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40、幸

昨日は、露天風呂で調子に乗り過ぎ、綾乃と2人ダウンしたまま眠ってしまった。

考えてみれば綾乃と初めての旅行なのにしくったと悔やみ、朝飯を向かいで食っている綾乃に今日は六甲山でもいかねぇかと提案したのに。


「ダメですよ。ここへ来たのは、タカちゃんと話をしに来たのですよ?忘れたのですか?」


「・・・忘れてねぇけど?だけど、初めての旅行じゃねぇか、俺達。」


いや、本当はすっかり忘れてたけどな。


「そういえば、私達新婚旅行もまだでしたね?」


出不精の綾乃の口から新婚旅行という言葉が出て俺は驚いたが、これを逃しちゃなんねぇと思い、食い付いた。


「おう、そうだっ。結婚式は、広瀬のジジイが勝手に決めやがって、3月になったが・・・新婚旅行まだじゃねぇかっ。お前のスケジュールに合わせっからよ、絶対にいくぞ?日程と行き先の希望出せ。3日以内だぞっ!」


これだけは譲れねぇと思い、俺は綾乃にきつく言った。

すると、意外にも簡単に案が出た。


「では、3月は後半授業がありませんので、結婚式終わってそのまま旅行に出かけますか?1週間くらいなら休みは取れると思いますが?」


俺は綾乃の返答に、一気にテンションが上がった。


「おうっ。そうかっ。じゃあ、行き先だなっ!?どこか行きたいところあるか?」


この勢いのまま決めてしまおうと、綾乃に問いかけた。

だけど、調子が良かったのもここまでで。


「行き先は、タカちゃんのことが済んでから、ゆっくり考えませんか?」


チッ。


現実問題に、気持ちを切り替えやがったか・・・。

だけど、そういうなら。


「よし、じゃあ。木島のことがカタついたら、お前ちゃんと決めるぞ?約束だぞ?」


俺は、木島のためではなく俺達の新婚旅行のために立ちあがった。

お茶を飲みながら、立ち上がった俺を綾乃は不思議そうな顔で見上げた。


「丈治?」


「おら、木島んとこ早く連れていけ。早く新婚旅行予定立てたいんだからよっ。」


俺の言い分に絶句する綾乃の腕を、俺は引っ張った。






「あーちゃん!?・・・どうして・・・。」


インターホンの音に、玄関のドアを開けた木島が綾乃をみて、驚いた。

綾乃の後ろに立つ俺にもすぐに気がつき、木島はバツの悪そうな顔をして頭を下げてきた。


「とりあえず、ここじゃなんだから・・・どうぞ、入って下さい。」


木島は綾乃の幼馴染で、氷室家の顧問弁護士っつうから俺は随分と偏見をもっていた。

だけど。

温泉地っつっても・・・団地ってあるんだな、と改めて思った。

町営の団地らしい。

いつ建てられたのかわかんねぇけど、随分年季が入っている感じだ。

通されたのは、6畳の居間。

家具も質素でお世辞にも新しいものとは言えない。

だけど、そんな事はお構いなしに綾乃は炬燵に足を入れた。


「タカちゃん、おば様は?」


「ずっと、仲居をやっているから・・・明日の午後まで仕事。」


その言葉だけで、なんとなく生活がわかった。

確か、氷室家の運転手だった父親は子供の頃に亡くなったって言っていたよな・・・。


「え・・・タカちゃん、弁護士になったのに、まだ、おば様・・・お仕事続けてらっしゃったのですか?」


何故か、途中綾乃が言葉に詰まった。

つうか、何か言いにくそうな顔をしたな。

そんな綾乃に木島は、何とも言えない顔で力なく笑った。


「はは・・・今更、体裁つくったって・・・わかっているよね?母は相変わらずだよ・・・俺がいくら仕送りしても・・・男に貢いで・・・戻ってみたら、あれだけ仕送りしたにもかかわらず、貯金はおろか・・・蓋をあけたら借金があったんだ。」


「タカちゃん・・・。」


綾乃が悲しそうな顔をした。

結局・・・木島の事を俺は表面的なことだけで、利を選ぶとんでもねぇ野郎だと思っていたが、こいつにも事情があったわけで。

綾乃が氷室の祖母さんの言葉を伝えると、簡単に頷いた。


こいつにも、プライドってやつがあるだろうに。

だけど、それよりもこいつには金が必要ってことで。


綾乃はそこら辺を察しているんだろう。

今日このまま芦屋の氷室家へ木島に戻ろうと提案していた。


「タカちゃん、協力して下さい。タカちゃんを氷室の家に戻すことで、私達の結婚がお祖母様に認めてもらえるのです。善は急げで今日芦屋に戻って下さい。」


綾乃は普段、こんな強引なことは言わない奴だが・・・木島のためを思って言っているのがまるわかりだ。


だから、俺も。


「そうだ。俺達、3月に結婚式もするしな・・・いい加減みとめてもらわねぇと、祖母さん出席してもらえねぇだろ?俺は、いいけどよ・・・綾乃がかわいそうだからよっ。おい、お前、この間のことこれでチャラにしてやっからよ、俺らに協力しろっ。」


