第5話
「こんなに使える水があるなんて・・」
銀髪の女、リリーの強引な引き留めによりユウジは家を出れずにいた
それどころか風呂に入っている始末である
本来ならそれでも家を後にするところだが、ユウジの人生ではなかなか機会のなかった風呂に入るという魅力には抗えなかったのであった
「くぅ~。たまらんぜ! 最高!」
ユウジは一人はしゃいだ
思えば温かい水に浸かるなどいつぶりだろうか
ユウジが数える程しかない大手柄を挙げた見返りに、支配者から『温泉』の入浴を許された時だったか
もっとも、その時は他の入浴している他の支配者達の怪訝な目に耐えきれず、すぐ出てしまったが
「普段、飲めもしない汚染水でしか水浴び出来ないからこういう水は染みる染みる・・」
「んっ?」
「ヒャア! なんだあこの石は? 触ると水が出てくるぜ!」
壁に備え付けの青い石を触ると勢い良く水が出てくる
シャワーのような役割だろうか?
しかしユウジが注目したのはそこではなかった
「とんでもねえ・・とんでもねえお宝だ! 水が涌き出る魔法の石か!?」
これさえあればトウキョウで生きていくのに一生困ることはねえ!
なんなら俺が支配者になることだって!
もちろんトウキョウの支配者に奪われないように細心の注意を払ってな!
いや。その前にどうやって盗む!?
ユウジが久方ぶりの風呂を堪能したあと広い廊下で思案していると
「出て・・いきなさいよ」
「えっ」
「エルシュナー家に近寄る悪い奴は許さない・・」
目の前には赤い髪の女が震えながらその身には似使わぬ大剣を持ち身構えている
たしかシュラとかいったか
また例によって端麗な容姿を見るに支配者の愛人かなんかだろう
ちょっと若すぎる気もするが
ともあれユウジは内心少し嬉しくなった
「やっとまともなヤツが出てきたぜ」
「えっ」
「いや。普通その反応だよなあ~。ワケわかんねえガキとかいて困ってたんだ。全然怯えねえしよ・・」
「? 何の話?」
「出ていく。出ていくぜ。大体あんたらに近寄るとか冗談だろ。俺だって死にたくねえし」
「は・・話が分かるじゃない」
シュラはホッとしたように剣をひいた
ユウジは内心笑いを堪えていた
(大体あんなオモチャみたいな剣で脅してるつもりか? ププ・・この前強奪したジジイを思い出すぜ。あのジジイもヘナヘナの棒で構えてたっけ)
「だが支配者層なら話は別だろ。愛人にちょっかいかける程ボケてねえや」
「えっ? 愛人?」
「男いるんだろう男? お前の。今日は来ないのか」
「なっ・・!」
シュラは憤怒と屈辱が入り雑じった表情でその場を後にした
「ん? 娘かなんかだったか。まあいいや。あの石をどうやって盗むか・・」
支配者の男がいない今がチャンスではあるが・・
あの緑のガキも薄気味悪いし
何より『姉さま』とか言われてた銀髪の女だ
支配者特有の気品とゆうか、余裕の様な者を感じる
まさか本当に愛人ではなく、なんならメチャクチャ強い女の支配者だったりして・・
「どちらにしろ危険は危険だな。あの石さえ手にはいれば、こんなとこには用はねえ」
「魔力石が欲しいの!?」
「どわっ!」
「ご・・ごめん」
「ガキかっ」
「ラミー!」
ラミーは薄い緑の髪をなびかせ言った
草原で会った時とは似ても似つかぬ程明るく、リラックスした表情である
そして風呂を上がったユウジの下ろしたオレンジの髪を見てこう言った
「髪・・そっちのほうが似合ってると思う」
「んあっ!?」
「ご・・ごめん」
「チッ」
ラミーは不機嫌にみえるユウジに反省する様子もなく
「ユウジ! ピクシーの爆発、どうやって防いだの!? ドラゴニックアイアンガード? コキュートスチタンフレーム?」
「おいガキ。俺は忙しいんだ。変な言葉遊びに付き合ってるヒマはねえ」
「ラミー!」
(あっ違う。そうだ・・)
「へへっ。ラミーさん」
「!」
ラミーの顔がパアッと明るくなった
名前を呼んでもらえたのが余程嬉かったらしい
「俺、助けたんだよな? お前を。犬から。草原でさあ」
「それ聞きたかったんだ! 一体どんな魔法使ったの!? フェンリルを一撃なんて!」
「・・・。お前ん家はたしか恩義が大事だったな? 俺は恩人だよな? お前の」
「う・・うん」
「あの石だよ。あの水が出る石。あれがどーーしても欲しくて。本当に必要なんだ。喉から手が出る程っていうか・・」
「えっ? いいよ?」
「はあっ!?」
「い・・いいよ」
「・・・」
なんだなんだ?
これはなんかのワナか?
こんな簡単過ぎなんて・・ありえねえ!
やっぱこのガキだけは不気味だ!
ユウジがその場でしばらく考え、そしてハッとした
「違う。バカか俺は!」
大体が石から水が涌き出る?
ありえねえ物理的に!
あれはそう・・ただの蛇口みたいな役割だったんだ!
久方ぶりに温かい風呂に浸かって頭がどうにかなってた!
貴重な水が無限に出るなど夢見すぎだろ俺!
今日は夢みたいなありえねえ出来事が多すぎて・・
「ハァーー」
「ど、どうしたの」
ユウジはがっくりと肩を落とし
「・・・。お前さ、あの金色のゲート、マジでどうやったの? 本当にギャグとかいらないから」
「えっ? ま、魔法・・」
その時、話を聞いていたリリーが、焦った表情でこちらに来た
「フェンリルだと?」
「リリねえ」
「ラミーはフェンリルに襲われたのか?」
「う、うん・・」
「だとしたらまずいな。したら今日だ」
「! 今日!」
「? 何の話・・ですかい?」
その時会話を遮るように外から犬の鳴き声が響いた
ワオオーン・・
ワオオーン・・
「んあっ? 野犬か?」
「違う」
ラミーの表情が変わっていた
場の空気もそれまでの弛緩したものから一気に緊張したものとなっていた
「あっ。これ囲まれているな」
「へっ?」
またも状況の掴めないユウジは嫌な予感がしてならなかった