕のお辞儀。ちっくしょおー! せっかく優位に立ってたはずのに! 何でこうなる!?


 悔しくてまた睨み付けるが、平然として笑みを浮かべるだけ。いつもの事ながら、全く悪びれない。しかし、不意にその笑顔が変わる。真剣みを帯びた優しい表情となった。


「殿下。トゥアール王国の王女として、この状況をお考え下さい。殿下は、横暴な王女になりたいのですか?」

「む……」


 何だよ急に。説教くさいな。


「恥ずかしい歌劇。それを見た者を脅すことで黙らせる。果たしてこれは最良でしょうか? 目的は真に達成できますか? それに、世の中、脅しに屈する者ばかりではありません。そういう者達と相対した時、こんな事をしてしまったらどうします?」

「っ!?」


 はっとする私。え? いや、はっとじゃないわ。


「ふん。そんな大層な話ではない。私は、お前だから、脅したんだよ」


 そのふざけた行動を改めさせるためにな。他の者はまた別の話。その都度考える。


「殿下は酷い御方です。私はただ鍛錬のために、気配を消し観察していただけだと言うのに――」


 そう言って、悲しそうに顔を俯け首を振る姿にいらっとする。ちっ。何と白々しい演技、何と白々しい科白。違うね。お前は、絶対におちょくるためだけにやった。後半の言い分からも、そう言うのが伝わってくるわ。それに、


「だとしても、最後まで見る必要はないだろーが。途中で声掛けても、きちんと鍛錬にはなったはずだ」


 半分もやってたら、さっきと同じように驚いただろう。


「ふふふ。私は一番隙があり、一番効果的な瞬間を選んだつもりですが?」

「むう……」


 あー言えば、こう言う。だが、大きな隙を作った私が悪いのは確か。言い返せなくなる。


「しかし、殿下」

「ん?」

「何故、脅すという行為を? そのような行為に及ばずとも、それは叶ったでしょう。そもそも私は、誰にも言うつもりはありませんでしたので」


 けっ。すっとぼけやがって。今更それを言うか? 


「ああ、知ってるとも。確かに、お前はそういう奴じゃない。言い触らさない」


 これはこの通り。間違いない。でもね。


「こんな美味しいネタは、言い触らさないで、独り占めするもんな? そして、弱みとして、付け込んでくるだろうが! 私は、それを止めろと脅したんだよ!」


 量産するだけでは飽き足らず! いっつもそうしてくるだろうが、お前はよお! 私が声を荒げると、シビアナが面白そうに小首を傾げる。 


「付け込む、ですか? さあ、それは一体何の事でしょう?」

「何だと!? まだとぼけるつもりか!?」

「いいえ、まさか」


 ゆっくりと首を振って、にこりと微笑みながら言った。


「何かを欲するのであれば、その対価を。私は、その対価をただ丁寧にお願いしただけですよ?」


 だからさあ!


「それを、付け込むと言うんだろうが!」


 そう突っ込むと、シビアナが驚いた様に目をぱちくり。


「おや? これは一本取られましたね? 流石は殿下。冗談がお上手です。ふふふふ――!」

「は?」


 口許を隠し笑い始めたその姿を見て、ぽかんとする。え、冗談? 何言ってんの? 冗談じゃないよ!? こっちは怒ってんだよ!? それなのに、どうして笑ってんだ、お前は!?


 まただよ。何だ、この言葉が通じてない感じ。ホント意味が分からない。ちゃんと指摘したら冗談とか。でも、どこが冗談なのかと問いただせば、無粋だとか、そんな事も分からないのかと馬鹿にされて、はぐらかすだけ。


「ふふふふ――!」


 しかも、何がツボに入ったのかは知らんが、笑ったままだし。もう何なの、こいつ? ホンット腹立つ! ああ! やっぱ、さっさとあれ、使っとけば良かったあああああ~~!


 激しい後悔の念。髪も、その色を示す紺色へと変わる。しかし、これでも無理なのだ。良いのが思い付かない。


「ふう……。ですが、殿下」

「はあ……。んだよ?」


 一頻り笑って満足げなその顔を、むすっと睨む。


「例え、先程の力が使えたとしても、私には通じなったかと」

「ほおう……。言ってくれるじゃないか」


 やろうとしてた事は、大した事じゃない。でも、通じないとは、言い過ぎだと思うがな。


「確かに、殿下しか持ちえないあの力――。出来る事は限られますが、汎用性は高い。使い方次第では、強力な武器にも成り得ます。ただ、あの色だけは、全く別の話となりますが」


 ふふん。まあね。


「しかし、この状況下ではどうでしょう?」


 む。


「出来る事がさらに限られてしまっただけ。ならば、その選択肢も非常に限られる。対処は簡単です」

「ふん。それは、はったりだな」


 流石にシビアナとて無理だ。確かに限られる。だが、それでも色々出来る。何をするかまでは分かるまい。視線なんかも動かしてないし、悟らせる様な事は防いでいる。


「…………」


 え? わ、分からないよね? 断言したが、確証がないのもまた事実。さらに、今までの散々な経験のせいもあって、徐々に自信が奪われていく。そして、それを見透かした様に、シビアナがふっと笑う。


「殿下……」

「な、何だよ……?」

「私は、殿下がお生まれになる前から、御傍で仕えてきたのですよ? そのお考えは、手に取るように分かるのです」


 すうっと、自分のおっぱいを指差した。


「なっ!?」


 驚くと、今度は腰に巻いた鼓帯を指差す。そして、革靴を差した。私は目を見開く。う、嘘だろ!? 


