第15話 成長
「ゴンゴン――。ゴン――。ゴン」
扉を叩くには、少し独特な拍子の重い音。それが、私の背後から抑え気味に聞こえた。
「はい、どうしました?」
シビアナがその音に答える。恐らく、これで受けた命令通り許可が下りた、という事なのだろう。イージャンのくぐもった声が返ってきた。
「シビアナ。その……。出発の準備が出来たそうだ」
準備? そうか、さっき一旦どこか行ってきたのは、そのためでもあったのかもね。
「分かりました。では、鍵を開けて頂けますか?」
「あ、ああ……」
すぐにガチャリと音がして、扉がゆっくりと開いた。やれやれ、これでようやっと解放か。
尋問は終了。ちゃんとそう思えて、両手を組み天井へと伸びをする。うううーん。お疲れ様でした私。ぐっと背伸びもすると、椅子から立ち上がった。はー、どっこいしょー。
何か、たくさん考えたからか、やっぱり甘いものが欲しいわ。早くお菓子食べたい。そう思いながら、箱などを片付けているシビアナに尋ねる。
「それで――。お前も来るのか? 別に私一人でも――」
「いえ。同行致します」
「そっか」
「はい。それから、あの人も共に。天候が悪くなっている様ですから、念のため馬車で向かいたいので、御者も頼みます」
「ん。分かった」
なるほど。イージャンは、この後の事を考えて呼ばれたっぽいな。御者と護衛も兼ねて、同行させるのだろう。
「――そうだ。あの子達は? 呼ばないの?」
仕事してるから全員とはいかないかもだが、私の側付の子たちも、誰か一緒に付いて来たりしないのだろうか? すると、シビアナが首を振る。
「シドー様には、近日中にお伺いすると、既にお伝えしご了承も頂いているのですが――。改めて、今からお伺いすると、その旨をお伝えするため。先程、一人、先行で向かってもらいました」
ほう。
「しかし、用が終わり次第すぐに戻らせます。ですから、私たち三人だけ、ですね」
「あら。そうなの?」
「はい。あの子たちには、仕事の方を頑張ってもらいませんと。あれは今日中に、終わらせなければなりませんので。また、私がいないと言う事にも、どんどん慣れて、経験を積んでもらう必要があります」
「ふむ」
自分がいなくても、きちんと終わらせてみろって事ね。でも、うーん……。本当は、誰かいてくれた方が良いんだけどなあ……。私たち三人はねえ……。
ちょいと嫌な予感がした。だが、仕事の邪魔も出来ん。経験の蓄積も大事。むむむ。――あ。
「じゃあ、レイセインとかはどうなんだ?」
副官は、もう一人いるんだが、そっちがいないのは知っている。だから、その名を出した。それに、経験を積むと言っても、その中に副官である彼女は、含まれていないだろう。積ませたいのは、新人とか私より年下の子たちのはず。すると、シビアナがにこりとして言う。
「ふふふ。申し訳ありませんが、殿下。彼女は、本日休みを頂いております」
「…………。は……? 休み……?」
「ふふふ! はい」
さっき呼ぶとか言ってたじゃん。って、事は。
「お前――。あれもはったりかよ……!」
「ふふふ!」
ち! 笑ってはぐらかすんじゃねえ! はあ……。ならまあ、しょうがないか。三人で行きましょ。とは言え、厳密には三人じゃないが。
「ところで、シビアナ。どうして、こんな所で取り調べをしたんだ?」
この倉庫部屋を出る事になって気になった。執務室でも十分出来ただろう。あの子たちもいないし。あとは、お前の説教部屋なんかでも――、まあ良かったと思うがね。
「ふふ。そうですね……。強いて言うならば、殿下の不意を突くため、でしょうか?」
「不意……?」
「はい。身構える時間が少しでも出来れば、何かしら対策を講じてくる可能性があると思いまして」
「…………」
その小道具と一緒かい……。シビアナが手に持った鞄を、もううんざりと睨みつける。
ったく。ここに、誰か人でも来るんじゃないかとか、色々深読みした自分が恥ずかしくなるわ……。でもまあ。おかげで、まんまと引っ掛かりましたよ。良い仕事したな、その小道具は。けっ。
「…………」
――うん? 小道具?
