第8話
(男・・か? いつから横にいた!?)
目の前には背が高く目を閉じた男性
白く薄いローブを身にまとったその人物は、男性というにはとても美しく女性に見間違うほどにみえた
そして異様な髪の長さである
「解体には刃物が必要だ。もっとも根本的に血抜きさえ怠っている有り様では食えたものではないが」
「は、はあ・・」
男は閉じてた目の片方を手で隠し、もう片方の目をパッと明けた
「名称、フェンリル。状態、死亡。属性、召喚。食用、不適。能力、雑魚」
「へっ?」
「食えないではないか、まず」
「??」
「しかしここの空気は、くさい」
「・・・」
男は何やら呟くと再び目を閉じた
(は?)
こういった得体の知れない人物の対処法をユウジは知っていた
とりあえずは適当に合わせること
そしておりをみて、その場から去る
これがもっともユウジの身にとって安全だし、余計なトラブルに巻き込まれずに済む
「あ、あのう」
「初日にしては上出来だ。少し危ない場面もあったが。だが修正する必要は、ある」
「あ?」
唐突に上からくる態度の男性にユウジは不快感を抱いた
(なんだコイツ?)
先ほど人を殺めたのもあってユウジは多少なりとも気は立っていた
「なんの用でス・・かい?」
「この世界の人間をしたたかに利用するんだ。そして余計に目立つな。慎重に事を運べ」
「なんだお前?」
どこかで聞き覚えのある声だ
ユウジは目を閉じたままの男を不気味に感じつつも、じりじりと後ずさりした
「でなきゃ、また、死ぬ」
「!?」
ユウジは脳天を打たれた様な気分になった
(そうだ! 俺はっ!)
そして神妙な表情で男をじっ、と睨み付けその場に座りこんだ
「ああ。俺は死んだ・・トウキョウで」
「そうだ。ふー、やっと受け入れたか」
ユウジはふぅーと息を吐き
「クソッ全て思い出したぜ。俺は死んだ。死んだんだ」
吐き捨てるように言った
「クソッ最悪だぜ・・」
「ああ。お前は死んだ。頭が爆発してな。パーンて。スゴい世界だな。人間はあそこまで強くなれるのか。俺はまるで勝てる気がしない・・あーお前に言ってるんじゃない」
「・・・」
「まあ雑魚のお前にはお似合いの結末だったわけだ」
「! その口ぶり!」
ユウジの記憶がふつふつと蘇ってくる
「思い出したぜー! 俺が死んだ後だ! お前に会った! 間違いねえお前に会ったんだ!」
ユウジは立ち上がり男を指差しながら言った
今にも飛びかかりそうな勢いだ
「俺は助かったのか!? 生きてるのか!? 何日眠っていた!?」
「・・そんな感じで一方的に騒いでいたな。こちらの話をまるで聞こうとしない。おかげで肝心のスキルを付与し損なったらしいぞ」
「は?」
「いや、異世界言語スキルのみはどうにか、か。どちらにせよ厳しい状況だ」
「??」
「・・・。とにかく目的を果たせ」
言ってる意味がイマイチ分からない
ユウジは苛立ちを覚えながらまくし立てた
「目的? てかここはどこだっ!? トウキョウ? お前何者だっ」
「俺か?」
「あ・・ああ」
「俺はお前を生き返せし方の使者だ」
「えっ」
シーン・・・
沈黙が場を支配するも束の間、ユウジはワンワンと泣き始めた
「やっぱりだ。あの感触! 俺は死んだ! 死んだんだあ・・」
「やれやれ。先が思いやられる」
そしてユウジはハッと顔を上げ
「おいっ! ここはどこだ!?」
「・・・」
「ト、トウキョウ・・なのか?」
男はハーッと溜め息をし
「魔法には気をつけろ・・」
「ま、魔法?」
「お前もその脅威を味わったはずだ」
「へっ」
「しかし魔法の概念がある世界か。俺も驚いたぞー・・もちろんそれではなく、魔法に依存したこの世界の身体能力の退化に、だが」
「??」
「目的を忘れるな。『宝珠』を取り戻せ。あれはこの世界にあってはならぬ物だ・・」
「お前、人の話聞いてんのかっ!」
「さすれば元の世界に帰したまん・・」
「おいっ! おいっ!」
男はそこまで言うとその場から消えてしまった
(消えた!? 文字通り消えた? そんなことって・・)
ユウジはしばらくの間そこから動けずただ沈黙した
「俺は・・死んだ」
「だが生きている?」
そして再び犬を肩に担ぎ歩き始めた
ユウジは男の言った一言が気になっていた
『魔法には気をつけろ・・』
「魔法か・・」
今日の出来事から
ユウジの頭には思い当たる節がいくつもあった
現実離れした出来事の数々ではあったが、しかしユウジはそれを受け入れ始めていた
トウキョウでの生き死にをかけた過酷な生活がユウジの思考を柔軟にした
「トウキョウでは指先ひとつで岩を砕くヤツも、手刀のみで金属を切り裂くヤツも見てきた・・今さらどんなヤツがいたって驚かねえぜ」
そうして更に歩くとほどなく
「おっ」
「明かりだ。てか村だ」
これで肩に抱えた犬が売れる
とりあえずの明日の食べ物の算段がついたユウジはホッとしながら明かりのほうに向かっていった