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王女楽章 リリシーナ!  作者: 粟生木 志伸
第一楽章 トゥアール王国の王女殿下
11/27

第11話 王妃の部屋

 そう――。確かにあれは、一か月ほど前の話だ。

 

 私は、酷くげんなりして、正直かなり参っていた。縁談が全て失敗したのだ。しかも、その時進んでいた全てがことごとく駄目だった。


「一気に来ましたね」


 と、ほぼ同時に、全員からお断りがあった事を、シビアナから聞かされた。その数は、五件。五件だよ、ったく……。え? これで三桁の大台突破? ホントに? うわあい。やったね! はははは!


「おめでとうございます」


 お前何その満面の笑み? てか、何で喜んでんの? 冗談だよ冗談! 自棄になったんだよ、察しろ! え? どうして、きょとんと首を傾げるの? 分かってんだろうがよ! 察しまくってんだろうがよ! 


「はあああーーー……」


 先程のやり取りを思い出し、イライラしてきた。それを何とかしたくて、気分を落ち着かせようと、大きく息を吐いた。


「参るわ……」


 ホント参る。ただ、参ったとはいえ、驚きはしない。髪の色も変わらなかったし、またかという感じで、執務室で投げやり気味にその報告を聞いていた。まあ、予想はしてたというか。ただそれでも、まとめて一括で返事が来るとは、思わなかった。


 その破談の話を聞いた後。父様に、一人呼び出しを喰らっている事も報告された。内容は勿論、この破談についてだろう。うんざりしながら、しぶしぶと父様がいる執務室へ向かった。


 実は現在。私は、とある事情で、表立って縁談をする事が出来ない。このトゥアール王国では、ほぼ不可能である。だから、破談は全て異国のお相手だ。やれやれ。まあ、そのとある事情というのも、そもそもの原因は、自分自身にあるのだが。しかし、結婚が出来ないというこの状況。これは非常にまずいと言っていいだろう。


 王家の直系は、私しかいない。王女は私だけなのだ。このままいけば、どうしたって次期国王は私になる。建国時以来の二人目の女王だな。この国を興した王は、女性であったと以前歴史を習ったときに知った。


 また、傍系もおらず、私以外に王となれる条件を満たした者は、本当にいない。だから、もし万が一、私が子を残さず死にでもしたら、この王国は途絶えてしまう。これが、まずいわけがない。ただし、これには簡単な解決策が既にある。


 父様だ。私が無理なら、その父様が再婚なり側室を持つなりすれば、解決する。まだまだ働き盛りで、健康そのものだし、何の問題もないのだから。


 しかし、何故だか父様は再婚をしない。もちろん側室の話も出ない。宰相をはじめ、他の臣下たちも何故か父様の再婚には一切触れない。その理由を聞いても、皆、頑なに拒んで答えてくれないんだよなあ。だけど、私には結婚しろと言ってくる。けっ、忌々しい奴らだ。


 父様が再婚しない以上、私が責任を持って結婚しなければならない。だが、王女である私が誰とでも結婚していい様には、この王国の法は出来ていない。結婚できる相手は限られている。とは言え、無理難題というものでもないのだけれどね。


 結婚するのに外せない条件は――。まず、家格が王族に釣り合うものである事。これはまあ、どうとでもできるでしょ。次に、見合い相手個人の武芸が優秀である事。これもいる所にはいるだろう。そして、最後にもう一つ。


 うちの国民が、そのお相手を詳しく知らない事、だ。最近、これが条件に加わった。私のせいで。といっても、この国以外でなら良いわけだから、別にそこまで厳しくはないだろう。ま、こんなもんかな? これらの条件に沿って、他国の貴族なんやらで、武芸の達者なお相手と縁談をしてきたのだ。


 初めて会う時は、取り敢えず縁談であることを伏せ、外交の一種という名目で昼餐や晩餐なりで様子見をする。するのだが……。


「はあ……」


 私は歩みを止め、廊下に立ち止まり肩を落とす。


 どういう訳か、顔を合わせた途端、逃げ出す者が続出した。腰を抜かしたり、体がいきなり震え出したり、「ひぃっ!」て声を上げたりしてね。ていうか、初めからずっとそれ。


 一見、普通だなと思える者もいたにはいたが、顔をよく見ると何かおかしかった。目が死んでんの。あれは、生きるのを諦めた者の目だった。


「何でだ!? 何でそうなる!? どんだけ私が怖いんだよ! お前ら全員、根性がなさ過ぎだろうが!」


 私は一人廊下で叫び突っ込んだ。本当にもう失礼な奴らばかり。じゃあ、端から会うんじゃないよ、全く! 