「なあ、シビアナ」
「はい。何でしょう?」
「お前は、確認程度とかって、さっき言ってたが――。でも、もしかして。この前、あの子に箱を作らせたのってさ。それって本当は、私に疑念を抱かせ、思考を追い詰める為だったんじゃないのか?」
実際にそうなっていた事を思い出したので聞いてみた。すると、シビアナの片付けていたその手が、すっと止まる。
「驚きました。それにもお気付きになりましたか」
お、お前……。やっぱりそうらしい。
「ふふふ。殿下がご成長なさっている様で、何よりにございます」
「はあ……。そりゃどうも……」
ふん。なーにが何よりだ。そんなのはな、当然だ当然。毎度毎度、あの手この手と、ホント色々仕掛けてきやがる誰かのおかげでなあ? 成長しない方がおかしいってなもんよ。
だが、まあ――。なるほど? 私ってば、やっぱり成長してるか、そうかそうか。くくく……。それをシビアナに認めさせただけでも、今回の尋問は意味が――。
「しかし、殿下」
「――え?」
「それは大変よろしかったのですが。次は、せめて尋問中に気付いて下さいね? 後では意味がございませんから」
「…………」
――ちっ!
「ふふふ――!」
**********
倉庫の外に出てたら、少し眩しかったが、すぐに目が慣れてきた。
さて――。気持ちを切り替えて、前向きに考えようじゃないか。先生の研究所へいざ行かん。豊胸の薬も、完成するかもしれないしな! はっはっはっ。
おっ、イージャンを発見。って、まあ、扉の傍にいるんだが。その彼は、申し訳なさそうに目を伏せて立っていた。
「その……。殿下……」
ったく。そんな顔するんじゃないっての。
「ふっ。気にするな、イージャン」
「はっ……。ですが……」
やれやれ。助けを求めた私が良いと言っても、自責の念は消えないようだ。逆にもっと酷くなったように見える。いつもある眉間の皺も、より深く刻まれた。もう。この生真面目さんめ。
まあ、そうでなくても動けんよ。近衛騎士だからな。王の命令は絶対だ。ああいや、絶対じゃないわ。イージャンの場合、シビアナが例外だったわ。逆に、こいつの命令は絶対だな。例外はないだろう。
「良いから気にするなって。仕方がないじゃない。だって、父様の命令状まで持ち出されたんだ。そうなると、お前は、どうしようもないじゃないか」
「え? 命令状――? ですか?」
「そっそ」
答えると、イージャンの表情が困惑したようなものに変わって、しばし止まった。ん?
「ええっと……。その……。確かに、シビアナから、シドー様の研究所に同行せよと、その命令状は貰いましたが……?」
うんん?
「え? それだけ?」
「は、はい」
どう言う事だ? いや、おいちょっと待て。
「イージャン」
「はっ」
「この倉庫に鍵を掛ける前に、シビアナから封筒をもらっているな?」
「はい」
「その中身は父様からの命令状だよね?」
「仰る通りです。その内容が今お伝えしたものになります」
「…………」
同行だけと。
「ホントにそれだけなのか? シビアナの許可がない限り、何もするなって、そういう命令も貰ってないの?」
尋ねると、イージャンの視線が、私の後ろにずれる。シビアナに話して大丈夫か、視線で確認を取っているのだろう。それが終わってか、その視線はすぐにこっちへ戻った。
「はい。命令状には、その様な事は書いてありませんでした。殿下が仰った事は、シビアナからそう言われたのです。その……。殿下の沽券に関わる話になるからと……。ですから、会話が聞こえない様、離れて立っておりました」
「…………」
シビアナに確認は取ってるが――、嘘じゃないなこれ。何故なら、その嘘が下手だし、私でもすぐ分かるからね。それに、駄目となったら話せないと正直に言う。それがイージャンだ。
「ふふふ」
背後から、シビアナの笑い声が聞こえるので、振り返る。
「このような事で、陛下から命令状を頂く訳には参りませんので」
ちい……。やっぱり。だけど、これは、はったりじゃないんだ。
「はい。嘘ではありません。どうやら、まだ記憶に残っておられたようですね、殿下? 私は、陛下の命とは一言も――」
「ああ、言ってないもんね」
「ふふふ!」
そう。言ってない。命としか。誰の命かまでは言わなかった。父様の命ってのは、私が勝手に思い込んだだけ。本当は、今教えて貰った通り、シビアナの口頭での命だったわけさ。
だが、当然、間違えたのは、こいつのせい。何をしたかは――。
