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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

友達の美学

作者: ヤブ医者

「友達の美学」


 早乙女カンナさん、猿渡一さん、夜川与一さん、ようこそ我が探偵部へ。と言っても部員は私一人なんですけどね。あ、どうぞ適当におかけください。できれば対面に座っていただけるとありがたいんですが。あ、教室の電気付けます? 私的にはこのくらいの薄暗さが丁度いいんですけどね。

「じ、じゃあ。つけなくて大丈夫です」

 あはは、そんな身構えなくても良いですよ。では、照明はこのままで。でも、蒸し暑いですし窓は開けますか。

「あ、じゃあ私が開けます」

 早乙女さん、ではお願いします。

 さて、では皆さんも席に着いたところで、事件の概要を再度、確認しましょうか。

「は、はい」

「よろしく頼む」

「……」

 だから、そんなにかしこまらなくてもいいのに。ま、良いですけど。

 では……先月、我が「横浜隼人高校」で、安土俊哉さんが屋上から飛び降りました。五階の高さから、コンクリートめがけて頭から真っ逆さま……当然、即死でした。

「……っ!」

 事件が発生してすぐ、近くを通りかかった生徒が警察に通報。警察による入念な捜査が行われました。結果は、皆さんの知っての通り、

「……自殺」

 その通りです、猿渡さん。

 屋上には、安土さん以外が侵入した形跡はない。安土さんを殺したいほど恨んでいる人間もいない。警察は、そう言った観点から、消去法的に「自殺」という死因を導き出したわけです。

「でもっ、俊哉は自殺なんてするような奴じゃないんだっ!」

 落ち着いてください、夜川さん。それは、これから考える事です。

 捜査がはじまって一か月。警察は、自殺と言う結論で、この事件の幕を引こうとしている。でも、彼方たちは、それに納得できなかった。安土さんの友人である皆さんは……だから私、探偵部に依頼にきた。間違いはないですね。

「ないわ」

「あぁ、ない」

「大丈夫だ」

 結構です。

 では、皆さんの口から、安土さんがどんな人間だったかを、お聞きしましょうか。じゃあ、初めに早乙女さん。

「わ、私っ?」

 はい。彼方にとって安土さんはどんな人でしたか。

「俊哉は……すごい優しくて、いつもみんなの事を陰から見守ってくれてるような奴で、どんな事でも俊哉が居れば大丈夫って、私はそう思ってた」

 なるほど。縁の下の力持ちの様な存在だったと。

「だから、自殺なんてするとか、ぜんぜん思ってなくて……私、どうしたらっ」

 早乙女さん、泣いたってどうにもなりません。今は、安土さんの為に出来るだけの事を尽くしましょう。

「そうだ、カンナ。俺達で真相を暴こう」

「俊哉の無念は、俺達が晴らすんだ」

 皆さんは、本当に仲の良い友達なのですね。

 では次に、じゃあ猿渡さん、よろしくお願いします。

「わかった」

 彼方の感じていた、安土さんの印象をお聞かせください。

「俊哉は、カンナが言ってた通り優しい奴だった。その上、器がデカくて、温厚で、俺はあいつが怒った所なんて見たことがない。いつだって、俺達の事を優しい微笑みで、見守ってくれていた」

 安土さんは、懐が深かったのですね。その上、包容力があったと……なんとも素晴らしい人徳をお持ちだ。

「あぁ、俺達の輪の中に、あいつが居て本当に良かった」

 でも、もういらっしゃらない。

「……」

 そんな悲しい顔をしないでください。現実は遅かれ早かれ見なければなりません。事件の真相を突き止めるのならば……。辛かったらいいのですよ、探求は現実との戦いですからね。

