0話「侵入者は小さな女の子」
「なに、なに、何事?」
サクイは皿洗いで濡れた手をタオルで拭きながら、自分のではなく、あたしのウインドウを覗き込む。
「警戒レベル4、侵入者……」
見知らぬ誰かがこのモクモに入ったことを知り、あたしは不安に駆られて手を握る。
「あり得ないけどなあ。FCSの管理レベルをクマアの連中が突破できるわけはない」
「なら別の誰かでしょうか?」
「わからん」
カルミに音声での連絡が入り、こちらを見てスピーカーで対応する。
「カルミさん、そこから4キロの地点に突然反応が……詳細位置を今送ります」
「よしっ。僕が行って確認するから。住人には外出制限をかけろ」
「カルミ、あたしも行くわ」
銀髪の友達はあたしを一瞥し、
「何を言ってる? 狙いがお前の可能性だってあるんだ」
「だったらカルミと一緒の方が安全でしょ。強さの次元が違うし」
「一理あるな」
あたしはすぐに服装を赤いドレスに変更して、細剣を装備する。
「わたしも、わたしも」
「サクイ、お前は案内所に行け。システムを確認してもらうかもしれない。僕は、技術者でもある君を信頼している」
「わかりました。そっちの方が役に立てるかも……二人とも気を付けて」
サクイの言葉にあたしたちは頷いて、外へ出る。
変わった様子はない。煙や火の粉も上がっていない。まだ攻撃はされていない……
「つかまれ、お姫様」
カルミは右手をあたしの前に出す。
「あたしはお姫様じゃない。普通の女の子よ」
「いくぞ」
トン、トンと地面を軽く蹴り、あたしの手を握ったカルミは30メートルくらい上昇し、勢いよく速度を上げていく。体験するのは初めてなわけじゃないけど、相変わらず速くて、飛び方は雑だ。真っ直ぐ飛べばいいのに、少しずつ曲がるんだから!
ドレスが翻るのを必死に抑えようと思ったけど、飛行時間は短くすぐにぴたっと止まった。
「この辺りだ。降りるぞ」
「ゆっくりね。下に誰かいたら丸見えなんだから」
着地したあたしたちは辺りを見回す。
「特に変わったところはないぞ。どうやってこんなとこに現れたんだ?」
「疑問を口にしてないで、侵入者探したら」
「……大丈夫か、シェルマ」
カルミは横目でこっちを眺める。
「何が?」
「なにか無理しているような気がしてな。寒くもないのに震えているし」
「……そう思うなら、システム強化して侵入者なんて入ってこないようにしてほしいわ」
「ごもっとも」
少しだけ歩くと、FCSでコントロールされた魔物が何かを囲んでいた。
「そっか。システムは健在してて、魔物もいるんだったわ」
剣を抜き、薙ぎ払いで一気に片づける。
魔物は消えたが、赤いフードを被った女の子が一人丸まって倒れていた。
「こんな小さな子が、こんな時間に一人で何を……」
年齢は3歳児くらいだろうか。擦り傷はありそうだが、大きなけがをしているわけではないみたい。
あたしは女の子を抱きかかえ、無事を確認する。
「よかった。まだ魔物にも襲われなかった」
「他に誰もいないところをみると、この子が侵入者のようだ」
「馬鹿言わないでよ! どうみても小さな女の子よ」
「それは見ればわかる。気を失っているな……見ろ、指輪をしている」
確かに左の薬指に指輪があり、その光は虹色に輝いて見える。
「小さな子がするのは珍しいわね」
「……FCSを起動し、それを受信するにはシールの他に指輪や時計が必要なのは知ってるだろ」
「知ってるわよ。あたしも時計は身に着けてるし……この子、モクモ住民ってこと? でも認証が……」
「本当に認証を受けていないなら、さっきの魔物たちの反応は何だ? FCSは起動していると見ていいだろ。だが、こんな指輪は見たことがない……サクイ、聞こえるか?」
カルミはサクイに連絡を取る。
「あい。今、案内所に着きましたよ。はあ、はあ……」
「いきなりで悪いが、女の子の映像をそちらでも共有して、念のため再度照合してみてくれ」
「了解です。少しだけお時間を……その子が侵入者ですか?」
「らしい。ほかには見当たらない……」
「喉が渇いたよ~。さっきアイスティがぶ飲んでおけばよかった……身に着けている指輪は、現在こちらで配布している受信機器とは違うようですね。他に持ち物は?」