イージャンは、最初に父様からの命令状でここに来た、と言った。そして、シビアナからも封筒を受け取った。こいつは、私の視線にもちろん気付いてたはず。それが分かって見せつけたのだ。そうやって、あの封筒の中身を簡単に察せられる状況を作ったんだよ。
後は、あの含みがある言い方をするだけで良い。これでもう、私は間違いなく気付いていた。そして、父様の命令だと勝手にこちらが勘違いする。先入観って奴ね。それを刷り込んできていたってわけ。
それが出来たのも、その先入観が、既にもう一つ。刷り込まれているからだ。シビアナが頼むなら、父様がああ言った命令状を出すのは、不思議でもなんでもない。普通に有り得る。
また、イージャンが命令状の事を言わなければ、自分で話してただろうし。私が後ろ振り向かなければ、声でも出していただろう。「この封筒を」とかさ。
「命令状」とは言ってないと思う。私に勘違いさせるのが狙いだ。そのために、「命令状」という答えを敢えて隠したはず。
その答えを、私自身に辿り着かせるってのが、肝要なのよね。そして、それを肯定する体を装う。これで、すんなり勘違い。別の選択肢が浮かばなくなった。
ったく。種明かしが終わった後でも、次から次へと出てきやがる。まあ、その種明かしが分かる分は良い。今後に活かせるだろうし。だけど――。今回は、やけに、そういうのが分かる気がするな。
「殿下」
「ん?」
シビアナは、じっと私の目を見て、それから言った。
「先入観は危険です。お気を付けを」
「え? ああ……」
…………。何だ? 妙に――。まあ、いいか。お腹空いたし、もう考えるのは、やーめた。
「分かってるさ」
だから、そう答えるだけにしておいた。
**********
用意された馬車は、王宮の玄関で待たしてある。いつもの事だね。だから、私たちは、その玄関に向かって、廊下を歩いていた。
通りかかった王宮侍従官なんかに、挨拶したりはあったが、人通りも少ないせいか、それも数回。特段、何も話す事もなく、てくてくと。別に、こうやって、ずっと黙って歩くのも良いがね。
それに、イージャンは基本寡黙。シビアナも必要がなければ、まあそんなに話さないし。話題を振って来ない。王女に対して、それは当然と言われればそうなのだろう。礼儀? みたいな?
「…………」
え? シビアナが礼儀――? 私に――? そう自分に問い掛けた。いやまあ、普段はそうだから。ちゃんとしてるから。うんうん。うううん……。
それはさて置き。まだ歩くことになるし、気にもなってた。丁度良いから、その話題を私の方が振って教えてもらう事にした。
「なあ、イージャン」
「はっ。何でしょう?」
「さっきは聞きそびれたんだが――。尋問の前、どうして、ビク!って体を強張らせてたんだ? 何回かやったろ?」
「え゛っ!?」
また驚いて、ビク!っと挙動不審になるイージャン。そう、これこれ。こんな感じになってた。でも、シビアナが戻って来たから、結局聞けてなかったのよね。
「いえ、その……」
覚えてたのかって顔だな。ふふん、忘れんよ。イージャンは歩きながら、おずおずと私とシビアナの顔を交互に見る。そして、最後はさっきと同じようにして、シビアナに視線を向けた。どうやら、また確認を取ってるようだ。
そのシビアナは、いつもの笑顔。平然としている。その顔を見た後、彼は観念したようで、項垂れながら溜息を吐いた。
「あれは……。私が、シビアナを怒らせた時に、よく見せる顔だったもので、つい……。また怒られるのかと……。条件反射です……」
「そうか……」
ごめん。何か、ごめんな……。しかし、兆候はあったわけか。それに気付いてさえいれば、あの後何があるか、察する事もできたかもね。ただ、シビアナがそんな失態を、私に見せるとは思えないけど。
ああ。ごめんついでに、もう一つ聞いておこう。
「ちなみに、お前。小さいおっぱいと、大きいおっぱい。どっちが好みだ?」
「っ!??」
尋ねると、歩いていた足をビクリと止め、目と口を見開いて、思いっきり愕然としたような顔になった。ほう。この意味が分かるとは。お前も成長してるじゃないか。
いやまあ、何かね? さっきの尋問で、おっぱいが大きい方から結婚してるってのも吐かされてね? だから、趣向についても、もちろん吐かされたわけよ。
で、そう言うのって、やっぱり結婚にだって関わるかもしれないじゃん? 一度は否定したが、それはあくまで私の考えってだけだし。だから、気になっちゃってさ。しかし、イージャンに聞いたのには、それとは別で理由があったりする。
「どうなの?」
「い、いえ! その! そそそそれは――!」