「いや、大丈夫だ。そうだな、まずはあいつの死を認めないと、先に進めない」

 えぇ、彼方が、いえ皆さんが、強い心の持ち主でよかった。それでは、探求の続きをいたしましょう。現実が果たして残酷か、否か、答えはもうすぐそこです。

 夜川さん、最後にお願いします。

「あぁ」

 安土さんは、どんな方でしたか。

「俊哉は……本当に思いやりのあるやつだった。みんなの言う通り、めちゃくちゃ優しかったし、その上いつもみんなの事を考えているような奴だった」

 えぇ、先のお二人のお話からも、それはよくわかります。

「俺達の悩みとかを解決するのだって、いつもあいつで……しかもそれを何食わぬ顔でやるから、あいつ本当にすげー奴だよ」

 皆さんにとって、安土さんは本当に頼りにされる存在だったのですね。

「あぁ、だからなんで自殺なんて……」

 そうですね。

 さて、みなさん。まずは顔をあげてください。そして、お覚悟をお決めください。

「かく、ご?」

 はい、早乙女さん。これから語る現実は、皆さんにとって少しばかりシビアなものですので。

「わかったのかっ!」

 えぇ、わかりましたよ。この事件の真相に、トリックに……。お話してもよろしいですか。

「うん」

「当たり前だ」

「……頼む」

 ふふっ、わかりました。それでは僭越ながら、お話させて頂きます。

 この事件に、トリックは存在しません。

「……え?」

 結論から申しますと、安土さんは『自殺』です。

「嘘よっ!」

「ふざけんなっ! 俺達の話、ちゃんと聞いたのかっ?」

「俊哉はそんな奴じゃないって、言っただろっ!」

 皆さん落ち着いてください。皆さんの話を聞いた上での結論ですよ。

「どこがだよっ!」

 全てですよ、猿渡さん。どうやら皆さんは重大な勘違いをなさっているらしい。根本的な部分をね。

「……なんだと?」

 目が怖いです夜川さん。

 そうですね、皆さんは安土俊哉と言う人間の本質を、勘違いしている。良いですか? 優しすぎる人間なんて、居ないんですよ。

「……それって」

早乙女さん、彼方は俊哉が居れば大丈夫だ、とおっしゃいましたね。でもそれは、私たちにはダメだから押し付けた、という事ではないですか。

「お前っ、ふざけて……」

 猿渡さん、彼方は安土さんが怒った所を見たことがないとおっしゃいましたね。でもそれは、怒れなかったの間違いじゃありませんか。

「……いい加減にしろよ」

 夜川さん、皆さんの悩みを解決するのはいつも安土さんだったそうですね、じゃあ安土さんの悩みは誰が解決するのですか。

 どうされました。皆さん至極、お怒りになっていますね。でも、なぜ反論してこないのです。

「してほしいのかよ……」

 出来るのですか、夜川さん。

 出来ないでしょう。皆さん、言われてようやく気が付いたのですから。安土俊哉と言う人間の本質に……。

 安土さんは、確かに優しい方でした。でも、優しすぎはしない。いつだって、本当は反論したかった、怒りたかった、手を差し伸べてほしかった、でも、出来なかった。なぜか。それは、皆さんが安土俊哉というキャラを固めてしまったからにほかなりません。逃げ場を、皆さんがつぶしたからにほかなりません。

「もう、やめて」

 いえ、やめません。早乙女さん、いや皆さんは現実を見なければならない。

 逃げ場を失った安土さんはどうするか。自分に、逃避行を見つけるしかなくなったのです。自分を嫌い、自分を傷つけ、でも収まらなくなったストレスは……、

「自分を壊す事で、逃がす」

 はい、猿渡さん。 

 安土さんは、やりきれなくなった自分へのストレスを、死と言う形で、昇華させるほかなかったのです。

 つまり、この事件の犯人は……、

「私達ってこと……?」

 そうなってしまいますね。

 だから、お覚悟を決めろと申したのです。現実は、いつも甘くはない。むしろここぞという時ほど、苦く、残酷なのです。

「俺達が……俊哉を」

 猿渡さん……。罪のない罪悪ほど惨いことはありませんね。

「もう、どうすればいいんだ……」

 どうしようもないんです。夜川さん、皆さんは気が付くのが遅すぎた。でも、それはけして罪じゃない。安土さんだって、嘆くことはできた、死ぬ前に叫ぶことはできた。でも彼はそれをしなかった。

「でも、あいつにだって罪はない」

 そうですね、夜川さん。この事件に悪者はいない。そして、皆が悪者なのです。事件の結末として、一番後味が悪いものですね。

「……」

「……」

「……」

 でも、皆さんの友情はきっと本物でしたよ。

「え……」

 だってそうでしょう。安土さんは、死ぬほど悩んだんですから。死ぬほど、皆さんたちとの事を悩んだんですから。それは、残酷なほどに強すぎる友情と言って、間違いはありません。皆さんは、紛れもなく友達でした。

「と、俊哉っ!」

「な、んでっ。言わねーんだよ!」

「すまないっ、本当にすまない……」

 そうです、今は泣いてください。安土さんが出来なかった分、皆さんは彼に気持ちをぶつけてあげてください。それが何よりの、彼への弔いです。でも、涙を拭いたら、皆さんはまた、前を向かねばなりません。皆さんは生きている。皆さんの前にはいつだって変わらず明日が待っているんです。それを、今日よりも良く変えていってください。学んだでしょう、友人とは、友情とは、感情とは……。これから、見つけてください。皆さんなりの関係性を、友情の美学と言うものを。それが、安土さんが最後に残した少なからずの反抗なのです。

「うん、わかった」

「俊哉の分まで、悔いなく……」

「ありがとう、探偵さん」

 いえ、これが私の仕事ですので。それでは、これにて依頼は解決という事で。またのご利用をお待ちしています。

 ふふっ、これでよかったのでしょう安土さん……いえ、俊哉。


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