読書好きの私と音楽好きの彼
アンリさま企画「キスで結ぶ冬の恋」参加作品です。
私、高橋瑞希は、読書が趣味だ。
いつでも、文庫本を携帯して読み耽っている。
好きなジャンルは、純文学から恋愛モノ、ファンタジー、推理モノ、エッセイ……と、何でも読んでいる。
それは、朝の通学途中でも同じ。
今日も、毎朝7時45分の電車に乗るべく、プラットホームに立ちながら本を読む。
しかし。
私は、ちらちらと向かいのホームに目を遣っている。
向かいのプラットホームには、いるのだ。
いつも同じ時間帯に、真向かいの同じ位置に立っている男の子。
身長178㎝位で、細身の肢体。眼鏡が似合っている。
そしていつも、ウオークマンで何か音楽を聴いている。
何故か、彼のことが気になる私だった。
***
それは、九月の残暑厳しい夕方五時頃のことだった。
駅は、帰りのラッシュアワーで、人混みがすごい。
そんな中、やはり、私は本を片手に改札口へと向かっていた。
その時。
「あっ……!」
私は、誰かとぶつかり、持っていた本を落とした。
「すみません!」
ぶつかったのは、どうやら男子学生のようだった。
長袖の白いシャツに、翠のネクタイを締めている。
彼が本を拾い上げ、私へと渡してくれた。
耳からウォークマンのイヤホンを外しながら、
「ぶつかってごめん」
と、彼は言った。
それは、綺麗な低いテノールの声だった。
背の高い彼を見上げる。
するとなんと!
彼だったのだ!
あの「プラットホームの彼」……
「いえ……! 私の方が不注意だったんです」
私は、しどろもどろになっている。
しかし、彼は言ったのだ。
「あのさ。……君。いつも朝、7時40分頃、西紅志行き3番線のプラットホームに立ってない?」
え……?!
私のこと知ってる?!
信じられない想いに囚われながらも、私は言った。
「あの……。あなたも、向かい側のホームに立っていますよね……」
「やっぱり! あのさ。良かったら、そこの「DERI CAFE」でお茶しない?」
彼は、勢い込んでいったが、
「あ、なんか、ナンパみたいだね」
と、清潔感のあるさらさら黒髪の頭を掻いた。
その様子が、なんとなくおかしくて、私は「ふふふ」と笑い、
「いいですよ。私、お茶するの大好きなんです」
と、自然に答えていた。
***
そして、私達は駅前のカフェ「DERI CAFE」に入った。
ここは、セルフのベーカリーカフェで、彼はアイス珈琲にクロワッサンとクリームパン、私はアイスカフェラテとチョコレートベーグルを注文した。
店内は混んでいて、私達は入り口付近のカウンター席に並んで座った。
彼の肩先が触れそうなほど近くて、恥ずかしい。
その胸の内を悟られないように、私はさりげなく言った。
「ここのパンって、美味しいですよね」
「そうそう! いつも焼きたてでさ。リーズナブルだし。……て、あのさ。君、名前は? その白いワンピースの制服は、焼星女学院だろ。何年生? 僕は、マリアナ学園高等科三年、宮田幸輝だよ」
「私は、焼星の高等科一年生。高橋瑞希です」
「瑞希ちゃんか。君、いつも、本読んでるよね。何、読んでるの?」
「えーと、何でも読むんですけど、最近は……。今は、カフカの「変身」読んでます」
「ああ、奇妙な夢を見て朝起きたら、虫になってた、てあの話だよね」
彼は、ブラックのアイス珈琲をストローで一口吸って、言った。
「そうです。それに「城」も面白くて」
「それ、目的地の城にどうしても辿り着けない、て……なんか、カフカって、ムンクの「叫び」の絵画みたいなシュールな話ばっか書いてるよな」
そうして、カフカについてひとしきり話した後、彼が嬉しそうに言った。
「それにしても、今時、珍しいよ。こんなに文学の話ができるなんて」
「兄の影響で……。誠条大学の文学部に通っている三歳年上の兄がいるんです。宮田さんこそ、いつもウオークマン聴いてますよね? 何の音楽、聴いてるんですか?」
「俺? 俺は、主にクラシック。三歳の頃から、ピアノやってるんだ。今でもね」
そう言うと彼は、美味しそうにクロワッサンを頬張った。
「凄いですね! この歳でピアノ男子だなんて。私も去年までは習ってたんですよ。バッハの二声止まりの全然へたっぴですけどね。でも、クラシック聴くのは好きなんです。曲は何を聴かれるんですか?」
「古典派から印象派、近現代まで何でも聴くよ。特に好きな作曲家は、バッハ、ドビュッシー、ラヴェル、ショパンかな」
「私もショパン大好きです。「アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ」とか「舟歌」とか」
「へえ。結構、コアなんだね」
「そうなんですか? これも実は、兄の影響なんですけど」
そう私が言うと、彼が呟いた。
「お兄さんのことすごく好きなんだね。本も音楽の好みも、そんなにお兄さんの影響受けるんだから」
「え、そうですか」
「……お兄さんが羨ましいよ」
「え……?」
「いや! なんでもない」
宮田さんは真っ赤になっている。
その表情を見て、私の頰もうっすらと赤らんだ。