9、飯
結局そのまま、ババアんとこで飯を食うことになった。
で、不思議なんだけど。
何で、綾乃専用のピンク色の飯茶わんと箸がいつのまにそろってんだよ?
勿論俺はガキの頃からここでしょっちゅう飯食ってたから、俺の飯茶わんと箸は、あるけどよ。
綾乃を、まだ紹介してなかったんだぞ?
聞けば、俺が渡米した日。
綾乃が駅から自宅へ帰る途中・・・まぁ、駅からすぐなんだけどよ、道に座り込んで紙に何か書きこんでいるノリオを見かけたらしい。
不思議に思って、声をかけると。
駅前を歩いていたノリオが電気屋のオヤジから、至急ヒジキの小袋を3袋づつ7セット贈答用で用意できないかと、注文を受けたらしいのだが。
3袋ずつ7セットで、合計何袋になるのかがわからなかったらしく。
紙に3ずつ、団子の絵を書いていたのだった。
ノリオは九々が出来ない。
で、綾乃が合計21袋だと教え。
放っておけなかった綾乃は、ノリオについて『魚富士』まで行ったらしい。
そして。
おせっかいババアだ。
ノリオの話を丁寧に聞いて、21袋だと教えてくれた綾乃にスゲェ感謝して。
その上、ノリオから綾乃が俺の嫁さんだと聞いたら、もう。
上がって飯食ってけ、と。
で、やっぱ綾乃だ。
『若山時計舗』、『テーラ寺門』、『N田駅の立ち食い蕎麦屋』・・・そして、『魚富士』。
まあ、流れ的に予想はできる。
案の定、すっかり、ここの家が気に入ったんだそうだ。
それから毎日ここで夕飯食っていたらしい。
「こら、丈治!あんた、結婚したならこの私に嫁さんちゃんと紹介しとけ!」
俺に大盛りでよそった飯を渡しながら、ババアが俺を睨んだ。
まあ、言われると思ったけどよ。
「あぁ!?忙しかったんだよっ。ババアには、後でちゃんと紹介しようと思ってたし!」
まぁ、すっかり忘れてたんだけどな・・・。
だけど、綾乃にまで睨まれた。
「こんな良い方が、ご近所にいらっしゃるなら、早く紹介してほしかったです。だったら、丈治のNY行きが決まって、私・・・あんなに不安になる事はなかったんです。」
え、綾乃・・・さびしいだけじゃなく、不安だったのか。
そりゃあ、そうか。
こんな、環境の悪ぃ、しかもあんま知り合いもいない所に1人だもんな。
そっか、ババアを紹介しとけば、少しは不安も違ったかもしんねぇな・・・可哀想な事をしたか・・・。
俺は綾乃の言葉を受け、しまったと思い、反省した。
が。
すぐに、その反省が無駄だったと思った。
しかも、驚愕した。
「本当にノリおばさんには、お世話になって・・・丈治がいない間ずっとノリおばさんが私に朝、お弁当作って持たせて下さったんです。すごく、美味しかった!!」
え。
ええっ!?
綾乃っ、ババアの弁当、仕事先に持っていったのかっ!?
マ、マジカッ!?
ババアの弁当といえば・・・。
アルミホイルに包んだでっけぇ握り飯が4つ。
中身は良い時は、小魚の甘露煮・・・そうでもないときは、梅干し。
んで、おかずは焼いたシシャモ5本と、きゅうり丸々1本とたくあん。
それもアルミホイル。
で、それらを新聞紙に包んで『魚富士』の名前が印刷されたビニール袋にいれて完成。
それが、ババアお手製の弁当だ。
まあ、ほとんど素材のままなのに、何故か滅茶苦茶旨い。
確かに、旨いんだけど・・・なにしろ、デリカシーってもんがない。
だけど、まさかな・・・綾乃に渡す弁当を新聞紙で包むのはないよな。
一応聞いてみた。
すると。
「ええ、新聞紙で毎回つつんでくださって、助かりました。毎回気兼ねなく捨てられるので・・・。ハンカチか何かにつつまれると、洗って返さなければいけないので。本当に、新聞紙っていいですよねー。それに、ししゃも!!凄く美味しいし!!キュウリもそのままかじって、箸はいらないし。もう、ノリおばさんのお弁当最高でした!!丈治も小さい頃、作ってもらったんですよね!?うらやましい・・・。」
これ、やっぱ。
本心から言ってるんだろうな・・・綾乃だもんな。
ヤスオは当時を思い出して、微妙な顔してやがる。
ノリオは、うんうん、母ちゃんの弁当最高!って言ってるし・・・。
つうかっ。
「おいっ、綾乃っ。お前俺の弁当は最高じゃねぇのかっ!?」
俺は、毎回弁当を包むバンダナもきちんと洗ってアイロンかけて、箸だって弁当箱に合わせての花柄を選んでんだぞっ!?