「待ってくれ……」
カルミは女の子の上着のポケットを確かめる。
「だめっ! 乱暴に扱わないで。可哀そうでしょ。丁寧にしなさいよ。ポケットには何にも入ってないわ」
「その子はモクモのデータベースには登録されていません。それは確かですけど、FCS起動中ですね……シェルマ、その子の両手首をこちらで確認できるようにして。シールを貼っているか調べてみる」
「待って……」
あたしは女の子の着ている服の袖を捲ってみる。
「OK。少しそのままで……あっ、反応あります。データベースに登録されていないけど、きちんと認証は受けたみたいですね。ここではないどこかで」
「つまりどういうことだ?」
「警戒レベルの知らせは、その子がモクモに来たからで、ここでの認証は受けていませんが、FCSは起動中なので、どこか別の場所で認証を受けていると思われます。指輪がその証拠になるかと。ここと同じシステムを使用しているところなんて考えられないですけど、事実はそうなります。でも、どうやって入り込めたのかな? いきなりそこに現れたみたいな反応でしたし」
「身元を調べられないか?」
「モクモのデータベースにはないので、もう少し情報がないと……あれ……」
「なに、何か気づいた?」
「いや、その……ちょっとフードを下ろして、髪の毛を見せて」
あたしは言われた通りにして、抱えている女の子の前髪に触れる。
「やっぱり。シェルマと同じ綺麗な栗色髪」
「えっ、そういえば……偶然ね。親戚に小さい子いないけど……」
「しかも、ちびシェルマみたいに可愛いじゃん。隠し子だったりして?」
「……怒るわよ……」
拳に力を込める。
「冗談だよ。冗談……和んだでしょ」
女の子は気が付いたらしく、唸った後ゆっくりと目を開けた。
「気が付いたわ。大丈夫、怪我してない……」
「ここどこ?」
焦点の定まらない眼で、左右を見回した後、あたしを見る。
「空中移動都市モクモ。自分の名前言える?」
「……」
女の子は高速で首を横に振り、否定する。
「じゃあどこから来たのかな?」
「……」
ふんふんとまた同じ仕草。
「やれやれ、疑問をすべて答えられる存在だろうに……僕は子供だろうと敵なら容赦はしないぞ。喋らないつもりなら、それなりの覚悟があるんだろうな?」
カルミは左手の骨を鳴らし、女の子を睨んだ。
女の子はカルミにむかって、盛大なあっかんベーをしてあたしに抱き着いてきた。
「カルミ、子供に好かれないわよね」
「……髪色が同じだからって甘やかすな。正体わからないんだぞ……子供、父親と母親の名前だけでいい。答えろ」
「……」
顔を上げ、カルミを見たので答えるのかと思ったが、ぷいっと視線を逸らす。
「……大人げないのは承知しているが、両親の教育がよほどひどいと見える。口を割らせるから、シェルマは離れろ」
カルミの話は無視して、
「サクイ、この子がモクモに居たら、何か不都合が生じる?」
「現時点ではそんなことはないと思うよ。むしろ正体がわからない以上、調べてみるべきだと思うな。敵でないのはさすがのカルミさんでも気が付いているでしょ。こっちに連れてきて。また警報が鳴らないように登録するから」
「じゃあピンクのお姉さんのとこに行こうね」
「うん、ピンクは好きな色……話せることはちゃんと後で話すから、心配しないでカルミおばさん」
「おばさん……」
サクイの方も盛大に吹き出しているのが音声でわかる。
「ぷっ……おばさんかぁ。じゃあカルミおばさんに空を飛ばせてもらおう」
「おんぶ……」
「えっ……そっか、抱っこだと空飛ぶのは怖いもんね」
あたしは一度女の子を下ろし、今度はおんぶしてあげた。
「なんて子供だ。この僕がおばさんだと……シェルマには甘えやがって……とんでもない奴。親の顔をぜひ拝みたいもんだ」
カルミに手を握られ、あたしたちは再び空に舞った。
この3歳の女の子のことを再び思い出すのは、少し先になる。
カルミもあたしも存在自体の記憶を失ってしまっていたからだ。
その理由も、その時知ることとなる。
次の話から視点はヒーロー視点に移り、あらすじ通りに投稿していく予定です。