うむ。良いな。ガクブルってその感じ。実に微笑ましいじゃないか。おほほのほ。
イージャンってね。結婚する前は、男女の差とか一切興味ないし分からないし。聞くところによると異常なまでに無頓着だったらしいの。だから、その以前のままであれば、こんな感じじゃなくて、首でも捻っていただろう。「胸の大きさ? 好み? どう言う事だろう?」ってさ。
そんな経歴の持ち主であるイージャンにも、ああ言った趣向とかあるんかなってね? 私気になったの。あと、聞きやすいってのもあるね。私としては、抵抗ないのよ。こういうの知ってるから。だから、聞いてみた。
おっと? 流石にこれは諸バレです。今、お隣のシビアナから殺気を頂戴しております。しかし、それは私ではなく、夫にです。その夫に向かって、すんごいおっかない殺気を放っておりますよ。
私も見る勇気はありませんが、それは間違いなく、あのお顔なのでしょう。冷や汗の掻き過ぎで、凍りついて青褪めたイージャンの顔が、それを物語っておりまする。最早、目線で確認するまでもなく、その答え次第で、どうなるかは明白です。
しかしそれでも、王女であるこの私に気を遣うか? それとも最愛の妻を取るか――? さあ、イージャン! どう答えるかね!?
「申し訳ございません! 殿下!」
彼は、人目も気にせず、勢いよく「がっ!」と片膝と片腕を突いて、頭を垂れた。そして、
「私は、妻の胸以外! 一切、興味がございません!!」
そうきっぱりと言い切った。ほう……。大きい小さいではなく、妻とな? 良いじゃないか。私好みの答えだ。シビアナも満足そうだな。一気に殺気がなくなった。ちっ。
「よくぞ申した、イージャン。褒めて遣わそう。妻のおっぱいを愛しているな。とても良い答えだ」
「はっ!」
その返事は、私がおっぱいと言っているのに、とても嬉しそうで安堵に満ちているようだった。よしよし、自分の今の答えに誇りを持つが良い。それが例え、公衆の面前で言い放ったものだとしてもだ。
偶然にも、この場に通り掛かっていた者たちが、イージャンを見て唖然としていた。きっとこの後、その者たちから噂が流れる事になるだろう。それが例え、どんなものになろうとも、お前は胸を張れ。
ちなみに、妻を大事にしない奴は、私がこの世から抹殺してやる。つまり、私に気を遣い、妻を蔑ろにしていたら、終わりだったという事だよ。危なかったな、イージャン。良かった良かった。
「が、私への配慮がなってない。よって、次の訓練は覚悟しておくように」
「――っ!?」
それはそれ、これはこれ。私も、大きいとか小さいとか、そういうのは関係ないの。私にも一言、別で優しいのが欲しかったの。
イージャンは、泣きそうになった。
**********
二頭の馬に引かれ、私たちが乗った馬車は、王宮のどでかい門を潜って外に出た。
それから、しばらくして、体が少し傾きの重みを感じてくる。坂を下り始めたみたい。王宮って、丘の頂にあるからね。なだらかな坂がずっと続くこの丘は、とても広大で、高ささえあれば、山と呼ばれていただろう。
そんな丘全体を、私たちは『旧王都』って呼んでる。そして、その周りの麓に広がるのが『新王都』。王都は、最初、『旧王都』までしかなかった。『新王都』と呼ばれる場所は、それから広がって発展していった場所なんだって。
シドー先生がいるのは、その新王都の郊外と呼べる場所だ。先生は、そこにある研究所に住んでいる。
ただ、郊外とは言え、新王都からも旧王都からも、然程離れてはいない。まあ、それは私だから言えるのかな? 走ってぶっ飛んで行けば、時間が掛かるとは感じないから。でも、やっぱり馬車だと、それなりに掛かるかもね。
私たちは、シビアナの手配したその馬車でゆらゆらと。
ガタゴトと、そうなっていないのは、『弾波』という筒が、車輪と駕籠の間にあるからだ。これが振動を抑えてくれてる。
それから、この馬車は黒っぽくて、豪華さも抑えてあるね。装飾とかはない。とは言っても、それは外見だけで、中は豪華だし広い方なんだろう。
席は両端。シビアナが前方、私が後方で向かい合って座っているが、その座席は寝転んでも、まだ余裕があるし。固過ぎず寝心地も良い柔らかさだ。
それから、私たちの間には、食事くらいは出来る卓も置かれてる。この卓にはポコポコと穴が空いていて、食事の際は、ここに食器なんかを嵌め込む。
弾波によって震動は押さえられているが、転倒防止のためだ。割れてもっらても困るから、穴の底は硬くなく厚みのある布が敷かれている。この卓があっても狭いとは思わないな。まあ、小部屋って感じ?
