幸福の絶頂から奈落の底へ
それから。
幸輝さんとは、朝の時間帯には線路越しにアイコンタクトを交わし、夕方には、同じ時刻に改札口で待ち合わせする仲になった。
毎日、カフェに入るにはお小遣いが足りないので、その代わりに、一緒に本屋やCDショップ、雑貨屋さんなどに寄るようになった。
街中の公園のベンチに座って、長いこと話し込むこともしばしばだった。
学校の話や有名人の噂話などに興じるのも楽しいが、何より、お互いに好きな本、好きな音楽の話をするのは、本当に楽しかった。
そして、クリスマスを迎える頃。
いつもの公園の中で雪が降ってきたので、大木の下、雨宿りならぬ「雪宿り」をしていた時のこと。
なんとなく、二人とも無口になっていた。
こんな時、どう振る舞えばいいの……
そんなことを思っていた時、急に幸輝さんは、その木を背にするように、私に覆い被さったのだ。
次の瞬間──────
あ……
幸輝さんの口唇が、私の口唇にゆっくりと重なった。
それは、しっとりと潤いのある柔らかな感触だった。
「瑞希ちゃん……ごめん……」
口唇が離れると、幸輝さんは小さく呟いた。
しかし、私の躰を両手で力一杯抱き締めた。
私の瞳から、何故か涙が溢れてきた。
初等科から女子校育ちの私には、それは初めての口づけだったから……。
私の口唇もまた、しっとりと潤い、しかし微かに熱を帯びているように思えた。
それからも私達の仲は順調だった。
幸輝さんはいつも私に優しかった。
私は、最高に幸せだったのである。
しかし──────
その幸せが終わりを告げる時が来た。
翌年、三学期に入ってから幸輝さんは、明らかに私と違う時間帯の電車に乗るようになった。
放課後の待ち合わせにも現れなくなった。
何故……幸輝さん……
何か彼に疎まれるようなことをしただろうか。
それとも、彼の身になにかあったんだろうか。
考えても、考えても、答は見つからなかった。
私は、ショックで約一週間、部屋に閉じ籠もった。
暫くして幸輝さんから、途絶えていたLINEが来たけれど、未読スルーした。
嫌な娘……
私は、自己嫌悪で一杯になったが、自分の恋心をコントロールすることは、どうしても出来なかった。
それほど私は、幸輝さんのことが好きだった。