表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/49

6、服

こんな所に、本当にあんのかよ?

そう思って、チラリと横を歩く綾乃を見る。

でも、いつもの通り・・・いや、オフの時のぼおっとした綾乃だ。


綾乃の中には、スイッチがあるらしく。

仕事、あるいは初対面・・・あまり親しくない人間に対する時は、例の『ザ・女取締役』というような、デキる女モードだが。

家の中、俺の前では、完全にズボラな頼りない素の綾乃だ。

顔つきも全然違う。


考えてみると、その素の綾乃は、他では見られない。

両親の前だって、こんなに酷くない。

完全に俺だけの前で、素をさらけ出してくれている。


ハッキリ言って嬉しい。





「着きました。」


突然、綾乃がそう言って立ち止った。

此処は、綾乃の父方先祖の墓がある寺町の、駅裏のさびれた商店街の一角で。

その中でも、断トツ・・・すんげぇ、古い店構えだ。

いや、うちの『ネイビーブルー』も、古いけどよ。

だけど、こんなに侘しい、うらびれた感じの店じゃぁねえ。


つうか・・・ぶっちゃけ。

この店はやってねぇだろ?


『テーラー寺門』・・・って、看板かかってっけど。

テーラーの『ラー』の『ー』が斜めになって、店も下降線を辿っているイメージだ。


本当に、大丈夫なのか?この店・・・。


「!?」


つうか!

この店、ぜってぇ、変だぞ!?


店のショーウインドウには何故か、掃除道具が置いてあって。

いや、ディスプレイとかじゃねぇ。

単に内側からの掃除道具入れになってるだけだな、これは・・・。

だけど、外から・・・きたねぇ、モップとか、へこんだカネのバケツとか。

オンボロ感満載な掃除機とか・・・雑巾とか・・・まる見えで。


ありえねぇだろ・・・いやっ、それよりも。


「っっっ!!!」


いやいやいやいや・・・・。

おい、本当に勘弁しろよ・・・・。


店の入り口には・・・つうか、外から見えるところには、裸のマネキンが30体位、無造作に立てられてあって・・・すげぇ不気味で。


ハッキリ言って。

こんな店、入りたくねえ!!!


だけど俺の意に反して、綾乃は笑顔で店のドアを開けた。




俺は昨日、ケイタから電話でフォーマルなスーツを作っておけと言われた。

NYから帰ったら、フォーマルなスーツが必要になるらしい。


俺が所属している事務所は、そういう管理とかもやってくれるのだが、俺が鬱陶しいのは嫌いだから、仕事の受け付けとスケジュール管理だけを任せて、後は自由にやらせてもらっている。

余程の事がない限り、仕事先へは1人で行く。

もちろん、今度のNYもだ。


まあ、俳優業に比べ、ジャズピアニストだから制約が少ないということもあるのかもしれないが。

いや、ケイタが俺の性格を知っているからだろう。

人に世話されんのが好きじゃぁねぇ。

だからか・・・綾乃と一緒にいられんのかもしれねぇ。

綾乃は世話なんかしねぇ、俺が世話する方だからな。



綾乃に続いて、渋々店に入った・・・だけど、すぐにまた。

驚いた。

気持ちの悪ぃマネキンの横を通って、店の奥に入ると。

重厚な赤い絨毯。

古いが、年季の入った高級家具。

とても良く、手入れがされている。

いや、それよりも一番驚いたのが。

ボディやマネキンが着せられているスーツが・・・滅茶苦茶仕立てが良いと分かったからだ。

素人目にもだ。


「寺門さん、おはようございます。」


綾乃が奥の作業台で針仕事をしている、40くらいの洒落たベストにネクタイ姿の男に声をかけた。


「おう。そろそろ来る頃だと思ってた。3着冬もんできてっぞ。あと、コートも1着作っといた。」


な、何だ?

驚いている俺に、その男が目を向け、少し嫌な顔をした。


「・・・綾乃、客なんかつれてくんなよ。これ以上客増えたら、遊ぶ時間なくなるだろ?」


「すみません。でも・・・この人、私の旦那さんなんです。1ヶ月くらい前に私結婚して・・・だから、申し訳ありませんが、これからは丈治の分もお願いしたいんですけど。」


そう言うと、男は改めて俺をじっと見つめ、そして笑顔になった。


「あれ、あんた。ジャズピアニストの、紺野丈治?」




男・・・寺門は、『テーラー寺門』の4代目で。

綾乃は、中学くらいからこの店で服を作っている。

墓参りにきた時、丁度この店を見つけて、あの『若山時計舗』と同じ感覚で気に入ったらしい。

当時から綾乃は家の方の付き合いでパーティなどに出る機会も多く、いつも専用のオーダーの店でドレスなどを誂えていたが。


面倒で、仰々しくて、ビジネスライクで、好きではなかった。

それまではおふくろさんがついて来てくれていたそうだが。

中学に入って急に背が伸び、急きょ新しいドレスを作らねばならなくなったが、おふくろさんは忙しく1人で行くように言われた。


でも、いつもの店に1人で行く気にはなれず、どうしようかと思ったその時、この店を思い出した。


そして。

丁度先代が亡くなり、代替わりして店主となった英国帰りの寺門と会った。


店は、風変わりだが、寺門の腕は確かだった。

綾乃が来店しなくても、季節になるとスーツやドレスを作っておいてくれるらしい。

面倒くさがりの綾乃にはピッタリだ。

そんな固定客が結構ついているので、下手に新規で客がこられるのは嫌なんだそうだ。

で、表をあんな不気味にして、客がはいってこないようにしている。

それでも、入ってくる客は縁があると思うそうだ。

綾乃みたいに。


なんとなく、居心地のいい店だ。

俺も、縁があるのかもしれない。


ただ、この寺門にも、綾乃が。

素をみせているのが・・・気にいらねぇけどっ!!







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