 一応、会う前に、私の小さな肖像画を、添付して手紙を送っているんだよ? 私はこんな感じの王女様ですって。その上で、今度うちに来ませんか? ご飯でもご一緒に的な、招待状を付けて送ってる。肖像画は、断じて美化して描かせたものではない。断じてだ。鎖骨より上を描かく様に命じている。それなのに――!


 会う前の感触は、良い感じなんだ。是非お願いしますって、結構、乗り乗りな返事だったりする。だが、会った途端ご覧の有様だ。ホントに何なの? 会う前の、あの乗り気はどこへ行った? 人の顔を見てあれはない。喧嘩売ってんのか! 乙女の心は、容易く傷つくんだぞ! 


 ともかく。まあ、そんな状態じゃ大した事も出来ず、縁談は早々に終了。様子見なんか出来やしない。こうして、私は破談数の記録をガンガン更新していたのだ。


 

**********



 父様との話が終わり、憂鬱な気持ちになりながら、執務室ではなく自室へとぼとぼと帰っていた。執務室に戻る前に、着替えたかったからだ。


 ちょっと拳と拳で話し合う展開にまで発展してしまってね。ははは。って事で、汗も掻いたから、ホントはお風呂にも入りたいんだけども。


 その帰りの途中、ふと顔を上げると、そこには母様の部屋に続く扉があった。


「…………」


 落ち込んだような暗い気持ちで、立ち止まってしまったからだろう。私は、久しぶりにその部屋に入ってみることにした。


 懐から、私と父様しか持っていない鍵を出す。この鍵は特別製で、王族にしか持つことは許されない『統鍵そうけん』と呼ばれる物の一つ。複数の部屋の鍵を開けることが出来る。


 私のは、自分の権限だけで入れる部屋なら、これ一つで大抵開く。ただ、王妃の部屋は、その権限に含まれていない。それでも入れるのは、ここがもう使われていないから。


 ま、気を遣ってくれたんだろうね。その鍵を使いガチャリ。中に入った。そして、前室、居間を抜け、寝室がある扉へと向かっていく。


 何故、寝室かというとこれには訳がある。ここにある物は全て、移される事もなくずっと当時のままのはず。それは目に入ってきた卓や椅子、調度品の類を見てもそう思った。


 配置も何も変わっていないだろう。ただ、ここを訪れるのも久しいから、多分ね。まあ、物が増えたり変わったり、そう言う違和感みたいなのはなかった。だから、寝室の方もまず間違いなく――。私は、再び総鍵を使い扉を開いた。


 母様は、豪華な装飾品等には興味がなかったそうで、部屋の装飾も王妃としての体面を保つために必要な最低限の豪華さしか感じない。


 家具なんかも、頑丈さを重視してそうな分厚い木製の物ばかり。また、年季の入った色をしている。母様は、結婚する前から使っていた家具を、そのままここに持ち込んだそうな。

 

 通り抜けた居間も、そしてこの寝室も、そんな部屋だった。ただ、広くはあるね。私の執務室よりは小さいけど、白っぽい造りなんかは同じだ。ちょっとだけ、ぎゅっと縮めた感じ。まあ、それよりも、私の寝室と似たようなもんだと言った方が良いか。


 左を見れば、日が差し込んでいる。壁の上半分が細長い窓の列になった一面があった。それから、そのまま視線を左周りに移せば、本棚や家具が並ぶ一面が続く。一番手前となる端に、私が入って来た扉が付いている。右を見れば、暖炉に挟まれて家具が並ぶ壁がすぐ脇に。


 そして、奥の一面には、天蓋てんがい付きの寝台が、真ん中くらいに置いてあった。枕元を壁に寄せて伸びている。寝具もそのまま。白い敷き布団の上に、柔らかそうな白い枕と毛布が掛けられ綺麗に整えてあった。


 私とシビアナと、あともう一人くらいなら、並んで寝ても余裕で寝返りが打てそうだ。その近くには、白っぽい木製の円い机と椅子が二つ。これは、二人が使うなら、お茶くらいしか出来ないね。ちゃんとした食事には向かないだろう。


