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王女楽章 リリシーナ!  作者: 粟生木 志伸
第二楽章 王女殿下の先生
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第2話 王女殿下の先生 その2

 イージャンが戻るのを待って、正面玄関から館に入った。


 私たちは、中庭へ向かって廊下を歩いて行く。すると、その中庭に近づくにつれ、傍に並ぶ硝子窓が、微か震えるようになった。何か重い音も聞こえる。震えているのは、それが原因だ。その音は、館の扉を抜けて中庭に出ると、本格的に。お腹の底にも響き始める。


 ここの中庭は、だだっ広い。そういう印象を受ける。まあ、何にもないからね。土の地面。雑草もちょこちょこ生えている程度。ホント、荒野って感じさ。仕合なんかもしたりしてたっけ。ま、屋外道場みたいなもんだ。


 その中庭の中央あたりで、大嵐のような動きをしている後ろ姿が見えた。


「ふ……」


 相変わらずらしい。気合の入ったその動きは、常人で捉える事は困難だろう。大嵐は、周囲の砂塵を前方に吹き飛ばしながら、「ドゴンドゴンドゴン――!」と、唸る轟音を絶え間なく発していた。


 発しているのは、頭がつるつるで、筋骨隆々の大男。突きを繰り出す度に、蹴りを繰り出す度に、その音を発し、足元から砂煙を巻き上げ、それがそのまま吹き飛ばされていく。硝子窓を震わせていた正体はこれ。『嵐弾らんだん』と言う。


 あれくらい素早く拳を突き出したりすると、あんな衝撃を伴う音も出始めるんだ。そして、あの嵐弾とそれに動じず、跳ね除ける五体を有している事。これが達人級の武人の証明でもあるね。もちろん例外もあるけれど。


 大男は、上半身が裸。腰には黒の太帯を巻き、多分それを前で結んでいるだろう。それから、鶯色うぐいすいろ細穿ほそばき(ズボンのようなもの)と、黒の長靴ちょうか(革のブーツのようなもの)を履いている。


 あと、その巨体の眼前には、開かれた本があるみたい。素早いその動きのおかげで、何度も見え隠れしてる。しかし、この本、ただ開かれてる訳じゃない。ずっと宙に浮かんでいる。しかも、位置が動かない。読みやすいようにだろう。ずっと目の先の同じ位置にある。


 どうやら拳を突き出したり、蹴りを繰り出したりする度に、ちょこんと本を触って、その位置を維持しているらしい。大分近づいてきたから、その動きが見えた。腕や脚を戻す瞬間にやってるわ。


 あと、生じた風圧も使って、本を一枚一枚捲ってたりもしているっぽいね、あれ。そうやって、読みながらやっているみたい。あんな暴風の中で器用なもんだ。ただ、それが出来るのも、あの人だからこそなんだけど。


 しかし、何だかやけに気合が入っているな。本を読みつつではあるけれど、それでも休憩中にするような動きとは思えなかった。まあ、私の歌劇みたいに興が乗ると、本気になったりするか。


 あれは誰かを想定して戦っている。父様かなあ? 本を読んでるのは、注意がその相手一人に集中し過ぎないよう、周りにも気を回せるようにするためだ。それも兼ねているだろう。


「先生。お久しぶりです」


 声が届く程度まで近づくと、立ち止まって呼び掛けた。まあ、この轟音だ。届いちゃいないだろうけど。礼儀さ礼儀。


 それに、声を掛ける前から、もう間合いに入っている。私たちが後ろにいるなんてのは、気付いているからね。だから、立ち止ったのも分かっている。


「ふうううううぅぅぅー……」


 案の定、大きく息を吐いて、ゆっくりと構えを解き始めた。そうなるのを待っていたかの様に、宙に浮いていた本が落ち始める。それを、その先で待ち構えていた手の平に収め、パタンと閉じてから、振り向いた。


 左右に長く伸びる真っ黒い口髭と、何かの模様のような顎髭あごひげたくわえたその顔が、こちらに見え始める。


 顔の堀が深いから、目元が暗く見えにくい。だが、その眼力の鋭さが、依然として変わらないのは一目見て分かった。体が大きいのもあるが、おかげで威圧感が半端ない。


「よく来たな、リリシーナ」


 あれだけの動きをしておいて、呼吸に乱れがないのは流石。唸るような渋い声で頷いたこの人が、私の元家庭教師のシドー先生だ。元ではあるが、先生であることに変わりはない。だから、いつも先生と呼んでいる。ま、子供の頃からそう言ってるから、そのままってだけだが。

