ずっと待ってる……
そうして日は過ぎていった。
傷心のままの二月末の夕方。
「瑞希」
お兄ちゃんが、私の部屋に入ってきた。
「何。お兄ちゃん」
「彼氏が門の前まで来てるぞ」
「え?!」
私は、心臓が止まりそうになるほど驚いた。
「ぶんなぐってやったよ」
「そんな! なんでそんなことするのよ!? お兄ちゃん!」
「可愛いお前をもてあそんだ奴を許せると思うか」
お兄ちゃんは、苦虫を噛み潰すようにそう言ったが、
「……ま、心配なら、お前が介抱してやるんだな」
それだけ言うと、お兄ちゃんは部屋を出て行った。
私は、手早く身仕舞いを整えると、家を飛び出した。
お兄ちゃんが言った通り、幸輝さんが門の角の所に立っていた。
「やあ」
幸輝さんは、呟いた。
その左頬は明らかに赤くなっている。
「ごめんなさい! お兄ちゃんが乱暴して……」
私は、おろおろと幸輝さんの左頬にそっと触れた。
「当然だよ。君の気持ちを考えれば……」
弱々しげに、幸輝さんはそう言うと、頬に触れた私の右手に自分の左手を重ねた。
しかし、幸輝さんは不意に私から視線を逸らした。
そして、言ったのだ。
「俺、来週、ウィーンに留学するんだ」
「え……?!」
それは意外な言葉だった。
マリアナ学園は、マリアナ学園大学の附属高校なので、大学もマリアナに進むものだとばかり思い込んでいたからだ。
それに、何より「ウィーン留学」だなんて……!
「留学のこと、隠しててごめん。でも、言えなかったんだ。あんまり瑞希ちゃんとの毎日が楽しくて。そして……怖くなったんだ。瑞希ちゃんのことばかり考えて、ピアノの練習に身が入らなくなって……。瑞希ちゃんの顔見たら、別れるなんて絶対言えないと思ったし、何より別れたくなかった。別れるなんて考えられなかった。だから……、ピアノの留学試験に集中する為にも、その間だけ、距離を置こうと思って」
幸輝さんは、改めて私の目を見据えて言った。
「勿論、悪いのは全て俺だ。振られるのを覚悟で逢いに来た」
「幸輝さん……。留学はいつまで?」
「わからない。向こうの国際コンクールに入賞するまで。二年か、三年か……或いはもっと……」
「三年……」
私は、呆然となった。
そんなに長い間、幸輝さんに逢えないなんて……!
「ごめん! 瑞希ちゃん」
その時。
幸輝さんは、突然、私を抱き締めた。
「待っていてくれ、とは俺には言えない。でも。でも、できることなら待っていて欲しい。必ず、コンクールに入賞して、凱旋帰国する。約束する。君の為だけを想ってピアノを弾く。一音、一音、君のことだけを想って奏でる。だから……」
「幸輝さん……」
私達は、固く抱き締め合った。
言葉はなくても答は決まっていた。
幸輝さん……
ずっと、ずっと。
例え何年経っても。
いつまででも待っているから……