 他にも、細長い楕円の姿鏡が立て掛けてあった。これは、机より隅っこの方。装飾が金属製で、これはそれなりに豪華に見えるな。金色だし。まあ、貴族用しかなかったのかも。


 そんな事を考えながら、部屋の中を見渡していく。そして、やはり何も動かされてないらしい。変わっている様には思えなかった。


「静か、だねえ……」


 外の音も聞こえず、しんと静まり返っている。ここだけ時が止まっていると言われれば、それは確かにその通りだと素直に頷けるだろう。


 私は、その静けさに波紋を打つよう、寝台がある奥の壁へと歩いて行く。そして、その辺りまで歩いて立ち止まった。それから、見上げるように顔を少し上げる。


 目の前の壁には、実際より二回り位小さく描かれている肖像画が飾られていた。これが、この寝室に来た理由だ。顔を思い出すのには持って来い。


 向かって左に父様の立ち姿。そして、その右に椅子へ座った母様だ。あと、その二人に挟まれて、手前にいるのが小さい頃の私。座っている母様の膝に、手を添えて立っている。そちらの方に目が行く。


 ええっと……。これってテレルくらいの時だっけかなあ? いや、もうちょっと下か? ふふ。でも何だか、表情がきょとんとしてるね、この私は。


「…………」


 懐かしいな――。小さい頃は良かった。結婚なんて考える事なかったし、毎日好きな鍛錬と沢山の勉強していれば、それで満足だった。まさか、結婚がこんなにも面倒くさいものだなんてねえ。思ってもみなかったよ。


 良くて、こう何というか、夢があるというか幸せの代名詞みたいな。そんな感じで、ぼんやりとしか考えていなかったんじゃないかな? 王族の義務だからとか、相手は選べないとか。そんな堅苦かたっくるしい事は全然考えていなかったね。


 ま、どっかの格好良い王子様なんかが、私と結婚してくれるんだって思っていた程度? 小さい頃だから、全然覚えてないんだけど。でも、何かをやらかして怒られたりとかさ。そういうのは結構小さい頃まで覚えてるのよねえ。


 流石に、この肖像画が描かれた時期だったかまでは定かではないが、小さい頃なのは確か。今でも記憶の片隅に何個か残っている。


 ううん。そういうのは記憶に残りやすいのかな? つまり、印象が強い事は、より深く刻まれているって事かも。後、それが何かの拍子で、思い起こされたりするよね。で、渋い顔になんの。


 あ。それと、武術の修行は覚えてる。これも印象が強かったからかな? それから、学業やらの勉強。こっちも、結構覚えている。あれもねー、ホント面白かったんだよー。知らない事を知る時は、好奇心が湧いてわくわくしたなあ。


 それから、分からない事を自分で調べて、ちゃんと答えが出た時はねえ。もう、何ともいえない達成感があったりして、先生と一緒になって喜んだっけ。ふふふふ! でも、あの先生だったから、楽しかったんだよねー。うん、これは間違いない。


 私には先生がいる。小さい頃から、ずっとお世話になってて頼りになる人だ。教えるのも上手い。学術だけでなく、武術なんかも色々と教えてもらった。


 私は、どっちかって言うと武術の方が好きなんだ。でも、学術も好き。これは、好きにさせられたって、言った方が良いのかも。努力の大切さを、身に着けさせてくれたっていうか。あと、今だから分かるが、興味を持てるよう、ホント色々と趣向を凝らしてくれてたんだよね。


 部屋に籠ってばかりじゃなくて、お店で実際にお金を使わしてくれたりとかさ。で、足りないお釣りを見て、計算の必要性を説くの。覚えないと損するぞーって。けどさ、あれはわざと足りないようにしてたんだよね。相手の商人に頼んでたらしいの。ふふっ!


 他にって言うと、実験とかか。あっれも面白かったなー。例えば、透明の硝子瓶の中に、火の着いた蝋燭を入れて密閉すると、その火が勝手に消えていくんだよ。理由を聞いたら、火を灯すのに必要なのは薪などの燃料だが、他にも必要なものがあって、それが空気なんだと教えてくれた。


 ただ、これは正確にはその中の一つ。空気って一言で言っても、色々種類があって混じり合ってたりもするらしい。確かにそうだ。火は着かなくとも、瓶の中に空気は入ったままだったし。燃料としての空気だけ使われたって事だね。


 これがないと、いくら薪や蝋燭があっても、火は着かない。その証拠にと、追加で火の着いた赤い炭を瓶に入れたら、すぐに消えんの。で、出すとまたすぐに赤く光り出したのよ。これを見て、思いっきり感心の溜息を吐いたのを覚えているわ。ふふふ! で、驚いてるその私に向かって、先生は渋い声でこう言ったんだ。