 

 その先生が、どしっどしっとこちらに歩いてきた。しっかし――。


 でかい。やっぱ、でかいわ。私は、先生より大きな人間を見たことがない。久しぶりに会うからか、今日はやけにそう思えた。


 その巨体の上にある顔を見るため、少しづつ自分の顔を上げていく。おかげで近づくにつれ、また一層でかく感じていた。


 目の前まで来ると、本を手に持ったまま、血管が浮き出る筋肉の塊となった太い腕を、これまた分厚い筋肉の胸板の前で組んで、立ち止まる。それから、助手(仮)ちゃんに目をやった。


「出迎え、すまんな」

「い、いえ!」


 どきりと背筋を伸ばし、急いで首と両手を振るその可愛い姿に、先生は、「ふっ」と表情を緩めると、


「もう一つすまんが、お茶の用意も頼めるか?」


 この場から離れるように促した。まあね、このまま一緒にいても緊張しちゃうだけだもんね。


「は、はい! わ、分かりました! すぐにご用意します!」


 彼女は、慌てながらお辞儀をして、急いで館の方へと戻っていった。ごめんよー。でも、案内ありがとねー。それから、皆でその姿を館に入るまで見送ると、先生が私へと向き直り、にやりと笑った。


「ふっ。黄色か。何か嬉しい事でもあったのか?」


 嬉しい事か……。


「いやまあ。はははは……」


 ホントは色々変わって、今のこの色になってるんですけどね……。まあ、話すと長くなるし、内容が内容だけに言う気はない。目を逸らして、笑って誤魔化しといた。はははのはー。


「ふっふっ。相変わらずそうだな、お前は」

「はい。ふふっ」


 今度は本当の笑みで答えた。そちらも相変わらずそうで。先生は頷くと、次は隣に顔を移す。


「イージャンも、壮健そうで何よりだ。活躍も聞いておる」

「はっ!」


 ビシッと敬礼をして返す。嬉しそうだ。イージャンって先生の事を尊敬してるからね。その先生も、嬉しそうにしながら、最後の一人に顔を向けた。


「シビアナも、相変わらず――」


 元気そうで良かったとか、私たちと同様に挨拶すると思いきや。そこまで言って、急に言葉が止まる。そして、視線がつつつと下がっていき、大きく頷いて、


「うむ! 相変わらず、お前はどでかい胸をしておるな! ヴァインヴァインだ! ぶわっはっはっはっはっ!」


 と、そのまま豪快に笑い出す。はあ、こういうのも相変わらずだったか……。先生って、こんな感じの猥談みたいな事を平気で言うんだもんなあ……。でも、シビアナは慣れたもんだ。平然と微笑んでいる。イージャンは苦笑い。


 我が師シドー先生は、ここで薬学の研究なんかもしているが、元々はただの地方貴族の次男坊だったんだそう。しかし、武芸の才もあった先生は、その力を如何なく発揮し、この国に多大な貢献をしてくれたんだ。


 そして、数々の偉烈を成し、遂には先の大戦で以って、国の英雄とまで謳われるようになった。生きた伝説みたいになっている。また、国王である父様からの信頼も非常に篤い。そのため、私の家庭教師にも選ばれたのだとか。


 理由はこれだけじゃない。武力もることながら、知識量がホントすんごい。もう色んなことを知っている。まあ、筋肉だけでなく、好奇心の塊みたいな人である。


 それを満たすために、どんどん知識を吸収していったんだって。つまり、先生は学芸と武芸どっちも超一流なのだ。その両方を教えれるってんで、私の家庭教師になる話が来たらしい。


 ただねー。


 この風貌からは、考えられないかもしれないけど。女性がすんごい苦手なの。だから、助手(仮)ちゃんがいる事に驚いたんだ。まあ、好奇心の塊だけあって、そこらへんの知識だけは、増えていっているみたい。でも、今みたいな事を言うのが、実は精一杯なんだよね。