強引に、綾乃に言葉を合わせた。

そんな俺らに、木島は俯き肩を震わせ、ありがとうございます・・・と、小さな声で答えた。

だけど、綾乃はあくまで聞こえないふりをし。


「タカちゃん、早く用意してください。あ、有馬を出る前におば様に会って行ってください。私達も丁度いいのでチェックアウトしてそのまま帰りますから。」


驚いたことに、俺らが泊まっていた宿に木島のお袋さんが働いているらしい。

本当は2泊するつもりだったが、なんとなく今回はもう1泊する気に俺もならなくなっていたから、綾乃の言葉に異論はなかった。





俺達は無事、氷室の祖母さんのところへ、木島を送り届けた。

普段あんな怖ぇ顔をした祖母さんが、一瞬泣きそうな顔をして木島を出迎えたのを見て。

間違いなくここにも絆っつうもんがあるんだと、思った。



有馬を出る前に会った木島のお袋さんというのは、いかにもの軽い女だった。

だけど、木島にはたった1人のお袋さんには違いなくて。

それなのに。

木島が、氷室の家に戻るということを聞いて、あからさまにホッとした顔をして。


「じゃあ、今までどおり、仕送りはしてくれるんだねっ!?」


金の確認・・・。

木島の心や、体の心配はねぇのか・・・そう思ったら、黙っていられなくなった。


「おいっ。あんたっ。親は子供を産むか産まないか選べるけどよっ、子供はなぁ・・・子供はっ・・・親を選べねえんだよっ。だから、親は・・・責任があんだよっ。わかってんのかっ!?」


俺の突然の言葉に、驚く綾乃と木島。

だけど。


「あら、いい男・・・。孝、こちらどなただい?」


届かない言葉――


木島の悲しそうな顔・・・。

一瞬、その顔と昔の俺がリンクした・・・。

そして、ケータの事を思い出した。

本当に、子供は親を選べねぇんだよ・・・。







「丈治・・・何を考えているのですか?」


物思いにふけっていた俺に、綾乃が不安そうな声をかけてきた。

気がつけば、熱海を過ぎたあたりだった。

神戸駅からずっと考え込んでいたらしい。

綾乃を見ると、心配そうな表情だ。


しまった、と思い、慌てて綾乃の手を握る。


「悪ぃ。木島のお袋さん見てな・・・俺のお袋思い出して・・・考えていたら、ケータとシュウのお袋さんのことまで思い出してな・・・。」


「ケイタさんとシュウさんのお母様って・・・?」


ああ、綾乃には話していなかったな・・・。

まあ、ある程度はこれからも付き合いがあるから話しておいた方がいいかもな。


俺はため息をつくと、いい話じゃねぇぞ、と念を押してから口を開いた。





「そんなの・・・ひどい・・・・子供を何だと、思っているんですかっ。」


ケータとシュウのお袋さんは、宝石店を経営していたが・・・無類の男好きで。

若いころに結婚した男が死んでからは、もう男はとっかえひっかえで。

ケータとシュウの父親も勿論違うし、奴らもガキのころから家に出入りする大勢の男たちとの事で苦労してきた。


ケータは中学の頃から砲丸投げですげぇ記録を出していて、高校の頃はオリンピック選手に選ばれる直前だったが、お袋さんの新しい男に前の男と勘違いされて、ナイフで刺された。オリンピックにいけなかった。

そればかりか、4年後LAへ留学し今度こそはと思っていた矢先。


別れ話を持ち出された男がお袋さんを道ずれに無理心中し、またオリンピックへの道は断たれた。


その時は街中大騒ぎだった。


だけど。

オリンピックを目前にしながらも、断念して戻って来たケータは取り乱したようすもなく、淡々と1つ1つ問題を片づけて行き、就職もすぐに決めて落ち着いた生活をシュウと始めた。


ケータもシュウもガキの頃から女に期待何かしていなくて。

別にお袋さんがいなくなろうが関係ねぇって態度だったが。


ただ、1つ。

ケータは、昔の様にまっすぐな目をしなくなった。

そればかりか、どこか投げやりな瞳をするようになった。


俺らの育った環境っつうのは、皆似たり寄ったりでひでぇもんだったけど。 俺らはそれぞれ大切な何かを持っていて。


神様がいるとしたら、不憫な俺らにプレゼントしてくれたんだろうって思えるほどのもん。

俺にはピアノ、シュウには料理、ノリオとヤスオには不細工だけど最高の母親・・・それから一緒に生まれてきたお互い。


そして、ケータには砲丸投げでオリンピックを目指す夢・・・・。


「だけど。ケータだけ、大切なもん・・・失ったんだ。」


「・・・っう・・・。」


綾乃は、俺の話を聞いて嗚咽を抑えている。

そっと、背中をさする。

グリーン席は割とすいていて、周りに人が座ってねぇからよかったが。



「・・・俺、ケータに幸せになってもらいてぇ。」


木島のお袋さんを見てケータのことを思い出し、強く思った。

綾乃が涙を流しながら頷く。


そんな綾乃を見て。

やっぱり、と思った。



「やっぱり、お前だ。」


「・・・え?」


「やっぱり、お前が俺の幸せだ。」


「・・・丈治?」


俺はそっと、綾乃を抱きしめた。


綾乃の温もりで、また幸せをかみしめる。



「ケータにも、俺にとっての綾乃のような女が現れたら・・・あいつも俺みたいに・・・幸せになれるんだよ・・・。」



ダセェ俺の震える声をきいた綾乃は、俺をそっと抱きしめ返してくれた――






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