「いいか、リリシーナ? 確かに、こうやって火には空気が必要だ。しかし、何事にも例外はある。絶対だと信じ込むな。空気がなくとも火は着くかもしれん。薪がなくとも火は灯るのかもしれん。その可能性はある。何故なら、この世の中、未だ分からぬ事ばかりだからだ。そんなもの、まだまだいくらでもある。その中に、全てをひっくり返すような事実が、残っているかもしれんからな」ってね。


 あと、本に書いてあるからといって、それも信じ過ぎるなって注意されてる。人が書いた事。間違ってる事もよくあるんだそうだ。この意見にも、私は納得して賛成した。


 元気かな、先生? 最後に会ったのって、結構前のような気が。手紙は来たんだよね。でも、その手紙に、今は研究室にずっと閉じ籠っているって、書いてあったんだけど、大丈夫だろうか……? 


 掃除とかちゃんとしてんのかねえ……。先生って、大抵一人で研究してるんだよね。だから、その研究に没頭すると、他の事が疎かになっちゃうわけ。ううむ、ちょいと嫌な予感が。近く、様子を見に行った方がいいのかも。


 そんな事を決めながら、肖像画に描かれた自分の顔から視線を移し、別の顔を改めて見つめる。


「…………」


 しばらくそのまま。それから、肩を竦めて一つ溜息。


「母様、また結婚できませんでしたよ」


 その母様は、優しそうな笑みをして、ゆったりと椅子に腰かけていた。まあ、自分の親に向かって言うのもあれだが、美人の若奥様なんだろうな、これ。ふふふ。


 髪の色は私と同じ銀色で、腰の辺りまで垂れている。それから、両耳の辺りにある三つ編みを、頭の後ろへと持って行っていた。顔はどうかなあ? 似てるかなあ?


「はあ……。どうして結婚できないんだか……。ねえ母様。何か秘訣でもありませんか?」


 いたら、色々教えてくれたのだろうか。でも、いないからどうしようもないね。


 母様は、私が小さい頃に亡くなった。私の前では、そうだなあ……。お調子者で天真爛漫とした人だった――、かな? そんな感じ? 小さかったからね、そこまではっきりしないけど。


 でも、そんな様子は、この肖像画からは微塵も感じられないね。ふふ。所謂、余所行きの顔って奴だな。シビアナがいつもやってる――。


「んん――?」


 私は母様をじっと見つめた。違和感があったからだ。それは顔じゃない。もうちょっと下。目線を落としていく。そして、気付いた。


「ちょっと母様――」


 ぐぐっと。ぐぐっと視線を込める。


「貴方、体は小柄なのに――」


 ぐぐぐ。


「おっぱいでっかいですな……!」


 でかい。本当にでかかった。しかも、この大きさ――! 私よりかなりあるだと――!?


 これまで、何度かこの肖像画を見た事はあると思うが、今初めて気付いた。いや、これは確かにそうなる。だって、前に来た時から随分経つはずだし、その頃はまだ子供でそこまでおっぱいに――。


 それに、母様の肖像画は本当に少ない。しかも、それは顔だけで、全身まで描かれていない。良くて、鎖骨辺りまで。更に言えば、私の知る限り王宮ではここ以外に飾ってもいないのだ。


 いやまあ、流石に父様の私室には飾ってあるかもしれんが。他に心当たりと言えば、それはこの王宮内ではなく――。


「――っ!?」


 ふと閃いた。考えてみる。母様もでかい。そして、私の周りにいる既婚の女性たちも、でかい。シビアナを筆頭に、皆ぽよんぽよんでばいんばいんだ。


 あれ? もしかして、これ――。おっぱいがでかくないと、結婚できないんじゃないか? そうだよ……。男どもは皆、おっぱいがでかいから結婚してるんだよ!


 理由はなんだ? おっぱいがでかくないと、子供を育てるのに支障が出るのか? いや、単純に性的嗜好の問題か? くっ! 何て事だ。とにかくこれだ。これが原因で、私は結婚ができないんだ!


「おい待て。確か……」


 おっぱいが、でっかい順に結婚してないか? 私の侍従官じゃあ、シビアナが一番早かったのは間違いない。そして、その次も――。ということであるならば、私は最後から何番目に――!? 