 ちなみに、今まで女性と深い仲と言うか、そんな感じのお付き合いをしたことがないそうな。こういうのを何と言ったか。えーと、ど、ど、ど――。ああ、独身か。独身なのだ。


「…………」


 ん? 違ったっけ? ま、いいけど。


 はあ……。しっかし、師弟揃って結婚出来ないとか……。助手(仮)ちゃんのように、婚約指輪を填めることも、お互いまだまだ程遠いようだ。


「うむうむ! どでかい胸だけでなく、醸し出されるその色気! まさに人妻の色気であるな! 以前にも増して凄い事になっておるようだ。しかし、脱いだら、さらにまた凄いのだろうな? はっはっはっはっ!」


 先生、そんな事言わないで下さいよ。事情知っているから、何か悲しいんですけど。それに、シビアナにそんな事言ったりすると――。


「お見せしましょうか?」


 上着に両手を当て、おもむろに服を脱ごうとするシビアナエロス。ほらね、やっぱりこうなった。ていうか、一応これ公務中なんでしょ? 何しようとしてんだよ、お前。


「何だと!? お、おい!? 止せ、馬鹿者! 冗談だ! 冗談!!」


 こっちもこっちで、伊達に今まで女性を知らずに、独身を貫き通していない。ギョッとして顔を赤くして慌て出した。開いた両手を前に突き出し、急いで待ったを掛ける。


 いやいや、先生。久しぶりに会ったから忘れてたの? あんた、シビアナがこういう悪乗りする奴だって、知ってるでしょ? 何やってんだよ。


 全く……。女の子、超苦手なくせに、猥談を言う。でも、実際のこういう乗りには全然対応できない。すぐにおろおろし始める。


 言わなきゃいいのに。


 そうこうしていると、シビアナは上着の釦に手を掛けた。そして、平然と一つ外してしまう。おいこら。先生は、これを見て本気で慌て出した。


「なあああああっ!?」


 目と口も一杯まであんぐりと開く。シビアナは、そんなのお構いなしと、二つ目の釦に手を掛けた。おいこら。すると、一杯まで開いたと思ったその目と口が、更に大きく開いた。おお、まだ開くんかい。しかし、何やら気付いたらしく、はっとその開き切った顔が動いた。


「イ、イージャン! 何をぼさっとしておるのだ!? 早く自分の妻を止めよ!」

「――っ!? は、はい!」


 ぽかんと、シビアナの様子を眺めたまま棒立ちしていたが、はっと気付く。急いで駆け寄り止めに入る。その両手を握って動きを封じた。これで、ほっとしたようだ。先生の肩の力が抜け、安堵の溜息と共に下がっていく。


 やれやれ、一大事だね。さっきあれだけ動いても大丈夫だったのに、今の方が余程疲れて見える。しかし、こんなんなのに、よく女の子を助手にしたよなあ。いやまあ、助手じゃなくても、ここで働いてくれてんだろうし。


 もしかして、あの子は毎日こんな事、言われているのだろうか? うーん、あれくらいの子だったら大丈夫かな。私とか、うちの年下の子らにも言わんし。でも、言ってたら、後でちょっと注意しよ。


「ふうー……。忘れておった……。シビアナは、こうだったな……」


 先生が額の汗を拭う。やっぱ、忘れとったんかい。そして、ぎろりとイージャンを見据えると、多少口篭もりながら、ぶつぶつと責め始めた。


「全く……。イージャン、何を呆然としておる? ただ突っ立っておるだけとは……。一体何のための夫だと思っておるのだ、お前は?」


 いや、そういう問題じゃないから。違うからね。完全な八つ当たりでしょ、これ。あんたが悪い。


「も、申し訳ございません!」


 しかし、イージャンも真面目なもんだから、頭を下げ素直に謝っている。


いか? 妻の暴走を止めるのは、夫であるお前の役目なのだぞ? しかも、シビアナは、リリシーナの側付筆頭。立場がある。それなのに、あんな様子を誰かに見られたりしてみろ。どんな流言が飛び交うか分からぬわけではあるまい? わしらだけであったから、まだ良いものの――」


 役目ねえ……。まあ、出来るかどうかは別として、これは合ってるかな。シビアナが悪乗りさえしなければ、その役目も要らないだろうけど。


「大体だな。お前は昔っから、剣術以外、本当に――」

「は、はい――!」


 妻を庇うが如く、必死になって頭を下げていた夫イージャン。だが、本格的に自分自身へと矛先が移った。妻の方は、その謝る姿を見ながら釦を嵌めて、にっこりとしてるだけ。私は、そんなシビアナにっこりを、じっと観察した。