「こんなところだったのでしょう?」

「くっ!」


 図星! 正解! 的中――! 狙ってた場所を全部当てやがった! そして、出来る事は限られている。つまり、私がやろうとした事も、全てお見通しだったという事――!


「ふふふふ――!」


 優位になんて、全然立っていなかった。むしろその逆――! 悠然に佇むその姿を目の前にして、私は冷や汗を流す。お、恐ろしい。何て恐ろしい奴なんだ、お前は――! ていうか、何で、分かんの? これも意味わかんない。


「それに、殿下。成功していたとしても、特に何も変わりませんでしたよ?」

「え?」


 そう言われて、眉間にしわが寄る。変わらないって? どういう意味だ?


「恥ずかしい思いをする事になるんだぞ? お前は、それでも良かったとでも言うのか?」

「いえ。そもそも、そこから間違っているのです」

「うん?」


 首を傾げた。間違っている? 


「この部屋には私たち二人だけ。しかも、お相手は殿下です。であれば、恥ずかしいとは思えないでしょう?」

「え? そうなの?」


 うーん。私だったら恥ずかしいんだけど。「いやーん!」とか、後はまあ「何晒しとんじゃあ!」とか言いそうなんだがなあ。


「ホントに?」

「はい」


 ふうむ……。

 

「ただ、子供みたいな悪戯をなされて、面倒くさいとは思いますが」

「む」

「ふふふ――!」


 口許を隠し、からかう様に笑ってから、シビアナが言う。


「それから、殿下であれば、言い触らされる事もないですが、されても効果は薄いでしょう。子供の悪戯。逆にそう呆れられるだけですから」

「確かに、それはそうだな」


 やったとしても、そうなる事は分かりきっている。だから? となるな。


「それに、もし醜聞になろうとも、特段問題にはなりません」


 ほー、すっぱりと言い切れるもんだ。


「ふん。良い覚悟だな」


 私は嫌だけどね。


「覚悟? いいえ、そのようなものは必要ありませんよ?」

「必要ない?」

「はい――」


 呟くよう静かにそう答えると、シビアナの雰囲気が変わっていく。どんどん、どんどん暗くなる。まるで、凍える暗い夜の帳が、その身に降りるかように。そして、


「揉み消しますので……。殿下よりも上手く迅速に――」


 冷酷な声。今までどんな事をしてきたのか、知っている以上の想像を過らせる。眼光にもその冷酷な気配が宿り、剣呑に光って私を射抜く。この背筋を凍らせていった。


「う゛っ!?」

「ふふふふ――」


 反射的に、怯んでびくりと仰け反ると、シビアナはその眼光を灯したまま妖しく笑う。相変わらず、この感じは怖さ抜群。だから、いきなり変わるの止めて。ていうか、お前はどこまでする気なの? でも、経験上、ドン引きする事ばかりだから、もう何も聞けないんですけど。


 実際にあった出来事を思い出して、うげーと顔を歪める。すると、シビアナは、それで満足したのか、その眼光も妖しい笑いもすぐに引っ込めた。私は、ふうっと安堵の溜息が出る。


「さて。他に何か脅す手段がありますか?」

「くっ……」


 ない。これ以上は使って良いものではない。度が過ぎている。それに、こいつはそれでも屈しないだろう。私も、そうやって勝ちたいわけじゃない。これは、そんなのじゃないんだ。


「如何ですか?」

「ふん。ないよ……」


 ぷいと、そっぽを向く。


「ふふっ。では、脅して黙らせないなら、次の手を。殿下?」


 次の手って――。何かを欲するのであれば、その対価を、って事だろ? この弱みに付け込む気満々の、お前の要求を呑むしかないじゃないの。私は他に思い付かんよ。ていうかさ。


「いや、何でただ黙っておくって事が、出来ないんだよ? それで良いだろ? お前が黙っておけば良いだけの話だろ?」

「失敗には痛みを。でなければ、身になりませんよ?」


 ちっ。これは、隙を見せた罰だとでも言いたげだな。


「ふん。で、何が望みだ……」


 またやられた。はあーあ、結局これだよ。私は、近くにあった執務机までに歩き、そのまま寄りかかった。そして、胸の前で腕を組み、溜息をく。やれやれ、何を要求されるやら……。


 対価は、大体、その弱みに見合ったと思えるものを言ってくる。ただ、金銭の要求とか高い貴金属とか、そう言う直接的なものじゃないんだよね。


 前回は、ちょっと変わった鉱石だった。これも、珍しいってだけで、使い道がなくて、価値もよく分からん。こんな感じで、何て言うかお金の価値で表しにくいものを要求してくる事が多い。


 他だと、王女が出来る範囲での権限の行使、みたいな。急に休みを取りたいとか。普段は行けないような場所に行かせろとか。


 ああ。これは、お金を使う場合もあるね。高級料理店の予約なんかもした事がある。それから、お高いお菓子とかもあるか。普段食べられないような奴。


 それを頼んで、側付の子たちと私たちとで、一緒に食べるの。ま、本当におちょくるついでって時は、これが一番多いかも。


 あとは、保留とかにされたりする場合もある。んで、在庫になんの。一体、どれくらい貯まっているのやら。


 さあ、今回は何かね? 見合うとしたら、高級料理店かいな? それとも保留? そうやって適当に当たりを付けながら、シビアナを見ていると、その微笑んだ口が憎たらしく開いた。

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