「はっ!?」として、自分の胸を見下ろす。すると、母様よりも小さな胸が、これが答えだよと頼んでもいないのに教えてくれた。


「…………。どうしようもないな」


 身長も止まり、成長期はとっくに過ぎていた。順序は変わらない。私は、母様の匂いがもう残っていない寝台に、ぼすんと倒れ込んだ。


「ふん! おっぱいの大きさで、結婚の順番が決まってたまるか!」


 ちょっと暴走してしまった。だが、自分の胸を見て、冷静さを取り戻せたようだ。悲しくなんかないやい。悔しくなんかないやい。


 そもそも、私の側付がおっぱいの大きい順に結婚していると言うのも、今いる者達での話だ。しかも結婚しているのは二人。そして、以前いた者達は含まれてない。そいつらは、シビアナより小さかったからね。はっはっは。


「まあ、それでも確かに私よりは大きかったがな……。ぐぎぎぎぎ――!」


 結局、ある程度の大きさがなければ、結婚はできないんじゃね? という可能性を否定しきれず、歯軋りをする羽目となった。


 ちなみに、その連中は結婚してしばらくすると、子育てに専念したいと言う事でそのまま辞めていった。王女の側付に戻る気も見せない。ある意味、気骨溢れる連中だったと言えよう。


 ただ、これには経済的余裕とか他にも理由があったりするのだが。


 ともあれ、おっぱいが小さくても結婚は出来る。で、出来るはずだ。うむうむ。否定しきれないから無理矢理納得しようとする私。でも、例えそうだとしても、やっぱり大きいのに越した事はないのだろうとは思う。


「…………」


 いや、違う。そうじゃない。越した事ないなんて、そんな曖昧な感じじゃないんだ。私は傍にあった枕に両手を伸ばす。そして、力強く握りしめた。


「おっぱいが欲しい……」


 やっぱり欲しかった。それは結婚がどうのこうのは関係ない。真に、本当に、欲しているのだ。あの女性の象徴を。その象徴たるあの大きな胸の膨らみを。


 柔らかそうでぽよよん。そして、そのおっぱいがあることで初めて得る事が出来る、女性らしいあの体の輪郭。前から見ても横から見ても、後ろからだって――。それなのに――。それなのに、何で私のおっぱいは、こんななのさ。


 シビアナを見ろ。あのでかさを。一体何が違うってんだ。食べるものだって変わらない。しかも、私の方が一杯食べてんだぞ? でも、どうして、おっぱいも身長さえも、あいつの方が上になるんだよ。


「不公平だ。世の中ホント不公平」


 何で、差をつけるん? 均一で良いじゃん。均一でえー。皆、同じくらいのおっぱいにしろよ! そしたら、こんな事で悩まなくて済むのにさあー。


 若しくは、譲渡可能にしろ! 結婚したら、そのでかいの寄越せ! あれは男どもを誑かすためにあるんだからな! なら、良いでしょ!? もう必要なくなるだろうが!


 ホント人をそういう作りして欲しかった。ああ、授乳。赤ちゃんは問題ない。小っちゃくても、おっぱいがあれば育てられるはずだもんね。 

 

「そう言えば……」


 どんな願いも叶えてくれる神様がこの世にはいるらしい。幼いころ聞いた伝説にそんなのがある。そいつを見つけ出したら、そう願おう。私だけじゃなく、他の同志たち皆のためにもな。

 

「…………。はあ……」


 くそう。何だか腹が立ってきた。めげてる自分に。ええい。気持ちを切り替えろ、切り替えろ。私は起き上がって、両手をぐっと握りしめる。

 

 めげなんていられない。頑張るしかない。頑張れば、きっとおっぱいも! そうさ、成長期が何だってんだ! その大きさの順序だってな、諦めなければ変わるんだよ! そしたら、結婚だって――!


「…………」


 築き上げた破談ばかりの現実を思い出し、折角の気勢が消滅した。私は、再び寝台にぼすんと倒れ込んだ。


「はあ……」


 結婚なんて――。本当に出来るのかね? こんなおっぱいでも――。そのおっぱいは関係ないと、自分で否定したくせにそう問いかける。しかし、残念ながら、希望が見い出せるような答えなんて返ってこない。何も返ってこなかった。


 私は、気分を紛らわしたくなって、寝台の上を行ったり来たりしながら転がり始めた。何度か転がっていると、歌も始める。


「大きなおっぱーい」


 右ゴロゴロ。


「小さなおっぱいぱい」


 左ゴロゴロ。


「どっちもおっぱーい」


 右ゴロリ。


「だが、巨乳は死すべし!」


 左ゴロゴロの勢いを活かし、「ふん!」と拳を寝台に叩き付けた。いや、特に理由はないんだけど、こう何ていうか乗りっていうか、歌の終わりの締めみたいな。すると、寝台から「メキ! バカン!」と悲鳴が。