「ガコン、ガコン――」
座席の下から絡繰りの音が響く。馬車の先にある御者席に座ったイージャンが、駕籠の傾きを調整する音だ。これで手前に掛かった体重も元通り。
前を見れば、窓からそのイージャンの後ろ姿が見える。鎧はそのままだが、外套は別物。その鎧を隠すように、控え目な茶色の外套を羽織っていた。まあ、近衛騎士と分からない様にした方が無難だろうからね。
その彼が、操作が終わって、手綱を握り直していた。しかし、どうした事か、いつもの引き締まった感じがしない。がっくりと項垂れていた。
おやおやあ? いけないなあ。元気がないじゃないか。あ、もしかして――。馬車酔いかな? ぐふふふ――。
そうやって、その背中を観察していると、すぐに変化が。奮い立ったように背筋を伸ばし、一喝の気合を入れた。どうやら、吹っ切れたらしい。
おお、立ち直り早いな。素晴らしい。その頑張ろうという気迫が、ここまで伝わってきたみたいだよ。流石、シビアナの夫をやっているだけの事はある。うむうむ。
側面にもある窓から見えていた風景が、すうっと流れていっていると気付いた。馬車が、速さを増して行く。本格的に坂を下り始めたようだ。しかし、ある速さまで達すると、それ以上は上がろうとしない。
これは、イージャンと、それからお馬さんが調節してくれてる。そのお尻の辺りに支えの梁があって、ここにお尻を当てて、速度が上がろうとする馬車を押し止めているんだ。
それから、イージャンの方は言うと。この馬車には、前後に両輪が付いているんだけど、そこに、『制止盤』という輪っかも一緒に嵌っている。これを、御者席にある梃子を使い、押し当てて車輪の回転を抑えているのさ。
こういう事をしないと、馬車って下り坂ダメなんだよね。止まれないから、どんどん速度が上がっちゃう。あと、この丘が、なだらかってのも大きいと思う。もっと急だと無理かもね。
「ふふん……」
私は馬車について詳しい。いや、馬車にも詳しい。まあ、そうなったのには理由があるんだが。ある衝動をちょっと抑えきれなくてね。
ちなみに、馬車の外見を抑えた理由は、王女が乗っているとばれたら、騒ぎになり兼ねないので、だからこれを選んだのだろう。
でもまあ、これは仕方ないよねえ? 私は、王国でも一番の人気者。シビアナからも称えられるくらいだし? その私が乗ってるって、ばれたらそりゃあねえ?
大勢に囲まれて、先生の研究所に行くなんて、そんな事出来やしない。もう無理。無理だよー。はあ……。辛いなあ。人気者はホント辛いわ。ひょっひょっひょ~。っと。
「ぷ」
…………。
「何かな、シビアナ?」
「?」
え? どうして、心底不思議そうに首を傾げるの? 尋ねた意味分かってるよね? お前、私の心読んだもんね?
「殿下。お団子をどうぞ」
わあい! お団子たくさーん! 竹で編まれているお盆に乗った、真ん丸四つの串団子。大きさは、私の口に程よく収まるくらい。お団子は白玉のようだ。それが山のようになって、卓の上に置かれた。
一番下が――、二十本並んでる。で、段が一つ上がるごとに一本ずつ減って――、天辺は1本になっている。こっちも二十の段だから――、二百本くらい?