「いえっ、べ、別にっ・・・丈治のお弁当も美味しいです!!でも、何て言うか・・・ノリおばさんのお弁当はこう・・・合理的で、理想と言うか・・・。い、いえっ。丈治のお弁当も最高です!!」
そりゃぁ、そうだろうよ。
弁当箱包むバンダナだって、弁当箱だって、俺が洗ってるしなぁ!?
心の中でそう呟いていると、またクソジジイが爆笑していた。
「本当に、丈治、いい嫁さんもらったねぇ。こんな素直で可愛い子、あんたよくみつけてきたわー。浜田さんだって、信じられないくらいかわいがってるしねぇ。綾乃ちゃん、これからはいつでもうちにご飯食べにきていいんだからねっ!?」
ババアも、すげぇ綾乃を気に入ったようだ。
まあ、世話やきだからな・・・世話のし甲斐があるからな・・・綾乃は。
だけど、それより。
育ちのいい綾乃が、こんなきたねぇ所気に入って上機嫌でいるなんてよ、信じられねぇ話だ。
楽しそうだけどな・・・。
まあ、これで俺が海外で仕事の時もちっとは安心できるか。
ババアの近くにおいときゃ、ババアが世話やいてくれっからな。
そう思って、腐った紫のジャージを着ている綾乃を、ため息をつきながら見つめた。
ま、まぁ?
綾乃はどんな腐った格好をしていたって、可愛いんだけども。
そう考え出すと、堪らなくなった。
6日ぶりだし。
今日は、飯食ったらさっさと帰って、速攻綾乃を頂くことにしよう。
そう考えていたら。
ノリオが俺の袖を引いてきた。
「じょ、丈治!!俺っ、俺っ!!九々できるようになった!!綾乃ちゃんに教えてもらった!!」
突然テンション高く、鼻の穴を膨らませたノリオが言い出した。
「「「「えっ!?」」」」
俺と、ババァと、ヤスオと、双子の父ちゃんが驚嘆の声を上げた。
だって、ノリオ。
お前・・・どうやっても、九々覚えられなかったじゃねぇかよ。
それがたった何日かで、覚えたなんて。
嘘だろう!?
他の3人もそう思っているらしく、怪訝な顔をしている。
「あの・・・勉強と思うからなかなか覚えられないのではと思いまして・・・私が小学校1年生の時に、讃美歌の替え歌で九々の歌を担任の先生がつくってくださいまして・・・あ、私・・・小学校マリー女学院でしたので、カトリックの学校で・・・。」
ええっ、マリー女学院って・・・すげぇお嬢様学校じゃぁねぇかっ。
全員驚いている中、ノリオが九々の歌を歌い出した・・・。
「天にまします、我らのかーみよ♪我ら~にぃ知恵をあたえたもぉぉ♪いんいちが~いーち♪あーめん・・・・・。」
延々と続く祈りの九々の歌・・・。
うあああああああーーーーーーーかんべんしてくれぇぇ・・・・。
そして。
この歌を綾乃がノリオに教えたのが、うちのマンションのとなりのカフェで。
俺のピアノを使って教えたもんだから、ここらのガキどもも覚えちまって・・・。
道を歩けば、品のねぇクソガキどもが。
「天にまします、我らのかーみよ♪我ら~にぃ・・・。」
と歌う声が、所々で聞こえてくるようになった――