「ええ!?」


 嘘!? 今のでどこか壊れたの!? や、やっばああああ! 慌てて、寝台の隅に両手を置き、その底を覗き込む。厚みがあるので、上半身ごと逆さまになった。そのせいで掛け布団がずれる。私の体は、その布団と一緒に倒れ込んでいく。それが分かって対処をと思ったが、それ以上何もする気は起きなかった。


「ぐほっ!?」


 そのまま、どすんと布団ごと床へ落っこちた。


「はあ……」


 何やってんだか、私は。ホントついてない。起きる気力もない。だから、そのまま仰向けに寝ころんだ。ま、こうやっても底は確認できるしね。


 その底は暗かったが、板張りの底であるのは分かった。細長い石畳のように、綺麗に張られている。だが、その一枚の端が少し浮かんでいた。四つ角の隅の一つ、枕元の方だ。その真上は、拳を叩き付けた場所。やはり、衝撃で壊れたようだ。あーあー。怒られるわ、これ……。


「よし、黙っていよう……」


 別に誰が困るわけでもなし。でも、謝罪はする。ごめんなさい、母様。やっちゃった、てへ! うむ。こう言えば、笑って許してくれるだろう。ただ、そうとはならず、一回すごい怒られたような気がするが。何だったけか。しかし、思い当たる事もなく、記憶の底から浮かび上がる事はない。

 

「ん?」


 そっちは駄目だったが、寝台の底を見ていて気付いた。違う。壊れたわけじゃない。板が割れたか、外れかかっていると思ったが、それにしてはあまりにも綺麗だ。よく見れば、出来た隙間に何かある。板の上に何かが乗っている。


「あれって――」


 以前、似たようなものを見た事がある。今度は記憶とすぐに一致した。あの板は仕掛けだ。真ん中あたりに棒があって、それを軸に上下する蓋なんだと分かった。私は確かめようと、仰向け前進。背中を捩りずらしながら、近づいていく。


 そして、手が届くところまで進むと、その手を伸ばし板に指を当て床へ向け押してみた。やはり動く。押せば押すほど下に、その反対側が寝台の底へ吸い込まれていく。私は、そのままゆっくりと板を傾けていった。すると、板の上に乗ったものが、するすると落ちてくる。


「箱だな……」


 出て来たのは、手に抱えられるくらいの長四角の箱。厚みはあるが、幅は板と同じ。板の内側が、薄い溝になっており、そこに嵌っていたようだ。私はその箱が床に落ちる前に手で支え、底から取り出した。そして、その箱を胸に置き両手で支えながら、もぞもぞと仰向け後進。寝台の下から這い出る。


「何だろね、これ……」


 うんしょと体を起こして、そのまま床に胡坐をかく。出て来た箱をまじまじと眺めた。それは菓子箱。見た事がある。果物なんかを餡に包んだ餅菓子とか、お団子なんかが入っているんだ。てか、何でお菓子? 母様がこっそり隠してたのか? 夜中にでも食べようと? 


「もう、母様ったら、勿体ない! うっかりの忘れんぼさんだね! って、そんな訳ないな……」


 誰もいないから、愛敬満載で言ってみた。中に入っていれば腐ってるからね。間違いなく。でも、そんな腐った匂いはしない。


 いやまあ、母様が亡くなってから随分経つし、本当に入っていたとしても、流石に干からびてると思うが。それに、そんな匂いがしたら、もっと前に気付かれてただろう。掃除は定期的にシビアナがしているらしいし。


 となると――。私は、角筒のように嵌った蓋を持ち上げていく。

 

「やっぱりね」


 中にはもう一つ箱が入っている。模様が散らばった茶色い木箱だ。その模様ですぐに気付いた。


「これって――」


 詰み木の引っ掛け箱だ。開くような蓋も付いてないし、間違いない。それに、色の着いた詰み木があるから――。多分、サイコロ落としもあるんじゃないか? そう気付けたことで、箱を振ってみる。


 すると、かつんと箱から聞こえる。これは中身じゃない。箱の外枠から響いている。手に当たったその感覚でそう分かる。おかげで、はっきり思い出す事が出来た。手に持ったこの箱と、よく似た箱があったという事を。


「これ、覚えている。色は着いてないけど、多分同じ――。シビアナと一緒に遊んだやつだ」


 私は、手前の面にある細長い詰み木を押し出した。

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