「…………」


 うーんぬ。何だあの笑顔は……? 何か怪しいよね、このやり取り。何かが始まる合図みたいな、そんな雰囲気を感じる。シビアナは、先生が挨拶がてら、こういう事をよく言うのは知っている。その上で、敢えて乗っかった。ただ、悪乗りしただけじゃないような――。


 で、この流れだと、大体、先生はシビアナを責めない。自分の発言が原因だからね。それに、何を言っても、「私は、シドー様のためなら、どの様な事でもする覚悟があります」とか言って、そんな気もない癖にどんどん追い詰めていくのよ。それがあるから、何にも言えないの。これもまあ思い出しているだろう。


 だけど、イージャンが一緒にいると、今みたいにそっちへ矛先が向く。大体そう。そんな傾向が強いのね。やれ妻をもっと労われとか、やれ妻との記念日を忘れるなとか。あと、特に関係無いような事でも、その材料にして説教さ。だから、いつもは悪乗りしないよな。


 そう、しないんだ。イージャンに被害が行くから。でも、した。私は、ぺこぺこしているイージャンと、微笑むだけで何の救いの手も出そうとしないシビアナを、再び見比べた。そして、気付く。


 あ! もしかして、これ――。何気にイージャンも、シビアナの標的にされていないか? あいつも何かやらかしたんじゃないかって、ああそうか。さっき要らない事を少々話し過ぎてしまったから、その罰かこれ。回収早いな。と、一旦は思ったのだが。


 ううん。いやでも、これだけだと、何でこんな目に合ってるか分からんよなあ。そう言うのが、ちゃんと分かってないと罰ってのも分からなくない? ただの嫌がらせみたいな気が。シビアナ的には、それでも別に良いのかな? 


 まあ、罰ってそこまで大層なもんじゃないのかも。だから、ただおちょくって愉しめれば良いだけ? これか?


「それはそうと、イージャン」

「はっ! な、何でしょうか!」

「シビアナには、日頃の感謝を込めて、ちゃんと贈り物をしておるのだろうな?」

「――っ!?」

「妻に感謝を伝えるには、その言葉は当然そうだが、この贈り物も大事なことだ。以前にも、わしはそう言ったであろう? 覚えておるな?」

「…………」


 おうおう、イージャンの額から汗がどばどばと。顔色もすこぶる悪い。私がおっぱいの選択を迫った時より、酷い有様じゃないか? こりゃ贈ってなかったな……。


 やっぱり始まってる。色々と考えを巡らせている間に、八つ当たりが終わって、説教に変わっていた。


 うううん、これかなあ? これが気に入らなくて、標的にされちゃった? シビアナを見れば、変わらずにっこりのまま。違うか? どうだろ?


 確信が持てないから、とりあえず保留。そして、再びイージャンを見れば、贈ってない事を怖くて言い出せず、でも勇気を持って伝えようと頑張っていた。そんな感じが、ひしひしと。先生も、その様子を見て察したようだ。


「ふっ。何も、わしは高価な物を贈れと言ったわけではない。要は、言葉以外でも感謝が伝われば良いのだ。故に、そうだな。どこか一緒に遊びに出たり、食事に出たりする。そういうのも良いであろう」

「は、はい!」


 イージャンの緊張で強張った体が、ほっとが緩む。表情も明るくなった。


 おお。どうやら、こっちは行っていたようだ。先生も、贈っていないと分かっても怒らなかったな。で、遊びに行ってるのが分かって、なら許そうみたいな顔だ。まあ、八つ当たり自体は、もう終わってるから。


 きっとテレルと家族三人で行ってきたんだろうね。あー、良いなあ。今日だって歌劇に行くわけだし。でも、そうだね。確かに、そんな感じでも感謝って十分伝わりそう。うんうん。


