計画92
あれからマクスたちは自分たちが持てる限りの力を使ってリッチモンドを追いかけ続けた。
しかし、逃走したリッチモンドを見つけることは容易ではなかった。
マクスたちは資料を何度も読み直し、ジスルたちは朝から晩まで町中、時には人気のない森などまで足を延ばしリッチモンドの小さな手掛かりすらも見落とさないように懸命に探し続けた。
だが、残酷なことに見つかることはなかった。
時ばかりが早く過ぎていく中で、リッチモンドを何としてでも探し出そうという思いだけが大きくなるばかりで何1つ手掛かりも見つけられないまま半年が経とうとしていた。
「くそっ!」
苛立ちから机を叩く。
何かに当たらなければいられないほどに、マクスは追い詰められていた。
「旦那様・・・。」
何と声を掛けていいのかわからず、セバスは手を伸ばそうとしては元の場所に戻すのを繰り返す。
ザルツシュタンゲン王国でのリッチモンド捜索をカエンに任せ、マクスはベーグル商会について自治領に戻り、調べ続けていた。
だが出てくる情報はある情報を除き、どれも良い噂ばかりで話にならない。
「どうなっているんだこの世界は!ベーグル商会とはいったい何なんだ!」
参考にならない資料を床に投げだし、ある紙を目の前に持ち出す。
「参考になるのはこれぐらいか・・・。」
“生け捕りにせよ”と書かれた手配書にはある名前のみが書かれている。
「ビート・・・殺し屋か。」
似顔絵は無いが、マクスの脳裏には悪人面が浮かぶ。
「この男ぐらいしかまともな情報が無いというのもおかしな話だ。」
「おっしゃる通りです。」
「そもそもなぜリッチモンドに売られた奴隷たちは皆幸福などと言う戯言を主張するのだ?奴隷が幸福な訳が無いだろ!」
苛立ちから手配書を殴りつける。
殴ったところで傷つくのは自分の手だけである。
「もし。」
恐る恐る口を開いたセバスは小さな聞こえる声でとあることを口にする。
「もしかしたら・・・我々の考えは間違っているのかもしれません。」
「なんだと?」
殺意が向けられ、背中に冷たいものが流れる。
久々に“死の恐怖”を感じるが、口を閉ざすわけにはいかない。
「仮の話です。今日すら生きることが危うい人々からすれば、過酷な調教を受けるとはいえ、衣食住が保証されている奴隷という立場の方がよく見えるのかもしれません。」
「・・・続けろ。」
重たい声が先を促す。
「だからこそリッチモンドに売られた奴隷は皆、口をそろえて幸福だと、言うのではないでしょうか?死ぬしか道が無いのなら・・・いえ、生きることに貪欲になればこその選択とも言えます。」
「奴隷が生きるための選択だと?」
「はい・・・。」
「だからこそ奴隷は無くした方がいいと考える私は間違っていると?」
「そうは言っていません。旦那様のお考えは立派なものです。・・・ですが、奴隷という選択1つで助かった命もあるのではないかと。ですので、その、我々は奴隷を無くすのではなく、奴隷の立場を変えるべきなのではないでしょうか?もしくは奴隷という立場と変わる新たな場所を用意する、とか。」
セバスの主張はマクスにも納得できる部分があり、反論はできなかった。
自分の無意識なうちに奴隷は可哀そうなものという考えが脳裏に焼き付いていた。
その結果、奴隷解放に向けて今日まで尽力してきた。
だがしかし、本当にその考えが正しいのだろうか?
奴隷は可哀そうであり、弱い立場なのか?
この考えをマクスは否と言える根拠がある。
それはパニーニ王国においても奴隷に助けられている部分もあるからである。
その最もたる例が農業である。
農家たちは安い奴隷を多く買い、奴隷を使って多くの作物を作って国に納めている。
農家たちだけでは手が届かない場所も、奴隷を使うことで畑の隅々まで届き、豊かな実りに自分たちはありつけるのだ。
では、奴隷が無くなったらどうなる?
農家たちの仕事は大きくなるのか?
マクスもそのことを考え、何かしらの策を考えてきたが結局はお金のかかることしか浮かんでいなかった。
「・・・わかっていたのに、私は・・・。」
いつの間にか苛立ちは消え、虚無感だけがマクスに残る。
「・・・会いたいなぁ。」
胸元からペンダントを取り出し、中に描かれた笑った顔の赤ん坊を見て涙を落とす。
「るー・・・。」
消え入りそうな声が窓から静かに空に逃げて行った。
(やらかしたあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
中庭で声も出さずに悶絶する。
(僕としたことが居心地が良すぎて半年も暮らしてしまうとは!?)
顔には焦りの色が滲み出るが、頬を叩き正気を保つ。
(落ち着け僕。ここは冷静になって深呼吸だ。)
立ち上がり、胸を広げて息を吸い、ゆっくりと吐く。
「よし、少しはまともになったぞ。」
独り言をつぶやき、教室に向けて歩き出す。
(とりあえずは僕の無事はミリアが伝えているはずだ。地上の情報は全てビオラさんが管理している以上、それを信じるしかない。)
椅子に座り、腕を組んで思案にふける。
(ここからの脱出を考えるのならば、まずはお金を手に入れて・・・違うな。それよりも先に地上へつながる道を見つけなくちゃ話にならない。)
笑顔で教室に入ってきたビオラはいつも通りに授業を始める。
(ふふ。脱獄計画を開始すべきだね。)
不敵に笑うルーティンの横顔に、エンラは頬を染めて見つめ、その2人の光景をビオラは涎を我慢して脳内保存した。