「二百十本ですね」
「あら、惜しい」
いやあ、お菓子食べたいって思ってたんだよー。流石シビアナ、用意をしていない訳がない。だから、寄り道もせず、さっさと馬車にも乗ったってわけさ。
ま、竹で編んだ葛籠を、馬車の中に持って入ってきてたから。ある事自体は、最初から察してたけどねー。ほほほ。でも、中身は知らなかった。今日はお団子であったか。
さて、それでは――。私は、貰ったお手拭で綺麗に手を拭いて、両手を合わせた。
「いただきまーす!」
串を一つ手に取り、ぱくり。もぐもぐ、と――。
「…………」
ほう――。この程よい甘みと、もっちりとした食感――。私も良く知るこの味は、贔屓にしている甘味処の一つ。『百花堂』のお団子だな。そこの白玉団子だったか――。うむ、王道である。
ここの白玉団子は、私が生まれるずっと前から人気だそうで、王都では定番のお菓子だ。また、このお店は、通常出している物とは別に、期間限定品というお菓子も出す。
使う食材の関係で、その食材が取れる季節が限られてたりとか、そういう物は、この限定品と言う形にして出している。んで、そう言うだけあってさ、これがまたホンット美味しいものばかりなのよー。出ると知ったら、大抵いつも予約して取り寄せております、はい。
シビアナがお茶も入れてくれる。その姿を見ながら、私は王道定番の味を一本ずつ堪能し、お団子の山を嬉々として崩していく。
うーん! お腹が空いてたのもあって、美味しいのなんのって。ふふふ! 入れてくれたお茶は緑茶だった。これも温かくて和むわあ。尋問でボロボロにされた心が癒されていくようだ。ぶへー。
お団子の山は、五段目まで終了。十五本か。残った串を別皿に置いて数えていく。残り百九十五本。側付のあの子とは違って時間は掛かるが、百九十五本なんてそんな数、余裕余裕。別腹も必要ないわーい。ほほほほ。
自信も必要ない。先生の所に着くまでには、問題なく平らげられる。だけど、お団子に伸ばすこの手が不意に止まった。
「…………」
ふうむ。数か――。ちょっと思い付いた事があって、それで止まっていた。
馬車の天井に手を伸ばす。そこにはお椀のような形をした金属製の器具がくっ付いていた。それを引っ張ると、お椀の底から続いて縄のような筒が、一緒に引っ張り出される。私は、そのままお椀を口元にまで持ってきた。
「イージャン。聞こえるか?」
「――はっ。何でしょう、殿下?」
声を当てると、そのお椀から、すぐに答えが返ってきた。
これは『導声管』と呼ばれる、声を伝える道具の一種だ。この筒の先は、御者席まで伸びている。そこまで声が届くようになっているんだ。さて。
「イージャン。いつものやつだ。何人いる?」
そう問い掛けると、今度はしばし沈黙があって、
「――二十四人です」
と、答えてきた。二十四か。ふむ……。その数は、ちょっと腑に落ちなかった。だから、聞き方を変える。
「直感込みだと、どうなる?」
「――二十六になります」
二十六ね。私は、シビアナに目を向ける。すると、微笑みながら頷いた。
「良し。正解だ、イージャン」
「はっ! ありがとうございます!」
その気合の入った声を聞いて、導声管を戻した。
「二十六か。もうこれ、一人見つかってしまうな。やるじゃないか、お前の夫は」
「ふふふ! ありがとうございます」
今、私がイージャンに聞いたのは、護衛の数だ。ただし、この護衛は隠密。イージャンみたいに、表向きな護衛として付いてきている訳じゃない。その数がどれくらいいるか、外出時なんかによく聞いているんだ。ま、遊びだね。
それから、本当は二十六人じゃない。二十八人だ。だが、その内三人は、シビアナと私しか知らない。同行している隠密たちも、知らされていない。
つまり、イージャンは隠密二十五人中、二十四人の場所を把握し。もう二人は、直感で感覚的にその場所を疑っている。その二人の内、一人は私たちしか知らない奴だ。
そして、この秘密にしているってのが、シビアナの選りすぐった飛んでもない連中でね。その内一人の場所を疑えてるってのは、やりおる。ってわけ。
「ふっふっふっ」
良いじゃないのー。流石、シビアナの夫。いやこれは、流石、近衛騎士隊副隊長とでも言っておこうか。こうして、イージャンの答えに満足し、お団子へと手を伸ばした私。
だが、その手が再び止まる。先程、シビアナに言われた事を思い出していた。
「…………」
ふむ――。まあ――、確かに。こいつが選んだ連中を、一人じゃなく二人疑っているって可能性もあるのか。
あーいや、それだけじゃないな。三人とも見つけている可能性もあるわけか。なるほど、先入観ね。気を付けようじゃないの。
さて。遊びも終わり。お団子たちが、早く食べてとせがんで来てるから。ははは。せっかちさん達だね。よおし、食べてあげようじゃないのー。はい、ぱくー!
私は、お団子をまた食べ始めた。だが、それからしばらくして、十段目に差し掛かった頃。
「殿下。お団子のお味は如何でしょうか?」
シビアナがそう尋ねてきた。