「だが、例えば食事に行ったその帰り道で、宝石商にでも立ち寄り、シビアナが気に入ったものを奮発して買ってやる。そういうのも悪くない。そうだな、イージャンよ?」

「――っ!?」


 イージャンの体が再び強張る。結局どっちだよ。いや、両方だこれ。


「まあ、いずれにしろ、妻を大切にせよ、イージャン。お前をずっと助け支えてくれているのは、他ならぬその妻なのだ。それをいつも気に留めておくように」

「は、はい!」


 先生は、よく「女性を大切にせよ」と言う。あんな猥談染みた事言ってたが。まあ、その女性の中でも一番言うのが、この「妻を大切にせよ」だ。


 女性もそうだが、この妻を大切にしない奴が、先生は大嫌い。もちろん、その妻の方に問題があったりとか、例えば性格が悪いとかさ。そういった事情がある場合は、また話は別だけどね。


「そもそも、妻に感謝をするには、それが何に対してか。しっかりと心得ておらねばならぬ」


 ふむ。


「だが、長い事、生活を共にすれば、その気遣いが当然だと思ってしまうものだ。心得も忘れ、気にも留めなくなってしまう」


 ほうほう。


「イージャン。自分が、そうなっていないかどうか。今一度、思い返してみよ。その自分の行いをな」

「はっ! ありがとうございます、シドー様! 日々、精進致します!」

「うむ」


 まあね――。これは私もそう思うさ。良い事は言ってるんだよね。しっかりとためになる。


 イージャンは、その性格もあるだろうけど、でもだからあんなにも真摯に受け止めているんじゃないかな。背筋をしっかりと伸ばし、すごい真剣な顔をして敬礼してる。まあ、もう何度も同じ事言われてるんだけども。


 先生は言い終えると、胸元で組んでいた腕を解く。丁度区切り良く話せた。さて、これで移動かな。イージャンもそう思った様だ。ほっと安堵の溜息。だが、私たちの考えは甘かったらしい。解かれた腕が、今度は腰に当てられた。


「それで? 夫婦仲はどうなのだ? 夜は? ちゃんとやる事は、やっておるのだろうな?」

「――っ!?」


 猥談でギロリと威圧され、イージャンの敬礼が砕け散る。結局これ。せっかく良い話っぽく纏まってたのに、どうしてそっち方面にわざわざ話を繋げちゃうかな? 台無しだよ。そう思いつつも、一応私も視線向けて威圧。そして、シビアナが最後にニコッと笑顔を向ける。


 三人のおっかない威圧が、この手の話が大の苦手で返答に窮し、すでに追い詰められて一杯一杯で、ぐるんぐるんと目を回しているイージャンに集まった。


「ま、毎晩! 搾り取られております!」


 目をぎゅっと瞑って、自棄になった感じで、勢いよくビシッと敬礼。空に向かって放たれたその悲痛な叫びが、中庭に轟いた。何をだよ。緊張しすぎて、いきなりなに口走ってんだ、お前は。そういうの聞きたくなかったわ。何、毎晩って……。


 生々しいだろうが! 王女様にそんなこと聞かせんな。


「――嘘です。ここ、四、五日は、疲れているからと言って何も――。もう、私のことなんて――」


 急に声を暗くして、シビアナは俯き加減で顔を背ける。ああ、あれ演技だわ。ピンと来た。でも、ここ四、五日ご無沙汰なのは、事実なんだな。彼のその青褪めた顔が物語っている。


 いやまあ、イージャンも嘘を吐いたつもりはないだろう。一杯一杯だったからね、あれ。つい口走ってしまったんだと思う。最近まで、搾り取られてきたのは、事実だろうし。


「だから、贈り物もしてもらえない――」


 シビアナがぽつりと付け足した。お前欲しかったんかい。ていうか、今にも泣きそうなその感じ、もうやめろ。腹立つ。


「だから、どこにも連れて行ってくれない――」


 また付け足された。え? これも? いや、イージャン行ったって感じしてたぞって、あれ? まさか、今日歌劇に行くから、それで良いって思ったのか!? こ、こいつ――!


 ホントどうでも良いやり取り。だが、図らずも、私は確信が持てる答えへと辿り着いてしまった。


 そう。違うんだ。一つじゃない。さっきの要らない事を言った云々は、多分ついでだ。だが、贈り物も。遊びに行くのも。そして、ご無沙汰なのも。全部纏めて気に食わないから、イージャンは標的にされてるんだよ。いや。ていうか、おい。もうめろ。そんな事、先生に言い続けたら――。


 案の定、その先生の両目が、「カッ!」と見開かれた。あ、ダメだこれ。手遅れだわ。



挿絵(By みてみん)

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